第一話
春が過ぎ、夏がやって来ようとしている。冷房はまだ入れていない。汗ばむ季節ではあるが従業員服を半袖にしてしまえば、むしろ心地よい気温だからだ。
入ってくる客にしてもそうで、衣替えの季節らしく半袖の人間が多い……そう、多いのだ。なんと言う事か。等々、この喫茶店『カニバル・キャット』にも、客の服装を見て季節を感じられる日が来るなんて!
「それほど多くは無いと思いますけれど……というか、主に私しかいませんよね、店内」
「そうだね。見風さんが主だった客層だね。こう、一人でうちの客の平均値を出せている」
「私しかいないって言うことかと……ああ、いえ、さっき、ご老人が一人店から出ては来ましたけど……」
そんな事はどうでも良いと竜太は強く思った。目の前の女性、見風・妙は久しぶりに真っ当な客だった。
彼女と知り合ったのはまた別の仕事であったが、その縁かは知らぬけれど、偶に店にやってきて料理を注文してくれる。しかも今回はナポリタン以外の料理だ。
「どうですか? 夏の風が運んだ季節の野菜ぶっこみパスタは」
「そうですね……洋食って私初めてなんですけど、今まで食べた事の無い感じがします。なんていうか……ざく切りの野菜がとっても食べ難いと言うか」
彼女はやや時代遅れた世界に最近まで生きていたため、そう感じるのも仕方ないだろう。『カニバル・キャット』は何時だって時代の最先端な料理を作っているのだから。
「それより、仕事見つかったんですって? 良かったじゃないですか。これで遠慮なくお代も請求できますね」
竜太は唯一の客である見風と世間話をしていた。彼女しかいないし、彼女すらもいなくなれば暇になる。昼食時に暇になるなんて、喫茶店の店主としては耐えられない。
「あっ、衛星さんから聞きました? はい、幾つか手配してくれてその中から。ビルの清掃らしいんですけど、夜のお仕事ってなんだか新鮮です」
人口の増加で不動産が増えてきている街であるから、その清掃業務の仕事は常に募集されている。見風の仕事もその一つなのかもしれない。
彼女は一応、身元は確かなのだが、最近までは住居も仕事も存在していなかったので、そのままで良いのかと不安に思うところがあったが、これで一安心だ。
「夜の方が実入りは良さそうではありますけど、大丈夫ですか? 危なかったり?」
別に清掃作業が危なかったり怪しい仕事というわけでは無いだろうが、女性が夜に出かける事が多くなるわけで、危ないのではと心配はしてしまう。
「夜のうちはビルの中ですから、大丈夫だとは思いますよ? それより、漢条さんの方が、危ない仕事を最近したって聞きました」
「それ、誰が言ってました? きっと間上とかいうヤクザな人が言ってたんですね。根も葉もない噂ですし、僕の本業はこの喫茶店店主なんですから、まったくもって危険性はありません」
「そ、そうなんです?」
そうなのだ。喫茶店の仕事は、注文された料理や飲み物を出す事であって、ヤクザ同士の抗争に巻き込まれたり、襲われたり爆発したりといった事とは無関係なのである。
「しかし店と言うと……お昼時なのに、相変わらずガランとしてますね、このお店……」
見風から心配そうに顔を向けられる。止めてくれ。純粋な思いは時として人を簡単に傷つけてしまう。
「ま、まあ。こういう日もあります。毎日繁盛とは行きませんよ。あっちのモールの方は何時だって人がいますけど、何時か巨人に襲われて崩壊します。それかゾンビか」
「そうなったらこの商店街も大変な事になると思いますが……あ、お客さんですよ。やりましたね、漢条さん」
「そんな馬鹿な!?」
店に響いた玄関が開くベルの音に、竜太自身が驚いてしまった。既に見風が来ている時点で奇跡的なのだ。ここにさらなるミラクルが重なるなんて、明日あたり死ぬかもしれない。
「ええっと……入ってはいけませんでしたかしら?」
「いえいえ! どうぞどうぞ!」
