破天荒幼女トーシャ〜達人級異世界転生者は今日も平常運転で世直し中〜
破天荒幼女トーシャ!〜達人級異世界転生者は今日も平常運転で世直し中〜 着払い返送に買収解雇――今日も平常運転だね』
アタシは達人級の異世界転生者だ!!
なぜなら、転生するのは一度や二度ではない。
たくさんの異世界を渡り歩きながら、何度も死に、何度も生まれ変わってきた。
ただし、生きている間に前世の記憶を取り戻したことは、数えるほどしかない。
その上、膨大な数の記憶がある割には、割と名もない平民が多かったせいで役に立つ記憶も数の割には多くはない。
しかも、必要な時に必要な記憶が出てくるとは限らない。
――だから、あまり有用とも言いきれない能力だ……
科学者だった気もする。
工学技術者でもあった。
医者もやった。
哲学者だった時は、考えすぎて禿げた気がする。
辺境で野垂れ死んだ冒険家もいたので、サバイバルは得意だ。
そして何より……
――てめえら人間じゃねえ!!
そう啖呵を切りながら悪人をバッサバッサと斬っていた、どこぞの司法関係者の記憶がある。
ついでに、西洋怪盗の初代さまだったこともある。
おかげで鍵開けと変装と…女性を口説くテクニックだけは妙に頭に入っている。
なぜそんな記憶が混じっているのだろう……解せぬ。
そんなトーシャがこの世界に生まれたのは、領主家側室の三女としてだった。
生まれ変わる前の人生の最後の記憶が、
――スタンピードの中、魔物にとり囲まれて放置される……
という状況だったせいか、生まれ落ちた直後に探索魔法を周囲へ飛ばし、結界を張って警戒態勢に入ったのは仕方のないものだったと思う。
なお、その時まだ目は開いていなかったにもかかわらず……
母は言った――
「この子、鋭い眼光であたりをうかがっているわ」
誕生の知らせを聞き、押取り刀で様子を見にやって来た父(一応領主様)は言った。
「元気でよろしい」
………そんな家だった。
一歳で言葉を話し、
三歳で公用語の読み書きと作法を誇れるレベルで覚え、
五歳で周辺五カ国の歴史と言語と法律を完全に理解し、
十歳で芸術以外の学問ほぼ全てをだいたい終えた。
なお、芸術は壊滅である。
思い起こせば、膨大な数を誇る転生の人生の中に、なぜか芸術家の類いは記憶にない。
歌えばヘルウルフが遠吠えし、
絵を描けば、画伯を通り越して災害である。
神は万能を許さなかったらしい…トホホ…
そんなアタシも今は十歳。
十歳だが、見た目は七つか八つほど。 小柄で、童顔で、放っておけば迷子にしか見えないそうだ。
…………放っとけ……
髪は青みがかった銀灰――ただし陽に透けると、なぜか薄い藤色を帯びる。
瞳は琥珀色。ただ、その時の感情で金色になったりもする。
そのうえ時折、百年生きた老人みたいな目をしている――らしい。
そのせいで、初対面の相手はだいたい戸惑う。
小さくなっても頭脳は――――を地で行く"少女"(←ここ強調)である。
◇
セントデューク辺境伯領・領都イコーズ。
今日のアタシは、冒険者見習いに扮して街を巡回していた。
口さがない連中は、単にぶらぶら遊び歩いているだけ――などと言うが、失礼な話である。
これでも立派な日課だ。 世俗を知ることも、領主家に生まれた一員として重要な務めである。
……まあ、屋台巡りが楽しみなことは否定しない――
ちなみに、自ら発明し、特許まで取った認識阻害装置を携帯しているので、正体はばれていない。
……いや、正確には、ばれていても皆見て見ぬふりをしている。
触らぬ神になんとやら――というやつらしい。
どうやら街では、
――また変な幼女が歩いてる――
くらいの認識らしい。
――まあ、概ね間違ってはいないが、決して"幼女"ではない!10歳超えれば立派な"少女"である!!プンプン
広場の一角が妙に騒がしかった。
こういう時は、大抵ろくでもない。
アタシは屋台の串焼きを片手に、野次馬の隙間から様子をのぞいた。
案の定だった。
若い母娘が、数人の男たちに囲まれている。
いや、正確には――
きらびやかな装いの男たちが、執拗に娘を口説いていた。
「一輪の野薔薇よ、遠慮をせずともよい!」
どこかで聞いたような、無駄に張りのある声。
「そなたのような美しい娘が、かような場所で困窮しているなど見過ごせぬ!」
――ああ…アレか――
第二王子だ。
その後ろには、取り巻きとおぼしき三人組。
アタシが構築した王都との専用通信回線――格安で技術提供した結果、今や王国中の隅々まで張り巡らされ、通信チャンネルも増える一方だ。
それはいい――
だが、一部の不届き者――〈サポーター〉と呼ばれるオペレーター連中が、裏で妙な番組を始めてしまった。
『推し子の部屋 キャラ達の美声コーナー』
……低俗である。
なお、今聞こえた声は、そこでよく垂れ流されているものだった。
上位ランク常連だっただけあって、全員、見栄えだけはやたらと良い。
「我が陣営に召し抱えてやろう!」
「光栄に思うがよい!」
「衣食住は保証するぞ!」
言っていることだけ聞けば立派だが、視線が娘の顔と胸から一ミリも動かない。
――胸かっ! やはり胸なのか……?
