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日苗市の人々  作者: きーち
第一章 日苗の街
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第一話

 獣がそうであるように、人間にも縄張りというものが存在している。

 それぞれの立場、年齢、性別、住む場所に寄ってそれらは様々な形を取るだろうが、自分にとっての縄張りとは、店としてはやや手狭な印象のある喫茶店の中にこそあった。

 (かん)(じょう)(りゅう)()はそんな縄張りであるところの喫茶店『カニバルキャット』の店内を見渡していた。

 窓からの眩しい日差しが店内を照らしており、地味な雰囲気がある店を申し訳程度に飾ってくれている。

 華美な装飾をしないという方針があるわけでも無い。単純にそんな事を考えたり飾ったりする手間が面倒なだけだ。

 そんな店内には最大4人席になるテーブルが二つと、同じく4人ほどが座れるカウンター席が一つ。それらがこの店に客を入れられる限界値だった。

 店員は自分以外に存在しておらず、厨房係とホール係を兼ねているため、仮に満席になったとしたら、それはそれで手は回らなくなる。

 幸運な事と言えば良いのか、店内は満席と程遠く、一番隅のカウンター席で、白髪の老人が一人、ナポリタンを啜っているのみだった。

「って……今、昼食時だよね? なーんでお客が一人だけかなぁ? 稼ぎ時のはずなんだけど。ねえ、お爺さん。どう思う?」

 竜太はカウンターの近くで腕を組みながら、唯一の客であるところの老人に尋ねてみた。

「ほっほっ」

 笑う老人。笑うだけの返事だったらしく、そのままナポリタンを再度啜り始めた。中々に答えは見つからないものだ。

 いや、答えなら分かっている。理由は近くに出来た大型ショッピングモールのせいなのだ。服飾品書籍に映画やゲームセンターなどのアミューズメント、トドメとばかりに高級なものからジャンクフードレベルまでが立ち並ぶフードコードなどが存在しており、それらが根こそぎ客を奪っている。それが今の惨状なのだ。

「なんとかしなきゃなんだよ。お爺さんもそう思うよね? あのモールが出来たせいで、内はもう完全に閑古鳥。お客さんなんてお爺さんくらいしか来ないしさ。終いにゃ潰れるよ。なんてこった」

 老人の返事など待たないとばかりに竜太は話を続ける。現状、会話とは話し合う事では無く、自分の意見を外に吐き出す行為の事であった。少なくとも今の竜太はそう考えており、老人の方も老人の方で、曖昧な笑みを浮かべるのみである。

 もし、老人が饒舌だったとするならば、もっと種類の違う答えが返って来た事だろう。確かにモールに客を奪われているかもしれないが、この店の寂れ様は、それ以上に店主である竜太の努力が足りないからだと。

 碌にメニューを増やさず、店内もパッとしない。極めつけに大半の料理があまり美味しく無い店に、いったいどんな客が寄り付くと言うのか。




 喫茶店『カニバルキャット』がある街の名前を、()(なえ)()と呼ぶ。全国のあちこちで人口減が叫ばれる中、昨今に至るまで順調にその住民数を増やしている。そんな街だ。

 かつては町と呼ばれていたこの市は、成長期にあると言える発展を遂げていた。現在3万を越えるその人口は、減る兆候を一切見せていない。

 成長期と言うことは、混沌とした時期にあるとも言える。多くの人間と共に、多くの考え方、そして多くの行動と物が集まるこの街は、街のあちこちに火種を待った爆弾染みた問題を抱えているのだ。

 その中の一つに、かつては町の中心地とされていた(ゆう)(あけ)商店街の衰退があった。発展の只中にある街と相反する様に、その商店街の店舗数と客足は少なくなっている。

 直接的な原因は商店街近くに出来たショッピングモールの影響がある。新しく、輝かしく、そうして人を惹き付ける華やかさを持った大型ショッピングモールは、住居こそ提供していないが、人間の生活にとって必要な衣食を有償で提供してくれる。それに付け加え娯楽だって与えてくれるのだ。発展する街に相応しい場所であろう。

 一方の商店街は、もう少し規模が小さかった頃の街のためにこそ存在していた。店が複数あると言っても、何から何まで揃っているわけでも無く、それぞれの営業時間もバラけている。さらにはありがちな排他的な雰囲気もややあってか、昨今では客の足も遠のきつつある。

