1章-1 蠢く者達
お待たせしました!
これより第二部の開始です。
この先ちょっと盛り上がりが。。。あるのかな?
九州西部の山間で対峙するもの達が居た。
九州の背骨とも言うべき九州山地の西の裾、土地の者から酒呑童子山と呼ばれる山の中腹にある、巨大な岩窟である。
両人の傍には篝火が焚かれているが、灯りの届かぬ闇の中には、何者かの息遣いが感じられる。
「お初にお目に掛かる。
これなるは鞠智一族が当主、鞠智武彦と申す者。お見知りおきを願いたい」
「……おぬしが今の当主か。なるほど、古来より連綿と続く鞠智一族当主よの。
それなりの力はある……か」
「それなりとはご挨拶だな。がまあ、それはいい。お前に少し話がある」
小柄な方の男はそう言うと、どかっとその場に胡座を組んだ。
相対する相手と比較して小柄とは言え、身の丈は180cmを越え、一般的な人間からしてみれば、がっしりとした偉丈夫だ。
長い髪は総髪にして後ろに垂らし、胴着も袴も白一色で紅色の襷を掛け、その鋭い眼光を対峙する色々な意味で巨大な存在に突き刺している。
その正面で仁王立ちしているのは、身の丈は3mを越える大男だ。
酔った様に赤い顔、華やかであったであろう金襴緞子の小袖は袖が綻び、緋色の袴も裾が擦り切れている。
何よりその口元に覗く鋭い牙と、頭に生える牛の様な角が、この大男が何者かを如実に表していた。
「ほほう、力は兎も角、胆力だけはあるようじゃな」
そう言うと大男もその場にどっかりと胡座をかいた。
「で?話とはなんじゃ」
「お前が京の都より逃れ出て千有余年。この地で当家とも代々争いながらここまできたが、俺の代で終止符を打とうと思う」
「ほほう。おぬし我を討伐するつもりか?
確かにおぬしからはそれなりの力は感じるが、頼光の比ではないぞ?
おぬしにこの酒呑童子が討てるかの?」
大男の言葉に、少し離れて周りを取り囲む影が蠢いた。
大男の名は酒呑童子。
一条天皇の頃、京の都に猛威を揮い、源頼光とその四天王に討伐されたと伝わる鬼の頭領である。
大江山の本拠地で毒酒を喰らわされ、襲われた配下の鬼達は討たれて逝ったが、酒呑童子は辛くも逃れ、この九州の地に隠れ棲んでいた。
この地に至って後は、土着の妖怪や鬼などを配下に従え、この土地に盤踞する鞠智一族と争いながら今に至っている。
「さても、鬼というのは短気で困る。俺がいつお前を討つと言った?」
そう言いいながら、武彦は担いでいた大きな袋から一升瓶を取り出し、封を切った。
「まあ、一献呑まんか?」
「ふむ……頼光に倣って騙し討ちか?流石にもうその手は食わんぞ?」
「……なるほど、お前は毒酒を喰らって討たれそうになったんだったな?
