幕間2 紅葉の朝
幕間その2です。
本日は紅葉視点になります。
わたしは紅葉って言います。
来栖様の専属メイドです。
わたしは来栖様により生み出されました。
それ以前の記憶はありません。
えっ?
記憶がなくて大丈夫なのかって?
そんなの全然気にしません。
わたしは来栖様のお側に居られれば、他のことはどうでもいいんです。
だって、来栖様のお側は暖かいんだもん。
わたしの一日は、早朝の朝食の支度から始まります。
この家にはわたしを含めて八人も住んでいるので、食事の支度は結構大変です。
でもわたしは全然苦になりません。
だって、来栖様のお役に立ててるんですから。
さて、今日は何にしようかな。
うん、昨日の夜は結構重たかったから、今朝はあっさりと和食にしましょうか。
そうと決まれば、お味噌汁の出汁を取りましょう。
「おはようございます、紅葉様」
「ふぁっ!」
突然耳元で声がしたもので、びっくりしました。
「お、おはようございますぅ」
慌てて振り向くと、そこには和服に身を包んだ美人さんが居ます。
この人は琴女さんと言い、この家に取り憑いている幽霊さんだそうです。
えっ?
幽霊さんと一緒に住んでるのかって?
そうなんです。
わたしも最初に会ったときは怖かったんですけど、琴女さんは良い方なんで慣れちゃいました。
ただ、ふわふわと浮かんでいるのは、止めて貰いたいですけど。
「紅葉様、朝食の支度ですね。では、わたくしは来栖様を起こしに……」
「いえっ!琴女さん!お味噌汁をお願いできますかぁ?」
「あら、そうですか?では場所を代わって頂けますでしょうか?」
ふぅ。
油断も隙もありません。
「ではお願いしますねぇ」
琴女さんは大鍋に水を張って、戸棚から取り出したいりこを沈め始めました。
琴女さんのお料理はとっても美味しいので、これでお味噌汁はお任せしておけば大丈夫。
それじゃわたしは、干物を焼いて、卵焼きを焼いて……。
「おはようございます、何かお手伝い致しましょうか?」
そこへ春美さんが入って来ました。
「あっ春美さん、おはようございますぅ。
お手伝いなんていいですよぉ。
春美さんはお仕事お忙しいんですからぁ」
そう、春美さんは来栖様と一緒にお仕事をしてるんです。
わたしにはよく解らないんですけど、株がどうとか債券がどうとか。
春美さんだけじゃなく、秋美さんや冬美さんも一緒なんですけど、春美さんはその他にも色々とやってるみたいです。
そんな人に家事を手伝って貰っちゃったら、わたしの仕事がなくなっちゃいます。
「よっ、おはよっ!」
そこへ夏美さんも入ってきました。
夏美さんはすらっとして格好良くて、とっても元気な人です。
夏美さんのお仕事は、わたしのボディガードだそうです。
でもわたしなんて、ボディガードをして貰う様な価値のある人間なのかなぁ。
「おはようございますぅ」
「牛乳くれ!」
「ちょっと待ってくださいねぇ」
わたしは冷蔵庫から牛乳を出すと、コップに注いで夏美さんに渡しました。
「おぉありがと」
夏美さんはそう言うと、美味しそうにごくごくと喉を鳴らして一気に飲み干しちゃいます。
「ぷはあ!これ美味いよなっ!」
本当に美味しそうです。
「んじゃあたいは来栖様でも起こしてくるかなっ!」
そう言って厨房を出ようとする夏美さんを慌てて止めます。
「だ、だめですよぉ!まだお食事が出来るまで時間がありますから、もう少し寝かせてあげてください!」
「ん?そうか?」
「そうですよぉ。お食事ができたら、ちゃんとわたしが行きますから!」
「そうかぁ……んじゃあたいはあっちの部屋で朝飯を待ってるぜ!」
「はい、そうしてくださぁい」
夏美さんは「がっはっはっ」と笑いながら出て行きました。
朝から本当にお元気です。
「紅葉様。お忙しいところすみませんが、お湯を頂いてよろしいですか?」
春美さんです。
ああ、紅茶ですね。
春美さんは紅茶が大好きで、日に何度も淹れて飲んでいます。
それも貴族的な容姿とは裏腹に、高い紅茶よりもティーバックの方がお好きな様です。
「はぁい。すぐに湧かしますねぇ。
できたらお持ちしますから、食堂でゆっくりしててくださぁい」
「申し訳ありません。では、お願い致します」
春美さんは折り目正しく一礼すると、厨房から出て行きます。
うん、やっぱり格好良いな。
なんて言うか、できる女って感じです。
それに美人だし、すらっとしていてスタイルも良いし。
それに比べてわたしは……。
いけません、いけません。
落ち込んでいないで、食事を作らないと。
気を取り直してキッチンに向かいます。
とりあえずお湯を沸かしましょう。
薬缶を取り出して水を張り、火に掛けたところで気付きました。
「あれ?琴女さん……」
「お味噌汁の方はもうお味噌を入れるだけですわ。
あとは干物と出汁巻き卵でよろしいんですよね?」
「そ、そうですね!」
ふみゅう。
皆さんと朝のご挨拶をしている間に、琴女さんはちゃくちゃくと支度を済ませていました。
だめだなぁ、わたし。
というか、琴女さんの手際が良過ぎるんですけど。
「あっ、でも皆さんよく食べられますから、もう一品くらいあった方がよろしいでしょうか?」
琴女さんが首を傾げながらわたしに問い掛けます。
ふぁあ、綺麗なのにそんな可愛い仕草は反則ですぅ……。
