3章-4 家 (その2)
拠点を確保しましたので、諸々の雑事です。
なんか繋ぎの話が多いですが、お許しを。
琴女さんの話が終わっても、ぼくは硬直し動けなかった。
人間が人間に対して、そこまで酷いことができるということを、ぼくは信じたくなかった。
ぼくの膝の上では、紅葉がしゃくり上げている。
「う、うぅ……酷いよぉ……琴女さん、可哀想だよぉ」
……お前もかなり悲惨な最期を遂げたんだけどね。
しかし確かに、琴女さんが堕ちた境遇の酷さは、紅葉の比ではない。
「来栖様、人間の中には悪魔より質が悪い奴がいるよな」
ベリアルがぼくに言う。
「確かに悪魔っていうのはなんでもありだけど、契約は守るよ。
人間の中には、契約すら守らない奴が居るもんな」
確かにそうだ。
人間の中には、悪魔をも越える程の悪辣な者が居る。
でも逆に、天使を凌駕する程の優しさを持つ者が居るのも人間なんだろう。
「兎も角、話は解りました。
琴女さん、恨みは尽きないとは思いますが、もう百年以上も昔の話です。
そろそろ、そんな辛いことは忘れてみませんか?」
「……ありがとうございます。
確かに恨みは尽きませぬけれども、旦那様も御料様ももう在わさぬことは存じております。
皆様にお会いしたことも何かのご縁でございましょう」
琴女さんはそう言うとぼくに向き直って、綺麗に背を伸ばし三つ指を付いた。
「不束者ではございますが、何卒このわたくしめを婢女の端にお加えくだされませ」
「琴女さん、顔を上げて下さい。
婢女だなんて、そんなことを言わないで。これからは家族の一員なんですから。
ぼくの方こそ、よろしくお願いします」
「あの……ご主人さま、とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
可愛く頬を染めて首を傾げる琴女さんは、破壊力十分の美しさだった。
見蕩れてしまって、ぼくは言葉を続けられない。
「ちっ」
ベリアルが憎々しげに舌打ちしている。
「ふゅみゅぅっ!」
膝の上では、紅葉がじたばたと暴れている。
「……」
夏美さん、無言で睨み付けるのは止めてください。
ともあれ、ぼくの家族がまた増えた様だ。
その後琴女さんには掃除を始めておくようにお願いし、喫茶店に戻ったときには一時間程経過していた。
「あっ、結構時間掛かりましたな」
冷めたコーヒーカップを前にお冷やを啜っていた持ち主のおじさんが、ぼく達を見ると窺う様に言う。
「で、どないでしたやろ?やっぱり出ましたか?」
その表情は少し不安そうだ。
「別にどうということはありませんでしたよ。
ただ、やはり建物がかなり古い様ですから、結構手を入れないといけないかもしれませんね」
「えっ?ほんまでっか?それやったら、引き取って貰ういうことで、よろしいですか?」
おじさんの顔に喜色が広がる。
「はい、そうさせてください。で、お値段の方なんですが……」
「いや、そんなんはさっきも言うたように、ほんまに気持ちで結構です。
その為の鑑定評価やなんかもこっちで揃えますわ。
ただ、返品は堪忍してくださいな」
「そうは言っても、こういうことはちゃんとしておきたいんですよ。
具体的な金額を教えて頂いてもいいですか?」
「そうですな……そしたら、土地、上物合わせて三十万でどないですか?
その代わり、必要な箇所に署名捺印を貰らえたら、手続き関係はこちらでやらせて貰います」
「えっ?この立地であの広さの土地を込みで三十万ですか?
それは安過ぎませんか?」
「さっきも言うた通りで、このままで寝かしとくくらいやったら、熨斗付けてでも手放したいんですわ。
そういう意味では、役所やなんかの手続きや、弁護士とか不動産鑑定士の先生に話を通す為の費用やと思てください」
「それでよろしいんでしたら、ぼくには異存はありません。
では、それでお願いできますか?」
「よっしゃっ、決まりや!
ほんならすぐ手続きに掛かりますんで、連絡先を教えて貰えますか?
書類なんかが揃ろたら、すぐに連絡させて貰います」
喜びを隠せないおじさんは、元気に立ち上がるとぼくに握手を求めてきた。
喫茶店の前でおじさんと別れたぼく達は、その足で幽霊屋敷に取って返した。
今度は正面ではなく裏に回る。
幽霊屋敷の裏手には、裏門然とした勝手口があった。
勝手口は閉ざされており中の様子は窺えないが、琴女さんは気付いている筈だ。
「琴女さん、居ますか?」
「はい」
すぐに戸口の向こうから声がする。
この土地に縛られている琴女さんは、外と通じる戸口にも触れられない様だ。
「ここの購入については、とりあえずの話はつきました。
ただ、手続きがすべて終わるまでぼく達は入れないと思います」
「承知致しました。それではわたくしは、ご主人様が戻られるまで、できる限りのことはしておきます」
「それは有り難いです。差し当たって何か必要なものはありますか?」
「今は特にございません。ただ、ご主人様に所用ができた場合には、如何すればよろしいでしょうか?」
「そうですね……どうしましょうか……」
まさか幽霊に携帯電話を持たせる訳にもいかない。
「それなら日に一度、ゾンマァが顔を出せばいいんじゃないか?」
ベリアルが後ろから提案する。
「それは良い案だね。でも、ここまで来れないんじゃないかな?
