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日苗市の人々  作者: きーち
第四章 日苗市在住。女子高生からの悩み事
17/34

第三話

「へえ、じゃあ、夜に微かに聞こえた声も、似た様な感じだったんだね?」

 引き続き生徒会室にて、竜太は那姫から、彼女が聞いたと言う学校内の放送について尋ねていた。

 もっとも、彼女は怯えており、それほど多くの話は聞く事ができずにいる。

「女性っぽかったのは確かだけど、絶対とは言えないわよっ。今日の放送は、途中で耳を塞いじゃったし」

 ここまで怯えられるものだろうかと那姫を観察する。見ていて面白くはあるが、そこまで有益とは言えなかった。

「漢条さん? そこまでにしてあげてはいただけませんか? その……見ていてなんだかいたたまれなくなりますわ」

「わかった。これ以上はちょっと難しいか」

 四雨会の言葉に従って、これ以上の質問を止めておくことにする。竜太とて、若い女性を追い詰めて悦に浸る様な趣味は無い。

「で? なんか解決できそうなの?」

 やや震えながらも、睨み、那姫が尋ねてきた。自分が苦労した分だけ成果はあるはずだ。若い人間は、得てしてそれが当たり前だと思いがちだ。だが実際問題、竜太の目線では、何事も進展していない様に見えた。

「そうだね、何か分かるかと言えば……誰か来るっぽいね。僕の存在を見て、何者だって焦る人間だったら不味いかな」

 足音が聞こえる。廊下だから良く響くのだろう。明らかに生徒会室を目指している。

「まあ大変。どうしましょうかしら?」

 四雨会がきょろきょろと周囲を見渡す。隠れる場所でも探しているのだろう。竜太も同じく視線を動かし、部屋の端にある掃除用具入れのロッカーを見つけた。

「見ての通りの小柄だから、あそこなら十分に隠れられそうだ。ちょっと借りるよ」

 席を立って、ロッカーを開き、幾つかの目立たない用具を外に出していく。

「なんかすっごい慣れてない?」

「気のせいだよ。それだとまるで、僕がどこかへ隠れたり逃げたりするのが得意みたいじゃないか」

 那姫の発言を流しつつ、空いたロッカーの中に滑り込む。内側からロッカーを閉めて、やってくるだろう来客を待った。ロッカーには空気入れのための細い開きがあるため、そこから外の様子を伺う事ができる。

 暫くして、やってきたのは一人の女生徒だった。綺麗な黒い髪が肩まで掛かり、顔立ちは髪に負けないくらいに整っている。一方で、ちょっときつい印象も受ける顔立ちであるため、竜太には苦手な顔に映った。背は平均よりやや高めか。

「失礼するわね、四雨会さん。それと……そう、那姫さんもいたのね」

 入ってきた女生徒は、まず四雨会に視線を向けて、その後、那姫の方を向いた。心なしか、那姫に向ける視線がキツい様に思えた。

「まあ、緒方(おがた)さん。いったいどうしましたの? 今はまだ授業中……いえ、さきほどチャイムが鳴った覚えがありますので、もう放課後でしたかしら?」

 緒方と呼ばれた女生徒に対して、四雨会は、先ほどまで、この場に部外者がいたとはまったく匂わせない自然な話し方をする。

(女性って、年齢問わず、こういうのが上手いんだろうか。ちょっと恐ろしいな)

 ロッカーの中でそんな事を考えながら、竜太はとりあえず話の行先を見守った。

「どうしましたの? じゃないでしょう? あなた……また授業をサボって。本当に大丈夫なの? 悪い友人に誑かされていたりはしない?」

 どうにも、友人っぽい口調で、女性とは四雨会に詰め掛かっていた。一瞬だけ、悪い友人と言うところで、那姫の方を向きながら。

 ロッカーの角度から、那姫の様子は見えて来ないが、いったいどんな表情をしているのやら。

「学業の成績でしたら、落ちていませんのでご心配無く。出席率については……そうですわね、改善したいとは常々考えておりますの」

 その割には、休日に竜太へ依頼を持ってきたりしていないところを見るに、あまり気にしていないと言うのが実際だろう。

「そういう事ではなく……振る舞いの問題でしょう? もし、あなたがもう少しちゃんと授業を受けていれば、生徒会長などではなく、もっと―――

「そこまでですわ、緒方さん。それはとても今さらな話。そうでしょう? これ以上、話を続ける場合でしたら……もっと、ややこしい話にも発展してしまいます。今後はちゃんと気を付けますし、ここではそこまでの話にしていただけないかしら?」

