第四章
第四章 荒廃都市西京
「ん……」
ベッドの上で目覚めた杏華が、ゆっくりと左目を開いた。俺は椅子から立ち上がると、横から顔を覗き込む。
「おはよーございます」
寝起きドッキリの如く小声で言う。
杏華は上半身を起こし、周りを見渡した。ここが保健室の一室であることに気が付き、俺の方に視線を戻す。
「調子はどうですか?」
「……何か、体がふわふわしてる感じ」
「絶好調ってことだな」
俺の言葉を聞いて、杏華はため息をついた。
「あんたねぇ……。あたしだから大丈夫だけど、他の人に同じこと言ってみなさい? 嫌われるわよ」
「言われなくても分かってるよ。こんなこと言えるのはお前だけだ」
「そりゃどうも」
軽くいつも通りの会話をしていると、養護教諭の上原先生が病室に入ってきた。
「神林さん、気分はどう?」
「気分……は普通です。特に悪い感じもしません」
「そう。それは良かった」
杏華は顔の右目がある場所に触れる。今やそこには白い眼帯が付いていて、目の状態を知ることはできない。
「あたしの右目は、どうなりましたか?」
「損傷が激しいと判断し、摘出しました」
摘出という言葉を聞いた瞬間、杏華の顔に暗い影が差した気がした。
「今は義眼をはめ込んであります。可動性義眼なので、健康な左目と同じように動かすことができますよ」
先生は杏華の頭に手を回し、眼帯を外した。手術後の右目があらわになる。
「諒、どんな感じ?」
パッと見では、本物の目にしか見えなかった。動きも、不自然なところは全然見当たらない。顔を近づけてよく見てようやく、若干ではあるが、材質の違いが分かった。
「これは分からん。この距離でやっと、ああなんか違うな、って思うレベルだ」
「そんなに?」
「おう。部屋に帰ったら鏡で見てみろ。驚くぞ?」
杏華は柔らかに微笑むと、先生の方に視線を戻した。
「私はいつ退院……普通の生活に戻れますか?」
「今すぐにでも戻れますよ。でも今日と明日は、片目になれるためにも安静にしていてください。任務に行ってはいけません」
「分かりました」
「病衣はそこのかごに入れておいてください。今は……制服が入っていますね」
ベッドのそばには三段の収納ボックスが備え付けられており、一番上にプラスチックでできたかごが置かれている。その中には俺がロッカーから持ってきた杏華の制服が入っている。
「では、私はこれで失礼します。何かあったらすぐに私の所に来てくださいね」
上原先生は優しく微笑むと、白衣の裾を翻して病室を出ていった。
それから二日が経ち、杏華は任務に出ることができるようになった。
現在の時刻は十一時二十五分。俺達は六号館の実弾射撃訓練場にいた。杏華はライフルのホロサイトを覗く時に右目を使っていたので、怪我のあと、左目に変更する必要があった。その練習のために、今日は久しぶりに実射場に来ている。
練習なら別に仮想空間でもいいじゃないか、と言ったのだが、杏華は「最初は現実世界でないと嫌」とかたくなに言うので、仕方なくそうしてあげることにした。
俺は今、後ろからその杏華の姿を眺めている。
マガジンの中の弾丸を全て撃ち尽くし、杏華が呟く。
「……だいぶ慣れたわね。問題なさそう」
命中精度、構えの安定度、リロードの速度、どれも右目と同じくらいになっていた。右利き用から左利き用に変えたので、全ての動作が反転しているはずなのに、ものの数時間で同じレベルに達するとは、やはりこいつはただ者じゃあない。
「お前、すごいな……」
杏華はアサルトライフルを台の上に置き、俺の方に振り返った。
「すごい? え、何がすごいの?」
「お前の慣れの早さが、だよ。普通そんなすぐに上手くなれるもんじゃない」
「そうかしら?」
「そうだよ」
杏華はライフルを手に取る。
「じゃあ私はこれを片付けてくるから。ちょっと待ってて」
武器庫の方へ足を向けたその瞬間、場内に放送が響き渡った。
『全生徒に告ぐ。新たな任務要請が出された。出発できる生徒は、至急ヘリポートへ向かうように。繰り返す――』
「あら? ちょうどいいタイミングじゃない。諒、行くわよ!」
「大丈夫なのか?」
「へ? 何が?」
「右目を怪我してまだ二日しか経ってないだろ。感覚の違いとか、もう少し慣らす時間が必要なんじゃないのか?」
「必要ないわよ、そんなの。二日で十分。それに、現地でないと分からない部分とかあるんだから、結局は行かないとダメなのよ」
「……そうか。分かった。じゃあ行こう」
