3章-5 旅立ち
またまた住職の登場です。
それから何日かは、何事もなく過ぎていった。
ぼくとベリアルは今後の方針について話をしたり、あちこち歩き回ったりしていた。
勿論、紅葉や夏美さんと一緒に大阪の屋敷に行き、内装や調度の検討に加わったりもしたけど、こちらは基本的には紅葉と琴女さんに一任するつもりだ。
持ち主のおじさんとの交渉も春美さんにより滞りなく進み、書類や代金の受け渡しも完了して、あの土地と屋敷は名実共にぼくの持ち物となった。
そんなこんなである程度移る目処が付いたある日、ぼくはベリアルと共に谷沿いの道を辿り、住職に会いに行くことにした。
「こんにちわ」
寺務所に入り奥に声を掛けると、程なく薄暗い廊下から住職が現れる。
「おお来栖やないか。こないだ来たとこやのに、こんなに頻繁にお前が来るとは珍しいな。
それに、その別嬪さんもまた一緒かいな」
「ええ、ちょっと折り入って住職に話がありまして。
少し時間を貰えませんか?」
「来栖が改まって話とは珍しいな。
まあええわ。とりあえずこんな玄関でもなんやから上がり」
「お邪魔します」
「……お邪魔します」
ベリアルはいつもの快活さを押し隠し、巨大な猫を被っている。
ぼくが頼んだからなんだけど、元々が凄い美人なだけに、こうやって物静かなベリアルを見ていると、思わず視線を動かせなくなることがある。
「ほんなら儂は茶でも淹れてくるさかい、先に座敷に行っとけ」
住職はそう言うと廊下の奥に消えていく。
ぼくは勝手知ったる家だということもあり、座敷に入って待つことにした。
「……なあ来栖様。あの人間、あたしのこと気付いてるよな?」
「そうなの?まあ住職もあれで修行を積んだ人だから、気付かれても仕方がないけど」
「うん、多分気付いてると思うよ」
ぼくとベリアルが額を寄せて小声で話していると、廊下から足音が聞こえた。
「おい来栖、開けてんか」
廊下から住職の声がする。
ぼくが立ち上がって襖を開けると、急須と湯飲みと茶菓子を載せた大きめのお盆を両手に持って住職が入ってきた。
「しかし、来栖がここへ上がるのも久し振りやなあ。
小さい頃はよお来とったのにな」
湯飲みにお茶を淹れながら、住職が言う。
「たまには顔を出せっちゅうとるのに、ほんまにお前だけはどんならんよなあ」
ぶつぶつとぼくに小言を言いながら、住職は湯飲みをぼくとベリアルの前に置いていく。
「で、来栖よ、折り入って話っちゅうのんは、そっちの別嬪さんな物の怪の話かいな?」
「……やっぱり気付いてたんですね。
まあそれもありますけど、他の用件もあって」
「そら気付くやろ。儂もこれで、元々はちゃんと修行を積んどんねんぞ。
正体までは判らんけど、物の怪の類いやっちゅうのは、こないだ来た時から気付いとったわい。
そやけど、どうもお前に懐いてる様やさかい、放っといても害ないやろ思て言わへんかったんや。
で?その話なんやったら、まずはどちらさんか教えてくれんか?」
「それが……彼女の名前はベリアルと言いまして……」
「ベリアル?悪魔かい?お前、悪魔召喚したんかい?」
そう言って住職は身を乗り出して、ぼくを鋭く睨む。
本気で怒っている様だ。
「勝軍から、それはしたらあかんて言われてたやろ?」
「はい。仰る通り、爺ちゃんからはきつく止められていました」
「ほんならなんでそないなことするんじゃ?」
住職の怒りは尤もだ。
常識的に考えれば、悪魔を召喚し連れ歩いているなんて、正気の沙汰じゃない。
元々そのつもりだったぼくは、住職にこれまでのことを一から順を追って話をした。
「……ふむ……。楓ちゃんがのお。そんなことになっとったんかい。
そやけど、なんでそのときに儂に相談せんのや」
少し落ち着いてきた住職が、これも尤もなことを聞く。
「正直なところ、ぼくもかなり動転していて……楓を取り戻すことしか考えられなかったんです」
「まあ気持ちは解らんでもないけどな。
そやけどお前のやったことは、ほんまやったら絶対にしたらあかんことやねんぞ?
