幕間1 小角勝軍
幕間です。
僧正坊と爺様の話です。
ちょっと短いです。
時刻は丑三刻。
その男は今、国境の尾根に鎮座する大岩の前に立っていた。
魑魅魍魎の跋扈する気配が、あちこちに漂っている。
突然男は『ふんっ』と丹田に力を籠め、左脇に添えた右手を素早く抜き、刀印を切り出した。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前!」
すると男の前の空間がぼぉっと青白く光り初め、男を包み込む様にその光は徐々に拡がっていく。
「ほぉ、早九字なぞは珍しくもないが、これほど強い結界は久しく見なんだのお」
突然、大岩の上から野太い声が降ってきた。
「ぬし、只者ではないの」
その声と共に、異形の者が大岩に降り立つ。
「お初にお目に掛かる、これなるは鞍馬山僧正坊と申す者。
ぬし程の術者であれば誼を通じたい。以後昵懇に願おう」
男を見据えた異形の者が名乗りを上げるも、男は身動ぎもせずいる。
「まずは、ぬしの名を聞かせてはくれぬかの?」
「……儂の名は、小角勝軍。来栖の祖父だ」
「ぬっ……小僧の爺様か……」
異形の者は意表を突かれた様に漏らした。
「で、爺様がわしに何の用事かの?」
「……その物言いでは、来栖に取り憑いておるのはお前で間違いないようだな……。
儂の力で敵うものかどうかは怪しいが、これも来栖の為。
全力を以て成敗させて貰おう」
そう言うと、男は肩に担いでいた長大な日本刀の鯉口を切り、すらりと抜き放つと、鞘を投げ捨てた。
刀の号は『祢々切丸』。
己が持つ伝手を辿り、孫に取り憑いている妖怪を斬る為に、わざわざ日光の二荒山神社より借り出してきたものだ。
「ほほう。祢々切丸か。これもまた久しいのお。
じゃが勝軍とやら、暫し待たぬか?」
「問答無用!」
男はそう叫ぶと、右手に持った刀を天狗に突き付け、左手で印を結ぶ。
「威靈無窮盡 浩瀚願無邊……」
「ふむ、伏魔真言か。 しかし、只の伏魔真言でもなさそうじゃの」
天狗は呟くと、右手に持った羽団扇を構える。
「弟子深沐受 叩請伏魔祟 急急如律令!」
男は真言を唱え終えると同時に刀を上段に振り被り、天狗に斬り付けた。
が……。
「ふむ、筋は悪ぅないの。法力もなかなかのものじゃ。
流石は小僧の爺様と言ったところかの」
天狗は右手の羽団扇で、軽々とその刃を受け止めていた。
「くっ!」
男は慌てて飛び退った。
「のお、爺様よ。ちっとはわしの話を聞いてみんかの?」
「……来栖を誑かす天狗などと、する話などない」
「いやの、そこがそもそも違うのじゃ」
「違う?」
「そうじゃ、わしは小僧を誑かしてなどおらんぞ?」
「戯れ言を。来栖からは魔物の匂いがぷんぷんしている。
お前に魅入られておるに違いないっ!」
男は更に険しい目で天狗を睨み付けた。
「違うのじゃ。まずは聞け」
そう言うと、天狗は大岩に胡座を組んで座り込んだ。
「確かに小僧とは会っておる。まあ遊び相手の様なもんじゃの」
「っ!見ろ!お前がっ」
「いやだから、最後まで聞かんか。
魅入るも何も、わしは小僧の弟分じゃ。義兄弟じゃの」
「っ?お、弟分?義兄弟?」
「そうじゃ、恥ずかしながらあの小僧と遊び半分で勝負をして負けたのじゃ……」
天狗はそう恥ずかしそうに言うと、左手で頭を掻いた。
「しかしの、遊び半分とはいえ勝負に負けて弟分になったのじゃ。
そのわしが、なんで小僧に仇為すことなどあろうか」
「し、しかし……。天狗に勝つ?来栖がか?」
「そうじゃと言っておろうに。小僧は間違いなくわしに勝ったわい」
天狗はそう言うと、頭を掻いていた左手で、胡座の太腿を叩いた。
「おぬしの心配も解らんでもないがの。それは杞憂というものじゃ」
「いや、しかしっ!お前の話に何の根拠があるっ!?」
「わしも鞍馬山僧正坊、日の本の天狗の頭領じゃ。
この僧正坊の名にかけて嘘偽りはないと誓おうぞ」
天狗は真剣な面持ちで男を見つめた。
「……そうか」
暫くは天狗と睨み合っていた男は、程なく刀の構えを解く。
呆然とした面持ちで天狗を見つめていたが、ふと思い出した様に右手の刀を投げ捨てていた鞘に納めた。
「解ってくれたかの?」
天狗が問い掛けると、刀を担ぎ直した男は改めて相対した。
「そういう事なら相談がある」
小角勝軍は初めて相対した天狗に希いを口にした。
一つは、来栖が分別がつく様になるまで、その姿を現さないで欲しいということ。
そしてもう一つは……。
「儂ももう歳だ。恐らく来栖が二十歳になるかならぬまでしか保たんだろう。
願わくば、儂が亡き後の来栖を守ってやってくれ」
その日、人間の老人と天狗は、幼い者を守るべく、固い契りを交わした。
「ところでの。おぬしの力もなかなかのもんじゃが、小僧はおぬしとは比べものにならんくらい強大な法力じゃの。
おぬしの一族、只者ではないと見たが?」
「儂は役小角の直系じゃ。勿論、来栖もな」
「な、な、なんと!小角殿かっ!
いやはや、あの小角殿の直系とあらば、さもあらん」
老人と天狗の打ち解けた様子を包みこむ様に、夜はゆっくりと更けていった。
うぅん。。。
何か中途半端な感じがしますね。。。
ひょっとしたら、後で書き直すかもしれません。
尚、今回の話は書き下ろしですので、誤字脱字等あるかもしれません。
発見されましたら、是非ともご指摘頂けましたら幸いです。
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