悪役令嬢の良心はおおらかな絆を結びたいっ!
あらすじにも書きましたが、以下のことが納得できない方や「悲劇のままでよかった」と思う方は回れ右でお願いします。
※「悪役令嬢の良心は幸せなシナリオを導きたいっ!」の続編です※
※悪役令嬢していないです※
※今回は「悪役令嬢って落ちぶれた後は正規ヒロインと友達になってるよね?」をテーマに救済措置をとっています※
何度も何度も手紙を出した。
相手が読まずに捨てているのか、それともお父様が握り潰しているのか。返信は無かった。
それが今日、やっと。
「届きましたわ……!」
ぐっと手に力を込める。手紙の返信がやっときた。今は忙しいので数日後、会いに来るということも書いてあった。
私たちからの手紙を読んで、会いに来るという決断を下すまでにどれ程の勇気を要したのだろう。それだけでも敬意を表したい。
やったね、アン。これでやっと、また一歩が踏み出せるわ。
「そう……ですわね。ドゥのためにも、この状況を早くなんとかしなくては……」
もう、私のことなんか気にしなくて良いのよ?
「駄目ですわ。ちゃんとドゥもいてこそのアンジェリカですから」
あら、嬉しいことを言ってくれるわね。
部屋の鏡を見つめて言うアン。鏡の中の私は心なしか嬉しそうに笑っていた。
☆◇☆◇☆
丁寧に手入れがされた腰まである髪をくるくると指に巻き付けて、待ち人を待つ。自室のソファーに腰かけて、ゆったりと紅茶を飲みながら、半日を無為に過ごしていた。
コンコンと扉がノックされる。
「はい」
「ブランカ様がお見えです」
「こちらにお通ししてください」
ペロリと唇をなめる。それが彼女の癖だった。
こうした仕草は彼女の調子が良いことを示しているから、最近の沈んでいた気持ちを組めば、ずいぶんと良い傾向ね。
「お連れしました」
「どうぞ」
思ったより早い移動にびっくりしたけれど、別に問題はないと判断した。
扉が小さく開かれて、一人の女が現れる。
ブランカ・ルスュークル。シュシュ・パサージに唯一の砂糖菓子店店主。貴族との身分違いの恋に人生をかけることを決めた人。
堅く緊張して、立ったままでいるブランカに声をかける。
「こちらへおいでなさいな。乱暴はもういたしませんわ」
「そう言って近づいたら、実はドゥだったていうオチはない?」
「ありませんわ。わたくしはアンです」
……ちょっと! なんで初対面でいじめたアンは大丈夫で、ブランカには何もしていない私は駄目なのよ!
「明らかに昨日のことが原因かと思いますけど……」
苦笑しながら白くて繊細なレースの扇子で口元を隠すアン。
え、昨日? 昨日って……私何かしたっけ。
「ブランカさんにではなく、コーネリアス様にしましたわ」
あぁ、あれね。
一つ、思い至ることがあった。
でも、あれはコーネリアス様だったからでブランカに対してではなかったわよ。
「それでも自分の名前を伏せて、ドゥがコーネリアス様に平手打ちをかましたのは事実ですわ」
「その、きっと私のことも貴女は恨んでいるから……。私にもお咎めがくるのかと、今日はそれで呼び出されたのだと思ったんです」
ひどいわね。二人して私を非難して。
たまにはいいじゃないの。だって連日続くカウンセリングとやらに正直飽き飽きしていたのよ。この現況を作り出したコーネリアス様に一つくらい派手に平手打ちくらいしても良いと思わない?