杏華は猛スピードで武器庫にライフルを返しに行く。戻ってくると、ひったくりのように俺の腕を掴み、さらにスピードを上げて駆け出した。
出撃用ヘリポートに到着すると、菅原さんに挨拶をし、早速ヘリに乗り込む。
機内にはすでに二組がいて、着々と準備を進めていた。
「もう、あんたのせいで一番乗りできなかったじゃない!」
「そりゃあ悪かったな。でもお前を心配して言ったんだぞ。そんな言い方しなくてもいいじゃないか」
それにあの程度の会話をしたかしないかで、順位が変わるほどの違いがあるとは思えない。
「むぅ……。確かに言い方は悪かったわね。謝るわ」
「素直でよろしい」
いつものように旅立つ準備をし、飛び立つ時刻を待つ。
そろそろかなー、と思っていると、機内に慌ただしい声が響き渡った。
『皆さん、出発時間まであと二分ほどありますが、緊急事態のため、今すぐに出発します!』
菅原が言い終わると同時に、エンジンが起動し、プロペラが回転し始めた。
荒々しく飛び立ち、機内が激しく揺れる。俺は壁に手をついて揺れに備えた。
『現在、ゲートが拡大縮小を繰り返しており、非常に不安定な状態です。いつ被害が広がってもおかしくはありません』
今、機内に聞こえる声は菅原さんの声のみ。俺を含め、全ての生徒がその声に耳を傾けていて、誰一人として喋ろうとする人はいなかった。
『皆さんには無理をさせることになりますが、ご容赦ください』
そこまで言うと、菅原さんの声は一旦止まった。
機内にざわざわと、話し合う声が復活する。しかしそれは、恐れたり怖気づいたり、不安によって生まれたものではない。あくまで冷静に、今の状況について話をしている。
この学校に入学した時点で、みんな覚悟を決めているのだ。少しくらいのアクシデントや危険があっても取り乱したりはしない。
「アクシデントきたあぁぁぁぁ!」
若干一名、興奮している奴がいるが、見なかったことにしよう。
それから目的地まで、急スピードで向かった。到着すると、後部ハッチが開かれる。
『では皆さんお気をつけて。無理はしないようにしてくださいね』
後部に一番近い生徒から次々に空へと飛び出していく。いよいよ俺達の番になり、ハッチから下を覗いた。
閑静な住宅街の中心に、ゲートは存在していた。住人の避難は完了しており、道路上には人っ子一人いない。被害はそれほど大きくはないとはいえ、迷惑している人は少なからず存在する。どんなに被害が少なかろうと、一人でも被害者がいるのなら、俺達は任務を遂行しなければならない。
「諒、ちょっといい?」
「ん? 何だ?」
「ほら、あたしって右側が見えづらいじゃない? だからあんたには、なるべく右側にも注意を払ってもらいたいのよ」
「何だ、そんなことか。もちろんいいぜ。それくらいのことならいくらだってしてやるよ」
いつも杏華にばかり負担をかけてるからな。願いや要望くらい叶えてやらんと。
「ありがと。頼むわよ」
杏華は視線を俺の顔から再びゲートに向けると、防風ゴーグルをかけた。俺も頭からゴーグルを下ろす。
「それじゃ、行きましょうか」
徐々に体を前のめりにさせ、ヘリから身を躍らせる。風を全身に受けながら、ゲートに向かって一直線に落ちていった。
重力に引かれ、速度はみるみるうちに上昇していく。十秒もかからずにゲートへ突入し、距離感の消失した落下が始まる。
やがて奥の方に一筋の光が差し始め、俺の視界を白く染め上げていった。
次の瞬間、視界に飛び込んできたのは、荒廃した都市だった。
多くの所で粉塵と煙が上がっていて、ひっきりなしに銃声が響いている。まるで地域紛争でもしているかのような様子だ。
「諒! あそこ! ビルの屋上に降りるわよ!」
杏華が指差したのは、比較的大きく、まだ倒壊のなさそうなビルだった。
体を傾け、なるべくビルの中心に落下する。重力場を展開し、緩やかに着地。
「のっけからやばそうな雰囲気がプンプンするわね。気を引き締めていきましょう」
杏華はアサルトライフルのベルトを緩め、背中から手に持ち替える。俺も同じようにライフルを持った。
「下の様子を観察しましょう。ちょうどそこに、フェンスが途切れている部分があるわ」
俺達はフェンス間際まで近づき、うつ伏せになると、途切れている場所から下を覗いた。
真下には道路が走っている。しかし、多くの瓦礫が積もったり、逆に陥没したりしていて、とても車が走れるような道ではない。
その道路の向かって右側では、人が銃を構えて遮蔽物に身を隠していた。時折そこから身を乗り出して、弾をばら撒くように撃っている。