我が胸部平原に、冷たい風が吹いた。
……アイツら、九割九分、下心だ。
残り一分は、ただの馬鹿である。
母親の方は、娘を背にかばって「もったいないお言葉ですが…」と必死に言い繕っている。
そりゃそうだ。
突然知らない男たちに囲まれて、「召し抱える――」と粘着されて喜ぶ女性はいない。
「……止める(意訳:からかう)か」
アタシが串を食べ終え、前へ出ようとした、その時だった。
「――困りますねえ……」
人垣の向こうから、聞くだけで胸焼けしそうな声が差し込んできた。
あまり趣味の良くない豪奢な服。
艶だけはやたらと良い顔――
護衛としてか、目つきの悪い男たちを複数引き連れている。
最近王都から進出してきた、エチドヤーガ商会。
サイトルマ支部長の、オヌシモ……いや、オグシモだっけ?
商人にしては目が笑っていない。
「その方々には、当商会への借財がございますので」
母娘の顔色が変わる。
「借金……?」
第二王子が眉をひそめた。
「そうでございます」
オグシモは、実に上品に一礼した。
「返済の期限は本日。滞納されておりますので、商慣習に則り、娘御を奉公に――とお話しに来た次第でございます」
言い方だけは綺麗だ。
中身はただの人身売買だが。
「――王族に逆らう気か!」
第二王子が高圧的に言い放つ。
その瞬間、オグシモの口角がわずかに上がった。
「……王族、でございますか」
視線も粘っこいが、言い方もいやらしい。
「貴様!第二王子ナリス様を存じぬのか!!」そう詰め寄る取り巻きを無視して、
「失礼ながら、殿下」
オグシモは一歩だけ近づいた。
声は柔らかい。
だが、刃物より鋭い。
「王都での“婚約破棄騒動”は、地方の商人の耳にも届いております」
第二王子の顔に戸惑いが浮かぶ。
「まさか、今のご身分で、ここにて新たな騒ぎを起こされるおつもりでは……ございますまい?」
取り巻きたちが顔を見合わせた。
「で、殿下……」
「少々、まずいのでは……」
「まずいのか?」
「たぶん……そんな気が……」
理解はしていない。
だが、自分たちがなんだかまずいらしいことだけは察したようだ。
第二王子が一歩下がる。
さらに一歩。腰が引けている。
実に情けない。
「ふん……今回は見逃してやる!」
見逃されていたのはアンタの方だ――
アタシは思わず、下唇を突き出した。
「だめだ……ありゃ」
――どこかで、古い喜劇番組のオチみたいな音が鳴った気がしたが、多分空耳だろう。
仕方ない――
串の最後の一切れを口に放り込み、前へ出た。
「ちょい待ち……オジさんたち」
全員がこちらを見た。
第二王子は、とある一点を見て眉をひそめると、関心をなくしたように視線をそらす。
……失礼な!!
