第二話
「参ったねこれ。こうなってくると、他人事で済ますってわけにも行かないぞ」
漢条・竜太は、幾つか妙な事件に巻き込まれているであろう家々を回った後に、そんな結論に達していた。
悩み、頭を掻きながら街中を歩く竜太は、目的地も無いままに、浮かんできた悩みを考え続けている。
(多分、誰もかれもが騙されてるんだろう)
何にか。それはかなりの力を持った何者かにだ。まず、事件の当事者である、土地に妙な構造物を建てられたと言っている人物が騙されている。記憶を改変されていると言って良いだろう。
そうしてもう一方、当事者が構造物を直接置いたと証言している周囲の人物。彼らもまた、記憶違いをしている可能性があった。
当事者の状況とその周囲の証言の食い違いが甚だしいのである。これまで幾つか事件の中心となっている家を訪れたが、疑念の材料が増えるばかりであった。
(例えば、家の中庭に石で出来た妙な物が置かれていたって言ってる人も居たけど、周囲は本人が置いたって言ってる。でも、周囲の人間の誰が、他人様の中庭に誰が何を置いたなんて観察できるんだ?)
傍から見れば、すぐにおかしいと分かるのだ。単純に、今日一日、竜太個人が動くだけで、その異質さが分かる。だからこそ恐ろしい事態なのではとも思う。
(なんで警察を含んだ誰もかれもが、その変な状況を納得してるんだよ)
この事件の一番恐ろしい部分はそこである。妙な事が起こった。それぞれの証言も曖昧だ。だと言うのに、すべてがそこで終わってしまっているのだ。誰もがそこから深入りしようとしていない。この事件を何でも無い事件として風化させる意図の様なものを感じてしまう。
(僕が気が付けたのは、完全な部外者だからか? 調定役としての第三者だから、この絡繰りに嵌らなかった? だとしたら……)
厄介な事になるかもしれない。その考えに至り、竜太は足を止めた。人々が行き交う街の大通り。ただ竜太だけが足を止めて、冷や汗を掻いていた。
(僕は……目立つ動きをしてしまってる?)
もし、何もかもが誰かの思い通りなのだとしたら、竜太だけがそうではない。嫌でも目に付く。その誰かが悪意を持っている存在なのだとしたら、竜太は如何にも邪魔者に映る事だろう。
「お前も、我々を嗅ぎまわっているらしいな?」
(タイミングが良すぎる……!)
背後から聞こえてきた声に、竜太は悲鳴を上げそうになった。それに耐える事が出来たのは、そんな声が囁かれるのではという予感が、ついさっきに浮かんだからである。
「な、なんの事でしょうか?」
声が震えている。状況としては最悪だ。関わりたく無い相手と、知らず知らずの内に関わってしまっていた。その事実を受け入れるまでは動揺が続くだろう。
「答えろ……妙な動きをお前はしていたな?」
「……」
そちらほどでは無いと言い掛けて、そんな言葉は自分に害をもたらすだけだと口を噤む。何せ、背中に尖った物の感触が突き付けられていたのだから。動くだけでも突き刺されそうだ。
「誰かを探ろうってわけじゃなかった。ただ、妙な事件があったら、それに関わるのを仕事にしているだけで……」
「そうか。なら自分の仕事を恨め。こういう危険がある仕事だったと納得しろ」
副業だって言うのにっ! 悲鳴を上げたい衝動は、嘆きのそれに変わった。だが、そのどちらも抑える。今は相手の出方を見なければ。
「こっちへ来い。消えるのなら、街の守護者と一緒が良いだろう?」
御免だ。場所を移動すると言うのは、つまり大勢がいれば不都合があると言うことだろう? なら、ここで逃げる算段をするのが一番なのだ。しかし、竜太は背後にいるらしき何者かの言葉に引っかかった。
(守護者と一緒?)