 そんな世間の風当たりをもろに受けている店の一つこそが『カニバルキャット』であった。と言っても、店主の商売センスと技量の無さがそれらの原因を上回っているわけだが。

「んー! おっかしいなぁ。昼時のお客が一人だけって本当におかしいぞー」

 カニバルキャット唯一の店員であり店主でもある竜太は、その店の前で伸びをしつつ、日ごろの愚痴を隠しもせず呟いていた。

 店番をしなくて良いのかと言ってくれるな。先ほど、唯一の客だった老人も食事を終えて出て行ったのだ。店の中にいれば、それこそ日ごろの暇を持て余すことになる。不労の罪で体を鞭打たれることになる。

「……あっちは何時でもお祭りかってくらいに人が多いんだよなぁ」

 竜太は羨まし気にショッピングモールのある方向を見た。間に幾つか建築物を挟んでいるため、直接見ることは敵わないが、自らの店の寂れ具合を確認する毎に行う動作でもある。

 自らの不徳を無視して、他に原因をぶつけるのが、親より受け継いだ店を一代で寂れさせた彼の逃げなのであった。

 少なくとも、彼の父親が経営した頃は、多少なりとも人が来ていた。

「さて、今日もまた、あのモールに隕石が突然落ちてくる様に祈ろうか!」

 元気を出して他力本願かつ後ろ向きな事を言う。直接的な営業妨害に出ないだけまだマシであるが、それをしないのは単純に訴えられたら負けるからという極めて真っ当な現実があるからに他ならない。

 そんなマイナスの印象しか感じない日常を開始しようとしたところで、商店街に響く声が聞こえた。

「ケェーッケッケッケッケ! 我は悪逆合成人間、エビクマ男! 日苗市民どもよ! 恐れ慄くが良い! 今日この日より、貴様らは我らビョースター団に支配される事になるのだからなぁ!」

 商店街の大通り。その片側の端から声が聞こえる。だみ声でさらに大声の男だ。問題があるとするならば(最初から問題しかないが)、毛皮の生えた甲殻類らしきシルエットを持っているという事だろうか。

 手には大きな鋏があるから、エビというよりザリガニじゃないかとも思う。しかして、親に付けられた名前はそう簡単に変えられないのだから、深く考えるのは止してあげた方が良いだろう。

 そのエビクマ男が商店街の中心部分へ、鋏をチョキチョキ鳴らしながら歩いてくる。体格は成人男性より二回りほど大きく、なかなかに威圧感があった。

 途中ですれ違う一般人がそんなエビクマの姿を見て、慌ててエビクマから距離を置こうとしている。

 支配するとか言っておきながら、そんな逃げる一般人に関しては、別に追うとかはせずに、あくまで前を向いて歩いているエビクマ。

 まあ、安易に暴力沙汰にならないのは素晴らしい事だ。ただ、ただでさえ少ない商店街の客を、あのエビクマに減らされるのは問題だろう。

 竜太はどうしたものかと頭を掻きつつ、注意するかと手を上げた。

「あー……その、申し訳ないんだけど―――

 エビクマに近づきつつ、声を掛けようとする。その時。

「ビョースター団の怪人、エビクマ男よ! そこまでだ!!」

 またもや男の大声が商店街に響く。今度は若い青年の声であり、随分と良い声であった。声の方向を見るや、何やら人影が3人。

「ケェーッケッケッケッケ! 何者だ!」

 高笑いしつつ驚くという中々出来ない芸当をやってのけるエビクマ。そうして何者かと尋ねられた3人側も3人側で、複雑なポーズを取りつつ、恥ずかし気も無く名乗りを上げた。

「熱き思いを胸に秘めた炎の戦士! ヒナエファイアー!」

 と、赤い服装で身を包み、顔を赤いゴーグルで隠した青年が名乗る。続く隣の青年が、同じ服装で色が青になっただけの姿でまたポーズを取る。

「鋭き柔軟な思考を持つ戦略家……水の戦士……ヒナエウォーター!」

 そうして今度は黄色いのが。

「は、早きこと疾風を越えるっ。雷の戦士……ヒナエサンダー……!」

 漸くそれぞれの名乗りが終わったらしく、今度は三人共が動きを合わせてセットポーズを取った。声だって合わせてだ。

「我ら三人! ヒナエソルジャー!」

 もう少し優しい世界であったのなら、彼らの背後に色とりどりの爆発が発生したことだろうが、残念ながらそうも行かないらしい。高らかに響く何種類かの声だけが商店街を彩っている。

