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日苗市の人々  作者: きーち
第二章 ようこそ日苗市へ
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第四話

 結局、今日一日は日苗市を歩き回っただけで終わりそうだった。商店街で発生したヒーローと怪人の戦いについても、何時も通りと言えば良いのか、ヒナエソルジャーの勝利に終わっている。つまり特別、変化など無かった。

 ただ竜太が見る限りにおいては、見風の心情の中で、きっと大きな変化があったのだと思われる。

 だからこそ、本日の最終地、商店街近くのショッピングモールへとやってきたのである。甚だ不本意な場所であるものの。

「な、なんというか……何度か遠巻きには見ていましたけど、凄い場所……ですよね」

 ショッピングモール内。幾つかの階層に分かれ、中心が吹き抜けになっており、両脇に無数の店舗が並んでいる。

 どこにでもありそうなショッピングモールであるが、見風にとっては、まさに想像もできぬ未来の光景ということになるのだろうか。

 では、竜太にとってはどういう場所かと言えば……。

「凄いですか? こう……人がひたすらに集まってうざったいと言うか、情緒が無いと言うか、どの店も人の出入りがあって、なんというかムカつくと言うか、今すぐにでも燃え尽きないかなと思ってしまう感じの……そう言う場所ですよ?」

「えっ……え? どういう場所なんです? それ?」

 今すぐに消滅しなければならない場所だと言うことだ。が、それをそのままに言うと、何故か、本当に何故か、こちらが悪いとか頭がおかしいとか言う目で見られるため、ほどほどにしておく事にする。

 ただ、くそったれと思う事があるとすれば、ここを今日の散歩の最終地点にするしか無いという事だろうか。

「ここをどう表現するかですが……新しい安定って言ったところでしょうかね」

 日苗市に歴史書があるとすれば、この場所はその最終頁に記されている事だろう。今、日苗の中心はこの場所にこそあった。

 ここは大きく華やかで、人々が集まっている。そんな中にあると言うのに、ここには日苗市特有の、混沌の気配が薄い。

「安定……戦後と呼ばれる時代から、新たに日苗の土地ではまた混沌的な時代がやってきたと言う話でしたが」

「それはそうなんですが、旧村でも言った通り、人間って、大半の人は安定した日常って言うのを望むものでして」

 頻繁に悪の組織と正義の味方が戦ったりしている光景。自分に火の粉が飛んでこないとしても、無い方が良いと思う人間が、結構多いのである。

 だからこそ、商店街の方で起こっていることが、このモールでは殆ど発生していない。“力”を持つ者達の中で、ここでは力を使わないという暗黙の了解があるからだった。

「ここには人がたくさんいますし、日苗市では当たり前の様に、力を持ったり力に巻き込まれたりする人たちもいます。見風さんは後者になるのかな」

「巻き込まれたのは確かですね……はい」

「けれど、誰も力のことについては言及しません。使ってはいけないだけじゃなく、話題にだって出さない。そんなのは無いものとして扱うのがここです」

 それは少し歪んだ世界と言うことでもある。現実に即していない、仮の世界。だが、それが仮初だったとしても、安定は安定なのだ。

 混沌とした街に疲れた人間は、時折、このモールで心を休ませる。ここに人が多いというのは、それだけ、“力”に疲れている人間が多いということでもあるのだろう。まったくもって歯痒い話であるが。

「それが新しい形の……この街の変わり方なんですね」

「はい。昔みたいに余った土地なんて無い。人だってすごく増えている。物理的に、安定した距離を置こうというのは無理だから、せめて、精神的に距離を置ける場所を作りたいっていう、そういう変化なんですよ。ここは」

 そうして、混沌の象徴たる商店街は、安定の象徴であるモールに、集客力に劣りはじめている。こういう状況は、日苗市のどこでも起こっており、このモールの風景が、何時かは日苗市の当たり前の風景に変わるのかもしれない。今はその過渡期であるのかも。

「まあ、何だって、ほっといたって変わります。秩序を求めようとしたら、思いも寄らぬ事件が起こって、また混沌とした土地に戻るかもしれない。だから深く考える様な話でも無いんですが……変化の流れだけは知っておいた方が良い。特に見風さんは」

 じっと、見風を見る。ここで竜太の仕事は殆ど終わりだった。このモールへ辿り着く事が目的だったのだ。ただし、これで見風が何も感じないと言うのなら、まだまだ仕事が続くことになるのかもしれない。

「漢条さんは……もしかして、今日一日で、私にこれまでの埋め合わせをさせようとしていらしたんですか?」

「そんな感じです。見風さんがどうして、どんな場所でも住む場所としてしっくりいかないのかを考えていたんですが、それって結局、時代が違うからの一言に尽きるんですよ」

 当たり前の話なのだ。見風が生きてきた時代と竜太が生きる時代は違っている。その違いは当たり前の様に違和感となり、どんな場所だって住み難い場所になるはずだ。

 だからそれは仕方ない。違和感を違和感として受け入れろ……などと言う結論は、竜太らしくは無い。その結論より先に、やるべき事があるはずだ。だからこそ、別の手を打った。

「時代がズレているのなら、その差を埋めれば良い。見風さんが生きていた土地と僕が今まで生きてきた土地は、時代は違えこそ同じ土地。なら、その差を埋める景色だって、この街にあったって良いじゃないですか」

 だから、街の歴史を辿ったのだ。違和感の原因となる歴史のズレを、見風に直接認識させ、さらには、どの様な歴史を辿ったかを実感させる。そうする事で、多少なりとも、この時代に対する違和感を緩和しようとしたのである。