いらない興味だったが、その興味のせいで頭が動いた。動揺もまた、その興味に打ち消された様な気までしてくる。危ない衝動だったが、足はただ、背後の何者かに促されるまま動いていく。
果たして辿り着いた場所はと言えば、薄暗く人通りも無い路地裏だった。
(いや、人はいるっぽいけどさ)
ただ、その人影は倒れていた。首には何故か配管が巻き付いていて、足の半分くらいが地面に埋まっている。状況がこうで無ければ、前衛芸術か何かだと思っただろう。
「これが守護者?」
その人影……どうにも間上・大と言うヤクザに見えるそれを指さして尋ねる。
「拍子抜けは分かる。まさか、噂に聞く日苗の土地の守りがこの程度とはな。不甲斐ないそこの男を呪え」
「……あなた。もしかしなくても、外からやってきた、“力”を持っている人間?」
日苗市は“力”の混沌の中にあって、それは内側の力だけに留まっていない。外からも流入者が沢山いるのだ。例えばビョースター団を名乗る秘密結社などがそうで、新たな混沌を街へもたらしてくる。
ただ、そのビョースター団に関してもまだ平和的な方だ。時たま、もっと明確な悪意を持って、街へとやってくる者もいたりする。
(街の人間を簡単に傷つけたり、巻き込んだりしても良いって感じのさ)
今、背後にいるであろう相手はその類らしい。そうしてそいつは、間上というヤクザを手始めに、竜太まで手に掛けようと考えている。
「力か。この街でも……世界中でも、我々の様な存在を、他とひっくるめてそう呼ぶ。ふざけた事だ。我々は他の有象無象とは違う。我々のそれは、選ばれたそれだ」
背後の低く、脅しつける様だった声が、多少なりとも語気を強めた。
(感情的になってる……なるほど)
未知である相手だが、ほんの少しばかり、その姿が見え始めた気がする。そうしてその分、恐怖も遠のく。
(ちょっと踏み込んでみようか)
命の危険はまだそこにある。だが、それでもこのままでいるのは癪だった。第一、ここに呼び出した時点で、こちらを殺す気満々では無いか。
どちらにしても、辿り着くのがそんな結論なら、幾らか意地を見せた方がマシだ。
「我々って言いますけど、なんの団体なんです? こういう危なっかしい人は、あなた一人だけで十分って気分なんですが……」
「ふんっ。危ないか。時期にそれも崇める相手への畏敬と変わる。いや、ここで消えるお前には関係あるまい。だが光栄に思え、我々、相神会の手に掛かるとはそれだけの価値があると言う事だ」
まったくもって光栄になど思えないわけだが、すぐさまに手を下さないところを見るに、まだ話をする余裕はありそうだった。
(相神会。聞いたことあるね)
確か日苗の街の外にいる力を使う集団の一つだったと記憶している。街中にビョースター団という力を持った集団が存在しているが、それに似た組織と言う事だ。
ただ、彼らとの違いは、相神会が流派的な要素と宗教的な要素を持っていると言う点だろうか。ビョースター団は利益を同じくするか、仕事上の上下関係によって成り立っているわけだが、相神会は修行みたいな行為の中で神秘体験をして、それぞれの思想を強くしていくという形でまとまっているらしい。
(往々にして、考え方が偏りがちになるんだよね、そういう組織って)
今の言動を見る限りはそれに当てはまりそうだった。つまり彼らは、他人様の街を我が物にしたいなんて考える程には偏っている。ビョースター団も支配とか何とか言っているから、そこは変わらないかもしれないが。
「相神会さん方は、なんでわざわざうちの街で回りくどい事件を? 奇妙な事件でついつい調べた身ですけど、街の支配やらとはまったく関係無さそうに見えましたが……」
おかげで、そのつもりも無いのに危険な状況に足を踏み入れてしまった。賠償して貰えるのならして欲しい気分だ。
「街に住む者だからこそ分からないか? ここは……良い土地で、そうして、外からの者には厳しい土地だ。単純に力で支配できる場所ではない……もっとも、そこの男の様な者が守護者なら、存外、容易い事かもしれんがな」