 彼らは名乗った通りにヒナエソルジャーと言う。この日苗市を狙う悪の組織から日苗市を守る正義の戦士集団である。本当だ。嘘じゃない。

 だいたいさっきのエビクマだってそうなのだ。着ぐるみではない生々しい質感を持った体を持っているあの化け物みたいな姿。本当に本当に合成人間なのである。

 肉体的な力も常人を遥かに超える。頭の方がやや残念っぽいのが唯一の助けか。そんな怪人たちと同等の身体能力を持つのがヒナエソルジャーを名乗る3人組であり、時たま現れる合成人間を退治していた。

 ちなみに彼らは、合成人間を退治できる唯一の存在……というわけでも無かったりする。

「ケェーッケッケッケッケ! 現れたなヒナエソルジャー! だが、今日が貴様らの最後となるだろう! 我らが大幹部ビックビョースター様が―――

「そこまでよ! 悪のビョースターに操られた悲しき合成人間さん!」

 と、丁度ヒナエソルジャー達が立つ場所から怪人を挟んで反対側に、またもや人影が二人。なんとこっちは女の声だ。そうしてまた商店街に大声が響いていく。

 もしかしたらこれが世の末と言う奴だろうか。

「ケェ? ケーッケッケ……あ、ええー……き、貴様らは一体!?」

 どうにもまた誰か現れるとは予想していなかったらしいエビクマ。しかし一応、名前は聞くらしい。案外律儀なのだろう。

「私達は!」

「愛と!」

「夢と!」

「希望を守る!」

「光の魔法少女、ヒナエツインズ!」

「ヒナエクインと」

「ヒナエレインが」

「あなた達に光で照らしてあげる!」

 と、二人のカラフルな髪の色とカラフルでフリフリな服装をした少女が背中合わせでポーズを取っていた。

 彼女らは名乗った通り、光の魔法少女ヒナエツインズである。何か、悪い奴と戦っている。要するにさっきのヒナエソルジャーと同類だ。

 世の中を守ろうとする人間が多くてとても良いことだ。悪の怪人がいる事についてはあえて目を瞑ろう。数の問題で言うのなら5対1で正義側が勝利している。

「ケェーッケッケッケッケ! ヒナエツインズとヒナエソルジャー! 貴様らが例え手を組もうと、我々ビョースター団を倒すことなど―――

「いいえ! あなたを倒すのはわたくし達、ヒナエツインズですのよ!」

 と、ヒナエツインズの金髪と赤い服装のヒナエレインがエビクマの言葉に割って入る。そういう状況で一番焦るのは、割って入られたエビクマ側だろう。

「え……ケェーッケッケッケ……じゃあソルジャーたちは?」

 一瞬、高笑いすらも忘れて困惑していたエビクマ。それでもちゃんと言葉に高笑いを入れるのは、職業意識が高いからだろうか。

「何を言っている! 貴様の相手は俺達ソルジャーだ! ヒナエツインズとやらよ! 女子どもは下がってもらおうか!」

 と、ヒナエファイアーがヒナエツインズを指差しつつ牽制する。

「なんですって!? そーいうのどうかと思うけどー! 今どき、男女差別ってどうなの?」

 ピンク色というどぎつい色をした髪と白い服装のヒナエクインが、軽い口調でヒナエファイアーを批判する。

「男が戦い、女性は守られる! それのどこが差別と言うんだ! これはれっきとした役割分担であってだな!」

「あーはいはい! そうやって意地張ってるのも腕っぷしの強さがあるってだけでしょ? 芸が無い芸が無い」

