平穏2
「おにぃちゃん、あさだよーーーー!」
彼方は慌てて飛び起きた。
直後、数瞬前まで彼方の寝ていたその場所に辞書が落下。
そう、あの大きな辞書が…
「殺す気かっ」
「えー、お腹だったら大丈夫じゃん」
「死ぬかどうかだけじゃないよっ。おまえはもっと、こう、優しさを身につけろよっ」
「それは塔矢にあげる分で使い果たしてるから♪」
「兄弟愛って……なんだろうな」
「起こしに来てあげたじゃん」
まぁ、いいや。
彼方は諦め立ち上がる。
このやりとりもいつものこと。
最後には起きてこない彼方が悪いということになるのだから。
「みちー? 未羽は」
「おねぇちゃんはご飯作ってるよ」
「…母さんは?」
「起こす? ねぇ、起こすっ?」
「なんで嬉しそうなんだよ。どうせまたこれ投げつけて僕のせいにする気だろ」
彼方は辞書が未知の手に届かないように本棚の上の棚に片付ける。
「まー、いいけどさ。おかぁさんも忙しいんだよっ。あっ、早く来ないとおねぇちゃんが怒るよー。ごはんが冷めるって」
「はいはい、すぐいきますよっと」
未知が出ていき静かになった六畳ほどの和室で彼方は布団をたたみ、
「あれっ、今日だっけ? 転校生来るの」
一瞬だけ手を止めたが別に深く考えることでもないと思い窓を開ける。
外は晴れ。
雲がさまざまな模様を見せ…
「……ん、時間結構ぎりぎりかも」
そこで一階へ駈け下りる。
「遅いよ、彼方」
待っていたのは未羽の愚痴。
「ごはん冷めちゃうよ」
その瞬間未知が口に手を当てているのが見えた。
「ありがと」
「ん、早く食べて」
その流れもよくあることなので彼方はいつも通りに。
未羽もそれ以上続けることもなくいつも通りに。
「はぁ~、だるっ。ねむっ」
そこに千尋が入ってきた。
「母さん、仕事は?」
「三時くらいに終わった。もうーねるっ。その前にニュースだけ」
千尋は在宅でできる仕事をしている、らしい。
彼方は詳しくは知らないのだが。
それでも子供三人を抱え四人分の生活費を稼いでいるのだからそれなりに仕事はしてるようだ。
見た目からは想像もつかない。
ぽちっ
(―――沖で沈没した船ですが、どうやら人為的に起こされたものとの見方が強まっており、関係者の話では…)
「最近こういうニュース増えてない?」
「あ、おにぃちゃんでもさすがに思う? 思うっ?」
「お前は僕を馬鹿にし過ぎだ」
「増えてるわねー。原因不明。なぜか機関室に巨大な穴…ふーん」
「この間も変な宗教あったね。すぐ潰れたみたいだけど。神の…なんだっけ? 覚えてないや」
「……んー、あなたたち。私につきあってると遅刻するよーっ」
「あ、まずいっ。いちぬけたー。行ってきまーす」
「じゃ、二抜け。彼方?」
「………なんだよ」
「残さず食べること。行ってきます」
結局彼方が未羽と未知に追いついたのは校門の目の前であった。