第五話
「あれで本当に、緒方さんはわたくし達の元へ相談にやってきますの?」
生徒会室……ではなく、喫茶店『カニバル・キャット』。客用の椅子に座る四雨会と那姫を見ながら、竜太は四雨会からの問い掛けに頷いた。
「2、3日は悩むだろうけど、それでも来るよ。彼女にはそれっきゃない」
竜太は手にもったフランケンシュタインのマスクを弄びながら、今後の顛末についてを四雨会達へ説明していた。そう、今後である。既に依頼の大半は終わり、後は四雨会達がどうするかの段階に移っていた。
「それしかないって、あんたが覆面姿で脅しただけでしょう?」
那姫の言う通り、竜太は花の園でのお茶会が終わった後、緒方・沙也に正体を隠して対面し、彼女を脅しつけたのである。
「そう、脅した。君はこのままだとヤバいぞ。解決方法を知っているか? 知らないだろう? ってね。こっちは怪人物だけど、彼女は僕の言葉に従うしかないわけだ。恐怖を与えるってそういうことさ」
相手の行動を、こちらの望む形にする場合は、他の選択肢を見えなくするのが正しい。緒方は自らに発現した力に怯えており、どうすれば良いかと迷っていた。
そのまま我慢を続けるという道もあったわけだが、力の暴走を強調する事でそれを潰した。さらに安易な解決方法である、他者への相談についても、より魅力的な相手を提示する事で、誘う事にも成功したわけだ。
その魅力的な相談相手として提示した対象……それがヒナエツインズこと四雨会と那姫である。近いうちに、緒方は彼女らに自らの力を打ち明け、その制御方法を聞きに来るだろう。
「相談されれば、力との上手い付き合い方くらいは助言できると思いますけれど……それにしても、良く短い間に緒方さんが怪放送の原因であり、力が暴走し、悩んでいるという事が分かりましたわね」
四雨会には感心されているらしい。那姫の方はどうだろうか、多少なりとも見直してくれていると、仕事終わりが気分良くなるのであるが。
「ほんと、良く分からないうちに犯人見つけちゃって、なんか気持ち悪いくらい。正直関わり合いになりたくないタイプ」
うん。認められたと思おう。人生においてより良き事は、他人からの悪意に鈍感である事だ。
「いいかい? まず、僕らは放送機器を調べて、それに異常がない事が分かっていた。つまり、普通の方法で怪放送を流していたわけじゃあないってことだ。この時点で、何かの力が放送を引き起こしていることが分かる」
気持ち悪がられるのも何なので、ちゃんと順序立てて説明する事にした。竜太だって、エスパー染みた能力があるわけでは無いのだから。何事にも、必ず順序がある。
「じゃあ次は力を持っている相手を見つけなければならない。で、気になるのは夜の放送だ」
「放課後や夜……人気がいない時間帯での放送が多いと言う事前情報がありましたわね」
四雨会の方は、竜太の説明を詳しく聞きたいらしい。話に乗ってきた。
「そう、人がいない時間帯。どうしてだと思う?」
「こっそりと力を使うには良い時間帯……いえ、違いますわね。緒方さんはそもそも、力に怯えていましたもの」
「むしろだね、気が抜けた時間帯なんだよ。普段は、なんとか力を抑えようとしている。その抑え方も分からないんだろうけど、昼間は彼女なりに力を抑制しようとしている。そうして周囲から人がいなくなれば、その我慢も抜ける」
だから人がいなくなった時間帯で放送が発生するのだ。力がその時に行使されるから。
「力んだ後に脱力って感じ。それじゃあ逆に力がばんばん発動しちゃわない?」
那姫は力を持っており、それと長く付き合っているから、その扱い方に詳しいのだろう。竜太の説明に口を挟んできた。
「僕に聞かれても、僕は力を持ってないからね。その感覚は分からないよ。ただ、君の言う通りなら、まさしく緒方・沙也の力は暴走していたんだ。使い方が分からないから、隠そうとしているのに、むしろ力を使ってしまっている状態だね」
緒方自身にも言った通り、制御の方法を学ばなければならない状態だとは言える。暴走した結果、悲惨な事件が起こった事は、実際にあるのだ。
「けれど、それでも夜の時間帯というのはおかしいですわ。だって、普通は家に帰っている時間帯でしょう?」
那姫の発言に笑みを浮かべる。中々に鋭いところを突く。
「そこだよ。夜に学校にいなきゃ、夜の放送は流れないんだ。幾ら力があってもね。なら、夜に学校にいる理由は何だろう? 学園祭の準備? 力が暴走している状態で、それも無いと思う。なら、こう考えよう。力の暴走が不安だったからこそ、学校にいた」
「不安だから学校に? 放送機器があるんだから、離れなきゃって思うもんじゃないの?」
「普通はそうだ。けど、普通じゃない部分があるとしたら、夜の学校にいる理由になるし、対象も特定し易い」
何かしら、学校に強い思い入れのある相手だ。そうして、対象がいるのは校舎ではない。夜の校舎は大半が戸締りされて、警備員もいるので、そもそも侵入や居残りが難しい。
少なくとも、警備員の見回りが少なく、そうして出入りし易い場所に、夜、やってきている人物。