竜太は咄嗟に営業スマイルを浮かべて、空いたテーブルへ案内した。見た感じは学生である。日苗女子と略称で呼ばれる私立日苗西女子高等学校の制服を着ているからすぐに分かった。
ちなみに今日は平日であるため、高確率で授業をサボっている最中と思われるが、深くは考えない。人の事情には踏み込まない様に勤めるし、客を選ぶ贅沢もしないというのが竜太の店主としての考え方だ。
それに、どうにも目の前の少女が不良だったりに見えないという物ある。どちからと言えば育ちの良さが感じられた。
やや色が抜けた茶色の長い髪をしているものの、自然さから地毛かもしれない。仕草についても、荒っぽさがまったく無く、所謂お嬢様という言葉が頭に浮かぶ。自然とこちらも礼儀正しくなってしまいそうだ。
「ご注文は後からにしましょうか? すぐに水を出します」
「いえ、今すぐ頼みたい事が」
意外とがっつくタイプらしい。そんなにうちの店に注目の料理があったろうか。あったらとてもうれしい。
「実は……学校での事なのですわ」
「え? そんな料理名あったかな?」
テーブルの上のメニューを持ち、探し始める。しかし一向に見当たらない。
「料理? いえ、料理でなく」
「じゃあ飲み物? うちの飲み物は変わった物は特に無いんだけどなぁ」
どうにもすれ違いを感じる。これが育ちの違いということか。お嬢様は行動も独特なのか。
「あのぉ……もしかして、漢条さんのあちらの方の仕事についてではないでしょうか?」
見かねたのか、見風が席を立って話に入ってきた。
あちらの仕事……嫌な言葉だ。まるで喫茶店での接客業務以外の仕事があるみたいな言い方では無いか。
「ええ、まさにその通り。調定と言えば良いんですの? あなたがそういった仕事を請け負っていると聞き及び―――
「いいえ。まったくもって請け負ってません。そのメニューに書かれている商品以外は注文されても困ります。だいたい、良くも知らない相手から変な仕事を頼まれたって、受ける受けない以前の問題ですから」
一応、仮に、まったくもっての或いはの話の中で、竜太が調定の仕事をしているとしても、ある程度の見知った相手からの依頼以外は受けない。危ない仕事になる場合もあるため、向こうの事情が把握できない限り、おいそれと受けないのが基本だ。
「ああ、そういえば、こちらの姿で会ったのは初めましてでしたわね」
「ん? こちらの姿?」
ぽんと両の手のひらを叩く女子学生。そうして座る椅子を正面側に竜太が来るようズラしてから、口を開いた。
「以前は、違う姿での出会いでしたから、こちらの姿では気づかないのも無理はありませんわね。では初めまして、わたくしの名は四雨会・天香。この前はヒナエレインとしてお会いになりましたのよ?」
「え? ……えぇ?」
竜太の中にある厄介な人物ランキングで上位の人物がやってきたと言うことになる。その事に竜太は、呻き声を上げてしまった。
「駄目だって。だーめ。例えヒナエレインの正体だからって、仕事を請け負っても良いって話にはならない。だいたい、ヒナエレインだとしても良く知らない相手じゃないか」
変わらずの『カニバル・キャット』であるが、状況は変わり、仕事を請け負って欲しいと頼むヒナエレインこと四雨会に対して、竜太が断り続けるというものに変わってしまった。珍しく、喫茶店の方が繁盛していると思っていたのに。
「まあ、知らない相手などと。わたくしの学校に覆面で突入して、捕まえられた時からの仲ではありませんの」
「えっと……漢条さんって、そんな事をしてたんですか?」
見風から何をやってるんだろうこの人。みたいな目を向けられた。何故だ。今日は比較的幸福な日であるのに、どうして心が傷つかねばならぬのか。
「止むに止まれぬ事情があった。仕方なかった。だから僕は悪く無い」
だいたいその事態を引き起こした理由の一端は彼女にだってあるのだ。無罪にはならないかもしれないが、情状酌量の余地はあるだろう。
「そう仰られても、わたくしにも事情がございますの。ですから、ここは頼みを聞いて貰うほかはありません」