「なんだ、このちびは」
「通りすがりの、達人級異世界転生者だ」
ノリで言ってから、 「あれっ?……言ってよかったんだっけ?」 と一瞬だけ思った。
まあ、いい……どうせ誰も信じやしない。
「何を分けのわからんことを――」
「……アタシも時々そう思う」
そう言いながらオグシモの手元の借用証書を覗き込む。
下段の欄にに署名と母印が押してある。
振り返り母親に問いかける。
「あなたがオシンさん?」
おずおずと「はい」と応える母親に近づくと、
「ちょいと、ごめんよ」
そう言ってアタシは、オシンさんの両手を取って掌をひっくり返した。 じっと見る。
「――なるほど」
怪訝そうに見るオシン。
「アノ借金に覚えはあるの?」
「確かに借金はしてましたが、もう返済は済んでるはずです!それに額も桁が違います!!」
そう必死に訴えるオシンに、できるだけ優しく微笑んだ――(つもり)
……多分、周囲にはほとんど伝わっていないが。
「大丈夫――偽造だよ」
オグシモに目を向けそう断言する。
「……何を言い出すかと思えば……」
鼻で笑うオグシモを指差す。
真実はいつも……と言いたくなったが、止めた。なんか言ったら負けなような気がした――
「母印の指紋が違う!渦状紋の数が足りないし、筆跡も勢いがない。それらしくどこぞの絵師にでも模写させたの?」
――西洋怪盗や医者の知識が役に立った。
「模写はもっと丁寧に――そう指導しなよ。三流」
オグシモの笑みが、ぴたりと止まった。
「…………」
わなわなと肩を震わせる。
どうやら図星だったらしい。
次の瞬間、顔を真っ赤にして怒鳴った。
「このっ……その小娘を、私の前から消せ!!」
背後に控えていた護衛たちが一斉に動く。
なるほど――
交渉役は商人、実働部隊はチンピラ――分かりやすい構図だ。
目つきの悪い男が三人。
体格は良い。
動きは雑。
武器は棍棒。
…………ハァ〜、弱そう。
一人目が腕を伸ばしてきた。
払う。
肘が逆に曲がった。
――なんかゴメン。
二人目。
腹に掌底。
浮いた。吐いた。
ギャア……汚な……
三人目。
棍棒を振り下ろす。
奪う。
足を払う。
地面と接吻。
……レモンの味がした…?
終了――――
所要時間、五秒。
いや、四秒半くらいか。
「うむ」
アタシは棍棒を捨てた。
「よし。今日は空振りなし――一つ前もその前も、もう少し(?)背があったもんね。十歳児のリーチには未だに慣れんね」
周囲は静まり返っていた。
母娘は口を開けたまま固まっている。
オグシモは顔色を失っていた。
第二王子一行だけが、違った。
「い、今のを見たか!」
「見ましたぞ!三人を瞬殺」
「だが所詮小柄ゆえに速いだけ!」
「つまり――!」
四人が一斉にこちらを指差した。
「四人なら勝てる!!」
何をどう見たらそうなる。
どういう算数だ――!?
アタシは思わず空を仰いだ。
――再び、脳内で昭和の喜劇番組めいた終幕音が鳴った。
……なんと言うべきか……
「おい、ちび!」
第二王子が剣を抜く。
「我ら四人を侮辱した罪、その身で償え!」
「侮辱?」
「した!」
「まだしなんにもてないよ」
「これからされる気がする!」
「アホかっ!!」
思わず突っ込む。
まあ、でもソレはそうだろう。
すでに決定事項だ――
そのうえ、侮辱されたのは、アタシのほうが先だ!許すまじ"ちび"発言!
アタシは腰の木剣(に見せかけた実は魔法杖)を抜いて構えた。
「これでいいんだね…?」
「もちろん!決闘だ――」
取り巻きたちも抜剣する。
四対一。
普通なら卑怯だ。
だが相手は第二王子一行である。
卑怯も礼儀も期待してはいけない。
アタシは肩を回したながら問うた。
「……ところで、隣りの領の砦で下っ端しながら反省しているはずのアンタたちが、何でこんな所にいるの?」
「…な、なんで…それを……」
慌てふためく王子たち一行……
「王都から通知が来てたわよ!見つけ次第直ちに捕縛!もう生死も問わないってさ……」
愕然と立ちすくむアホカルテット――まあ、自業自得だね。
「後先考えずにアホなことするから……」
「またアホと言った!」
「お父様にもそんなこと言われたことないのに……!」
「また、侮辱したな!」
トーシャは首を傾げた。
――アンタたちの名誉なんて深海の底さらったって、見つかりゃしないでしょうに……
「もう、めんどくさいから。まとめて掛かっておいで――」
アタシは、とある伝説的拳士のように、口の端だけでにやりと笑った。
そして指を一本立て、くい、くい、と招く。
――上半身裸なら完璧なんだが……しないよ、そんなの。はしたない。
「……!!」
四人が一斉に突っ込んできた。
トーシャはタイミングを図って一歩下がる。
風向き確認。
湿度確認。
気温確認。
王都までの距離。
必要高度確認。
魔力密度良好!