 話をさっさと切り上げる方向へ、四雨会は誘導している。上手いやり方だと思った。竜太の存在を意識していない様でいて、しっかり状況を把握している。

「……わかったわ。けど、これからは本当に注意してね。お願いよ? 私も、あなたがしっかりしてくれれば、どれだけ心が安らぐ事か」

 女生徒は注意の部分で、また、那姫がいる方を見た気がする。薄らとだが、彼女らの関係性を伺い知る事が出来た気がした。そんなのは下種の勘繰りだろうが。

「ええ、勿論。それではまた、緒方さん」

 緒方という女生徒が生徒会室を出て行った。耳を澄まし、完全に足音が遠のいた段階で、竜太はロッカーから出る事にした。

「いやあ、あれって、風紀委員とか何か? ちゃんと同じ学校の生徒に注意するなんて、中々出来ることじゃあないね。心なしか、疲れた顔をしている様に見えたよ」

 縮こまった体を伸ばしながら、竜太は四雨会と那姫に視線を向ける。四雨会は変わらぬ表情であったが、那姫は非常に不機嫌そうな顔を浮かべていた。もしかして、ずっとそんな表情だったのか。

「風紀委員は近いかもしれませんわね。似た様な事をしていらっしゃいますわ」

「どーこーがーよ! ったく、偉そうにしちゃってさ。何の肩書も無いのよ? 単なるお嬢様連中ってだけ」

 那姫のお嬢様と言う語感に似合う人間ならこの場にもいる。そう思って、再度、四雨会を見た。

「なんというか……その……うちの校風は不思議なところがございますの」

 非情に言い辛そうであったが、それがむしろ興味を沸かせてくる。

「女子校の校風なんて、標準すらも良く知らないからね。なんだって不思議に思えるから、何か驚くと言っても、それほどじゃあないかな」

「では、うちの学校には生徒会や部活動などとは別に、政治や経済関係の有力者の子女が集まる会が存在し、その中のトップ4が花の四君などと呼ばれているのも、そういう文化として受け止めていただけるという事ですわね。良かった」

「ちょっと待った。なんなの……花?」

 色々と理解できなさそうな言葉を飲み込もうとして、やはり理解できないと頭の中でインプットされてしまう。女子校って謎だ。

「ええ、花の四君。それぞれ花の名前が付いていまして、例えば先ほどの緒方さんなどは桜の君などと呼ばれていますの。確かお父様が法曹界関係の方だとか」

「学生って時々、そういう肩書に憧れたりするよね。仕方ない。そういうものだ。大人になった時に、ああいう出来事もあったって思い出す。そうして転げまわる。学生ってそういうものなんだ」

「なんか一人納得してるんだけどさ、そのめたくそに言ってる花の四君の一人に、天香も誘われてたのよ?」

「……大変だね。すごく悩ましい日々だったろう?」

 自分がそういう立場になれば、どうやってその誘いを回避するかに全力を尽くす。学生時代は出来る限り、良い思い出として生涯残したい。誰だってそう思うはずだ。

「ええっと……時々、魔法少女としての活動で授業をサボれる事が、なんだか助かっている部分がありますわね」

 なるほど。先ほどの桜の君こと緒方と言う女生徒は、四雨会をそのなんとかの君に誘っていたのか。

 だが、授業をサボりがちな四雨会をその立場に立たせるわけにも行かず、苦言を呈しに来たと言うわけらしい。

「しっかし、それでも生徒会長にはなれるわけなんだね。君が凄いのか、この学校が結構テキトーなのか」

「まあ、生徒会長は大変な割に、得るものもありませんので、むしろはずれクジと言った立場なのやも」

 そういうものだろうか。だが、実際、彼女がこの立場にあるので、彼女の考え方が正しいのだろう。

「それよりさー。あんたの仕事は別の事でしょ? 学校の事をあれこれ聞くのは関係ないじゃない」

 緒方が来てから、より一層不機嫌になっているらしい那姫。彼女の機嫌の下限がどれほどのものなのかも気になって来るところだ。

「この学校の事を知る必要があるのは実際だ。なにせ、謎の放送なんてものを探らなきゃなのに、僕は何も知らない立場だからね。けど……花だとか桜だとか言った立場は、確かに関係なかったかな」

