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プロローグ

かなり昔に書いた過去作です。

正直、拙いところしかありません。

次作、「魔界に行った俺は、少女たちのサイフになりました」。

次々作、「メインヒロインに物語を丸投げしてみた」。

こちらの方が完成度は高めです。

それでも良いお方は、暇つぶしにでもお読みください。



 プロローグ



 学校とはつまらないもの。十六年生きてきた俺が言える数少ないことだ。

 面白くもない話を延々と聞かされるのは、やる気も出ないし、拷問にしか思えなかった。

「おーい、りょう!」

 そう言って隣に座ってきたきたのは、中学時代のクラスメイトの西原圭介にしはらけいすけだった。

「久しぶりだなー。ていうかよくお前がこの学校に入れたよなあ」

「運で入ったようなもんだよ、ホントに。たぶん俺が最低点だと思うぞ」

 この学校は国からお金が出ているので、学費は掛からない。それに目を付けた母さんは、俺の進路はそこに入学すること、と勝手に決めつけてしまった。かくいう俺も特になりたい職業とかはなく、ただ漠然と過ごしていたから、目標ができて良かったとは思っている。

「合格できてなかったら俺、母さんに殺されてるわ」

「お前のかーちゃん、美人なのに性格はアレだから残念だよな」

「父さんじゃなかったら確実に夜逃げしていると、断言できる」

 自分の気に入らないことがあると包丁が飛ぶ。俺の成績が悪いと腹に拳が音速で衝突。父の給料が下がると、罵詈雑言の嵐。他人には厳しいのに自分には甘い。

 母さんの武勇伝を挙げたらキリがない。

「お、そろそろ始まるようだぜ」

 圭介が言ったとほぼ同時に、司会の先生が声を張り上げた。


「これより第一回、フロンティア養成学校、入学式を挙行いたします」


 国歌が歌い終わり、ここから地獄のお話ラッシュが始まる。まずは学校長からだ。

 六十代の白髪交じりの人が、壇上でマイクに向かい、話を始めた。

「えー、この学校の校長、山田嘉幸やまだよしゆきと申します。長ったらしいのは面倒くさいし、それに聞いている方もつまらないと思うから、なるべく話は短くしようと思う」

 学校長は一旦話を止め、少し間を置くと、

「ゲームの主人公に憧れたことはあるだろうか。自分の知らない世界で生き、冒険する。未知なる場所に飛び込み、頭と体を使って生き延びる。それは今までゲームの中でしか味わえなかったものだった。だが今、この年を境に自分がその主人公に、先駆者になれるチャンスがやってきた。

 しかし危険と隣り合わせでもある。背後から突然襲われることもあるかもしれない。それでも、君たちに頼るしかないのだ。異世界へと繋がる門は君たち若者にしか通ることができない。我々大人、老人には何もできない。

 だから君たちには主人公になってほしいと思う。決して易しいものではないが、君たちにはできると私は信じている。

 最後に、君たちはこの学校の素晴らしき第一期生だ。そのことを誇りに思って、生きていってほしい。以上だ」

 ……この学校は、面白くなるかもしれないな。


 入学式が終わり、俺達は学生寮へと案内された。

 学生寮は学籍番号に基づいて分けられている。01F001から01F300まである学籍番号は、名前とかで決められたのではなく、完全にランダムだった。

 それぞれの寮には紅玉館、翠玉館、蒼玉館という名前がある。100までは紅玉館、200までは翠玉館、そして300までは蒼玉館となっていて、俺は175だったので、翠玉館にやってきた。

 ロビーは約百人が一斉に入ったことで、かなり混雑していた。俺は最後の方になって来たから、かなり待たなくてはいけなくなった。こんなことなら早く来るべきだったか。

 パンフレットによれば、この学校ではパートナー制度というのがあるらしい。

 卒業するまでの一年間、一緒に任務にあたり、背中を守ってくれるパートナー。それが学生寮のロビーで発表されている。だからこんなにも混雑しているわけだ。百人が自分のパートナーを確認するのだから、そりゃあ時間がかかる。