 どんな場所でも違和感を覚えると言うのなら、まずは抜本的な解決からをである。これ以上の事を求められるのならば、それは精神科医の仕事であるし、もっと時間を掛けて行う仕事でもあるだろう。

 何にせよ。やれるだけの事はやったと思いたい。

「どうです? 見風さん。それでもまだ、やっぱり、この時代には違和感を覚えますか?」

 馬鹿らしい質問をしたと思う。こんな質問の答えなんて、どう聞いたって決まりきった事なのだ。

「はい……まだ少し」

 見風の答えは、本当に当たり前の答えだった。一日、街を歩き回ったって、心の曇りが拭えるはずも無い。それがどんな景色だって、彼女の悩みをすべて解決してくれるわけも無い。

「けど……この街は確かに私が生きてきた土地で……その土地の中で暮らすのは当たり前の事なんですね」

 それは諦めに近い、悪い印象を持たれがちな感情の動きなのだろう。だが、それが無ければ人間は生きていけない。誰だって、仕方の無さの中で生きているのだ。すべてが納得できる世界なんて、誰が手に入れられるのか。

 少なくとも、見風はその仕方の無さすらも手に入れる事が出来ていなかった。だが、今はそれを感じる事ができているだろう。そう思えば、一歩とは言わず半歩程度は前進出来たと思う。竜太は思いたかった。

「それでも苦しかったら、土地を移動したり、全然風景の違う場所に行ったって良いと思います。けど、少しでも、この時代の、日苗の土地に住む事を受け入れられるのなら、僕はあなたにこう言いますよ。ようこそ、日苗市にって」




 日苗市役所にある来客用の一室。白い壁はやや汚れていて、そんな壁に囲まれた小さい部屋には、長机とそれを囲む様にパイプ椅子が4つ。たった一つだけある擦りガラスの窓は、あまり太陽の光を部屋に取り込んでくれない。

「どう考えたって、困った客用の部屋じゃないですか、ここ。僕は善良な一般市民ですよ? 不当だとは思わないんですか?」

 パイプ椅子の一つに座りながら、竜太は言葉を発した。勿論、独り言では無く、話す相手がいるからこそである。

「困った客であることに違いは無いだろ」

 公務員、衛青・翔也だ。彼もまた、竜太と向かい合う形でパイプ椅子に座っている。机の上では、竜太が行った仕事についての報告書作成が行われており、目線はパソコンに、そうして手は絶え間無く、キーボードをタイピングしていた。

「ひどっ。僕はね、わざわざ仕事が終わった事の報告をしに来たんですよ? あなたから頼まれた仕事です。それを困っただなんて……迷惑な客みたいに思われるのは心外です」

「実際、契約もせずに役所の人間が公費をどこともしれない奴の報酬に使ったなんて事が表沙汰になるのなら、お前は迷惑な客だろう?」

 言われてみれば、社会正義に反する行いな気がする。公務員と言う立場にとって、かなり危険な行為にはなるだろう。

「……いや、それって、僕がヤバい仕事を請け負ってたみたいじゃないですか。住居探ししただけですよ?」

「なら、この報酬はいらないわけだ―――随分と必死だな」

 衛青が手に持った封筒を懐にしまおうとしたので、慌ててそれをひったくる。中身は勿論、幾らかの紙幣だ。

「働いた分はきっちり貰います。慈善事業でやってるんじゃないんですよ、この仕事は」

 あくまで本業を支えるための副業だ。それを気分が良いから報酬は貰いませんとか、そういうことをしていたら、どっちが本業か分かったものでは無くなる。

「で? 言う通り、本当に見風氏は市内のアパートで満足してくれたんだな?」

「ええ。駅からは歩いて15分。家賃も手頃のワンルームってところですね。もうちょっと広いところもいけたんですけど、あんまり広いと落ち着かないらしくて」

「それが妙なんだ。こっちは幾ら紹介しても納得しなかったのに。どんなやり方だ」

「それについては秘密です。こっちも商売なんで。まあ、そっちがすぐに出来ないことをすぐにやってみたってだけの話なんですけど」

 手足が早いのが個人事業主の有利な点だろう。衛青とて、その点を期待して、竜太に仕事を頼んだはずなのだ。

「……まあ良い。上手く事が収まったのならそれでこの仕事は終わりだ。彼女については、今後も何かと関係があるだろうが、それでも、真っ先の問題は片付いた」

「仕事探しとかもしなきゃならないですしねぇ。いやぁ、タイムスリップで未来に行くのも大変だ」

 もしかしたら次もまた、問題が起こって、周り巡り、竜太にまた仕事がやってくるかもしれない。だが、そんな未来の事を心配したって仕方ない。竜太も、見風という女性が生きているのも、今という現実なのだから。

「で、肝心の彼女は、今日は来れないのか?」

 衛青の指摘通り、この来客室にいるのは竜太と衛青の二人だけ。当事者である見風は存在しなかった。

「後日、ちゃんと顔を出しますから、この数日は勘弁してあげてください」

 机に肘を突き、手に頬を乗せて、竜太は部屋の窓を見た。変わらずの擦りガラスで、外は見えない。まったく、気晴らしにもならない暗い部屋である。

「見風氏に何かあったのか?」

「何かあったんですよ。タイムスリップなんて、その何かでしょうに。彼女、漸く落ち着ける場所を見つけたんですよ? 後はどうなるか、想像できないって言うのなら、人としての情緒が無い」

 彼女はきっと泣いている。時代を転んで、家族も住んでいた土地も無くして、漸く途方に暮れる事ができるのだ。その悲しさを受け入れている最中なのだから、その他の事は後回しにして欲しい。

 それくらいの思いやりが出来なければ、調定役なんてできない。竜太はそう思うのだ。


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