まだ全容は見えてこないが、敵の存在とそれがどの様な意図があるのかは分かって来た。あとは良く考える時間さえあれば、全体の輪郭も見えてくるだろう。
だから、恐怖に関しては完全に消え始めている。
「なんでしょうね。どうにも自分が間抜けに思えてきます。安全にやろう。危険なのなんてうんざりだ。そう思ってるのに、すっかり足が嵌っている」
「同情すると言って欲しいか? だが、大半の行動は自業自得だ。なら、同情できる余地は無い」
最悪な気分だった。ただ、人生においてと言う意味では、まだまだ下が存在している。つまりはまあ……最悪な状況と言うわけでは無い。ほんのちょっとばかりであるが。
「仕事をする人間としては、こうなる前に気付くべきだったと思うんですよ。後でぐちぐち言ったって情けないばかりだ。けどね、恨み節くらい言わせてもらえる慈悲があっても良いって、そう思います」
「慈悲? それなら今、ここで与えてる。最後の言葉はそれで良いか?」
「別にあんたに話してるわけじゃない」
竜太の視界で変化が起こる。背後の何者かでは決してない。だいたい視界にはいないのだから、見えるのは前方だけだ。
前方には、間抜けに寝転がる間上の姿があった。それが突然に消えたのだ。あくまで、竜太が認識する中での話である。
「なっ……がふぁッ」
悲鳴が聞こえて来た。先ほどまで、ひたすら竜太を脅しつけて来た声である。その声を確認した後に、竜太はゆっくりと振り返った。
「あのですね、間上さん。最初からやる事を説明とかしてたら良かったって思わないんですか?」
「話してたら、乗ってくれなかっただろ?」
間上が、恐らく竜太を脅していた男であろうスーツ姿の男の首を掴み、持ち上げていた。男はもがいているが、間上の体はびくともしない。首を握る手にしても、図太く毛むくじゃらで、スーツの男の腕力ではどうしようも無いだろう。
毛むくじゃら……毛深いと言う意味ではない。いや、そういう意味なのであるが、人間のそれでは無かった。獣のそれだ。
「間上さんがそんな姿にならなきゃいけない状況なら、どんな状況で、どんな理由だって首を横に振ってたでしょうよ」
「お前っ……お前は……化け物かっ……」
首を絞められているというのに、スーツの男はまだ喋る力はあるらしい。そうして化け物こと間上は、好きにさせている。
化け物と言われれば、確かに化け物らしい見た目だろう。間上の体は全身が膨れ上がり、肥大化して、筋肉質になっていた。それだけでは無い。肥大化した体からは灰色の毛が生え、獣の毛皮の如き肌になっていた。
顔もそうだ。ヤクザっぽい顔だったそれが、さらに凶暴な姿になっているのだ。口が頬まで裂け、牙が生え、鼻が伸び、耳が尖った。見知ったもので例えるなら犬である。ドーベルマンよりもっと凶暴そうだ。本人曰く、狼らしいが。
「化け物さ。この街にはごろごろしてる類のな。まさか……いないと思ってたのか?」
間上・大は狼男である。普段は人間のヤクザな姿をしているが、時にこのような、狼のヤクザな姿になるのだ。
変化は外観だけにとどまらず、その身体能力まで過剰なまでに増大している。コンクリートだって容易く砕き、鉄パイプだって握ればひしゃげられる。腕力脚力も鋼鉄でできたバネの様に力強く素早い。
傷ついた体もすぐに治り、不気味なほどに体力も増加しているそうだ。
「な、舐める……なっ……!」
首を掴まれている最中の男が、指先を動かした。すると周囲の空気が変わった。色がついたり、景色が歪んだりしたわけでは無いが、何かが変わったのである。
その変化は気のせいではない。事実、男は何かをしたのだ。だから周囲の壁や地面のコンクリートがひび割れて、それらの破片が間上へと向かい、ぶつかった。
「はっ……ははは! どうだ……これが我らの―――
「神の力か? そうだな。頭の中に浮かんだ光景を、現実に反映させるって力だ。良くある奴だ」
