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魔の主  作者: 猫親爺
第一部 -邂逅編-
8/23

2章-5 呼ぶ声

新たなキャラの登場です。

皆さんお馴染みのキャラかと。


今回は少し長いですが、途中で切れないのでご容赦下さい。

 ぼくは大きな岩の前に立っていた。


辺りを埋め尽くす杉の木立から、ざわざわという葉音が聞こえてくる。

少し霧が掛かり、大岩の向こうは見通せない。

大岩の上には、異形の者が片膝を立てて座っている。


またこの夢だ。


ぼくがそう思ったと時を同じくして、野太い声が掛かった。


「小僧、思い出したか?」


小僧というのは、ぼくのことらしい。

ぼくの頭の中を、霞の様な記憶がざわざわと音を立てて流れていく。


「どうした、小僧? まだ思い出せんのか?」


そう、ぼくは知っている。

この場所も、この異形の者も。

知っているどころではない。

少年期のぼくにとって、この場所こそが第二の居場所であり、こいつが無二の友だった。


「その顔付きを見ると思い出した様だな。

お主に話がある。

お主と儂の誓いの場所である、ここに来い。

夢に入り込んでする話でもないしな。

明日の丑の刻に待っておる」


それだけを言い終えると、そいつは突然立ち上がった。

そして背中に付いた鴉の様な羽根を羽ばたかせて宙に舞う。

ぼくはそれをぼんやりと見ていた。


そう、ぼんやりと・・・・・・。


********************************


目を開けると、紅葉が固まっていた。

ぼくのベッドの端に座り、ぼくの方に手を伸ばそうというその姿勢のままで。


「おはよう、紅葉」

「あっ、えっと、おはようございます、来栖様」


慌てた様子で、それでも笑顔で挨拶を返す。


「いつも起こして貰って悪いね」

「いえいえぇ、今日は間に合わなかったですけどねぇ」


そう行って少し頬を膨らませる紅葉の頭を撫でると、途端にふにゃっとした笑顔に変わり、体をゆっくりと預けてくる。


と、


「ごほん、ごほん」


戸口の方から判り易い咳払いが聞こえた。


「あのさあ紅葉、お前はあたしの眷属じゃないから命令はできないけど、抜け駆けは良くないよ?」

「あら、そんなことはしてませんよぉ。来栖様を起こして差し上げてただけですぅ」


しかし、来栖には「ちっ」という紅葉の舌打ちが聞こえた気がして苦笑した。


 その夜、こっそりと屋敷を忍び出たぼくは、谷筋に伸びる川沿いの林道を歩いていた。

右手の山々は霊峰である貴船山に連なり、貴船川を隔てて鞍馬山へと続いていく。

左手には桟敷ヶ岳に連なる山々が聳えている。

最近は使われる機会が減ったことにより荒れ始めている林道を辿りながら、ぼくは幼い頃にこの山々を駆け回っていた記憶を手繰っていた。


 祖父と二人暮らしであり、その祖父も学会等の用事で不在であることがままあったことで、その間のぼくの面倒は屋敷から更に奥に入った山間に立つ寺の住職が見てくれていた。

しかし住職にも四六時中構ってくれる暇がある筈がなく、ぼくは一人で辺りの山々に入り、森や獣を友としていた。

腰に住職が付けてくれた熊鈴を付け、寺の裏山やそこから連なる桟敷ヶ岳を庭の様に駆け回り、魚谷山を経由して貴船山で遊び、更には城丹尾根と呼ばれる国境の峰々さえもがぼくの遊び場だった。