「そっちだって最終的には肉弾戦だろ! 魔法たって、空飛んだりできんだろうが!」

「あー言ったわね! 一番気にしてるところなのよ!?」

「ケェーッケッケ……あの、喧嘩は後に……」

 怪人とヒーローと魔法少女がやってきたと思ったら、怪人を放っておいて口喧嘩が始まった。見苦しい事この上無い。

「良し。シエスタでもしよう」

 店を出て散歩でもと思っていた竜太だが、今の光景を見て、暫くは外を出歩きたくないと思ってしまった。

 どうせ店は閑古鳥。店の近くでこんな騒ぎを起こされてはより一層、客も寄り付かないだろう。ならば不貞寝するに限る。

 これもまた日常だった。この日苗市の日常。兎に角いろんな人間や人間以外が集まって、混沌とした様相を見せ始めた絶賛成長期な我が街の姿なのである。




 店内に赤い光が差し込んでくる。どうやら日も暮れ始めたらしい。最近はやや日も長くなってきたなと思いながら、そろそろ店仕舞いの準備を始めた。

 結局、今日も客は来なかった。客は来なくても食材は痛むし、店はある程度清掃しなければならない。

 つまりは金銭面でも物質面でも、労力面ですら赤字の状態だ。店を照らす赤の色そのものが、店の財政状況を現している様にすら見えてくる。

「くそっ……やっぱりあのモールが……!」

 ここで自分の経営方法が駄目なのだという発想に至れるのであれば、竜太の店はここまで追い込まれてはいない。

 結局、他に原因を探すという後ろ向きな態度から始まった事であり、ある種は自業自得な部分がある。

 むしろ、どうしてまだ店が潰れていないかの方が謎であろう。もっと前の段階で、経営が物理的に無理な状況に追い込まれている。それが普通だ。

 それはつまり、『カニバルキャット』が普通な店ではないという意味でもあるのだが……。

 と思考が進んだところで、店の出入り口が開く音と、リンリンと店全体に届くベルが鳴った。

「はーい。いらしゃーい……って、なんだ間上(まかみ)さんじゃないですか」

 扉から入って来たのは、偉く体格が良い男だった。やや着崩した黒いスーツが服装であるが、社会人というよりかはもうちょっと筋モノに見える姿だ。強面な顔立ちがより一層、その雰囲気を強めている。

「なんだはねえだろ。なんだは。この店で貴重な客が来てやったんだぞ?」

「ヤクザの客なんて店にとっては迷惑以外の何でも無いでしょうが」

 彼の名前は間上(まかみ)(だい)。ヤクザみたいな見た目の、ヤクザみたいな仕事をしている、正真正銘のヤクザである。どこぞの組に属しているというわけでも無いらしいが、それにしたってヤクザなのだった。

「あのな? 別に地上げとかそんな理由に来たわけじゃあねえんだぞ? だいたい、地上げする程の価値がこの店にあるのか? 無いだろ? ナポリタン以外は不味いなんて噂のある店、ほっといったって勝手に潰れるって思わないのか、お前は」

「失敬ですね。ちゃんとサイダーとかオレンジジュースも酷評を貰ってませんよ」

 歓迎なんてしてもいないのに、竜太がいる場所の前にあるカウンター席へと座る間上。しかも店の評価までしてくる。一応は反論を試みてみるものの、頭が痛いと言ったジェスチャーを返されるのみだ。

