2章-3 役割分担
四人の眷属の役割分担をします。
さて、どうなるやら。。。
ぼくは深い森の中を一人で歩いている。
少し霧の掛かった杉の木立の間を縫う様に。
どこへ行こうとしているのかぼくには判らないけれど、足は勝手に進んで行く。
少し急な斜面を登って行くと、目の前に大きな岩が現れた。
ちょっとしたピークに、まるで祀られているかの様にぽつんと鎮座する大岩。
そしてその岩の上には、山伏の様な装束に身を包んだ異形の大男が座っている。
「小僧、久し振りじゃの」
異形の者がぼくに言う。
ぼくは返事をしようとするけど、口が開かない。
「聞いておるのか、小僧」
異形の者の目が鋭くなり、ぼくを睨み付けている。
ああそうだ。
こいつには見覚えがある。
そしてこの場所にも。
何で忘れていたんだろう。
何で今頃になって思い出したんだろう。
そんなことを考えていたぼくの意識は、段々と暗い井戸の中へ落ちていく様に消えていく。
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「ん……」
瞼に光を感じる。
ゆっくりと目を開けると、いきなり目の前に大きな胸があった。
「えっ?」
一気に目を覚ましたぼくは、素早く現状認識を行う。
ここはぼくの部屋だ。
横になっているのは、ぼくのベッドだ。
そして……ベッドの端に腰掛けて、ぼくに手を伸ばし髪を撫でているのは紅葉だ。
「おはようございます、来栖様ぁ」
「ん……おはよう、紅葉。どうしてここに?」
「お寝坊さんの来栖様を起こしてあげてたんですよぉ」
髪を優しく撫でるのを、起こしてるとは言わない気がする。
「……ありがとう」
「いえいえ、どういたしましてぇ。
それじゃ、お目覚めのちゅーを」
そう言いながら紅葉が顔を近づけてくる。
慌ててぼくは飛び起きた。
「いやいや、それはいいよ」
「ぶぅ。来栖様の意地悪ぅ」
そう言う紅葉の両頬は本当に膨れている。
うん、可愛い。
そう思うと、ぼくは知らず知らずのうちに紅葉の頭を撫でていた。
「ふふふ……。今日はこれで許してあげますよぉ」
途端に紅葉の機嫌が良くなった。
「朝ご飯の用意ができてますから、顔を洗って食堂にお越し下さいね」
弾む様な足取りで部屋を出て行く紅葉。
楓の時にもぼくに擦り寄ってくれてはいたけど、その時にはどちらかというとツンデレ風だったので、こんなあからさまな好意には少しどきどきする。
「さて、顔を洗ってきますか」
洗面所に向かいながら、ぼくは今朝見た夢を思い出していた。
確かにあの場所には見覚えがある。
そしてあの異形の大男にも。
しかし、はっきりとした記憶が出て来ない。
もどかしい思いが込み上げてくる。
首を傾げながら洗面を終え、食堂に入るとそこにはベリアルと四人の眷属が居並んでいた。
「おはよう、ベリアル」
「おはよう、来栖様っ!」
ベリアルがぼくに抱き着いてくる。
「そんなにくっつかなくても」
そう良いながら四人の眷属に目を移す。
「皆さんもおはよう」
「おはようございます、主様」
フルューリングが目を逸らしながら返す。
「……」
「……」
「……」
他の三人は無言でそっぽを向いている。
「おい、お前等。昨日の夜に散々言っただろうが。
来栖様にちゃんと挨拶しないか」
ベリアルが睨み付けると、渋々といった感じで三人が頭を下げる。
「おはよ」
「おはようございますぅ」
「おはよう」
「ベリアル、そんなに無理強いはしなくていいよ」
ぼく腕を絡ませ、肩に頭を預けるベリアルに言う。
「で、四人は納得してくれたのかな?」
「納得も何も、昨日も言った様にこいつ等はあたしの眷属だからね。
あたしの言葉に背くことはできないんだよ。
でもまぁ、来栖様が言うからちゃんと説明して、本人達もちゃんと納得してくれたよ」
ぼくの肩に頭を擦りつけながらベリアルが言う。
今にもごろごろと言い出しそうな雰囲気だ。
尤も、猫と言うよりは、獰猛な虎か豹なんだけど。
「それならいいんだけど。
皆さん、それでいいんですよね?」
「はい。ベリアル様のご命令ですから、わたくし達に異存はございません」
一同を代表するかの様にフルューリングが答える。
「我等四名、ベリアル様への変わらぬ忠誠とともに、主様へも忠誠を誓います」
「えっと、まずは主様っていうのは止めてくれないかな?来栖でいいよ」
「……承知致しました、来栖様」
ゾンマァはそっぽを向いているし、ヘァプストとヴィンタァは俯いている。
これ、本当に納得してくれてるんだろうか。
かなりの疑問は残るけど、ベリアルが大丈夫だと言うんだし、フルューリングもそう言ってくれているので良しとするか。
「それじゃ朝食を食べたら、今後のことについて相談しよう。
いいよね、ベリアル?」
「ああ、あたしはいいよ。
来栖様の良い様にしてくれ」
その後、紅葉が作ってくれた朝食を食べ、ぼくとベリアル達五人は客間に入った。
「さて、まずは改めて自己紹介をさせて貰うね。
ぼくは小角来栖、縁あってベリアルの主人となりました。
ご覧の通りの若輩者ですけど、よろしくお願いします」
そう言って頭を下げると、ベリアルが横から慌てた様にぼくを抱き締めた。
「来栖様! こいつ等に頭なんて下げなくていいよ!」
「でもこれから一緒にやっていくんだし、ぼくが一番年下だからね」
「来栖様はあたしの主様なんだよ?そこのところを、そろそろ認識してよ!