男の言葉を遮って、面倒くさげに間上が話す。勿論、現在進行形であれやこれやの破片が、かなりの勢いでぶつかっている。が、平然としている。
「なんか凄い力に聞こえますが」
力がどんなものかについては、詳しく聞かされても分からないため、素直な感想を述べて置く。
「そうか? 何にでも限度がある。質が良くったって、量が無けりゃあこんなもんだ」
「な、なんだ。何がお前……何ぐぇっ……」
破片がぶつかる中、そんなものは気にも留めず、間上は掴んだ男を地面へと叩き付ける。完全に意識を失う男の姿を見て、間上は狼の顔をしてニヤリと笑みを浮かべていた。
「結局は、僕まで囮に使ったって事ですか? 冗談じゃない」
「そりゃあ本気だったからな」
色々と言いたい事があったため、竜太はとりあえず間上を『カニバルキャット』へと連れて来ていた。
色々と、仕事について契約違反っぽい事態になっているため、その事への話し合いも含めてだ。
「人間、追い詰めてもべらべら自分の事を吐かない奴ってのが結構いる。ああいう、何かにつけて偉そうな雰囲気のある男は特にな」
「で? なら逆に、囮を追い詰めさせれば、自分から名乗り出てくれるはずだと、そう考えた?」
間上は囮としてはやや強面だから駄目だったので、竜太に目を付けたのだろう。適当に事件の事を調べさせれば、相手の方から勝手に寄ってきて、上手い具合に情報を吐き出してくれると、間上はそう考えたのだろう。
そうして事実、まんまと相手は乗って来た。竜太も含めて騙されたのである。
「いやあ、なんつーの? 相手さんも結構馬鹿だよな? 調子こいてるからこんな事になるんだって。普通、追い詰めた相手の前でさ? 自分の立場や目的話すかね?」
愉快そうな間上の表情を見ていると怒りが湧いてくる。ちなみに、さすがに今は狼男の格好をしていない。普段通りのヤクザ顔だ。
「あのですねぇ。間上さんならともかく、僕ぁちょっとした命の危機だったんですよ? 連れて行かれた場所が、偶々間上さんが襲われたであろう場所と一緒だったから良かったものの、別の場所で別な形に命を奪われてたかもしれない」
「そん時はそん時だろ。お前だって、戦うなんてこたぁできないだろうが、逃げるくらいならできるだろ? 違うか?」
「……」
とても嫌な事実として、荒事には慣れている。誰かと殴り合ったりなんて野蛮な事はできないが、逃げ足だけなら自信はあった。
「事前に提示された報酬内容と今回の一件。絶対に釣り合わないと思いますけど」
「おいおい。俺は頼んだ通りの事しか頼んでないぜ? お前さんには事件に巻き込まれた人間の不安解消をして回って貰う。俺は事件そのものを追う。その中で、お前にまで危害が及ぶ事だってあるだろう?」
「そのやり口、増々ヤクザですが、報酬の割り増しがまったくないのなら、これからは完全に縁を切りますからね」
間上の言い分は、確かに仕事をする上での筋が通っている。が、信頼と言う意味ではやや裏切られた状態だ。
その状態を維持すると言うのなら、調停役の仕事だって、受け入れる義理は無くなって来る。
「わかった。わかーった。そう恨みがましい顔をするなって。金は危険に遭った分を払う。それで良いか?」
とりあえずはそれで受け入れる。途中であった危険も、前提となる情報の不足も、こちらの不手際だ。その部分についてあれこれと悶着を起こしては、仕事をする者としての価値が落ちる。
「間上さんの期待通りの状態になったんでしたら、仕事の話はこれで終了です。けど、問題自体はまだ解決してませんよね? 僕の存在はお払い箱かもしれませんが、いったい何が起こってるのかについては聞かせてくれたりしませんか?」
これは仕事では無く好奇心の話だ。それと、事件により自分に害が及ぶ可能性を鑑みての自身を守る目的もあった。
「俺だって、相手さんが自分の立場を吐くまでは、全容なんて分かってなかったんだけどな……」
頭を掻きながら間上は返答してきた。確かに、すべてが判明していたのなら、こんな回りくどいことをする必要も無かったわけである。