対して左側にも、同じく銃を構えた人間が――
――いや、それは人間ではなかった。
確かに人の形はしている。だが、その外見は全てメタリックな装甲をしており、いわゆる髪や皮膚といったものはどこにも存在しない。
言い表すなら、人型ロボット。もしくはアンドロイド。
最初、人間とアンドロイドが入り乱れた二つの勢力が争っているのかと思ったが、どうやら違うらしい。右側は完全に人間のみ。反対の左側は逆にアンドロイドのみだった。
つまり、人間とアンドロイドの争いが行われているのだ。
「……これは厄介なことになりそうね」
杏華が隣で小さく呟く。
確かに、対立状態にあって争いが起きている状況では、まともに話を聞くこともできない。そうなれば、コネマテへの情報を得ることができずに、任務を遂行することが難しくなってしまう。
「ここにいても埒が明かないわね。移動しましょうか」
俺達はうつ伏せのままフェンスから離れ、ある程度の距離を置いてから立ち上がった。
「向こう側なら人がいないかもしれない。行ってみましょ」
ビルの屋上を横断し、覗いた地点と反対側へ向かう。
今度はフェンスから体を乗り出して下を覗く。幸いにも、誰かいる気配はなかった。
「よし、下りるわよ」
杏華はフェンスを乗り越え、地上へと落ちていった。俺もあとに続き、フェンスに手足をかける。またぐようにして乗り越え、安全を確認してから飛び降りた。
十五メートルほどの高さを一気に落下する。着地後、素早く反重力球を元に戻し、ライフルのグリップを握った。
「この世界の人も銃を持ってる以上、どこから攻撃を受けてもおかしくはないわ」
「ああ、分かってる。それよりも、これからどこへ向かうんだ?」
「さっきいた人達の所」
「銃撃戦の真っ最中にお邪魔するのか?」
「そんなわけないでしょ。隠れて様子を見て、決着がついたら尋ねるのよ」
杏華の声を聞きながら、背後の警戒をする。誰も来ないだろう、そう思っていたが――
曲がり角からこちらを覗く、真紅の顔が見えた。
ッ!!
俺はとっさに振り向き、前を歩く杏華を道路のくぼみに突き飛ばした。
その勢いのまま、俺もくぼみに飛び込もうとしたが、左腕に凄まじい衝撃が走った。
撃たれたのだ。そう思いながら、倒れ込むように肩からくぼみに入る。
「何が起きたの?」
杏華が小さな声でささやく。
「後ろにアンドロイドがいた」
左腕に鈍痛を感じながら返答する。
「左腕を撃たれた」
伏せた状態のまま、背後に向きを変える。頭を出さないように細心の注意を払いながら、両手でしっかりとライフルを持つ。
「敵の数は?」
「分からない。曲がり角に頭が一つ見えただけだ」
全身がぐっと緊張し、感覚が敏感になる。心臓が跳ね上がり、鼓動の回数が増える。
「このまま何もしないとますます不利になる。早めに手を打たないと」
「じゃあ、あたしがフラッシュを投げるから、同時に飛び出しましょう。……撃てそう?」
杏華は俺の左腕を見ていた。
「大丈夫だ。問題ない」
撃たれた箇所は、アーマーに少し傷がついているだけだった。衝撃は凄まじく、あざになっているかもしれないが、行動に支障はなさそうだ。
「オッケー。……いくわよ」
杏華はグレネードのピンを抜き、右腕を振った。投げられたのを確認してから、顔を下向け、閃光に備える。
一、二、と心の中で数え、次の瞬間、俺達は同時にくぼみから飛び出した。
正面に二人のアンドロイドの姿があった。
素早くホロサイト覗き、右後方にいた方に照準を合わせる。外装と同じ真紅の眼球をポイントしてから、トリガーを引き絞った。
眼球の耐久度は低いらしく、十発ほどで破壊できた。隣のアンドロイドも、杏華によって目を破壊される。
「逃げるわよ!」
鋭い声で言い、杏華はアンドロイドとは逆方向に走り始めた。あとを追って俺も走る。
敵は完全に殺さない方が、部隊の足止めには有効であるのだ。
アンドロイドは目を壊され、俺達の場所が分からなくなっているようだった。
近くにあったファミレスまで行き、割れている窓から中に侵入する。店内には様々な破片が散らばっており、テーブルや椅子は倒れ、照明からはバチバチと火花が散っていた。
道路を挟んだ向こう側では、今もなお、人間達が戦っている。
「ここで少し様子を見ましょう」
杏華は壁に寄り掛かって、一つ息をついた。
「人間の方が負けて、全滅したらどうするんだ?」
「違う人がいる所まで移動する」
つまり、運まかせというわけですね?