ほら、お前等も黙って突っ立ってないで何とか言えよ!」
ベリアルが四人を睨み付けると、またまたフルューリングが代表する様に言う。
「そうですわ、来栖様。ベリアル様のご主人様ということは、わたくし達は奴隷も同然です。
どうかお気になさらず、何でもご命令ください」
「奴隷だなんて言い方は止めましょうよ。
ぼくは契約上は皆さんの主かもしれないけど、そんなに堅苦しく考えて欲しくないです」
「そうは参りません。ベリアル様の主様であるからには、わたくし達にとって今後は生命よりも大事な存在です。
来栖様のご命令とあらば、この身を捧げさせて頂きます」
どうもフルューリングは真面目過ぎる様だ。
ぼくとしては、仲間としてやっていきたいんだけど。
そこで突然ゾンマァが口を開いた。
「いいじゃんかフルュ。来栖様もこう言ってるんだしよ。ね、来栖様?」
フルューリングとは対照的に、ゾンマァは突然砕けた態度を取り始める。
「そりゃ最初はさ、ベリアル様が下僕になるって聞いて頭にきたけどさ、契約じゃしょうがないよな。
それに、昨日の晩から見てても、来栖様良い男っぽいしな」
「そ、そうですよね。私もそう思いますっ!」
横からヘァプストが口を出す。
「……」
ヴィンタァは相変わらず無言のままだ。
「それじゃフルューリングさん、そういうことでお願いしますね?
改めて、今後ともよろしくお願いします」
「じゃ来栖様、作戦会議をしようか」
ぼくに腕を絡めていたベリアルが、覗き込む様にして言う。
「うん、そうしよう。
ところで、まず始めに呼び名なんだけど、ぼくがベリアルから聞いている名前って真名だよね?
ベリアルくらいの大悪魔なら真名が知れても影響はないかもしれないけど、他の四人はまずいんじゃないかな?」
「そうだね、それなりの魔力がある人間に知れたらまずいかもしれないな」
「それで、取り敢えず四人には日本名を名乗って貰おうかと思うんだ。
フルューリングさんは春美さん。
ゾンマァさんは夏美さん。
ヘァプストさんは秋美さん。
ヴィンタァさんは冬美さんっていうのでどうだろう?」
「なるほど、各々の名前を頭に配したんだな」
そう、実はこの四人の真名は、ドイツ語で春夏秋冬を表す言葉だったりする。
「あたしは良いと思うけど、お前等もいいよな?」
「わたくしは異存ありません」
フリューリングさん改め春実さんが言う。
「そうだな、良い名前だな」
ゾンマァさん改め夏美さんも賛同してくれた。
「私もそれでいいです」
ヘァプストさん改め秋美さんも問題ない様だ。
「……いい」
ヴィンタァさん改め冬美さんも、一言だけでも賛成してくれた。
「それじゃ、今後はそう呼ばせて貰いますね。
必要であれば、姓はぼくの姓である『小角』を使って下さい」
「それで来栖様、あたしは?」
そう言いながらベリアルが擦り寄ってくる。
「ベリアルくらいになれば、真名でもいいんじゃないのかな?
人間界に知られて困る様な相手は居ないだろうし、人間界以外ならそもそも真名を知られてるよね?」
「うぅ……。まぁそうなんだけどさ……あたしだってさ、来栖様に付けて欲しいんだよっ!」
なんだかベリアルのキャラ崩壊が始まっている様な気がする。
「でもさ、ぼくはベリアルの主人なんだよね?