 ちなみにパートナーとは、同じ部屋で寝食を共にする。本当に人生のパートナーとなるのだ。

 五分後、壁際に映し出されたホロウインドウの前に立つ人がようやく少なくなってきた。

 さて俺も確認して自分の部屋に行かなくては。パートナーが待ちくたびれているかもしれない。

 学籍番号が175だからといって後ろの方に名前が載っているとは限らない。左上から順番に確認する必要がある。

「えーっと……、どこだ?」

 俺の名前、百崎ももさき諒を探して目を下に動かしていると、

「お、あった。なになに……」

 部屋番号が203か、となると俺のマイホームは二階にあるのか。どうせなら一階が良かったのだが。近くて楽だし。

 そして肝心のパートナーは、

神林かんばやし…………、読めない……」

 杏華と書いてあるのだが、漢検三級の俺には残念ながら読めない。『杏』があんず、だということは分かるけど。

 俺はそのあんずさんに会いに行くためにエレベーターに乗ろうとしたが、4、5階へ行くであろう人たちでいっぱいだったので、しぶしぶ階段を上ることになった。

 部屋は正面入り口から見て左側に1から5まで、右側に6から10がある。俺の部屋は203号だから、両隣を二部屋ずつで囲まれていることになる。くそ、夜中に騒げないじゃないか。

 4号を通り過ぎ、自分の部屋の前に着いた。部屋のドアは開いていた。学生寮はすべてオートロックで、カードキーで開くタイプだ。正直俺はカードを忘れて外に出てしまって、部屋に入れなくなる現象が起きそうで怖い。

「あんずさーん。パートナーが来ましたよっと」

 靴置場には、動きやすそうなスニーカーがあった。白に黒のラインが入った、かわいいよりはスマートの言葉がピッタリな靴だ。

 俺も靴を脱ぎ、足を踏み入れる。部屋の間取りは、入ってすぐ左側に洗濯機、隣にキッチン、そして冷蔵庫がある。右側にはバスルーム、その隣の扉はトイレだろうか。

 通路を歩いて奥へと進む。さらに奥に扉があり、開けようとドアノブに手をかけ――。

 ――れなかった。しかも音が、ガチャ、ではなくゴンッ。俺の額と扉が亜音速で激突した。

「いっっってええええぇぇぇ!」

「ああごごめんなさいこの扉は開けておおいた方が邪魔にならないと思……え?……」

「んえ?」

 俺とあんずさんはお互いに指を差しあい、

「女ああああぁぁぁぁ!?」「男おおおおぉぉぉぉ!?」

 絶叫した。


「と、とりあえず自己紹介しませんか?」

 部屋に備え付けられている椅子に、テーブルを挟んで向かい合って座った。座ったまでは良かったが、両方黙り込んでしまって、今ようやく俺から話しかけたところだ。

 ちらっとあんずさんを見ると、目を伏せて不機嫌そうな顔をしていた。

「…………」

 返事がない、ただの屍のようだ。ああ! そういうことか。俺の方から自己紹介してほしいんだな。照れ屋さんだな―もう!

「俺の名前は百崎諒。趣味はゲームと漫画を読むことかな」

 当たり障りのない自己紹介にしてみたが、反応はどうだ?

「あたしは、神林杏華(きょうか)

 相変わらず不機嫌そうだったが、何とか会話を始めることに成功。でも名前だけとは。何かいい手はないものか。

 というか何でこんなに機嫌が悪いんだ? 男とパートナーになったのが、そんなに嫌なのか? ん? あれ、待てよ……。

 申し込みの時に、パートナーについて異性でもいいかどうか選択する項目があったはずだ。『同性のみ』『異性とでも構わない』、どちらかを選択するようになっていたが、あれは女子への配慮のためだったのだろう。さすがに、見ず知らずの男と一つ屋根の下は厳しいだろうから、そういう人は『同性のみ』を選ぶはずだ。

 逆に男は、女子を拒むはずはないから、ほとんどの奴は『異性とでも構わない』を選んでいるはず。俺もそうだ。

 そういうわけで、少なくとも手違いで男と一緒にされて、機嫌が悪いということではない。本当に手違いだったら恐ろしいがそんなことは、絶対とは言い切れないが、起きるはずはない。