というか、あの場面にブランカはいなかったのにどうしてその事を知っているのよ。
「コーネリアス様から聞いたのではありませんか?」
あらアン、忘れたの? コーネリアス様は昨日、私たちの家の馬車で送って行ったはずよ。まっすぐにお屋敷にお帰りになったはずだし、今日はお仕事があるからと昨日仰っていたのだから、きっと登城しているわ。忙しくしているコーネリアス様から話は聞けないわよ
「……それもそうですわね」
自分の言葉が矛盾していたのに気づかないなんて、アンったら。落ち込みはしなくなった代わりに、最近ぼんやりしているとは思っていたけど、頭を使わなさすぎだわ。
それで? 至極当然のように混じって会話していたけれど、どうして知っているのよ、ブランカ。
アンに伝えてもらうと、ブランカは少しだけ視線を動かしてから口を開いた。
「デュリオにちょっと……」
「まぁ」
あのヤブ医者か。
「ブランカさんはデュリオ様ともお知り合いなのね」
「知り合いというか、あの人、よくパサージュに来るんです。コーネリアスと仲が良いから、なんとなく顔を見かけたら話すようになったの」
デュリオ・チェルニーノ様。チェルニーノ子爵次男で医学を学んでいらっしゃる。コーネリアス様がアンジェリカの治療のためと連れてきた人。
でも私、あの人嫌いよ。私を表に引きずり出そうとあの手この手でアンを嵌めようとするんだもの。仕方無しに表へ出れば質問攻めにされるし。そのストレスで思わず、原因を作り出した通りすがりのコーネリアス様に平手打ちしちゃったんだけど。因みに馬車で帰らせたのは、顔の腫れがなかなか引かなかったからです。
お父様へと会いに来たらしかったのだけど、ちょうどアンジェリカの問診の時間だと聞いて先にこっちに寄ったら、突然の平手打ち。痛みの引かないまま、お父様に会いに行ったらぎょっとされたんでしょうね……私にもその後、お父様がやって来たわ。アンジェリカではなく、ドゥに会いに来た。
お父様はアンジェリカの二つの人格を知ってからは、私たちを別人として扱うから、これは私が表へ出て良かったことの一つ。でもこの時ばかりは私にだけお咎めが言い渡されたので何とも言えない気分になったわね。
「まぁ、デュリオの事は置いておいて。わざわざ呼びつけるなんてどういう了見ですか? それもわざわざ、その……恋敵を」
ソファーに座るアンの隣に腰掛けながら、ブランカが戸惑ったように言葉を投げ掛けてくる。まぁ、そうよね。ブランカからしてみれば私たちは腹の読めない悪き恋敵。いつ、何をしてくるか分からない存在だわ。
ほら、アン。貴女の頑張りどころよ。ブランカの直接的なライバルは貴女だったんだから。
「う……ぅぅ……」
ほら、モジモジしてないで!
チラッと視線をブランカに向けては必要以上にそらしつつ、手持ちの扇子を口元の辺りで開閉すること数回。
あぁ、もう、じれったいわね!
「その……この、間は、うぅ……」
ほら、ボソボソしないではっきりと言っちゃいましょうよ!
言わなくてはいけないと、前々から私に言っていたんだから、やり遂げて見せて。アン、一言だけよ。一言言えば、すんなり言葉は続くわ。
「その……あの……」
「えぇと……?」
ほら、困っちゃってるでしょう。時間とれば言いにくくなるんだら。十数えるからその間に言いましょうね。
じゅーう、きゅーう、はーち、なーな、ろーく、
「ご……!」
よーん、さーん、にーい、いーち……。
「ごめんなさいっ! ブランカさん!」
よし、よくできました。
パッと扇子を膝におき、ブランカに詰め寄るアン。驚きに目を丸くしたブランカの顔が見物だわ。
まっすぐにブランカを見ているから、当然私の視界にも純粋に驚いているブランカの顔がよく見える。
「わたくし、初めて会ったときに貴女に乱暴をしてしまったでしょう?」
「あぁ……あれ。もう、気にしてないです」
「でも、わたくしの気がおさまりませんの。コーネリアス様と決別したのですから、これからはブランカさんのことを応援したいと思っておりますのよ」
「それは……少し、調子が良すぎないですか?」
めげるなアン! 言ってやれっ!
ブランカからしてみればアンジェリカこそ、本当の恋敵。しかも自分よりも強い権力が後ろにいて、婚約者であるという正当な理由までもある。ついこの間までそれにすがって必死に牽制していた私たちが手のひらを返して応援するって言うのは、確かに調子の良いことよね。
でも、私たちが何の考えもなく応援すると思ったら大間違いよ! そんな偽善だけで世の中は回らないんだから!
