関わることを避けてきた幼馴染(乙女ゲームの攻略対象)が、どうして悪役令嬢の私に迫ってくるのでしょうか?
美しいプラチナブロンドの髪に、目を引く青い瞳。白く滑らかな肌に、赤くぽってりとした唇。すらりとした流麗な身体。
美しい容姿をもって生まれた私は、ミレイユ・ベルシュタイン。
ベルシュタイン侯爵家の長女として生まれてきた。
そんな私には、年が一つ離れた妹がいる。
フィオナ・ベルシュタイン。
私と同じ、プラチナブロンドの髪に青い瞳をもった、天使のように愛らしい少女だ。
髪や瞳の色が同じで、顔つきも似ているけれど、フィオナは私より目が垂れていて小柄で、ふんわりとした雰囲気をまとっている。
そんな天使のように愛らしいフィオナは、その内面までもが優しく清らかだ。誰にでも分け隔てなく、常に慈愛の心をもって他者と接する。
そんなフィオナのことが、私は大好きだ。溺愛しているといってもいい。
けれど、ある日、私は気づいてしまった。思い出してしまったのだ。
この世界は、私が生前にプレイしていた『ウィザードリー・ヴィヴリオ(魔法の技と書物)』という乙女ゲームの世界であることに。
そして私が、ゲームのヒロインであるフィオナの実姉であり、悪役令嬢の“ミレイユ・ベルシュタイン”であることに。
「お姉さま、おはようございます」
「……フィオナ、あなた……」
身支度を整えて部屋を出れば、廊下でフィオナと遭遇した。
にこやかな笑顔で挨拶をしてきたフィオナを、私は頭のてっぺんからつま先まで、ジッと見つめる。そして――。
「っ、もう! フィオナはなんっって可愛いの! まさに地上に舞い降りた天使! は~、私の妹が世界一可愛い。フィオナの姉としてこの世に生を受けたことが、私の人生最大の幸福よ……!」
「もう、お姉さまったら。くすぐったいわ」
愛らしさに我慢できずに頬ずりすれば、フィオナがクスクスと笑う。
「でも、私もお姉さまの妹として生まれてこれたことを、何よりも誇りに思っています。お姉さま、大好きです」
はにかんだフィオナの言葉が、心臓にクリティカルヒットする。私は衝撃で倒れそうになるのを、足を踏ん張って何とか堪えた。
幼少期は、フィオナの愛らしさに胸を撃ち抜かれて気を失ってしまっては、両親に心配をかけてしまったことが何度もある。けれどさすがに、意識を飛ばすことはもうない。
この間は、フィオナにケーキを「あーん」してもらって鼻血を垂らしてしまったけれど……フィオナが可愛すぎるのがいけないと思うの。
それにしても、さすが乙女ゲームのヒロイン。その微笑みだけで国一つ落とせそうなほどの破壊力を持っている。
ここが乙女ゲームの世界だと、前世の記憶を思い出したところで、わたしのフィオナに対する態度は変わらなかった。
というか、こんな愛らしい天使を虐げるとか、できるわけがない。むしろそんなことをする奴がいたら、私が〇す。妹を傷つける者、許すまじ。
「そうだわ。お姉さま、あとで一緒に勉強をしませんか? 魔法薬学の課題で、分からないところがあって……」
「もちろんいいわよ。私の部屋で美味しいお菓子を食べながら勉強会をしましょう」
「ありがとうございます!」
両手を合わせて喜んでいるフィオナの頭を、そっと撫でる。するとフィオナが私の手を握ってきた。ひんやりした手をぎゅっと握り返して、一緒に朝食の席へ向かう。
このようにシスコンを大いに拗らせている私だが、本来の役割は悪役令嬢。
なので、姉妹そろって通っている『パラミティア魔法アカデミー』では、フィオナにベタベタし過ぎないように気をつけている。
だってこの乙女ゲームの攻略対象は、ほぼこの学園にいる。
つまり、フィオナが入学した今年から、ようやくストーリーが始まったのだ。
フィオナの恋路を邪魔するような真似はしたくない。
