2章-1 ルール
第2章の始まりです。
1章のハードな雰囲気はどこへ!?
その後ベリアルは中年男の人型を作り、配下の下級悪魔(ベリアル曰くは、『名前すらない』らしい)に入って貰った。
入って貰った悪魔にはちゃんとこれから先のことを言い含め、それから警察に通報した。
真夜中だというのに小野郷の駐在所から駆け付けたお巡りさんは、田舎町では殆どない強盗強姦殺人事件という重犯罪に仰天して府警本部に慌てて連絡を取り、その後すぐに府警本部からも刑事や警察官が大挙してやってきた。
犯人は帰宅したぼくが気絶させたということにして、ぐったりとした下級悪魔を警察に引き渡すと、それから朝まで現場検証が行われた。
ぼくは重要参考人として警察に連行されたけど、現に犯人が居り、その犯人も犯行を認めているため、昼過ぎには釈放される運びとなった。
釈放された足でぼくは楓の家に向かい、楓の両親にお詫びとお悔やみを述べた。
楓の両親からすると、愛娘が唐突にしかも辱められて亡くなるという最大級の悪夢が現出した訳だけど、おじさんもおばさんもぼくを責めることはなく逆に気遣ってくれ、ぼくはぼくで後ろめたさを感じることとなった。
「これで良かったのかな。なんか後味が悪いな」
「なんで? 来栖様はできることはちゃんとやったじゃない?」
ベリアルは黒いパンツスーツにベージュのトレンチコートを羽織った姿で、ぼくが運転する車の助手席に座っている。
流石に出現時の格好でうろうろすると目立つどころの騒ぎじゃないので、昨晩のうちにこういう格好をする様にぼくが頼んだんだ。
「いやね、楓の魂はあの彼女に存在するっていうのをぼくは知ってるからいいんだけど、楓の両親には嘘を吐いた様でちょっと心が痛い」
「嘘ねぇ。あたしなんて元々嘘ばっかりだから、そういうのは良く解らないね」
そう、ベリアルは呼吸する様に嘘を吐く悪魔として夙に有名だ。
「ベリアルはそうかもしれないけど、ぼくは嘘を吐き慣れてないんだよ」
「ふぅん」
露骨に感心がない風に、それでもベリアルは相槌を撃つ。
「そういえば、ベリアルは魔界に帰らなくっていいの?」
「あたし? あたしはもう来栖様の下僕だから、これからはずっと来栖様の傍に居るよ。
ただ……」
「ただ? やっぱり何か問題がある?」
「あたしは魔界で八十の軍団を統べてるからね。
あいつ等をどうするかなぁ……」
「八十の軍団って、全部で何人くらい居るの?」
「あたし直属の副官が四人、各軍団長が八十人で、その下に五万人づつ居るよ」
「四百万人か……そりゃ凄い人数だね」
「下っ端の奴等は普段から放置してるんで良いんだけど、流石に副官の四人は放っておけないかな。
あんまり放っとくと、他の大悪魔連中にちょっかい掛けられるかもしんないしね」
「四人だけなら、人間界に呼ぶっていうのは駄目なの?
それくらいの人数なら、あの屋敷で十分に暮らせると思うよ?」
「でもなぁ……」
ベリアルは、まるでそれが存在意義であるかの様に、にたにたと笑う。
「何か問題あるの?」
「あいつ等結構美人揃いでさ、おまけにインキュバス並に色情魔ばっかりだからな。
来栖様を誘惑するよ?」
「それは困るな……」
「勿論、下僕であるあたしの部下達だから、来栖様にも絶対服従だけどね。
そういう意味では来栖様にとってはハーレムかな?」
ベリアルがにたにた笑いを大きくしてからかう。
「……」
ぼくの下僕になったと言っても、悪魔の悪戯好きな本性は変わらないらしい。
ベリアルのにたにた笑いは、どんどん大きくなっている。
「あれ? でもそれってそんなに大きな問題かな?
ぼくが拒否すればいいだけなんだよね?」
「そうは言っても、来栖様だって人間の男だからね。
来栖様の気が変わってあいつ等の誘惑に乗っちゃったら、あたしが来栖様の童貞を貰えないじゃない?」
「……そんな心配か」
力が抜けた。
車は今出川通り沿いに進み、鴨川を渡って川端通りを左折する。
「それなら大丈夫だよ。 ぼくはそんな誘惑には乗らないから」
「そんな事言って、据え膳食わぬは男の恥とかって言うじゃない?」
「お前なんでそんな日本の諺を知ってるんだよ?」
「まぁでも、来栖様がそう言ってくれるなら、あいつ等も呼ぶかな」
さらっと話を切り替えてベリアルが言う。
「あいつ等が居れば、来栖様の力にもなるだろうしね」
「そう、それだよ。今後の話をしないといけないよね。
屋敷に帰ったら、とりあえずぼくとベリアルで話をしよう」
「うん、解ったよ来栖様。あたしは来栖様の下僕だから、例え神を敵に回しても闘うよっ!」
「いや、そこまでするつもりはないから……」
ノリノリで武闘派なベリアルだった。
屋敷に帰り玄関のドアを開けると、予想外の出迎えがぼくを待っていた。
「お帰りなさいませ、御主人様ぁ」
メイド服のままで、ひまわりの様な笑顔を輝かせる少女が立っている。
「楓、もう起きていいの?」
「はい、大丈夫ですよぉ!