「ドゥと話し合ったんです。この間までの事は水に流してもらって、改めて取引をさせてほしいのですわ」
「取引……ですか?」
そう、取引。
私たちの今後を決めるかもしれない大事な一手。
アンがうつむいた。ドレスの繊細なレースが目に入る。人の心はこのレースよりも複雑なことを、知らない人がいるのよ。
「……きっとコーネリアス様は、二度とわたくしの言葉を受け取ってはくれません。狂人として、あの人の中でわたくしの位置付けがなされてしまったことでしょう。ドゥもわたくしも、同じアンジェリカであることを理解してはくれないあの方と、わたくしたちは結ばれても幸せにはなれないと考えたのです」
私たちの言葉を、どちらもアンジェリカなのだと理解して、接してくれる人が欲しい。今までずっと思っていたことだもの。
狂人……打ち明ければそう言われることも分かっていた。それでも、生きていくには教えないわけにはいかない秘密だったわ。その場の勢いであっても、結婚する前に不幸せな未来しかないことが分かって、良かったのよ。
ごめんなさい、アン。私がいるから貴女の人生は狂ってしまっているのだわ。でも……いえ、だからせめて、貴女を幸せにする道を私に模索させて。
「……一つだけ教えてください。アンジェリカ……様は、やっぱりアンとドゥの二つの人格があるんですか?」
「わたくしはアンだと言いましたわ。そして、」
困惑気味のまま、ブランカが首を傾げて問う。
ここでアンが、私に体の主導権を渡してきた。あら、自分で自己紹介しなくちゃいけないの?
「……ん」
入れ換えには時間差があるから、一瞬だけ体の力が抜ける。ふらつく前に、私の意識で体を支えた。
「えーと、ドゥ、よ。アンが貴女に意地悪した後、貴女のお店に行ってこっぴどくあしらわれたのは私の方ね」
茶目っ気たっぷりに笑ってあげる。
そうしたら、ブランカがあっと声をあげた。
「もしかして、あのときに言っていたお姉様って」
「アンのことよ。コーネリアス様に冷たい態度をとられて心が停滞していたの。どうにかして現状を打破しないとって思って、遊びにいくついでに貴女のところへ行ったのよ」
「遊びに……?」
「そこは気にしちゃ駄目よ」
重要なのはその前よ!!
「(というか、ドゥ? わたくしが意識を完全に閉じていたときにそんなことをしていたんですの?)」
「だから気にしちゃ駄目って」
「どうしたんですか?」
「ちょっとアンがね。……というか、私たちに敬語を使わなくて良いわよ。私たちは貴女に許しを乞う側の人間なのだし、コーネリアス様には敬語を使ってないじゃない」
コーネリアス様には敬語使わないのに、私たちにだけ敬語使うのもおかしいわ。
「それで、私たちが二つの人格を持ってるのは分かってくれた?」
「そう……ね」
ブランカが一瞬だけ考えるように目をつむってから、うなずいてくれた。
「あのとき、本当に心配していることを感じたから、疑いながらも砂糖菓子作りを了承したのは事実だわ。貴女たちが別人だから、素直な感情を受け取れたのね」
職人は感情に敏感なのよ、とブランカが笑う。
私はそれに微笑んだ。そう、貴女はあの状況下で、私の本心を受け取ってくれていたのね。
「ありがとう」
そう言ってからアンへと体を明け渡す。私はあまり外にでない方がいいからね。皆を混乱させてしまうから。
「……ん。ドゥったら言うだけ言って引っ込んでしまいましたわ」
「今はアンさん?」
「そうですわ。それでその、わたくしたちのお願いは……」
「聞くわ。何を取引すれば良いの?」
「ありがとうございます」
ふわりとアンが笑う。
ふっふっふっ、ブランカ、今アンの笑みにドキッてきたでしょう!
アンは私以上に「お嬢様」って感じがするでしょう? 自分で言うとあれだけど、私たちの顔立ちは整っているし髪質も良い。恵まれた容姿だもの。それを貴族の特権として常に美しくあろうと保っているし、仕草も全て完璧なものを求められてきたわ。根っからの上品さ。嘘偽りのないアンの武器よ。
私はそこら辺大雑把なので、アンほど効果的に自分の容姿を使ってる自信はないけどねっ!