 そこまで判断したところで、俺は思い切って聞いてみた。

「なぜそんなにも機嫌が悪いのでございますか?」

「……サイ……ク……」

「え? サイクリング?」

 自転車が好きなのか。

 次の瞬間、あんずさん……じゃなかった杏華は頭を抱えて叫んだ。

「あーもう違うわ! ブサイクだって言ったのよ、このブサイク!」

 今日会ったばっかの人にいきなり悪口を言われた。初体験だ。

「あたしのパートナーがどうしてこんな、低身長でブサイクで頭悪そうでブサイクな男なのよおおおおぉぉぉぉ!!」

「ブサイクを連呼するんじゃないよ!」

 小顔で整った顔立ち、腰まである髪もサラサラで触り心地が良さそう。制服の上からでもわかる抜群のスタイル。やや吊り目気味で、それが気の強そうな印象を与えてくる。いや実際気は強い。黙っていれば美人で男が寄ってきそうな感じなのに、何だろう? すごく残念な気持ちになった。

 杏華は顔をあげ、真っ直ぐに俺の顔を見た。そのあと、顔を動かしていろいろな角度から俺の顔を凝視し始めた。

「どこかに、イケメンに見える角度が……」

「あなた、いやお前、ホントに残念な奴だな」

 思ったよりも早く、気まずい空気から抜け出すことができた。そのかわりに俺のハートはボロボロになってしまったが。あとで絆創膏を付けておこう。

「残念とは失礼ね。この超絶美少女のあたしに残念なところなんてないのよ」

「今言った台詞でまた残念になったな」

 美少女は自分のことを自分から美少女とは言わないよ。

「で、豚岡ゴミ男だっけ?」

「違う、百崎諒だ」

 そんな名前で役所に登録できるか! 役所の人に「こいつ頭おかしいんじゃね?」って思われるわ!

「ちょっと惜しかったわね。それで諒、あたしのことは杏華って気さくに呼んでいいわよ」

「はーい、あんずさんですねー(棒)」

 冗談でそう言ってみたのだが。

「……今ならあたしが無料で去勢してあげるキャンペーン中だけど、どうする? やりますか?」

「遠慮しておきます」

 顔が怖い! 悪魔だ、鬼だ! なるほどこれがヤンデレというやつか。

「まあいいわ、じゃあ明日からの方針を決めるけど。あたし達は実践重視でいくわよ。必須科目をすぐ終わらせて、即現場に向かうの。異議はある? 認めないけど」

「いや別にないけど、一つだけ質問。その方針は何か理由があって決めたのか?」

「え? 理由? んーと、あたしが早く現場で活躍したいから。あと訓練とかやってもそんなに意味ないと思うから」

 少しだけ、本当に少しだけだが、あれこいつ真っ先に死ぬタイプじゃね、と思ってしまった。残念ながら反省しなくては。

 話が一段落したところで、俺達は新生活のための準備を始めた。入学前に送った荷物が部屋にすでに置かれていて、さすが国立の学校だと思った。準備と言っても、俺は下着

や私服ぐらいしか持ってきていないので、ほとんどすることがない。荷物入れの中に入れておいた方がスペースを取らずに済むし。ハンガーに掛けてクローゼットに仕舞わなければならないほど大事な服なんてないしな。