「あそこ、花の園だっけ? 森林庭園の真ん中にあるし、一般の人間はあんまり出入りしない場所なんだろう? 目立たず、夜に侵入できる。そこに居たから、あそこの放送機器を通して力が発生してしまった」
「だからそもそも、何で夜に花の園にいんのよ。それがもうおかしいじゃない」
発想がおしいところまで来ているのに、那姫はまだ気づいていないらしい。
一方で、四雨会は既に納得したと言う表情を浮かべていた。彼女は花の園のメンバーにも近しいから、原因であった緒方の考えが分かるのだろう。
「蘭。緒方さんはその……花の園をとても神聖視していらっしゃったんだと思いますわ」
「その通り。夜にあのお嬢様達が集まる場所に来るのは、あそこを特別な場所だと思っている人間だ。大切にして、心のどこかで依存している。それくらいの精神状態でないと、夜に忍び込んで、そこで安心を得ようとするなんて行動には出ないだろう」
そうして、そこまでの精神状態になれるのは、花の園を利用しているメンバーの内、誰かだろうと竜太は予想した。
「花のしてん―――
「花の4君。その内の誰かが問題の原因だからと、わたくしにお茶会を開かせ、さらに蘭に場を荒らさせたんですわね」
「そうそう、花の4君。彼女らの前で花の園そのものを侮辱する様な行動に出て貰えれば、誰が一番執着しているかも分かるし」
「で、緒方さんが犯人ってわかったわけ? やっぱり気持ち悪いじゃない」
ちゃんと理論立って説明しているのに、何で結論が変わらないのだろうか。その気持ち悪さはそちらが男嫌いと言う理由からではないか。もう随分と、竜太の存在には慣れているらしいが。
「緒方・沙也は……あの喧嘩染みたお茶会の最中、自分が侮辱されるより花の園が悪しざまに罵られる事に激昂していたから。彼女が一番怪しいと思った。で、最初に接触したわけだ。怪人フランケンシュタイン仮面がね」
手で弄んでいた覆面を示す。結構使い勝手が良いなと、この仮面を評価している最中だ。
「ふうん。で、後の事は私達に任せるって?」
「そうだね。できれば、彼女に力の制御方法を教えてあげて欲しいとは思う。それで僕の調定の仕事は終わりだ。多くの生徒や教員にとっては、怪放送の原因も犯人も分からないままだけど、怪談話みたいな内容だから、すぐに噂も止むだろう」
洗いざらい掘り出して、すべてを明かすなんてことを竜太はしない。調定役はただ、収まり易い着地点を用意するだけなのだ。
「力について教えると言うのは、事前に説明していただいていますから大丈夫ですけれど……まだ一つ、疑問が残っていますわ」
「それは何かな、四雨会くん」
「緒方さんが悪意を持って力を行使していた。その可能性を排除したのは何故ですの? 彼女本人に聞いたからこそ、彼女は自分の力に怯えていたと分かりましたけれど、それより前の段階では、誰かが力を悪用している可能性があるとの予想も出来たはず」
四雨会の言葉を聞いて、案外、彼女もオカルトは苦手なんじゃないかなと思った。彼女も彼女で、那姫みたいに情報の取りこぼしをしている。
「君ら、ちゃんと怪放送を耳を澄まして聞いた事は? あの放送、ずっと緒方・秀美の内心を放送していたんだよ? 『たすけて』って声でさ」
誰かが悪意を持って放送しているとは思えなかった。
それに、助けを呼ぶ声にはせ参じるのがヒーローだったり魔法少女だったりするのだろう。今回は竜太が見つけたものの、次回からは彼女らが頑張って欲しいものである。
ある日のカニバル・キャット。店主である竜太が、相変わらず人気の無い店内をぼーっと眺めていたところ、数少ない客である見風・妙が、どこか興奮した面持ちで、新聞記事を竜太に示してきた。
「見てください漢条さん! ほら、これっ」
「なんです? そんなに声を出して……なんだ、日苗週報じゃないですか。驚く様な記事なんて載ってませんよ、それには」
日苗週報は日苗市内のローカル記事が載っている地方新聞である。名前通り週刊であり、どこそこでこういうイベントがありましただったり、どこかのスーパーの安売り予定日はこの日だとかが記事面を占めている。便利ではあるのだが、センセーショナルさは無い。そんな地域密着型の新聞だ。
「けど、ほら、前に言っていた魔法少女についてが載ってますよ。すごいですねー。魔法少女ともなると、こういう感じで書かれるんだぁ」
憧れる様に話す見風を見て、竜太は釣られて記事を見た。些か、現代人と感性が違う彼女にとってみれば、例え地方紙でも物珍しく、さらにそこに書かれるというのはすごい事なのだろう。
「どれどれ? ヒナエツインズに新たな仲間の姿が? 何時までツインズと名乗り続けられるのか……なるほど」
「魔法少女って、仲間が増えたりするんですか?」
「そうですね……有り得ない話じゃないかな」
先日、悩み疲れていた女子生徒の顔を思い出す。彼女は今頃、どんな顔をしているのだろう。明るい顔か、それとも、いらぬ泥沼に嵌ってしまったと言う顔か。
どちらにせよ、竜太にとっては終わった仕事の話でしか無かった。