頑なな態度を貫く四雨会。普通なら、ここでもう良いと帰ったって良いところじゃないか。
「なんでそうなるかなぁ……だいたいあれじゃない? なんかヒーロー活動の時に建物を壊しちゃったーとか、変身ポーズの最中に建物を壊しちゃったーとか、トドメの一撃の瞬間に建物を壊しちゃったーとか、そういう悩みでしょ?」
「何故に物を壊す事に集中していますの?」
「ヒーローが悩んで調定を頼み込むなんてそのあたりだ」
不本意な事だが、調定の仕事も長い。色々と辺りを付ける事もできる。
「まあ、それはすごい。ですけれど二つ間違っていらっしゃいますわ」
「そんなに? 参ったな」
別に全然参ってはいないが、間違ったと言うのなら話を聞いておく。別に仕事を受ける気になったわけではない。そこは重要だ。
「わたくし達、ヒナエツインズはヒーローでなく魔法少女」
「少女」
見風がその言葉に反応する。自分より背の高い相手が少女を名乗る事に何か思うところがあるのかもしれない。だが、年齢上で言えば、見風よりもっと少女なのだ、このお嬢様な女は。
「そうして悩みは、あなたが仰られる様な単純なものではございません」
「なるほど、つまり全部はずれなわけだ。だけど物を壊すのはそんな単純な事じゃあないよ。結構……裁判沙汰とかも有り得る。厄介な事態だ」
「話を逸らそうとしても無駄ですわよ。当たりを付けて無駄でしたのなら、なら正解は何かと尋ねるのが筋でしょう?」
「どうだろう……だいたいの相場として、聞いたらもう逃げられないなんて事があるんだ」
だから心底聞きたくない。耳を閉じて延々と呻き続けるという手はどうだろう。もしかしたら目の前の女子学生は帰ってくれるかもしれない。
良い案だと思って実際に試してみようとしたところ、竜太と四雨会の間に、見風がずいと頭を突っ込んできた。
「あのあの、そもそも、魔法少女って何なんですか? ヒナエツインズって?」
「あら、もしかして、関係者じゃありませんでしたの?」
四雨会が、咄嗟に口を手で塞ぐ仕草をするも、もう無駄だ。まったく見ず知らずの相手にヒナエレインこと四雨会は正体をバラしてしまったのである。だから遠慮なく、竜太は説明をする。
「魔法少女っていうのは単なる彼女たちの名乗りさ。だいたい、力を使って人助けをする人間を総称してヒーローとか呼ぶんだけど、本人さん方はそうやって一括りにされるのを嫌っていてね」
「随分と基本的な事を乱暴に話しますのね」
「彼女はちょっと……最近まで世間から遠いところにいてね。ざっくりと説明しなきゃいけない」
「はぁ……申し訳ありません」
何故か見風が謝った。一応は四雨会より年長者なのだから、もう少し堂々としていても良いと思う。
「彼女らは日苗市でもそこそこに長い間、そんな活動をしている。確か5、6年くらい前からだっけ? 当時は確か、怪傑なんでも少女団とか名乗っていた。名前もヒナツインズじゃなかったし、もうちょっと……名乗り通り魔法少女らしかっね。ロッドみたいなものを振り回してた」
年齢で考えれば小学生の頃からだ。恐らくは生まれも日苗市なのだろう。力を持って、それを世間の役に立てないなどと考え始める年齢がそのくらいである。
「当時は結成してすぐでしたから、いろいろと迷走していましたの」
「そうかな? 当時の方が魔法少女らしいっちゃらしかった。微笑ましい人助けのエピソードなんか憶えてるよ。それが今では素手での喧嘩が主体だ。遂には秘密結社一つをぶっ潰したしさ」
大人へと近づくにつれ、暴力の方が手っ取り早いと知ったのだろうか。何にせよ碌なものではない。だが、世間に認識されているヒーローなんて大概がそんなものだ。
「単純に相手に合わせてるだけですのよ? 白夜の夜明けは武闘派でしたし、今のビョースター団も似た様なものかと」
彼女が上げているのは組織名であり、日夜、ヒーローと戦う悪の秘密結社だ。片方はヒナエツインズ直々に潰している。
「で? 悩みっていうのはそういう類のものだったりする? 御免だけど、暫くはそういうのから遠ざかりたいんだ。バイオレンスなんてたくさんだ」