 林道の二股分岐に到着し、道を左手に取り大昔の峠に向かう。

今はもう登山者にしか使われなくなった、山向こうの集落に向かう古道だ。

峠を遣り過ごし尾根に向かって続く坂を登って行く。

この上には高圧鉄塔が立っており、ぼくの頭上には電線が通っている。

尾根に到着すると、高圧鉄塔の周りは切り払われており、明るい月が辺りを照らしている。

息を吐く間もなく、迷うことなく右手に続く登山道へ入っていく。

今は辿る登山者すらも少ない、城丹尾根への入り口だ。

尾根へと入ると、いきなり杉の木立がびっしりと立ち並び、辺りが暗くなる。

この辺りは昼でも薄暗い場所で、普通の人間であれば夜にここを通れば迷うだけだろう。

しかしぼくにとっては庭の様なものだ。

幼い頃の記憶を、体が憶えていた。

とあるところで登山道を外れ、支尾根に入る。

そこから暫く進むと勾配がきつくなってちょっとしたピークがあり、大岩が鎮座していた。


そう、あの夢に出て来た大岩が。


「おい僧正坊、居るんだろ?」


岩に向い呼び掛けると、突然頭上から山伏装束の大男が降ってきた。


「おお! 久し振りだの、小僧」

「あぁ、随分とご無沙汰しちゃったよ。

お前と遊んでることが爺ちゃんにばれてね。

どうも記憶を消されちゃってたらしいんだ」

「そんなことだろうとは思っておったわ。

お主の爺様には、あの後怒られたからの」

「そうだったんだ?そんなにお前と一緒に居るのが嫌だったのかな?」

「いやお前の爺様は、儂と一緒に居ることでお主が魔界に近付くのが嫌だったんじゃろうて」


この夜空から突然降って湧いた異形の大男は天狗だ。

その名も、鞍馬山僧正坊という。


日本全土に数在る天狗の総元締めであり、あの有名な牛若丸に修行を付けたという伝説もある。

この日本に於ける妖怪の最上位ランクである天狗の総元締めということは、妖怪の総元締めに限りなく近い存在だ。

もっとも僧正坊曰くは、山本五郎左衛門とかいう妖怪には何故か勝てないそうだけど。


元々は鞍馬山の僧正ヶ谷に棲んでいたのが、戦後鞍馬寺の復興と共に山に人が増えたため、ぼくが幼い頃にはもう山寺の裏山やこの城丹尾根を棲み家としていた。


何故ぼくがそんな天狗と親しげに話しているかというと、切っ掛け自体は実のところよく憶えていない。

幼い頃にこの山々を駆け回っていた頃、いつの間にか現れたこいつと仲良くなり、友達の居なかったぼくはこいつを唯一無二の親友としていた。

しかも幼かったぼくは時々勝負を挑み、最終的には勝ってしまっており、幼いながらも僧正坊の兄貴分という格好になっていた。


勿論天狗に勝つなどということは、普通の人間では絶対に無理だということが今のぼくには解る。

恐らく幼い頃から受続けた祖父の薫陶と、ぼくに流れる役小角の血によるものだろう。


「まぁお主は儂の唯一の兄貴分じゃからの。

そのお主の為だと爺様に言われて、儂も遠目からお主を見守ることにしたんじゃわい」

「そうか……記憶を消されちゃってたとはいえ、本当にごめんね。

昔はあんなに遊び相手になってくれてたのにね」

「もういいわい。儂も納得してのことじゃったんだからの」


そう言いながら、僧正坊は大岩に腰を下ろす。


「さて、今日わざわざ来て貰ったのはの、お主に折り入って話があったからなんじゃ」

「……大体用件は判るよ。ベリアルのことだよね?」

「あの魔物はべりあると言うのか。先日からお主の屋敷から物凄い魔力が感じられる様になってきたもんでの、覗いてみたんじゃが、あれは西洋の妖魔ではないのか?」

「そうだね。西洋の悪魔って言われてる存在だね」

「まず、そんな者が居って危険はないのか?」

「そこは大丈夫。召喚したときに密教の秘法を使ってね。

ぼくの下僕になったんだ」

「なんと、お主伏魔真言を使ったのか?