あっ、いけません、いけません、見蕩れている場合ではありません。
「あっ、そ、そうですねぇ。では、簡単にきんぴらでも作りますねぇ」
わたしは慌てて冷蔵庫に駆け寄ります。
お店にある様な大きな冷蔵庫から必要な食材をテーブルに出していると、ベリアルさんが無言で厨房に入ってきました。
「……」
「お、おはようございますぅ」
「……」
眠そうな半目でわたしを睨んでます。
こ、怖いですぅ。
ベリアルさんは凄い美人さんで、背が高くスタイルも凄く良いんです。
なんというか、特に胸の辺りが凄いことになってます。
わたしもそれなりだと自負してるんですけど、ベリアルさんには遠く及びません。
くすん。
でも、普段から目付きが怖いんですよね。
「あっ、紅葉。おはよ」
なんとかわたしだと認識して貰えた様です。
「珈琲が欲しい」
「はぁい。できたらお持ちしますから、食堂でお待ちくださぁい」
「おお、頼む。んじゃあたしは来栖様を起こしてくるよ」
む。
むむ。
むむむ。
「あっ、あっ、ベリアルさんっ!まだちょっと早いですから、もう少し寝かせてあげてくださいっ!」
「ん?そうか?んじゃ食堂で待ってるよ」
「はい!そうしてください!」
ふぅ、危ない危ない。
皆さん来栖様を起こしに行こうとするんですから。
それはわたしのお仕事なんですから、取らないで欲しいです。
さて、気を取り直してきんぴらを作りましょう。
「あれ?」
さっき出した筈の食材がテーブルにありません。
おかしいなぁ。
「紅葉様、きんぴらの味付けはこれでよろしいですか?」
わたしがテーブルを前に固まっていると、琴女さんから声が掛かります。
横を見ると、大きな鍋を前にした琴女さんが、小皿に取ったきんぴらを私に差し出してくれていました。
「あ、あの……きんぴらも作って頂いたんですか?」
「はい、もう少しでできますので、味見をお願いできますか?」
ふみゅう……。
「あっ、お湯も沸いておりましたので、お紅茶とお珈琲もできております」
……。
わたしの出番がどんどんなくなっていきます……。
私の存在意義がどんどん霞んでいきます……。
しかし、わたしはめげません!
気を取り直して味見をさせて貰うと、
「あっ、美味しいですぅ」
「それは良かったですわ」
にっこりと微笑む琴女さん。
く、くやしいけど、完敗です……。
「では、朝食の支度はわたくしだけでなんとかなりそうですから、皆さんにお茶をお出し頂けますか?」
「は、はいっ!」
琴女さんがおっしゃる通り、今日の朝食はわたしの出番はなさそうなのです。
うう……明日こそは、明日こそは負けないもんっ!
心持ちがっくりときたわたしは、これも琴女さんが淹れてくれた紅茶と珈琲をお持ちすることにします。
お盆を取り出し、ティーポットとコーヒーカップを載せて厨房を出ました。
食堂では、春美さんとベリアルさんが食卓に座っています。
夏美さんはリビングなんでしょうか。
テレビが好きですしね。
春美さんは新聞を広げていて、その前には別の新聞が一杯積まれています。
春美さんはお仕事の関係上、色々な新聞に毎朝目を通しています。
凄いなぁ。
憧れちゃうなぁ。
ベリアルさんはと言うと、その向かいに座り、食卓に突っ伏していました。
ベリアルさん、朝弱いなぁ。
「お待たせしましたぁ」
声を掛けて、食卓にお盆を置きます。
「ありがとうございます」
春美さんが目を上げてお礼を言ってくださいました。
ベリアルさんは……寝息が聞こえますね。
「ベリアルさん、ベリアルさん。珈琲入りましたよ」
少し揺すってあげると、ゆっくりとベリアルさんが身体を起こします。
「ん、んあ。おお、ありがと」
珈琲を啜り出すベリアルさんと、ティーカップを片手に新聞に戻る春美さん。
今がチャンスです。
そおっと食堂から廊下に出ました。
脱出成功です。
目の前には、硝子戸の向こうに中庭があります。
今日はお天気も良い様で、中庭には朝の柔らかい日差しが一杯です。
そんな日差しを眺めながら、ちょっと考えちゃいました。
この家には、わたしよりも美人な女の人ばかりで、皆さん私より魅力的で、おまけに仕事もできる方ばかりです。
そんな中でわたしのできることは凄く限られています。
でもいいんです。
わたしは、わたしのできることを精一杯やって、来栖様に喜んで頂ける様に笑顔で頑張るだけです。
それが多分、わたしがここに居る理由なんです。
だから、何があっても笑顔で居ます。
この家の皆さんに、わたしが唯一勝てるのは笑顔だけなんですから。
あっ、いえいえ。
来栖様を思う気持ちも、勿論誰にも負けませんよ?
来栖様のことを考えると、自然と笑みが零れます。
うん、今日も良い日になりそうだ。
私ももっと頑張らなくっちゃ!
わたしは心持ち早足で、二階にある来栖様の部屋に足を向けました。
あと1本幕間を挟もうと思っているですが……実はまだできていません。
ひょっとすると、明日の定時更新には間に合わないかもしれません。
尚、第二部以降については、まだどうしようか迷っています。
もう一つ幕間を挟んでから時間を頂き、執筆しながら考えようかとも思っています。
今でも不人気な小説が、更新の間を空けたら誰も読んでくれないことは理解しているのですが。。。
----ご意見・ご感想等々、お待ちしております!