なので、学園ではフィオナに対するデレは一切隠して、クールな姉を気取っている。
フィオナよりも一年早く学園に入学していた私は、すでに在籍している攻略対象との接触を避けるべく、そもそも他人との関わりを避けてひっそりと学園生活を送っていた。
その印象も相まってか、入学早々に人の目を集めた愛らしいフィオナと姉妹であると知られてから、私は悪い意味で、陰で噂をされるようになった。
“妹を冷遇する、意地悪な姉”
そんなのは全て嘘っぱちだけど――他人にどう思われようと、別に構わない。
むしろ、本来ならば悪役令嬢という設定を背負っている私が後ろ指をさされるのは、自然の摂理なのだろう。
だから、わざわざ噂を否定することはせず、時折聞こえてくる陰口には無視を決め込んでいる。
「見ろよ、グレイフォード家の上のほうだ」
「おい、聞こえるって」
「妹のフィオナ嬢は、天使のように愛らしい顔で笑いかけてくれるのになあ」
「姉の方はにこりともしないよな。顔は整ってるのにもったいないっていうかさ……」
「まさに氷の女王だよな」
「フィオナ嬢にも冷たく当たってるんだろう? 可哀そうに」
昼休みの時間。耳に届いた風評を無視して渡り廊下を歩いていけば、曲がり角で誰かと衝突しそうになった。普段なら、こんなへまはしないけど……少し急ぎ足になってしまったせいかもしれない。
「ごめんなさい。前方不注意だった、わ……」
「久しぶりだな、ミレイユ」
目の前にいるのが誰かを理解した瞬間、私は動きを止めてしまった。
何を考えているのか分からない仏頂面で私を見下ろしている目の前の男は、ランドルフ・グレイフォード。公爵家の嫡男であり、私とフィオナの幼馴染でもある。
艶やかな黒髪に、切れ長の涼しげな目元。アイスブルーの瞳は美しく冴えわたっていて、思わず見惚れてしまいそうになる。
そんな超絶美形のランドルフは、もちろんこの乙女ゲームの攻略対象の一人だ。
グレイフォード家とベルシュタイン家は長年懇意にしており、年の近い男女が生まれたら婚約させようと、先々代の時から決められていたらしい。
乙女ゲームのストーリーでは、初めは同い年である私が婚約者となり、しかし妹のフィオナに幼い頃から恋をしているランドルフに婚約を破棄したいと直接申し込まれる筋書きになっている。
そして逆上した私が陰でフィオナの髪の毛をハサミで切ろうとしたところを、ランドルフに見つかって糾弾されるっていうね。
けれど、私はただ黙って糾弾されるつもりはない。
そもそも、フィオナの綺麗なブロンドヘアを切り落とすなんて、絶対に嫌だもの。そんなことできるはずがない。
妹の恋路を邪魔するつもりはないので、お父様には、ランドルフとの婚約は辞退すると伝えてある。
ただ、お父様も先々代からの約束を反故にするとは言い出しにくいようで、まだグレイフォード家には伝えていないようだ。
もちろん、妹が誰を選ぶかは分からないので(ランドルフ以外にも、学園の生徒会長や後輩、果てにはライバル学園の教師まで、フィオナの恋のお相手候補はたくさんいる)ランドルフの恋路が報われる保証はないけどね。
私はいつだってフィオナの味方だから、フィオナがランドルフ以外の殿方を選んだ時には、あなたには別のご令嬢を見つけてもらうしかないわ。
「……久しぶり、といっても、二日前にも顔を合わせていると思うけど」
「ああ、そうだったな」
「……それでは、ごきげんよう」
ランドルフから目をそらして、横を通り抜ける。
――だけど、どうしてかしら。足が一向に前に進まないのは。
「……あの、この手は何かしら」
「いや……せっかくこうして会えたのだし、少しくらい話せたらと思ったんだが」
「いえ、私は話すことなんてないから結構よ。それに、今は忙しいの」