あれはかなりの術者でないと効かぬ筈じゃが……。

あれからもかなり修行をしたんじゃの」

「お前の記憶がなくなってからも、爺ちゃんに教わってたからね。

まぁこんな山奥じゃ、それくらいしかすることもないし」

「しかしこの日の本の呪法が西洋の妖魔にも通ずるとはの……。

流石の儂も驚いたわい」

「それはぼくもだよ。かなり切羽詰まってたから藁にも縋るつもりでやってみたけど、なんとかなったっていうのが正直なところかな」

「そうか。それならそれでいい。

がしかしの、他にも問題があっての」

「まだ何かあるの?」

「ふむ。それがの……」


なんだか僧正坊の歯切れが悪い。

少し逡巡した僧正坊は、意を決した様にぼくを見据えた。


「じつはな、この辺りに棲む妖怪どもが少々騒いでおっての。

西洋の妖魔がここに居ることを良く思わぬ輩が居るのじゃ。

お主の屋敷からこの辺りにかけては、儂等にとっても京に残された最後の棲み家じゃ。

そんなところに西洋の妖魔が居っては、正直なところこの儂でも良くは思わぬ。

そこで相談なのじゃが……」

「相談?」


僧正坊はがばっとその大きな身を伏せた。


「この通りじゃ。どうかあの妖魔どもを他の地に住まわせて貰えんじゃろうか?

お主の下僕である以上は、儂等に仇なす存在であるとは思えぬが、それでもこの地はまずい。

今はなんとか儂の力で抑えておるが、暴走する輩が居らんとも限らんしの。

何とかこの儂の願い、聞いては貰えぬか?」

「それは……」


「なんだよお前は。来栖様の敵か?」


ぼくが続けようとした言葉は、別の言葉で掻き消された。

なるべく気付かれない様に出たつもりだったけど、やっぱりこいつには感付かれていたみたいだ。

気配もなくぼくの後ろに出現したベリアルが、僧正坊を睨み付けているのを感じる。


「来栖様の敵なら、あたしの敵だ。覚悟しろよ?」

「ま、待て」


僧正坊が慌てて身を起こし左の手の平をこちらに向ける。


「儂は此奴とは昔馴染みでの。

それに此奴は儂の兄貴分じゃ。

なんで害を為すことなどあろうのもか」

「ふん。確かに土下座してやがったな。

だけど、昔はともあれ今の来栖様の一の下僕はこのあたしだ。

あたしを飛ばして来栖様に直接話をしようなんて、身の程を教えてやろうか?」


殺気を放ち始めたベリアルに、僧正坊の顔も引き締まってきた。

まずい。


「ま、待ってよベリアル。

僧正坊が言う通りで、久闊を叙してただけだよ。

そんな喧嘩腰で話をしないで」


ベリアルを振り返り、とりあえずこのぼく以外には邪悪でしかない存在を止めに掛かる。


「まぁ来栖様がそう言うなら、この場は我慢するけど……。

お前この国の魔だよな?

どうせあたし達がこの地に留まるのが嫌なんだろ?」


図星だ……。

やはり大悪魔は伊達じゃない。


「お、おぉそうじゃ。その話を今此奴としようとしておったのじゃ」

「で?あたしらが出て行かなかったらどうするんだ?

力づくで来るのか?」


ベリアルが酷薄に嗤う。


「そうならぬ様、此奴を呼び出して話をしたかったんじゃが……。

のぉ、お主も西洋の者とは言え、同じ妖魔なら解るじゃろ?