「……綺麗に笑うのね」
「はい?」
「……なんでもないです。それで、私への取引って?」
「あ、はい。その、わたくしは今、コーネリアス様がデュリオ様を寄越したために、お父様からもしばらくはお屋敷で休養するように言われているのです。どうやら、お屋敷の使用人が外でわたくしたちのことを噂してしまったために、外聞が悪くなっていることも関わっているようなんです」
「私たちって、婚約の話?」
「はい。そして、ドゥのこともです」
人の口を縫うことができたらどんなに楽なことやら。
曰く「コーネリアスは猫を被っていたアンジェリカの本性に狂気染みたものを見た」だの、曰く「アンジェリカは双子で、コーネリアスはその二人との婚約を入れ換えた」だの、曰く「狂人だったアンジェリカにコーネリアスは愛想をつかした」だの、曰く「庶民に浮気したコーネリアスを思うあまりに、アンジェリカが発狂した」だの。
最後のが一番近いけど、不完全解だから同意はできないわ。というか今まで聞いた噂全てのニアミス感が笑えてくるのだけれど。
収束しても、この手の話は尾を引くから目新しいもので覆い被せてしまう方が後々楽になる。今はまだ、何で埋め合わせるかは考えていないけれどね。
「この状況は早く納めた方がわたくしだけではなく、コーネリアス様にもためになるかと思いますの。ブランカさん、どうかコーネリアス様のついでと思って、わたくしたちのことも助けてくれませんか? 事態の収集をはかってくれるのに協力してくれるのでしたら、わたくしからもお父様に婚約破棄の件を説得させていただきますわ」
全てを知っているブランカがどう決断してくれるか分からない。それでも、ブランカにしか頼めなかった。
ブランカに頼もうと言ったのは私。彼女に会いに行った時にシュシュ・パサージュで一度、私と会ったから。私がアンジェリカとしてではなくて、ドゥとして会いに行ったから。あのときにどうして私の話を受け入れてくれたのか、心にずっと引っ掛かっていたから。
ブランカならば、過去のことを水に流しさえしてもらえたら、私たちの力になってもらえるかと思ったの。そういう打算で、引き換えに彼女の恋路を手助けしようと。
ねぇ、アン。私の選択は正しいかしら?
「……もう一つ、条件を付け足して良いかな」
「何ですか?」
私たちにできることなら何でも良いわよ。ただ、これ以上に私たちでできることはないから、もしかしたら受け入れられないかもしれない。
アンがごくりと息をのんだ瞬間に、ブランカは頬を緩めた。え? なに??
「そこにお友だちになるって言う条件を加えてね。それがあったら、取引してあげる」
「え?」
は?
はい? どういうこと?
恋敵を友達にって、貴女こそ正気? 精神科医欲しいなら、ヤブ医者ことデュリオ様がいらっしゃるわよ。
「ちょっとドゥ、それは言い過ぎでは……?」
え、だって、私たちよりおめでたい頭でびっくりしちゃったのよ。これが本当の庶民ってものなのかしら。昨日の敵は今日の友とも言うけれど、手のひら返しが早いのはそちらの方じゃなくて?
「ドゥがどうしたの?」
「その、ブランカさんに対して……ちょっと……」
こらぁ! お茶を濁すくらいなら私に替わりなさいよー! スパッと言ってあげるから!!
「何て言っているの? 教えて?」
「…………友達百人計画でもするつもりなのかと」
「なぁに、それ」
アン、ニュアンスを柔らかくしてくれたんだろうねってことは分かるけど、ちょっとその喩えは稚拙だわ。可笑しすぎて笑っちゃうわ。
ほら、ブランカも笑ってるし。
くすくすと肩を震わせて、笑っているブランカ。まぁ、アンの喩えが面白かったのはわかるわ。この子、時々可笑しなことを素で言うのよね。表に私がいたら、絶対に笑えるのを堪えられずにいたわ。
……それで。ほらアン、わかってるでしょ、次にやること。
「……ブランカさん。貴女に意地悪をしたわたくしでもお友達になってくれますの?」
「なるわ。同じ人を好きだったんだもの。恋敵のままでいるよりは仲良くした方が得じゃない?」
得?
「だから、その、色々とコーネリアスのことも教えてくれるといいなーって」
「いいですけど……」
あー……そういうこと。
あら、アン? 貴女、もしかして分かっていないの? あっさり返事しちゃっているけど。
「どういうことですの、ドゥ? なにか不味いことでも?」
それ、コーネリアスの今までのお話を聞かせてくださいってことよ。小さい頃のこととか色々。好きな人を知りたいっていう欲求からくるお願いだわ。情報交換じゃなくて、友達として教えてもらったのならコーネリアス様に変な顔をされないっていう算段つきのね。
「まぁ。ブランカさんって頭が良いのですわね」
「?」
あぁ、うんっ! そこに落ち着くアンってば最高に可愛いわっ!
やっぱり嫉妬に駆られるよりも、そっちの方が素晴らしいよねっ!
ちょこっと投げ槍に思いつつ……というか、アンが嫉妬に駆られると死にかねないことも思い出しつつ、ブランカとの取引がなんとか成立したのでした。
そういうわけで、ブランカの肩書きは恋敵から友達にもなるわね。
アンがあれだけ荒れた後だから、こんなにあっさりとステップアップしたのが怖いくらい。
でも、アンを幸せにするには、またまだ先は長いわ。
End.