「そういえば、僕や間上さんを襲ったあの人……今はどうなってるんです?」
路地裏から離れる際に、間上がさっさとどこかへと持ち去ってしまった例の男。もしや、既に海の底にでもいるのだろうか。
「頭の固い奴らだからな。べらべらいろいろと喋ってくれる期待も無いだろうが、放置するのもあれだろ? 警察署の前に放り出しておいた」
意外と良心的なやり方だった。これで上手く行けば、事件への警察の介入もあり得るだろうか。
「いっとくが、この程度じゃあ警察が全部解決してくれる可能性は薄いぞ。奴らは事件の起こし方を良く知ってる。デカい組織ほど動きが鈍いってこともな」
「奴らって……相神会でしたよね? 力を持った集団って聞きますけど、犯罪集団でもあるんですか?」
「基本的には力を鍛える流派みたいなもんさ。ただ、それに手段を選ばないってとこで周囲と良く一悶着を起こしてるんだとよ。そうか、うちの街にもついに来たか」
ヤクザの抗争みたいな話になってきたし、事実、それに近いのかもしれない。そこに色々と“力”が関わってきているからややこしい事になるが。
「街にも似た様な集団はいます。まだ穏健ですが、それにしたって刺激を与えれば爆発しかねない」
力は混沌を生む。混沌は混乱を呼んで、治安が不安定になるだろう。力の存在を排除できない以上、街はそれを受け入れるが、ほどほどに収めて欲しいと言うのが社会全体の本音だ。
「動ける奴が動いて、事を最小限に抑える。そういう役が必要だよな? 俺やお前みたいに」
「僕は武闘派じゃありませんよ。間上さんの方は知りませんけど」
「俺は動かなきゃならねえし、お前には俺が仕事を頼むから、やっぱり動かなきゃならねえ」
「……色々と言いたい事がありますが、とりあえず、なんで間上さんが積極的に動いているかについて聞きましょうか?」
頼まれたって、危険な事はしたくないとか、依頼の最中に騙されて危険な目に遭ったとか、そういう話は後だ。別に忘れるわけじゃない。聞きたい事が複数ある場合は、まず順番に尋ねるだけの話だ。
「俺が街のために働くってのが、そんなに意外な事か?」
「意外ですね。間上さんはそんな殊勝な人じゃない」
「お、断言するか」
ヤクザみたいな恰好して、慈善で動きますなんて人間でも無い癖に。疑問の余地を挟まず、間上は利己的な行動原理を持っている。
「始まりからして、僕を嵌めたじゃないですか」
「別に嵌めたわけじゃない。一般人の方々の不安を解消しなきゃならないってのは本当だし、その一般の方々が、俺の信者だってんなら守らなきゃ威厳ってのが無くなる。だろ?」
「信者って……やっぱり」
「おうさ。お前さんに回って貰った家には、漏れなく俺を崇めるための神灯があったんだ」
「もしかして、彼らが何時の間にか家にあったって言う妙な物は……」
絡繰りが見えてきた気がした。少し情報があれば分かる話でもある。つまり、意図的に間上が情報の提供を阻害していたと言う事でもあるのだが。
「俺の神灯だ。奴ら、当事者の記憶を操って、“以前からずっとあった”神灯を、まるで最近になって用意されたものみたいにしやがった。おかげで、全部壊されるか撤去されちまって、俺のおまんまの量が少なくなってよ。正面切って喧嘩売られたって事でもあるわな」
軽く言っているが、間上にとっては深刻な話であるはずだ。最近は、街中で間上を崇める人間も少なくなってきている。さらにそれを奪われたとなっては、間上の存在そのものにも関わってくるだろう。
「しっかし、神様って言うのも大変な職業ですねぇ。庭の置き物一つ無くなっても大事だ」
「まあな。だから細目に動かなきゃならねえんだよ、俺みたいな奴はな」
神様……そう、間上は神様なのだ。狼男ではあるが、日本に狼男はいない。西洋の方で生きている存在だ。日本において、狼が人間になったりその逆というのは、狼の神様を意味している。
このヤクザみたいな姿をして、ヤクザみたいな仕事をする男は、ヤクザみたいな神様なのだった。