っていうか、わたし楓って言うんですかぁ?」
そう言って、首を傾げる。
ぼくはベリアルの耳に口を寄せ、こっそり聞いた。
「名前、憶えてないのかな?」
「そりゃ一度天上界に行ってるからね。
身体に付随していた名前なんて、憶えてないんじゃないかな?
それに転生したんだから、新しい名前を付けてやった方がいいんじゃない?」
「そういうもんなんだ」
でも、いきなり名前って言われてもな……。
「あの……ご主人様ぁ? 如何なさいましたぁ?」
楓だった少女が可愛らしく首を傾げてぼくを見る。
ふとぼくは、楓の新しい名前はこれしかないという文字を思い浮かべていた。
「うん、そうだ。君のことは今から紅葉と呼ぼう」
「もみじ? わぁ、可愛いお名前ですぅ。
ありがとうございます、ご主人様っ」
「あっ、わ、わぁ」
楓改め紅葉がぼくの首に抱き着いてきた。
変わらぬ大きな胸が、ぼくと紅葉の間で柔らかく潰れている。
それを横目に、ベリアルが睨む。
「来栖様? 鼻の下が伸びてるよ?」
ぼくは慌てて紅葉の肩を掴んで引き離した。
「そ、そんなことないよ?」
「まぁ来栖様がどこの女とやろうが良いけど、最初はあたしの約束だからね?」
「ご、ごしゅじんさま?わたしじゃだめなんですか?」
ベリアルが睨み、紅葉が涙の浮かんだ上目遣いでぼくを見る。
「あっ、そうそう!ベリアル!客間で作戦会議をしよう!」
「なんか来栖様、あからさまに誤魔化してるよね?」
それでもベリアルと紅葉は。大人しくぼくに着いてきた。
これからの話は、取り敢えずベリアルと二人でしたかったんだけど。
客間に着くと、強盗や警察に散々引っ掻き回された部屋が、綺麗に片付いている。
「これ、かえ、いや、紅葉がやってくれたのかな?」
「そうですよぉ。お二人ともいらっしゃらなかったので、お掃除してました」
「そうか、ありがとう。それじゃぼくとベリアルにお茶を淹れて、あとは掃除の続きをお願いしていいかな?」
「承知しました、ご主人様ぁ」
あからさまに追い出したぼくに、紅葉はふんわりとした笑みを残して客間を出て行った。
「なんかちょっと性格が変わったかな? 楓はもっと気が強かったけど……」
「多分元々はああいう性格なんだと思うよ?
転生してそれが前面に出たんじゃないかな」
そう言ってベリアルはソファに深く座る。
「さて来栖様、これからどうする?
日本征服? 世界征服?」
「ち、ちょっと待ってベリアル。
その前に、これからのルールをここで決めよう」
「ルール?」
「そう、ルール。これからぼくとベリアル達が一緒に暮らしていくためのね」
「ルールも何も、来栖様は思うままにあたし達に命令して、あたし達はそれを実行していくだけだよ?」
「でもね、ぼくにはその『思うまま』っていうのが希薄なんだ。
こうしたいとかこれが欲しい、っていう様な欲望がそんなにないんだよ」
「そんなことはないよ。来栖様だって人間だもん。
幾ら欲望が希薄であっても、人間である限りは無い筈はないよ。
多分来栖様が認識してないだけだと思うよ」
「そうなのかな?でもまぁ、それは追々考えるとして、まずはベリアルとその眷属に守って欲しいことが二つある」
「そりゃ来栖様の命令なら、何でも守るよ」
「一つ目は、人間に害を為さないこと。
自分の身を守るとか、ぼくや紅葉の身を守るとかっていう様な緊急事態以外は止めて欲しい」
「うぅん……来栖様がそう言うなら解った、そうする。
でも、来栖様からの命令であればいいんだよね?」
「そうだね、ぼくの命令であればいいよ。
そんな命令をすることがあるとは思えないけど」
「うん、解った」
「二つ目は、なるべく人間界の原理に沿って行動すること。
他人の記憶なんかを簡単に弄ったり、超常現象的なことはあまりしないで欲しい」
「あたし達は、存在自体が人間界の原理に反してるから、その辺りは判別が難しいかもしれないよ?」
「そうだね、判断が難しい部分については、ぼくに確認をしてから動いて欲しいな」
「あと、これも来栖様の命令であればいいんだよね?」
「うん。ぼくが命令したのなら、それはいい」
結局、悪魔を下僕にするということの意味は、人間界でのぼくの責任がどんどん重くなっていくっていうことなんだろう。
少し気が重くなってきたぼくに、ベリアルは笑みを浮かべて問う。
「ルールはそれだけかな、来栖様?