 思考をすぐに切り替えよう。仕事と関係ないことをずるずる続けるのは仕事人と言えない。

「それで……次は何をしますの?」

「学内の放送は有線? 無線?」

「有線だったと思いますけれど」

「なら、その配線がどうなってるかを調べる必要があるかもね」

 放送室そのものには異変は無かった。ならば、実際に放送されるまでの間に何かがあったのだと考えるのが普通の発想だ。

「幽霊がやったのかもしれないわよ……」

 那姫はまだそんな事を言っていた。

「例え、幽霊の存在を認めたとしても、放送機材を使ってやってる事だからね。なら、それに関わった場所に正体があるのが普通なんじゃない?」

 何にせよ、調べない理由は無かった。時間帯は放課後を過ぎて行く。校内にいる人間も少なくなってくるだろうから、竜太も調べやすくなってくると思われた。




 そうして結果的に分かる事はと言えば、異変がどうにも見当たらないと言う事だ。

 三人で手分けして探ってみたのだが――那姫が一人で探るのを怖がり、四雨会と常に同行していたため、実質的には二人分の労力でだが――その配線場所を見ても、何かおかしなところと言うのは確認できずにいた。

 そうこうしているうちに日も暮れ、すっかり夜がやってきていた。

「なので、二人は先に帰った方が良いと思う」

 生徒会室へ一旦戻った竜太と他二人であるが、先に四雨会と那姫を家へ帰す算段を立てていた。

「確かに、時間も時間ですわね。けれど……あなたは?」

 四雨会が竜太を見つめてくる。未だ竜太は学校では部外者かつ不審者のままだ。途中で見つかれば、かなり怪しまれる事確実だろう。

「これまで探ってきて、これと言って捕まるなんてことは無かった。だから今日一日、学校内で調査を続けても、問題は無いと思う。慣れてるし」

「何の慣れよ、何の」

 那姫からもジト目で見られる。ただ、特に警戒もされていない場所で一夜を過ごすなんてやり易い事だ。それに、夜の方が都合の良い事もある。

「僕が夜に残る理由は、それもやっぱり仕事のためだ。放送は人がいない時間帯で聞いた人が多いんだろ? つまり放課後や夜だ。丁度放送そのものも新しい情報になるし、放送中に、その放送を流している現場も見つけられるかもしれない」

「そうおっしゃられるのなら、特に止めはしませんが……」

「そ、そうね! 怖い思いをしたければするが良いわ!」

 急に、今の時間帯がオカルトに向いた時間帯である事を那姫は思い出したらしく、震え始めている。四雨会の方は、ただ、本当に良いのかとこちらへ尋ねるのみだ。

 そこまでしてもらうほどの事なのか? という考えもあるのだろう。

「僕は仕事熱心でね。やれる事があるならやっておく性質なのさ。それに……」

「それに?」

「放送で聞こえた声なんだけどね、ちょっと、気になるんだ」

 その気になる事を探りたい。今の竜太には、その思いが強くなっていた。




 夜の校舎は恐怖の対象だろうか? 竜太は自分で自分に尋ねてみると、そうでも無いという解答が返って来る。

 学校内は勿論暗く、自分の立場上、明かりを点けることもできない。探りを続けるは静けさ深まる廊下であり、何が現れるか分かったものではない雰囲気がある。しかし、それでも恐怖はしていない。

(警備員に遭遇したり、警報装置みたいなのに引っ掛かるなんてのは恐怖かもしれないけどね)

 けれど幽霊は信じてはいない。それが竜太のオカルトへの認識だ。この雰囲気の中で、現れる存在については、そういうものもあるかもしれない。実際、怪しげな放送をする存在はいるのだ。

 が、それに対しての恐怖は、死者への恐怖とはまた違いものだろう。死者と出会う恐怖。死者が蘇る事を信じている竜太にとっては、そもそもそんな感情は理解すらできないものだった。

(ふん? 僕はこの依頼について、幽霊なんていないって事を証明するために受けたって部分があるかもしれないな)

 竜太の世界観にとって骨となる部分。色んな力が溢れているこの世界だからこそ、最低限のルールは存在して欲しいと願うその部分に触れる依頼だったからこそ、依頼人が学生であろうとも、受ける気になったのかもしれない。

 ただ、それも理由の一つでしかない。それだけでは、やはり受けはしなかったろうし、その時その時の流れがあった。

 明確に理由を探す必要もあるまいと一旦思考を停止し、再び、放送用の配線が巡らせてある部分を探り続ける。すると……

(この感覚……また流れるか?)