「お前の親父さんの時は、繁盛してたってわけじゃねえけど、昔なじみなんかが集まる良い店だったんだけどなぁ……どうしてこうなっちまったんだか」

「ほら、やっぱりあれですよ。近くに出来たモールが悪いんですって。間上さん。ヤクザならああいう場所をこそ叩いてください」

「……駄目だな、こりゃ。遠からず潰れるわ」

 本当に失礼な人である。ヤクザなんて失礼な存在でしか無いから、別にそうでも構わないのだろうが、わざわざ店に来てまで言わないで欲しい。

「で、そんな潰れそうな店に何の様ですか。注文が無いなら、お冷だって出しませんよ」

「おー、じゃあナポリタン一つ」

「……はーい」

 やる気の無い返事をしつつ、ナポリタンを作り始める。ここ最近の注文はそれ以外が存在しないため、流れる様な作業でよどみなく料理を完成させることができる。

 これが他の料理だとそうも行かないのが悩ましい。おかげで、先ほどに間上が言っていた通り、ナポリタン以外の料理はあまり美味く無い店という悪評まで付いてしまった。

 それもこれも、きっとあのショッピングモールのせいなのだ。うん。

「でだ、本題に入っても良いか?」

「本題って、夕食が本題じゃないんですかっと」

 カウンターの奥で調理を続けながら、間上との会話を続ける。既に茹でてある麺をケチャップと具を混ぜつつフライパンで炒める作業だから、それくらいの余裕ならあった。

「仕事の話だ。仕事のな」

「仕事って、つまりそっち系?」

「どっち系だよ……。お前の店に来てお前に聞かせる仕事の話だってんだから、分かってるだろ」

 そりゃあ、彼の姿を見れば分かる。間上は何時だってこの店に仕事を持ち込む。いや、店にと言うより竜太本人にだ。

 ヤクザな人間が個人に仕事を持ち込むなんて碌なものでは無いことは確かなので、今度こそは、単純に料理を食べに来たと思いたかったのだが。

「ビョースター団は知ってるよな?」

「昼頃、店の前でエビクマ……クマエビだったかな? まあ、そんな感じの関係者が慌ててましたよ」

「慌ててた? 何時も通り、街を支配するー。とか言って無かったか?」

「言ってました。で、何時も通り正義の味方さん達が現れたんですが、レンジャーの方とツインズの方がほぼ同時に現れまして、どっちが相手にするかーとかもめ事に発展しましたね」

 頭の中でその光景を思い出す。あの場、あの瞬間でもっとも大変だったのは、エビクマ氏だろう。途中まで順調だったのに、目の前で正義の味方同士が喧嘩を始めたのだ。

 そりゃあ慌てるし、結局、なんやかんやで退治されたわけだが、最後まで釈然としない感じの高笑いが店の外で聞こえていた。

「ああー……そうかぁ。そうなってるよなぁ……」

 頭を抱えながら呟く間上。なんだかこの人も苦労している。ヤクザなのに。

「ええ、そんな感じになってますね。あれ、正義の味方側に営業妨害の文句って言えないのかな。次からは別の場所でやって欲しいんですけど」

「どこに怪人を派遣するかなんてのはビョースター団側が決めることだしな……っと、そこまで事情知ってるなら話は早いわな」

 何が早いのか。嫌な言い方をする人である。これからの仕事の話とやらが、そのビョースター団に関わっているみたいではないか。

「そのビョースター団に関係して、お前に調停役をしてもらいたいんだよ」

「ええー……」

「露骨に嫌そうな顔すんなよな。報酬はきちんと出すぜ? それで店の寿命も多少は伸びるじゃねえか」

 調停役。それは確かに、ここ最近の、竜太にとっての主な収入になっている。それがどういう役目かと言えば、字面通りだ。

 誰かと誰かを調停する。事を荒立てるのではなく、荒立った事を丁度良い形に整える。そんな仕事である。

 ある意味では遣り甲斐のある仕事かもしれない。問題が発生する前に、問題が発生しない形にするのだから、社会正義的な部分もあるだろう。

 だが、それ以上に気苦労が多い。人間関係なんて、関わればそれだけ面倒が増えるもので、そこに積極的に介入するのだから、当たり前の結果としてストレスの種が増えて行く。

「別に僕じゃなくたって良いじゃないですか。他にそう言うのする人、いるんじゃないです? 間上さん本人だって出来そうだ」

「出来ねえし居ねえからお前に頼んでるんだろ。店を経営する腕はさっぱりなお前さんだが、調停役に関しちゃ結構なもんだよ。金を出すだけの価値があるって奴さ」

「はぁ……できれば、前者の方の腕が欲しいんだけど……」

 ただ現状を認識するならば、残念な事に金を稼げる才能は調停役としての方の腕しか無い。

 将来的には店の方も繁盛することへ期待して、その店の赤字を補填するために調停役を行う。というのが竜太の日常の、その一つの光景だったのである。

「とりあえず、事情を説明できるだけ説明してくださいよ。あとの判断は……こっちでします。何時も通りに」

 そう言いつつ、出来上がったナポリタンを皿に乗せ、間上の前に置く。

 混沌とした成長期の真っただ中にある街、日苗市。多くの混乱を内包しながら肥大化するその街の中には、何時爆発してもおかしくは無い問題が多く存在していた。

 漢条・竜太はそんな爆弾を爆発しない形で解体する調停役。そんな役目を担わされていたのである。


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