 暇だったので、椅子に座って杏華がせっせと働いている様子を眺めていた。 

「お前、使い慣れた枕じゃないと眠れない人なのか」

 枕を取り出したのを見て、つい呟いてしまった。

「だって気持ち悪いんだもの。あんたと同じぐらいね」

 備え付けの枕と交換しながら、杏華は答えた。そしてその交換した枕を上の、俺のベッドへ放り投げた。ベッドは二段ベッドで、下が杏華、上が俺だ。

「私服とか持ってきてないのか?」

 荷物の中に全く見当たらない。

「え? 制服で十分じゃない。どんな状況にも対応できる万能服、それが制服よ」

 こいつの私服姿は見れないのか。まあ興味ないけど。

 それからだんだんと取り出されるものが小物になってきた。

「薬なんて持ってきてたのか。ちょっと意外だ」

 こいつの性格からしてそんなものは必要ないと思うのだが。気合で治せるだろう。

「あんたあたしを何だと思ってるの?」

 ちょっと睨まれた。

「自己再生能力を持った、ゴ」

 目覚まし時計が顔面に飛んできた。反射的に受け取る。

「ちっ」

 舌打ちすんな。俺は額に受けた痛みがまだ引ききってないんだぞ。

 そういったやり取りをしていると、放送が部屋に響き渡った。

『午後六時となりましたぁ。入学記念パーティーを行いますので、体育館に集合してくださぁい』

 おっとりした上にかなりのロリボイスが聞こえた。やばい萌える。

「誰の声だ? すごく萌えるんだが」

「男ってさ、ああいう声好きだよね。女のあたしからするとイラッてくるんだけど」

「お前の声も十分イラッてするが」

「あんたの声もかなり不愉快だけど」

 声じゃなくて言葉にイラッとした。

「早く体育館に行くわよ。残り物には福があるっていうのは間違いだから」

 俺はカードキーを制服のポケットに入れ、杏華の後に続いて部屋を出た。

 他の部屋からも次々に人が出てきていたが、杏華はその間をすり抜けながら走っていく。俺も必死で付いていくが、体力が持たない。受験勉強でろくに運動もしていなかったから、すっかり体が弱っていた。それに比べ杏華は、体育館に着いても息切れすらしていなかった。

「男なのに体力ないわねー。女のあたしの方があるってどういうことよ」

「シャトルラン72回の俺をなめるなよ……。本来の俺に戻ればお前なんて」

「あたし102回だけど?」

 勝てなかった。

「やはりゴ」

 右足を音速で踏まれた。ぐあああぁぁぁ、クラスマッチのサッカーで決勝点をあげた俺の黄金の右足があああああ!

「立て」

 右足を押さえてうずくまっていると、非常なことを言われた。痛くない痛くない、立てる立てる! 今立たなくていつ立つんだ! 絶対立てる! 自分に言い聞かせ、俺はなんとか立ち上がった。

 体育館に入ると、あまりの光景に息を呑んだ。

 入学式の時はパイプ椅子が整然と並べられているだけの何もない空間だったが、今やきらびやかな装飾と綺麗な照明でガラリと印象が変わっていた。それに食べ物の美味しそうな匂いが鼻をくすぐった。腹がぐうぅと鳴った。

 ぐぎゅるううううぅぅぅ。

 俺の腹の音を掻き消す爆音が、前の方から聞こえた。

「おやおやぁ? 人間には絶対出すことのできない音が聞こえましたが? 一体何なんでしょうか?」

「早く食い尽くしたい……」

 振り向きもすることなくにボケを殺された。死にたい。

「どうぞ、来た人から自由にお皿に盛って食べてください」

 ステージ上でマイクを持ったポニーテールの女性が食べもいい許可を出した。

「おっ、食べてもいいのか。なあ杏華……」

 消えた。さっきまで目の前にいたのに一瞬で消えた。まさか、あいつ瞬間移動能力者だとでもいうのか!?

 ガチャガチャガチャガチャ。左からすごい皿がぶつかり合う音が連続で響いてきた。…………杏華が高速で皿に料理を盛っている音だった。そして皿いっぱいに盛ったかと思ったら、頭の上にその皿を載せた。お前はどこかの民族か。

「おい、落とすなよ?」

「あたしを誰だと思ってるの? そこらの民族よりは上手いわよ」

 答えながら二枚目の皿に、パスタとウインナーとスクランブルエッグを盛っていく。その他様々な料理を隙間なく押し込み、二枚目も大盛りになった。

「持ってて」

 皿を突き出してきた。とりあえず受け取っておく。そして三枚目を盛り始めた。

「一回食べてからまた盛れよ! 他の人に迷惑だろ!?」

 つい正論を言ってしまった。俺が正論を言うことなんて滅多にないのに!

「そうね、確かに迷惑だわ。食べてからまた盛りましょう」

「あれ? 素直に言うことを聞く……だと……?」

「今度は五枚分盛るけど」

 ダメだこいつ早く何とかしないと。

「よし、盛り付け完了! さあ食べるわよー」

 頭に皿、左手に皿を持っているが、あれフォークは?

「お前、フォーク持ってないのか? ここまできてそれはないわー」

「いやあるけど?」

 右の袖からフォークがスッ、と飛び出した。おっと父が手品師だったようだ。

 杏華はミートボールを突き刺すと、口に運んだ。

「あ、美味しいこれ。もっと食べよ」

 パクッ、もぐもぐ。パクッ、もぐもぐ。

「食べるスピードは普通かよ! そこもめちゃくちゃ速いというのがテンプレだろ!」

 吸った瞬間消えるのを予想していたのだが。過大評価だったようだ。

「やーね、乙女がそんな下品な食べ方するわけないでしょう」

「乙女? ゴリラの間違いだろ?」

 フォークが左眼球まであと三ミリでした。もう少しで目がぁ、目がぁ! ってなるところでしたね。良い子はマネしないように。

「お前! 女子のパンツを絶対に逃さない俺の左目が傷ついたらどうしてくれるんだ!」

「やっぱり潰しておけば良かったかしら」

「調子乗りましたごめんなさい」

 杏華はこくりと頷いた。意味は『黙ってればいいのよ、この顔面凶器』に違いない。いや120%そうだ。それからまた美味しそうに食べ始めた杏華を見て、手に持っている皿を見て、俺は一番大事なことに気づいてしまった。