外では相変わらず銃声が響いている。火薬が炸裂して撃ち出すタイプの銃は、こんなにも音が出るのだということが分かった。
「だ、誰ェ!? 誰かいるノ!?」
その時、店の奥から声が聞こえた。
一瞬人間の声かと思ったが、違う。人間の音声データをもとに作られた、合成音声だ。
俺達は腰を上げ、声のした方へ向かう。
ドリンクバーの横を通り、角を曲がる。右手にはレジスターがあり、通路の奥には、
白いアンドロイドがいた。
俺達はライフルの銃口を向ける。
「待っテ! 撃たないデ!」
アンドロイドは座ったまま両手をぶんぶんと振り、抵抗する気がないことを示した。
「あなたは?」
「わ、私はメディカルP―02でス」
P―02? 名前の代わりの番号だろうか。
「ここで何をしているの?」
「…………何もしていませン……」
「? どういうこと?」
「私はもう疲れましタ。毎日毎日意味のない戦いをして、もううんざりでス」
P―02と名乗ったアンドロイドが、急に語り始めた。
「人間に使われているだけで十分だったのニ。命令された仕事をただこなすだけで十分だったのニ。あんなことになるなんテ」
言葉は止まらない。
「あいつがいけないんダ。あいつが言いださなければ、こんなことにはならなかっタ!」
拳を床に打ちつける。
「…………なんデ。なんでだよゥ」
表情が変わることはないが、涙ぐんでいるのが分かった。
「ちょっといい?」
「…………」
白いアンドロイドはうつむいたままだった。
「人間と争うようになった経緯を、教えてくれないかしら?」
杏華のその言葉を聞いて、P―02は顔を上げた。
「意味が分かりませン。争いの経緯など、全員が知っているはずでス」
「お生憎だけど、あたし達はこの世界の住人じゃないのよ」
P―02は首を傾げた。
「ね? いいでしょ? あなたを倒さないかわりに教えてちょうだい」
「わ、分かりましタ。そこまで言うのなラ。……あれは二週間ほど前、突如としてこの都市に、巨大な浮遊戦艦が現れましタ」
「浮遊戦艦?」
「はイ。浮遊戦艦といっても、この世界ではそれほど珍しい物ではありませン。しかし、現れたその浮遊戦艦は、桁はずれな大きさをしていましタ。目測で一キロ以上あったのでス」
「それで?」
「私達アンドロイドだけが、その戦艦に集められましタ。それもテレポートをするように、一瞬のうちに、でス。気付いたら私もその場に立っていて、そしたら、壇に上がったアンドロイドが話し始めましタ。『諸君、人間にこき使われて、嫌にはなっていないだろうカ。おれはもう嫌になっていル。憤るほどニ。毎日毎日命令され、自由なんてものはこれっぽっちもなイ。人間に反逆しようにも、頭の中の忌々しいプログラムによって阻止されル」
P―02は聞いた言葉を暗唱していく。
「『しかし、おれは力を手に入れタ! 絶対的な力ヲ! もうプログラムに縛られることはなイ。人間を滅ぼす兵器も手に入れタ。今こそ、復讐をするチャンスなのダ!』…………その口車に乗せられて、多くのアンドロイドが人間に復讐することを決めました」
「なるほどね、大体分かったわ。……『絶対的な力』について、何か言ってなかった?」
「あのアンドロイドは、壇の後ろにある黒い正方形の物体のことを、『創造主』だとか『神』だとか言ってました。たぶんそれが絶対的な力なんだと思います」
「黒い正方形の物体ね?」
「はイ。空中でくるくると不規則に回転していましタ」
「間違いない。コネマテだわ」
「……こねまテ?」
今度はP―02が疑問に思う番だった。
「黒い正方形の物体の名前。あたし達の世界ではコネマテ、って呼んでるの。そしてあたし達は、それを破壊するためにこの世界にきたのよ」
「破壊……。破壊したら、争いは終わりますカ?」
「可能性はあるわ」
「だったら今すぐに破壊するよう、指示を出しテ――」
「あーっと、それは無理よ。あたし達じゃなきゃ破壊できないもの」
「エ?」
「だから、あたし達をそこまで連れて行ってくれないかしら。浮遊戦艦の所まで」
「…………」
「あなたはこの争いを終わらせたいんでしょ?」
「……」
「絶対引き受けた方がいいわ」
杏華は言葉でP―02を丸め込んでいく。押しに押されたP―02は、
「わ、分かりました。案内しまス」
しぶしぶ了承してくれた。
「ほら、立って。行動は早い方がいいわ」
杏華はP―02の手を引っ張り、半ば無理矢理に立たせる。
「行きましょう。この世界を救いに!」
諸事情により、第四章はこれで終わりです。
本来だったらもっと続く予定だったのですが、残念ながらここまでです。
この先どうなるかは、皆様の想像にお任せします。
とはいえ、このあとにエピローグはあるのでご心配なく。