「……そうか」
今は昼休みで、特に忙しくもないけれど、この場から一刻も早く離れたくて噓をついてしまった。
ランドルフはあっさり手を離してくれた。
ちらりと視線を背後に向ければ、そこには、見るからにしょんぼりしているランドルフの姿があって。
(……もう! 最近のランドルフはどうしちゃったわけ!? 三か月前までは、まともに会話をしたことだってなかったのに……)
そう。ランドルフは幼少期からの付き合いではあるけれど、会話らしい会話をしたことすらなかった。
だから彼の好きなものや嫌いなものなど、個人的な情報さえ何一つ知らない。それはランドルフも同じだろう。
それなのに、三か月ほど前から、ランドルフのほうから接触を図ってくるようになったのだ。
ただでさえ何を考えているのか分からなくて苦手意識があったのに、どういう意図があって私に話しかけてくるのか全く分からなくて、不安になってくる。
「ランドルフー! あら、お姉さまも一緒だったのですね」
何とも気まずい空気が流れる中、ナイスタイミングで声を掛けてきてくれたのは、妹のフィオナだ。
「ほら、フィオナが呼んでいるわよ」
「……ああ」
私は目が合ったフィオナににこりと微笑みかけてから、ランドルフに背を向けて、今度こそこの場から立ち去る。二人の楽しそうな声が、少しずつ遠ざかっていった。
***
「ミレイユお姉さま。今、お時間よろしいかしら?」
「フィオナ! ええ、もちろんよ」
ベールのように薄い雲が月にかかっている。柔らかな光が降り注ぐ、夜の深くなってきた時刻。部屋を訪ねてきたのは、最愛の妹であるフィオナだ。
ここ最近、週に一度のペースで、フィオナは夜遅い時間に私の部屋を訪ねてくる。
特に断る理由もないためフィオナを招き入れて、部屋に用意しておいたティーセットでハーブティーを淹れる。
「それで、今日もお話をしにきてくれたのかしら?」
「はい。ミレイユお姉さまとお話がしたくて……ご迷惑でしたか?」
「迷惑だなんて、そんなことあるわけがないでしょう? むしろとっても嬉しいわ! フィオナならいつでも大歓迎よ」
「ミレイユお姉さまは、本当にお優しいですね。それなのに……どうしてアカデミーでは、寡黙な態度でいらっしゃるの? 学内ですれ違う時も、いつもお一人でいらっしゃるようだから、ずっと気になっていて……」
フィオナは心配そうな顔で尋ねてくる。もしかしたら、私に関する噂を耳にしてしまったのかもしれない。フィオナは優しい子だから、それで心を痛めているのかもしれないわ。
フィオナに余計な心配はかけたくないし、納得してもらえるように上手いこと言っておかないといけないわね。
「私ね、人と関わるのがあまり得意ではないの。それに一人で過ごすほうが気楽だから、あえて一人でいることが多いだけよ。フィオナが心配するようなことは何もないわ」
「そうなのですか?」
「ええ、そうよ。だからそんな不安そうな顔をしないで」
目の前の柔らかな髪の毛にそっと触れれば、フィオナは気持ちよさそうに目を閉じた。ゆっくりと撫でてから手をおろせば、名残惜しそうな目で見つめられる。そんな顔もとっても可愛い。もう一度手を持ち上げそうになったけど、切りがないと思ってやめておく。
「そういえば……今日廊下で、ランドルフとお話していましたよね? 何の話をしていたのですか?」
「ランドルフと? 別に、特に何も話していないわよ。ただ軽く挨拶をしただけ」
「そうなのですね。……ミレイユお姉さまは、その……ランドルフのことは、どう思っているのですか?」
「え? どう思ってって……」
そう尋ねてきたフィオナの目は、真剣だ。
そこで私は、一つの可能性に気づいてしまった。
――もしかしてフィオナは、ランドルフのことが好きなのでは?