 これでは俺が食べられない。

 なぜ気づかなかったんだ! 両手が空いていないと、自分の皿に料理が盛れないということに! 俺のバカ! ゴミクズ! この皿を投げ返してもいいが、それは飯抜きになるどころか俺が死んでしまう。果たしてどうすればいい。

「はい、また持ってて」

 空になった皿を渡された。そして頭の皿を左手で持ち、食べるのを再開した。

「重ねちゃダメよ。汚れるから」

 ついに両手が塞がりました。完全にゲームオーバーです。

 しかしその時、救世主が現れた。

「うぃーす、諒。また会ったな」

「おお! 圭介いいところに! ちょっとこれを持っててくれ」

「ん? いいけど。ってお前……」

 杏華を指差して、圭介の顔がどんどん驚愕のものになっていく。

「どうした? 地球外生命体でも見たような顔をして」

「お前のパートナーこの子か? めっちゃ可愛いじゃん! マジかよ!?」

 お前はこいつの外側しか見ていないからそんなことが言えるんだ。中身は賞味期限が三年過ぎた牛乳だぞ。

「あたし神林杏華。よろしくね」

「あ、西原圭介と言います。こちらこそよろしくお願いします」

 俺は圭介の後ろにいる小柄な男子に気が付いた。少し距離を取ってこちらの様子をうかがっていた。初対面の人には上手く話しかけられない人なんだろうか。

 俺の視線に気づいた圭介がその男子に歩み寄り、背中を押した。無理矢理俺達との距離が縮まる。

「えっと、小島友弥こじまゆうやです」

「オレのパートナーだ。すげー頭いいんだぞこいつ」

 友弥は少し照れくさそうに笑った。

「百崎諒だ。よろしくな」

 握手をしようと思ったが、両手が塞がっていたのでできなかった。まあ絶対にやらなければいけないということではないので、今はいいだろう。

 おっと目的を思い出した。

「圭介、この皿持っててくれ。俺は今から旅立ってくるから」

「お、おう。分かった」

 圭介に片方は山盛りの皿、もう片方に空になった皿を渡した。いや押し付けた。

 これで自由だあああ! ひゃっほおおおぉぉぉ! ダッシュで料理の前までたどり着く。

 ああ、輝いて見えるよ料理たちが。さっそく俺のお腹に入れてあげよう。

「紳士淑女の皆様、こんばんは! 料理は美味しいでしょうか?」

 ステージに立つ女性が、声を張り上げた。食べてもいい許可を出したポニーテールの女性だ。美味しいでーす! という数名の女子の声がステージに返された。

「それは良かった。ここで! 新入生の何人かに、お話をお聞きしたいと思います!」

 お、パーティーらしくなったな。食い物食べてるだけじゃただの食事会だったしな。

「まずは、まさかの唯一の男女コンビ! 百崎諒さんと神林杏華さん! ステージへどうぞ!」

 え? 指名制? そこは突撃インタビューだろ普通!?

 会場からおおおお!! と歓声が響いた。えーヤダよー、行きたくないよー。

 この料理ちゃんを目の前に、撤退しろというわけですか? できるわけないじゃないですか!