「ですから、物を壊したりとかそういう話では無いと言ってますのに。ちゃんと続きを話しても大丈夫ですの?」
「君も強情だなぁ。普通、ここまで話を延ばされたら、普通は怒って帰るもんだ。ねえ、見風さん?」
「え? 何ですか?」
見風は興味を失ったのか、竜太が作ったパスタ相手に悪戦苦闘していた。魔法少女やヒナエツインズに聞いたのは彼女だろうに。
彼女も彼女で、ヒナエツインズやら魔法少女とやらが、あまり関わり合いにならない方が良い人種だと判断したのかもしれない。実に正解に近い対処をする。
「続けますわね。わたくしが通う学校が、日苗女子であるのは勿論ご存じですわよね?」
「そりゃあ、直接乗り込んだ事があるから」
「ならば歴史が深い事も理解していらっしゃる?」
「そんなに長かったっけ? 出来たのは確か戦後すぐだ」
それはまでは日苗市はもう少し規模の小さい地域で、学校などの施設は外部に存在していたはず。
「わたくし達学生にとっては、戦後すぐならもう随分と昔ですわ」
「なるほど、そうなるのか。なら、歴史深い学校だろうさ、あそこは」
「では、学校が出来る目はどの様な場所であったかは?」
「なんか聞かれてばっかりだね。確か……お墓だ」
「うぇっ、お、お墓の上に学校ですか!?」
驚いたのは見風だったらしい。まったく量の減っていないパスタを、危うく吹き出しそうになっていた。
「珍しく無いんだよ。土地が安い。ちょっと前の戦争で土地の持ち主も結構いなくなった。そうでなくても、まとまった金銭欲しさに土地を売り払ったり、そういう時代があったんだ」
「けど、なんだか気持ち悪いですよねぇ」
それも分からなくはない。人の死体の上に学舎がある。そんなのは何だか妙な気分になるだろう。不気味に思う人間もいる。
「問題はそこなのです」
「……もしかして、魔法少女絡みの話では無くなった?」
「そもそも、そちら方面の話ではございませんの」
そう言われると、どうにも興味の方が優先してきた。目の前のお嬢様は、いったいどんな調定を竜太に望んでいるのか。そもそも問題とはどこに根差しているのか。
「これで最後の質問になりますけれど、霊魂と言うものは信じますかしら?」
「信じてないね。そんなのは無い」
「随分と頑なですわね。世の中に、この様に力が溢れているのに?」
「溢れているからこそ、似た様なものがあっても、死んだ人間のものじゃないって言える。そう見えるだけの着ぐるみみたいなもんだ。死んだ人間にもう一度会えるものじゃあない」
何故か相手に驚かれた表情をされる。そんなに断言したのがおかしいのか。
「けどけどけど、お墓とかで人魂がひゅーどろどろってあるじゃないですかっ」
「なんで見風さんが反論してくるのかは分からないけど、あれだってただの現象だ。自然のそれかもしれないし、そういう形を作り出す力が発生したのかもしれない」
だが、それは可能性であって、もしかしたら本当に死んだ人間の魂かもしれない。そんな事を言ってくるだろう。だからこの手の話になった時、竜太は先んじて言う事があった。
「死んだ人間とはもう会えない。これはこんな世界に唯一残った約束事だ。だからみんな死を恐れるし、生きてることを大切にする。“力”がそんな決まりさえ破るっているのなら、正真正銘、世の中に混乱をもたらすだけの邪魔者でしかなくなるんだよ」
最後の一つ。誰もが大切にしていた秩序すらも力が壊すのなら、それはこの世界すべての存在が、力を排除すべきものとして認識するだろうと竜太は考えていた。そんな世界は願い下げだ。
「なるほど……ではやはり、相談して正解だったと言う事ですわね」
「ん? 何がどう正解だって?」
「わたくしがここへ来たのは、そのあなたが否定する霊魂についてのご相談なのです」
学校には怪談話が付き物だ。それは学校が恐ろしい場所だから……というわけでは無く、日頃から刺激が欲しい連中が集まる場所だからであろう。学生は勉学や部活動に全力を尽くしていなければ、基本は暇であり、暇を埋めるための話題を探し続けている。