西洋はどうか知らぬが、この日の本ではもう妖怪の棲める場所が数えるほどしかないのでな。

この地はその残り少ない地の一つなんじゃ。

ここを追い出されたら、京の妖怪どもは行き場がなくなるのじゃよ」

「だからって来栖様を追い出すっていうのは気に入らないね。

本気でそんなことを言ってるなら、お前にその気がなくてもあたしは力づくでお前等を排除するよ」


「待てよベリアル」


そう言うとぼくはベリアルを見据える。


「それはお前が決めることじゃない。

ぼくが決めることだ。

それにぼくはまだ僧正坊と話の途中なんだ。

黙って居られないなら、帰って貰えるかな?」


いつになくきつい口調で言うぼくに、ベリアルが慌てだした。


「あ、あの……あたしは別に来栖様に楯突くつもりじゃなくって……その……こんな時間にこんなところで魔の者と会ってる来栖様が心配で……」


途端にしどろもどろになりながら、言い訳を始めた。


「うん、心配してくれてありがとうベリアル。

でも、さっきも言った通り、この僧正坊はぼくの義兄弟なんだ。

だから大丈夫だよ。

心配ならここに居ていいから、とりあえずぼくに僧正坊と話させてくれないかな?」

「解ったよ来栖様」


そう言うとベリアルは一歩下がって控えた。


「ふぅ……どうなることかと思ったわい。

西洋の妖魔というものは初めて会ったが、途轍もない魔力を持っておるんじゃの」


僧正坊が額の汗を拭いながら言う。


「で、お主の考えはどうじゃの?」

「そうだな、正直なところ即答は難しいね。

確かに僧正坊が言うことも尤もだけど、ぼく達もここを出たところで住む場所がすぐには見つからないだろうしね」

「それはそうじゃの。しかしお主自身にはこの妖魔どもをどこかに連れて行ってくれる気はあるんじゃの?」

「だってここは京の妖怪達の最後の聖地なんだろ?

それじゃ最終的には出て行くしかないよ」

「そうか、それを聞いて儂も安心したわい。

そういうことならお主等の目処が立つまで儂が抑える。

じゃから、なるだけ早くなんとかして貰えるかの?」

「時間的にはどれくらいの猶予があるんだろ?」

「そうじゃの……半年や一年くらいならなんとでもなるんじゃが、それ以上はちょっと儂にも何とも言えんな」

「一年か……解ったよ僧正坊。一年を目処に拠点を変える方向で考えるよ」

「おぉ、お主にそう言って貰えると有り難いわい」


僧正坊の顔に安堵の表情が浮かんだ。


「でね僧正坊、ちょっと相談なんだけど」

「なんじゃ?」

「ここを出たとして、他へ行っても妖怪が棲んでいたら同じ事だよね?

どこか良い土地はないかな?」

「うぅん、そうじゃの……」


僧正坊は腕を組んで額に皺を寄せる。


日本という国は、神道の影響もあって古代から森羅万象の八百万を神と崇めてきた。

その関係もあって、土地土地に様々な妖怪が今も棲んでいる

この土地は京の妖怪の聖地ということで論外だとしても、他の土地でも妖怪と悶着が起きることは想像に難くない。


また妖怪が棲めないくらいに浄化された土地であれば、逆にベリアル達にとってはとても住めない土地ということになる。


「確かにこれは難題じゃな。儂もお主に此奴等を連れて出て行って貰うことばかり考えておったもので、それを考えておらんかったわい」

「とりあえず一年あるから、その間にお互い検討するってことでいいかな?

ただ、ぼく達も住む家を何とかする必要があるから、実際には半年くらいで目処を立てなきゃいけないけど」

「そうじゃの、そうするか。

儂も方々を当たってみることにするわい。

それはそうと、そこに居る妖魔は日の本の神には耐性はあるのかの?」

「あん?そんなことあたしには解らないよ。

こんな国、来栖様に召喚されて初めて来たからな」

「それじゃ一度ぼくがベリアルを連れてどこかの寺社に行ってみるよ。

上賀茂神社か鞍馬寺辺りに行ってみれば解るよね?」

「上賀茂神社の賀茂別雷大神かもわけいかづちのおおかみならば試してみても良いかの。

八坂神社の素戔嗚尊(すさのおのみこと)よりは話が解る。

がしかし、鞍馬寺はだめじゃの」

「なんで?あそこも結構な霊格があるんじゃないの?」

「あそこの本殿には元々神などお在わさんわい。

本当の主神は護法魔王尊じゃがの、あれは実はわしじゃ」

「えっ、それじゃ鞍馬寺には御利益はないんだ?」

「まぁまだわしの眷属が幾らか残っておるから、多少はあるかもしれんがの」

「そうか……それならどこがいいかな?」

「お主の屋敷の奥に古寺があるじゃろ。

あそこはちゃんと小角どのや弘法大師どのの護力が活きておるわい。

寺の裏山は魑魅魍魎の巣じゃが、境内は別じゃ。

あそこに巣くう輩には、わしからも伝えておくしの」

「それじゃそうしよう。

早速明日にでも回ってみるよ。

ベリアルもそれでいいよね?」

「来栖様の仰せのままに」


ベリアルはちょっと拗ねてる様だ。

宥めるのが大変だな。

天狗も登場し、タグの『妖怪』が嘘ではなくなりました。

話もここから少し動き始めます。


---感想、お待ちしております!

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