 放送前のノイズが耳に響いた。この時間、学内で放送を流すなんてことも無いだろう。予想した通り、昼にも聞いた放送が流れ始めた。

『…………す……て…………』

 やはり同じ様に聞こえる放送だった。今度も若い女の声の様に思えたが、音が微か過ぎる。もう少し聞きたいと思いながらも、放送は短い間で終わった。

 謎の放送は、その噂通りの時間帯に流れたのだ。竜太はその放送そのものに恐怖を覚えなかったが、その次に響いた音には焦りと怯えを感じ始める。

(足音……警備員か!?)

 警備員の足音が、廊下に響き始める。考えてみれば当たり前の話で、不審な放送に真っ先に反応するのは、夜に学校を警備している人間だろう。警備員はまず放送室へ向かうだろうが、そこに何も無ければ、校舎内を見回り始めるはず。

(どこかに隠れる場所は……さすがに夜はだいたいの教室が戸締りされてるよなぁ……)

 時間の猶予はまだあるだろうが、それでも慎重に行動しなければならない。廊下は足音が良く響くから、こちらが足音を立てれば、警備員が真っ先に向かってくるだろう。

(廊下にロッカーみたいな隠れる場所は……無さそうだね。どこか鍵を閉め忘れた部屋があれば良いんだけど)

 一つ一つ確認し、窓の鍵が降りていない教室を見つけた。これ幸いとゆっくり開き、同じ速度で教室の中へ滑り込む。窓を締め直し、鍵は掛けずに置いておく。万一、ここは窓の鍵が降りていなかったのに、今は降りているぞ。なんて形で気づかれても困るからだ。

(教室内は障害物も多いからね。隠れる場所ならいくらでもある)

 とりあえずは教壇の内側が丁度良い場所だったので、警備員の足音が止むまでそこで待機する事にした。

(暫くはじっとしなきゃだから、ちょっと考えを纏めてみるか)

 とりあえず怪しいと思ったところは周り終えている。だと言うのに、その怪しい物が見当たらない。放送機器から音が出ている以上、放送機器そのものか、その配線が関わっているとは思うのだ。

 放送で怪異が起こっている以上、その機器が必ず関わっている。これはルールだろう。まったく無関係の場所から、放送だけが流れるというのは、いくら“力”の存在があろうとも、可能性が薄く思えたのだ。“力”とて、因果関係は無視できない。そのはずだ。

(まだ、探していない場所があるか? 校舎内は一通り探ったけど、隅から隅ってわけでも無いし……盲点があるかもしれない)

 自分の思考がどこかで停止していれば、探そうと思っても探していない場所があるかもしれない。そんな発想は無いものかと自分の考えを辿ってみると、一つ思いついた物があった。

(そうだ……放送の配線が、校舎内だけで留まってはいないかもしれない)

 校舎内ばかりに気を取られていたが、学校の敷地内であれば、配線がどこかへ延ばされているかも。

 そんな考えを浮かべている内に、廊下に鳴る足音が止んだ。一通りの場所を見回り終えたのだろう。少し早い気もしたが、放送が夜に頻繁に鳴っているのだとしたら、探したところで犯人が見つからないと言う諦めに至っているのかもしれない。

(こっちにとっては、警備に熱が入らなくて助かるけどね)

 そう思いつつ、教壇から這い出た竜太は、教室の外側の窓からそっと外を覗く。今いる教室からは校庭が見えており、隅の方に放送用の拡声器が立っているのも確認できた。

 やはり、放送用の配線は校内であれば校舎の外にも伸びているらしい。

(ちょっと範囲を広げてみるか。骨は折れるけど、その分、可能性は広がるってもんだ)

 次の行動を決め、竜太は音も立てずに教室を出ていった。




 日苗市女子の校内は広い。校舎と校庭の他に、体育館やプール。森林庭園なんてものも存在するらしく、それぞれに放送用の配線は伸ばされていた。それらをその日の内に探るというのも難しいと竜太は思ったため、当たりを付ける事に決める。