その中の一つが怪談話であり、自分達が通う場所について、実は普通と違った場所なのではないかと言う可能性を与えてくれる話題なのである。だから学校に怪談は付き物と表現するより、学校には暇が付き物であり、その暇つぶし手段の一つが怪談話と言うのが実際だろう。
「だからさ、そんな話が実際にあるって言うのは眉唾ものだよ。誰だって刺激を求めてある事ない事言いふらすもんだ。」
身も蓋も無い話を、目の前で歩いている四雨会に向ける竜太。場所は『カニバル・キャット』を出て彼女の母校、私立日苗西女子高等学校の正面玄関へとやってきていた。ここから先は学生と教師が入る場所であり、喫茶店の店主が足を踏み入れて良い場所では無くなる。
「そう仰られる割には、仕事を引き受けてくれますのね? いったいどの様な心変わりですの?」
竜太を案内している様に前を歩き続けていた四雨会が、こちらへと振り返る。その姿が妙に様になっているのは、彼女が大人びているからだろう。見返り美人と言う奴だ。
「かのヒナエレインが何に悩んでるかと思ったら、学校で噂される怪談話って言うんだから、ちょっと気になっただけさ。気になった以上は、関わってしまったって言えるかもしれない」
あとは暴力系の仕事以外も久しぶりにやっておかなければ、勘が鈍るかもという思いもある。いや、副業なのだから鈍ったところでどうともしないが。
「シッ。誰かに正体が知られるなどすれば、契約違反で訴えますわよ?」
慌てて詰め寄ってくる四雨会。確かにヒナエレインの恰好をしていると周囲にバラされては恥になるだろう。
「こりゃ失礼。結構、目立つのは好きなタイプなんじゃと思ってたけどね」
自称魔法少女の状態では、フリフリの服装で、今とはまったく違う金色の髪をなびかせ、大きな声で名乗りを上げていた。
「あれはその……子どもの頃からの慣れと言う奴ですわ」
「子どもの頃からね……。赤色の服装も?」
「あちらの方はむしろ趣味に範疇ですわね」
「趣味……ああ、まあ、そういうのは人それぞれだ。注意とか忠告とか……余計な世話になっちゃうな。うん」
今回は関係の無い話だ。深くは聞かない。もしかしたら人の闇を見てしまうかもしれないし。
「それとして……ちゃんとわたくしが頼みたいことを理解はしていただけましたの? 頼み事を引き受けると申してはいましたけれど……どうにも先ほどから不安で」
「態度の事を言ってるなら、常時こんな感じだから慣れてくれると助かるな。こっちとしても抱えてる不安は今のところ二つあるし」
「二つも?」
個人的には二つだけしかないと誇って欲しいところだ。他の依頼人の場合、数え切れない程の不安がありながらも、受けさせられる事が多いのだ。彼女の場合は、あくまでこちらの自由意志によって受け入れさせてもらった分、何十倍も上等だ。
「一つ目は、君が十分に報酬を支払えるかどうかだ。言って置くけど、君に無理をしろと言ってるんじゃあないぞ? 余裕を持って払えないなら、僕みたいな奴に仕事を頼むもんじゃあないって事だ」
調停役なんて大層な名前が付いているが、要するにヤクザな仕事だ。ヤクザから仕事を頼まれる事もある。
だいたいが、こちらを顎で使う様な度胸が無ければ、後々になって汚点を残す事だってあるだろう。
「わたくし、金銭的には余裕はありますし、何より、人を顎でこき使うのは慣れていますの。知りませんでした?」
「ああ、びっくりだ。なるほど。確かに君は僕に仕事を持ってくるだけの人間ではあるね」
つまり彼女もろくでもない人間だ。どうにも自分はそんな人間を引き付けてしまうらしい。
「それで……二つ目の不安とは何ですの?」
「そうだね。そろそろ気づいている頃かもしれないけど、ここは女子校の門だ。男の僕がどうやって入れって?」
まさかまた、覆面でも被って突撃しろと言うのだろうか。それだったらそれで、やっても構わないと思う竜太だった。