 気づけばすでに杏華がステージに上がっていた。皿とフォークを持ってだが。どんだけ食い意地あるんだよ。

「百崎さーん、どこですかー!」

 呼ばれている、猛烈に呼ばれている。が、女性は俺の位置が分かっていない。ステージから一番遠いところにいるからな。

 くいっくいっ、と女性の隣にいる杏華が手招きをしていた。完全にバレテーラ。どうやら前世はゴリラじゃなくて鷹だったようだ。しょうがない行くか。

 ズドンッ、と俺の足元に何かが突き刺さる音がした。フォークでした。何だ母親はナイフ投げのオリンピック選手か。

 俺は猛ダッシュでステージへと向かった。

「お待たせしました……」

「おお! 百崎さんの登場です。皆さん拍手!」

 パチパチパチパチ、会場からまばらな拍手が聞こえる。みんな食べながらなので全員が拍手しているわけではない。

「ではまず、神林さんから。パートナーの百崎さんについて語ってください」

 女性が杏華の口元にマイクを近づける。一体どんなことを言ってくれるのやら。

「ブサイクで最悪です。そこら辺の雑草をパートナーにしたいくらいです」

 会場から笑い声。うん、いつもと大して変わらないね。

「ジョークがとてもお上手ですね! その言葉に惚れる男子、多いんじゃないですか?」

 ジョーク? 何を言っているのですか? 心からの言葉ですよ今のは。

「では、百崎さん。この可愛い神林さんについて一言、お願いします」

「え、えーとですね……」

 チラッと杏華を見る。その目は、『変なこと言ったら殺すわよ』と言っていた。

 冷や汗がだらりと流れる。俺の頭の中で、生まれてきてから必死に覚えてきた日本語がぐるぐると回っていた。

「と、とても優しくて頼りになります。しかも美人で可愛くて、言うことなしです!」

 持ち上げておいた。裏目に出なければいいが。杏華がうんうん上出来上出来、と頷いていた。

「なんと! 大変良いお言葉をいただきました! では最後に神林さん、これからの学校生活の意気込みを、よろしくお願いします!」

「あたし達が真っ先に戦場に降り立ちます。これだけは譲れません」

「おっと! 頼もしいお言葉! ありがとうございました、百崎諒さんと神林杏華さんでした!」

 再びパチパチパチパチと会場から拍手が送られた。ふう、やっと終わったか。

 ステージから降りて俺は安堵の息をつく。毛穴という毛穴から冷や汗が出っ放しだった。

「ではこれから下に降りて、様々な方にインタビューしたいと思います!」

 何で俺達だけ指名されたんだよ。あ、男女コンビで珍しかったからか。

 女性はステージ上から降りて、近くの人に片っ端からアタックし始めた。恥ずかしがるような声と笑い声が入り混じった声が、スピーカーから聞こえてくる。

「お疲れ―。神林さん、すげーかっこ良かったですよ。諒もまあまあいいこと言ったな」

 圭介がねぎらいの言葉をかけてきた。俺は正確には言わされたのだが。まあそんなこと言っても無駄だろう。

 !? こいつ、皿を持っていない? どういうことだ!?

「お前、皿はどうした?」

「え? 置いてきたきたけど。まずかったか?」

「死んでしまうぞ!」

「死ぬ? 何で? また新しいの使えばいいじゃないか」

 天才か。お前天才か! さすが俺の親友だ!

「オレ達も食べようぜ。まだ何も食べてないんだろ?」

「うん食べる。食べるよ俺!」

 ちょっと涙が出てきた。餌を目の前に待て、をされた犬の気持ちが分かった気がした。

 それから俺は、心行くまでご馳走を堪能した。まさか感動してマジで泣いてしまうとは思わなかったが。美味い食い物には人を感動させる力があるのだ。

 杏華は、俺が号泣しながら食べている姿を見て爆笑していた。自分のせいでこんなことになったとは全く思っていないのが無性に腹が立つ。いつか仕返ししてやろう。

 パーティーは二時間が経過し、ちらほらと部屋に帰っていく人が出てきた。俺もお腹がいっぱいになり、そろそろ帰ってもいいんじゃないかと思い始めていた。インタビューのあとイベントもいくつかあったが、今やそれも終わり本当に食事会だけになっている。

「お前はいつまで食ってるんだ。一回病院に行った方がいいんじゃないか?」

 二時間経っても、ペースが落ちている気配がしない。冬眠前の動物かお前は。

「食らい尽くすって言ったでしょ。あ、別に帰ってもいいわよ」

「そうか、じゃあ先に帰るわ」

 俺は杏華と別れ、体育館を出た。午後八時を過ぎ、すっかり夜になっていた。

 今日一日でものすごく疲れた気がする。あいつは疲れを振りまいているに違いない。最初に会ったときは可愛い子だと思ったのに、本性を知ってしまうと何とも言えない気持ちになる。こんなにも残念美人という言葉がピッタリと当てはまる人間は他にいないだろう。