主人って自分の下僕のことは真名で呼ぶもんじゃないの?」
「それを言われると辛いな……。
ん、まぁしょうがないか……」
がっくりと肩を落とすベリアル。
少し可哀想だけど、しょうがないな。
「それじゃ気を取り直して、今後のことについて話をしたいと思う」
ぼくは五人を見渡して話を始めた。
「昨日、ベリアルとは少し話をしたんだけど、とりあえずは生活するための資金を稼ごうと思うんです。
具体的には株式や債券への投資ってことになるんだけど。
資金はぼくの祖父の遺産を充てようと考えてます。
現状で五千万円くらいあるから、とりあえずは一千万円くらいから始めたとして、投資資金としてはまず十分だと思います」
「うん、あたしもそこまでは昨日聞いた。
それで具体的にどうするんだ?」
「まず、秋美さんは技術関係が得意だっていうことなんで、人間界のパーソナルコンピューターを解析して貰って、投資用のソフトを作って貰おうと思います。
スーパーコンピューター並のレスポンスを持つコンピューターも欲しいかな。
できますか?」
秋美さんに問い掛けると、彼女は即座に肯いた。
「こちらの世界の情報を頂ければ、そんなに時間は掛からないと思います」
彼女に肯きかけると、今度は冬美さんに向かう。
「冬美さんはギャンブラーだそうですね。
ツキも相当なものだとベリアルに聞いています。
なので、実際の運用については冬美さんに一任しようと思います。
どうですか?」
冬美さんも即座に肯く。
「差し当たっての情報を貰えれば多分大丈夫」
「ありがとうございます。
それでその情報なんですが、投資に関する基礎的な情報については、インターネットから拾うのが一番だと思います。
使い方を後で説明しますので、それでまず勉強して貰えますか?」
「了解した」
「それから、実際に投資するにあたっての情報収集ですが、こちらは春美さんにお願いしようと思います。
ただ、春美さんには他にも色々とお願いがありまして……」
「なんでしょうか?」
心持ち首を傾げる春美さん。
ぼくの思惑はこうだ。
秋美さんが制作・チューンしたスーパーコンピューター並の性能を持つパソコンとソフトを使い、冬美さんが運用する。
そしてそれ等を統括管理するのが春美さん。
春美さんには、法的な部分や目立たない様にするためのペーパーカンパニー設立等、付随する全ての業務を統括して貰う。
「成る程、来栖様のおっしゃることは理解しました。
では、わたくしは取り急ぎその為の情報収集と学習を始めることに致します」
やはり春美さんが知性派だというのは、本当の様だ。
ぼくがやりたいことを即座に理解して、それに必要なアクションをすぐに起こす。
理想的な右腕だと思わされる。
「で? あたいは? ここまでの話だと、出番がないぜ?」
夏美さんがぼくに詰め寄ってきた。
「そうだよ、あたしも持ち場がないよ?」
ベリアルがぼくの腕にしがみつきながら訴える。
「夏美さんはね、申し訳ないけど今のところ出番はないんですよ。
ただ、ぼくや紅葉は普通の人間だから、護衛をお願いしようと思ってます。
春美さん、秋美さん、冬美さんは自分の身は自分で守れると思うけど、ぼく達はそうはいかないから。
特に他の仕事がないときには、紅葉の傍を離れずに付いていて欲しいですね」
そう、もうあんな思いをするのは嫌だから。
「それからベリアルは何度も言う様にぼくの右腕だからね。
ぼくの傍でぼくの為に働いてくれればいいんじゃないかな?」
正直なところ、魔界でも三本の指に入る実力者であるベリアルに何かを割り当ててお願いするという訳にはいかないと思う。
なので、ここはこういう格好で誤魔化すしかないかな。
「そうだな!来栖様がそう言うならそうするよ!」
と言って、ベリアルは嬉しそうにぼくの腕を抱き締める。
かなりの質量を誇る両胸に挟まれたぼくの腕は見えなくなっており、その柔らかな感触が伝わってくる。
「あっ、あぁ、そうして欲しいな」
と、横に目をやると、夏美さんが不貞腐れていた。
「あんだよぉ。あたいだけそんな仕事かよぉ。
そんなんなら、あたいでなくてもいいじゃないかよぉ」
そう言いながら、くちびるを尖らせている。
「そう言うなゾン。来栖様のご命令は絶対だ。
暇だったらあたしが構ってやるさ」
そう言って宥めるベリアルは満面の笑みを浮かべていた。
ベリアル+4も揃ったところで、現実社会で生きるための分担を行いました。
超常現象的な力を使えば何の労力も要らないのですが、来栖はそうはしたくない様で。。。
現実社会の常識に囚われているため、今後も来栖の苦労は増えそうです。
--感想、お待ちしてます!