じゃあ、まず手始めに何をしようか?」
「何を、って?」
「折角あたしみたいな大悪魔を下僕にしたんだぜ?
しかも、あたしの副官である四人の中級悪魔も、来栖様の為なら塵に還ることさえ厭わないよ。
そんな来栖様なら、世界の魔王でも覇王でも好きな者になれるよ?」
「さっきの約束、忘れた?
人間に害を為さず、人間界の原理に則って行動していて、そんなものになれないよね?」
「まぁ確かにかなりの制限にはなるけど、大丈夫だよ。
だってあたしの力はかなり凄いよ?」
「でも、ぼくはそんなのには興味が無いなぁ……」
「興味が無くったって、こんな強大な力を持った来栖様は結局そうなるんだよ」
「そうかな?」
「うん、そうだよ。幾ら来栖様が凄い力を持っていようと、人間だからね」
確かに人間は誰もが凄まじいまでの欲望を抱えている。
欲望は薄いと自覚するぼくでさえ、一皮剝けば欲望の権化なのかもしれない。
でもぼくは、悪魔の力でそんなものを得たくはない。
「確かにベリアルの言う通りかもしれないね。
でも、ぼくは少し複雑な人間でね。
冨や権力を目の前に差し出されてそれを掴むだけ、なんてことはしたくないんだ」
「ほお、流石は来栖様、人間にしては珍しいことを言うね。
人間なんて楽をして冨や権力が得られれば、それに満足するもんなんだけどね」
「確かにその時はそれで満足して幸せなのかもしれないけど、結局は不幸になるんじゃないかな?
人間っていうのは、自分で何かをやり遂げたっていう達成感や、これをしないとっていう使命感がないと、本当の意味での満足は得られないと思うんだ。
ベリアルが享楽と頽廃を持ち込んだっていう伝説のソドムとゴモラだって、神の怒りによる滅びがなくとも、結局街の人間は飽きてしまって街は滅びたんじゃないかな?」
「あの街の話は止めてくれ。神の野郎無茶しやがって。気分が悪くなるよ」
「あははは。ベリアルの気分を悪くするなんて、流石は神だね」
「で、話を戻すけどさ、それじゃ来栖様は一体これからどうしようっていんだい?」
「実は偉そうな事を言っても、正直なところ何か考えがある訳じゃないんだ。
でも取り敢えずは、ぼく達が生活していく為の資金を得る必要があるかな」
「そんなのはあたしに掛かれば簡単だけど、それじゃだめなんだろ?」
「そうだね、ここでベリアルが財宝を山と積んでも、それじゃ駄目だね」
「それじゃどうすりゃいいんだよ?」
「まずはぼくが今自由にできる資産を動かそうか。
とりあえず祖父の遺産やなんかが五千万円くらいあるから、それを株式や債券で増やそう。
勿論、相場の操作なんかをするんじゃなくって、ベリアルや眷属の力で情報収集をして積み上げていこうよ」
「なんか、面倒だねぇ。あたしの性には合わないや。
でも、来栖様がそうするって言うんならあたしに否やはないよ」
そこへ紅葉がお盆に茶器を載せて入って来た。
「お待たせしましたぁ、ご主人様ぁ」
「……ご主人様は止めて欲しいな。来栖でいいよ」
「そんな訳にはいきませんよぉ。ご主人様はご主人様じゃないですかぁ」
「そのご主人様が言ってるんだから、いいんじゃないかな?」
楓の顔でそんな言い方をされると、違和感どころの話じゃない。
「ぶぅ。 解りましたっ!それじゃ、来栖様とお呼びしますねっ!」
拗ねた様に紅葉が言う。
こんな風に拗ねた顔をすると、やはり楓だ。
「うん、そうして」
「はい。じゃ、わたしはお掃除の続きしてきますねっ!」
テーブルに茶器を並べると、紅葉はさっさと客間を出て行く。
「なぁベリアル。あいつ格好だけじゃなくって、中身までメイドになってない?」
「あれは元々そういう性質だったってことだよ。無理してやってる訳じゃないと思うよ」
「そうなんだ? 楓とのギャップがあるね」
「まぁ、人間なんて本来の性格と実際表面に出てる性格は、けっこう違うもんだよ」
「そんなものなんだね……。あっ、話を戻そうか」
「うん。で、具体的にあたし達は何をすればいいんだ?」
「取り敢えず、ベリアルにはぼくの右腕としてぼくの傍に居て欲しい」
「ん? そうか? いやぁ、来栖様にそう言われると断れないなぁ」
突然嬉しそうにベリアルが言う。
にやにや笑いが、明るい笑顔になる。
悪魔とはいえ、とびきりの美人が笑う姿は良いもんだ
ちょっとキリが悪いのですが、本日はここまで。
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