 女子なだけ運が良かったと思うべきか。うん、そういうことにしておこう。


 いろいろ考えているうちに部屋の前に着いていた。カードをスライドさせて鍵を開ける。

「ただいまー、って誰もいないけど」

 靴を脱ぎ、奥の部屋へと向かう。電気をつけ、テレビの電源を入れた。チャンネルを回すと、面白そうなバラエティー番組がやっていた。

 三十分ほど経つと、杏華が帰ってきた。

「何だもう満足したのか? 深夜まで帰ってこないと思ったのに」

「違うわよ。全部空にしてきたけど、もう新しいのが出てきなさそうだったから、帰ってきたのよ」

 それは洗う人が楽になったな。いい仕事したじゃないか。

「あたし、今からシャワー浴びてくるから」

 杏華はバッグの中から新しい下着と寝巻のTシャツ、短パンを取り出した。何だパジャマ派ではないのか。

「覗かないでよ」

「覗かねぇよ」

 部屋から出て、扉を閉めた。すぐさままた開き、顔だけ出すと、

「この部屋から出ないように」

「分かったよ!」

 俺が男だから、用心するのも分かるには分かる。誰だってプライバシーはあるものだ。

 これからパートナーとなっていくのに、その関係をいきなりぶち壊したくはない。いや関係がぶち壊れる前に、俺の体がぶち壊れてしまう可能性もあるが。腹に一発食らっただけで内臓が弾け飛ぶ気がする。

 あがるまで大人しくテレビでも見ているとするか。

 微かにシャワーの音が聞こえてきた。自分で使っているときは特に何も感じないのだが、他人が使っているときのシャワーの音は、なぜか妙に興奮する。俺は変態なんだろうか。うん、間違いなく変態だ。

 そのあと、ずっと変な想像が頭を駆け巡り、テレビの内容が全然頭に入らなくなった。どうにかして精神を落ち着かせなければ。考えろ、考えるんだ。このままでは俺の理性が飛んで、取り返しのつかないことに――!

「う、やばい……」

 急に尿意と便意が俺を襲った。さすがに食べ過ぎたか。

 はっ!? 俺はこの部屋から出られないではないか。出たら内臓が出てしまうし。しかし、このままここにいたら違うものが穴から出てしまう。

 どうする!? 危険を冒してトイレに駆け込むか。…………。

 行くしかない! 俺が助かる方法はこれしかないんだ!

 立ち上がり、扉の前にたどり着くと、静かに静かに開けた。ここは開けっ放しにしておいた方が、戻ってきたときに簡単だろう。そして左側にあるトイレの扉をより慎重に開ける。隣がすぐバスルームで近い分、ここは慎重にならざるを得ない。中に入ると、俺は急いでズボンとパンツを下ろした。

 ゆっくりしている時間はない。女の子だからそんなすぐにあがるとは思えないが、万が一を考えると急ぐに越したことはない。流したときの音がシャワーの音で聞こえないことを祈りながら、俺は大で流した。再びトイレの扉を開き、そろりと抜け出す。


 ガチャ。


 !?

 ま、まさかね。そんなことがあるわけないじゃないですかー。やだなーもう。

 ギギギ、と俺は首を右に向ける。

 バスタオルで体を隠した杏華が、案の定いた。いてしまった。

「ちょっとトイレに行きたくなっ」

「死ね」

 ばさっ。俺の顔にバスタオルが掛かった。杏華が体を隠していたバスタオルを、俺に向かって投げたのだ。フローラルな香りが鼻いっぱいに広がる。

 香りが楽しめたのは一瞬だった。拳による腹への強烈な一撃で、俺の意識は闇へと引き込まれていった。


 はっ! 意識が戻った。

 周囲を確認する。良かった内臓は飛び出ていないようだ。それにしても暗いな。

 ポケットから携帯電話を取り出して時間を確認する。深夜二時だった。つまり俺は五時間ほど眠っていたことになる。気絶ってそんなに長いこと続くもんだっけ。

 まだお腹が痛い。胃、破裂してないよな?

 部屋に戻る。杏華がすでに寝息を立てていた。くそう、寝顔は可愛いじゃないか。

 俺もシャワー浴びよう。パジャマとパンツを取り出し、バスルームへと向かった。

 卒業するまでに体が壊れないことを切に願わなくては。

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