 森林庭園。もし、放送関係の怪異について、誰かが何かをしているのなら、人気の無い場所ではないかと考えたのだ。実際、その庭園にも放送用の配線は伸びているらしく、怪しくは見えた。

(さすがに道は整備されてるし、夜だからって迷うほどに鬱蒼とはしてないね。けど、この規模は学校内としては珍しいかも)

 如何にも金が掛かっていそうに見える。そんなに私立高校というのは儲かるのだろうかと、竜太は即物的な事を考えながら、森林庭園の道を歩く。

 堂々と中心を歩いていては、万が一にでも警備員と相対してしまうかもと言う恐れがあるため、道の脇をこそこそと。

(まるで泥棒みたいだなっと……嘘だろ、あんなものまであるのか)

 道を進んだ先。あるのはどうせ、ちょっと開けた庭か何かだろうと思っていたのだが、そこにはアンティーク染みた小屋が立っていた。まさに小屋という言葉が一番似合うそれであるが、今時、すべてが木造の小屋なんて、普通の家屋より割高だと思う。

 古寂びていたりはせず、むしろ森の中に住む妖精の住処みたいな印象を受けるそれであるが、明らかに土地ごとデザインされたものであることが分かった。

「なんだろうね、ここは。学内のイベント用にしたって立派過ぎるぞ」

 疑問符が浮かぶものの、小屋のすぐ近くにある小さな看板を見つけて謎が解ける。

『七南・平蔵寄贈』

 看板にはそう書かれていた。七南という姓で思いつくのは、日苗市でも有数の富豪の姓だ。不動産業で財を成している一族であり、もしかしたら学校関係者にその一族がいるのかもしれない。そうして、金持ちの道楽みたいな形で、この小屋が立てられた。

(いいよね。持ってるところはやれる事も派手で。生活費のために働く事が馬鹿らしくなる)

 そんな僻みっぽい感想を持ちながらも、竜太は仕事を再開する。どうにも森林庭園に向けて伸ばされた校内放送の配線は、この小屋に向けてのものだったらしい。

 周囲に誰もいない事を確認してから、小屋へと接近する。内部へ入れないだろうかと探ったところ、正面の玄関の鍵が開いていた。

(不用心だね……ただ、良く使われている場所の正面でもある)

 玄関を開くと、下駄箱とスリッパが用意されていた。埃の堆積が無いところを見るに、日常的に使われ、清掃も行き届いている事が分かった。

(土足のままってわけにも行かないか)

 森林庭園の道すがら、靴が結構土で汚れていた。このまま小屋に上がれば、自分が侵入した痕跡を大きく残してしまう。そう考えたので、とりあえず靴を脱ぎ、手に持ってから内部を探る事にした。

 内側は大き目の机が一つ。椅子が複数。外観よりも広めに感じた。ワンルームではあるがキッチンが用意され、簡素な料理を作ったり、お茶を入れたりはできるだろう。冷蔵庫もあって、しっかり電気が通っている。

(うわっ、このテーブルクロス。結構高いんじゃないか? うちの店のよりは少なくとも上等だよ……)

 変なところにショックを受けながらも、部屋内部の放送機器を探る。こんな場所でも、さすがに校内放送が流れるらしく、デザインとしては不釣り合いであるが、スピーカーらしきものが天井の隅に見えた。

(放送機器そのものには異常なし……けど……もしかして当たりか?)

 竜太は部屋全体を見渡す。どうにもこの部屋、先ほどまで人がいた痕跡があるのだ。

 例えば下駄箱近く、スリッパが綺麗に並んでいたが、一足だけ、微妙に位置がズレていた。机近くの椅子にしても、同じ様に一脚だけ位置に違和感がある。一度、すべてを整頓してから、誰か一人が部屋を利用し、そうしてまた片づけてから帰った。そうすればこの様な形になるだろうか。

(問題は、先ほどってのがそれくらい前かって事だ。放課後まで遡れるならおかしな事じゃあないけど、もし、さっきの放送が流れた時までだったら?)

 元凶は、もしかしてこの小屋か? そんな風に竜太は予想した後、案の一つとして置いておく事にした。明日、再び四雨会に会った時、この小屋について詳しく聞こうと考えながら

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