この間わずか零コンマ零一秒。
脇を締めてコンパクトに一振り。
――撃つべしっ!!
爆音――――――――!!!!
カタパルト射出角を大角度――斜め上に設定し、四人まとめて強力に打ち上げる。
ただし、角度は慎重に。
あの方向には、アタシが昔建てた十階建て総鉄筋コンクリートの総合デパートがある。
――以前、あれを建てた時には、
『破天荒様が巨大な城を築いた!』
『ついに挙兵か!?』
などと、たいへん迷惑な噂が領内を駆け巡ったものだ。
城じゃない。
デパートだ。
新装開店大売り出しの日まで、誰も信じなかったが。
……まことに遺憾である。
そんな因縁の建物に王子どもを突っ込ませるわけにはいかない。
角度、微修正。
まだ放物線の頂点にも達していない―― 高く、遠く、王都の方角へ飛んでいく。
――キラ〜ンッ……☆
弾道軌道に乗せたあとは、慣性飛行中の姿勢維持と、再突入時のタイミングを付与した自動制御魔法にまかかせればいい。
これなら幼い身体への魔力負荷も最小限で済む。
トーシャは、王都方面へ消えていく弾道を確認し、満足げにうなずいた。
「エアクッション魔法も付与済み」
「エア……?」
「窒息と着地対策だよ。開発中の魔法だけど死にゃあせんでしょ」
市場の全員がまだ空を見ていた。
「……よし。王城中庭あて、着払い返送――――完了!」
オグシモが腰を抜かした。
「ば、化け物……!」
「失礼だね」
トーシャは懐から通信板を出した。
「――本部の売買契約、もう終わった?」
通信先が何やら言っている。
「金額を吊り上げてきた?」
「倍で……」
「さらに……?」
「即金で、三倍――!」
交渉は二十秒で終わった。
魔法通信が切れる。
トーシャは肩を落とした。
「今月の残りのお小遣い、残り全部飛んじゃった……」
少しだけ、くすん、と鼻を鳴らす。
「……あと、一週間だから我慢しよ」
――書類が届く。
魔法転送――もちろんトーシャの編み出した技術だ。
受領……署名……返送
―――完了。
「今、これから、私がエチドヤーガの所有者だ」
「……は?」
「つまり」
一歩近づく。
「てめぇら、商人じゃねえ――」
札束を取り出した。
ぺちん。
へたり込んでるオグシモの頬を叩く。
ぺちん。
「叩き売ってやる!」
ぺちん。
「……一度やってみたかった」
無表情なりに満足そうに微笑むトーシャ。
「だからっ!なんの話なんだ!?」
「つまり、アンタはクビよ!」
「〜〜〜〜〜!!」
逆上したオグシモが短刀を抜く。
「死ね!」
トーシャの目が細くなった。
足を払う。
肘を極める。
短刀が落ちた――
「刃物を抜いたね」
背中を踏む。
ぐり……
「もう、容赦はいらないね…?」
ぐり、ぐり…………
「叩っ切ってやる!!」
振りかぶった――まさにその時――衛兵が駆けつけた。
「あっ――!?」
隊長が立ち止まった。
「――またお嬢様ですか………」
「…………うん、実にいいタイミングだね」
用心棒三人組はいまだに呻いており、オグシモは白目をむいてひっくり返っている。
そんな様子を見回し、ポツリと漏らす――
「手間省けていいですけどね……」
母娘が泣きながら頭を下げた。
「ありがとうございます」
「礼はいらない」
トーシャは荷袋を担ぎ直した。
「悪人を見たら即斬る!!」
昔の記憶がそう言っている。
細目の隊士の滲み出る渋さ―― 割と気に入っていた。
……やはり、あの細目の隊士は格好よかった。
――まあ、今回は斬ってないけどね……でも……
握っていた木剣を、くるりと一度だけ回して鞘に戻す。
それだけ言って歩き出す。
「どちらへ?」
衛兵隊長が聞いた。
「門のパン屋――」
「昨日も、一昨日も行ってませんでしたか?」
「今日はスイーツパンの時間限定の特売日だ……」
それは重要だった。
誰かが、小さな背中を見ながら呟く。
「なんなんだ、あの子は……」
答えは簡単だ。
トーシャは今日もごく普通に行動しただけだった。
ただ――
その“普通”が、いつも前例を踏み越え、踏み潰していくだけで。
――破天荒幼女トーシャ、今日も平常運転である。
「ああっ――お小遣い……」
しょんぼり……