それくらいは解ってんやろな?」
「はい。認識も覚悟もしてるつもりです」
「ほうか。そしたら、それはもうええ。
で?これからどないするつもりやねん」
「ぼくのせいでぼくの下僕となってしまったんですから、ちゃんと面倒を見て一緒に暮らしていこうと思ってます」
「口で言うのは簡単やけどな、ほんまにそれがお前にできるか?」
「できるできないではなく、やらないといけないと思ってます」
「……そうか。お前も言い出したら聞かんやっちゃからの……。
そやけど、お前の手に余る様やったら、いつでも言うて来いよ?
もうこんな水臭い話は、これっきりやぞ?」
「はい、ごめんなさい」
ぼくは座布団を外し、姿勢を正して頭を下げた。
「ふむ、まあええわい。
こっちの悪魔もちゃんとお前に従属しとる様やしの。
で?用事はそれだけちゃうねんやろ?」
この話はこれで終わりだとばかりに、住職は話題を変えた。
ぼくは下げていた頭を上げる。
「それが、実はこの辺りの妖怪からクレームが入って。
この辺りは京の妖怪の最後の棲み処だから、西洋の悪魔に棲まれると困るそうなんです」
「ふむ、それは僧正坊辺りが言うてきおったんかい?」
「そうですけど……住職、僧正坊をご存知なんですか?」
「儂はこの寺の住職やぞ?
鞍馬からこっちに移る時に、挨拶に来おったわい。
でもまあ、鞍馬山僧正坊ともあろう者が挨拶に来おったんやから、儂も文句言う筋合いもないしな。
それ以来、たまに顔を合わして話しとる」
やっぱり凄いなこの住職。
ただ者じゃないと昔から思ってたけど、想像以上だった。
「でも僧正坊がという訳じゃなくって、この辺りの妖怪の代表として僧正坊がぼくに言いに来たんだそうです。
それに彼らの言うことにも一理ありますしね」
「なんや、その物言いやと、お前も僧正坊とは旧知なんか?」
「実は小さい頃に向こうの尾根で会って。
ぼくの遊び友達だったんですよ」
「お前っちゅうのは、どこまでもよお解らんやっちゃなあ」
そう呟くと、住職は茶を啜って目を細める。
「まあ、あの勝軍の孫やさかいな」
そう言って溜息を一つ吐くと、目を上げてぼくを見た。
「で?ここ出て行って、行く先の心当たりはあるんかい?」
「はい、実は僧正坊が大阪の旧知に話を通してくれまして。
大阪にそれなりの広さの家を確保できました」
「ほお大阪か。そやけど、大阪でそれなりの家やったらかなり高いやろ?
大丈夫なんか?」
「それも大丈夫です。
かなりの長い間強力な地縛霊が取り憑いていた家でして。
無料も同然でした」
「ほおか。まあこの悪魔が付いてるんやから、地縛霊くらいやったら問題ないやろな。
で?その霊は成仏さしたったんかい?」
「いえ、話を聞くとあまりに可哀想な人だったんで、一緒に住もうかと思ってます」
「……悪魔に、転生さした楓ちゃんに、地縛霊かい。
えらいことになってるのお」
「でもまあ、これも仕方がないかと」
ぼくが言うと、住職は突然大声で笑い出した。
「はっはっはっはっ」
心の底から愉快そうに笑う。
「お前は小さい頃からただ者やないと思とったけど、儂の目に狂いはなかった様やな。
その器量、大したもんや」
楽しそうに言うと、ふいに真顔になって座卓を回り込み、ぼくの隣で胡座を組んだ。
「よお解った。大阪でもどこでも行ってこい。
そこの悪魔とのことも、何かの縁やろ。楓ちゃんのこともあるやろうしな。
そやけど、なんぞ困ったことがあったら、いらん遠慮せんと言うてこいよ?
お前は儂の孫みたいなもんなんやからな?」
そう言って住職は、暫くの間ぼくの頭を撫で続けていた。
これにて第一部本編は終了です。
幾つか幕間を挟んで第二部に入りたいと思います。
が。。。あまり好評でもない様ですので、これで打ち切りもありかな。。。と、現在検討中です。
幕間の話は、一編はもう執筆済ですので、少なくとももう一話は投稿します。
第二部の話も少しは書いているのですが、中途半端で止めるのも嫌なので、打ち切りの場合は幕間の投稿で終わります。。。
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