間抜けな話だ」
武彦はそう言うと、これもまた袋から取り出した大きな杯になみなみと酒を注ぎ、次の瞬間には一息で飲み干した。
「ふぅ……流石に一気に呑むと効くな。どうだ?毒なんぞ入ってないぞ?」
言いながら、杯をもう一つ取り出し、酒呑童子に向かって放り投げる。
慌てて受け取った酒呑童子は、それでもどうしたものかと思案していた。
「なんだ、酒呑童子ともあろう鬼が肝の小さい。
寸鉄帯びぬ人間相手に怯えるとはな。それともお前、酒呑童子とは騙りか?」
「ぐぬっ!馬鹿にするでない!天下に隠れもない酒呑童子とは我のことじゃ!」
そう言うと酒呑童子はずいっと杯を武彦に突き付けた。
「さあ注げ!零れる程になみなみとじゃぞ!」
武彦が杯に酒を満たすが早いか、一気に呷る。
「ぷはあ!久し振りの酒じゃが、やはり美味いの!」
酒呑童子はそう言うと、空になった杯を突き付ける。
武彦が注ごうとすると、酒瓶の首を掴みむんずと引き寄せて取り上げ、ラッパ飲みを始めた。
「んぐ、んぐ、うぐ……ぷはぁっ!生き返る様じゃ!」
そう言って向き直ったとき、既に酒瓶の中の酒は無くなっていた。
「ん?もう終いか?」
「いや、まだまだ持って来てあるが、その前に話がある」
「ふむ、毒酒ではなかった様じゃし、酔い潰れたところを狙うつもりでもない様じゃの」
そう言いながら酒瓶を傍らに置き、身を乗り出した。
「で?鞠智の惣領が我に何用じゃ?」
「鞠智一族がこの地に至りて数千年。色々とあった。
天照大神の眷属に討たれ、その裔である日本武尊にも討伐され、それでも同化しようと南朝の再起に尽力したこともある。
しかし一族はどこまでいっても蛮族としか扱われん。
まあ、今の世では蛮族どころか相手にもされておらんか」
そう言いながら、袋から別の一升瓶を取り出し封を切る。
「解るか?誇り高き鞠智一族が、何ほどの力もない者共の下風に立つ屈辱が?」
武彦は杯に注いだ酒を一気に飲み干した。
「それでも我が父である先代までは、忍んで来た。
太古より続く一族とはいえ、この力も衰える一方だしな。
しかし俺は違う。この俺の力で、天孫族の裔である者共に目にものを見せてやる」
「ふむ……まあその気持ちは解らんでもない。
我もこの地に逼塞して長いが、この辺りの物の怪どもも、どんどんと減ってきておるしの」
「そうだろう?俺達一族とお前らは、確かに長い確執の歴史はあるものの、今となっては同類だとは思わんか?」
「む、まあ……そうじゃの。それでどうしようと言うのじゃ?」
「我が一族とお前ら一統、手を携えてこの日の本に覇を唱える」
「……我らと鞠智一族が手を取り合ってか?夢物語じゃな」
「そう思うか?しかしな、今の日本には大して力のある奴などそうそう居らん。
安倍、賀茂、蘆屋の陰陽師三家の裔と、高野、比叡の僧、それに洛外の慈恵を排除してしまえば、表の世界などどうにでもなる。
尤も、野に隠れた呪術師の類いは少し調べる必要があるがな」
武彦はそう言うと、自分の杯に酒を足し、一升瓶の口を酒呑童子に向けた。
その酒を受けながら、酒呑童子は考え込む様に言う。
「しかしの、それほど簡単な話なら、我らもそうじゃし、おぬしらも黙ってこの地に逼塞することもなかったであろうよ。
先刻おぬしも言っておった奴輩が要所要所で目を光らせておる。
とてもとても、九州から東へなど出れんわい」
そう言うと、ぐいっと一気に杯を呷った。
「まあ夢物語とはいえ、久々に面白い話を聞かせて貰ろうたわい。
酒の肴にはよかったぞ」
そう言って立ち上がろうとする酒呑童子に、武彦の鋭い声が飛ぶ。
「陰陽師家の奴らなど、どうにでもなる。
『老人』さえ居なければ、奴らなど烏合の衆だ」
「その『老人』が問題じゃろうて。京の地にあの者が居る限り、どこまでいっても夢物語じゃ」
「その『老人』が、先日身罷ったと言えばどうする?」
武彦の言葉に、酒呑童子は目を剝き身を乗り出した。
「なんと!それは本当か?」
「ああ、確かな話だ。しかも陰陽師三家の現当主には見るべき程の法力などない。
高野も比叡も生臭坊主ばかりで何の役にも立たん。
障害になりそうな者といえば、洛外に住む慈恵くらいのもんだろう」
「なるほどの。確かにそういうことであれば、夢ではないの」
武彦はにやりと嗤うと、酒呑童子の杯に酒を注ぐ。
「だろう?では手打ちに同意するな?
陰陽師三家と高野、比叡は我が一族に任せろ。
お前はこの地に残る物の怪どもを纏め上げ京に上り、慈恵を始末してくれ」
篝火の灯る暗い洞窟の中、人と鬼の酒宴は夜更けを過ぎても続いていた。
少し伝奇物っぽくなってきましたね。
こういう雰囲気は大好きです。
因みに、次話から暫くは元ののんびりした雰囲気になる予定です。
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