京都の屋敷からは結構遠いよ?」
「そんなの問題ないよ。転移すればいいんだから」
「転移?」
「そうだよ。一度来てる座標だから、問題なく転移できるよ。
ただ、来栖様と最初に約束した人間界のルールを超越した方法になっちゃうけどね」
「確かにそうだね。でも……この場合はしようがないか。
他に方法もなさそうだし。
特に周りに影響が出る様なもんでもないだよね?」
「まあ転移するだけだからね。影響なんて出ないと思うよ?」
「それじゃそうするかな。夏美さんいいですか?」
「ベリアル様と来栖様のお言い付けなら否やはないぜ」
「それじゃすみませんが、引っ越しまでの間、日に一度顔を出して貰えますか?」
夏美さんにそう伝えると、今度は勝手口の中にも伝える。
「琴女さん、そういう訳で夏美さんが顔を出しますので、何かあったら夏美さんに伝えて貰えますか?」
「承知致しました。夏美様、よろしくお願い致します」
「おうよ!任せとけ!」
夏美さんが勢い良くその薄い胸を叩いた。
京都の屋敷に戻ったぼくは、留守番をしてくれていた三人に経緯を話し、近々引っ越しすることを伝えた。
「まず、春美さん。連絡があり次第手続きに入らないといけないので、そちらの方は基本的にお願いしていいですか?
恥ずかしながら、ぼくはそういうことは苦手なもので。
間違いはないと思いますが、とりあえず関係する法律や法令に目を通しておいて貰えると有り難いです」
「承知しました。来栖様の仰せのままに」
「それと秋美さん、ハードウェアの組立・設置は、あっちに移ってからにしましょう。
でないと二度手間になりますしね」
「部品などの購入は始めていいのでしょうか?」
「そうですね、引っ越ししたらすぐにでも始めたいと思いますので、見積もりを始めて貰えますか?」
「わかりました。早速取り掛かります」
「冬美さんは、臨機応変に春美さんと冬美さんを手伝ってあげてください」
「わかった」
「最後に、紅葉には内装と調度を見て欲しいんだ。
かなり長期間放置されてたから、結構手を入れないといけないと思う。
夏美さんと一緒に顔を出して、紅葉と琴女さんとで必要なものをリストアップして貰えるかな?」
「はぁい。夏美さん、よろしくね」
「おう、任せとけ」
「あと、補強なんかも考えないといけないな……」
ぼくが少し考えていると、夏美さんがずいっと前に出た。
「よかったら、あたいが魔法を使って補強しといてやろうか?」
「ん?そんなことできるんですか?」
「そりゃできるさ。なんだったら新品にだってできるぜ!」
なるほど……魔法、便利だな。
「それじゃ……お願いしましょうかね。
とりあえず、全体の作りは今のままにして、補強だけお願いできますか?
細かいところは紅葉と琴女さんにお任せするということで」
「了解だっ!」
夏美さんは得意気に張った薄い胸を叩いてくれた。
と、ここまでで大まかな割り振りは決め終わったんだけど、ぼくの横で期待に瞳をきらきらさせている奴がいた。
「……」
「……」
「ああ、その……ベリアルは、今まで通りぼくと一緒に行動しようね」
「えっ?あたしはまた仕事がないんだ?
まあ……来栖様と一緒に居られるなら、別にいいけどさ……」
「あぁ、ずるいですぅ。来栖様、時間があるならわたし達と来てくださいよぉ」
紅葉が横から拗ねた様に言う。
「いや、ぼくとベリアルは別でやることがあるから」
まあ、大嘘だけど。
大学を休学中のぼくは、殆どやることがない。
どちらかと言うと、ベリアルのお目付役がぼくの仕事かな。
「ぶう……」
紅葉が頬を可愛く膨らませて拗ねている。
こいつは転生してから、人が変わった様に可愛くなった。
ベリアルに言わせるとこれが本質だということだけど、そういう意味ではぼくは楓をちゃんと理解していなかったのかもしれない。
いや、理解しようとする努力が足りなかったのかな。
ぼくの回りには人が増えたけど、今後はみんなの願いや思いをちゃんと理解する様、努力しないと。
それが本当のぼくの役割なんだと思う。
うぅ。。。第二部がなかなか進みません。
第一部は1週間程で書き上げたのですが。。。
兎に角、頑張ります!
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