だから、私とランドルフが何を話していたのか、気になっているのかも。つまりやきもちを妬いているってことよね。……何それ、すっごく可愛い!
「フィオナ、よく聞いて。私ね、ランドルフのことなんて、何っっとも思っていないわ。そもそも、会話らしい会話だってほとんどしたこともないしね」
「っ、でも、ランドルフは……ミレイユお姉さまとお話したそうにしていましたよ」
「ええ、あのランドルフが?」
無愛想で何を考えているのか読めないあの男が、私と話をしたい? ……いいえ、ありえないわね。確かにここ最近、様子がおかしい気はしていたけれど……もしかしたらそれも、私からフィオナのことを聞き出したくて、近づいてきたのかもしれないし。
もしくは私に関する噂を聞いて、私がフィオナに意地悪をしていないか目を光らせていたとか? うん、その可能性も十分にあり得るわ。
でもフィオナってば、私に気を遣って、ランドルフが私と話したがっていたなんて嘘まで吐いてくれたのかしら? もう、本当に優しい子なんだから。
「フィオナ、ありがとう。でもね、そんな嘘まで吐かなくてもいいのよ?」
「えっ、嘘ではありません! ランドルフは、本気でミレイユお姉さまのことを……!」
「いいえ。むしろランドルフは、私のことを嫌っていると思うわ」
もしくは、関心がないか。
でも顔を合わせれば挨拶はしてくれるから、全くの無関心というわけではないかもしれない。
それならまだマシなほうだ。乙女ゲーム内でのミレイユは、婚約者であるランドルフに積極的にアプローチをしていたけど、一切関心を持たれず、まるで空気のような扱いをされていたから。
「……ど、ない」
「え? フィオナ、今何て言ったの?」
うつむいたフィオナが、小さな声でつぶやいた。
聞き取れなくて顔を近づければ、至近距離で目が合ったフィオナに手を握られる。その熱い体温に、少し違和感を覚えてしまう。
「嫌ってなどいない。むしろ、ミレイユとどうしたらもっと話せるか、仲良くなれるかと……最近では、そればかり考えている」
「……んん? フィオナってば、どうしちゃったの?」
何だか、口調がおかしい。
戸惑っていれば、フィオナの体がエメラルドグリーン色に淡く光り出した。変身術を使用する時に発生する光の色によく似ている。というより、同じに見える。
変身術はかなり高度な魔法だから、在学生の中でも、完璧に使いこなせる生徒はほんの一握りしかいない。
試験で毎回、学年五位以内に入っている私でも、変身術はもって五分程度の時間しか使えない。だから、入学したばかりのフィオナが変身術を使えるはずもない。
つまり、目の前にいるのは、フィオナではない。それじゃあ、一体――。
「……ラン、ドルフ?」
光が消える。
目の前に現れたのは、いつも通りの無表情をぶら下げた幼馴染だった。
「ああ、俺だ」
「俺だって……っ、あなた、何を考えているの!?」
――どうしてランドルフがフィオナに変身していたわけ!? え、いつから? 今日が初めてよね? というか、一体何のために? やっぱり、私がフィオナに意地悪していないか探るために、こうして近づいてきたとか?
私の猜疑心をたっぷり含んだ視線に気づいたランドルフは、どうしてこんな奇行に走ったのかを、一から説明してくれるらしい。
「すまない。ミレイユと話がしたくて、フィオナに協力してもらっていた」
「協力してもらっていたって……まさか、今回が初めてじゃないの?」
「ああ、二か月ほど前からだ。週に一度、夜の時間に」
「そんなに前から!?」
確かに、フィオナがこうして夜の時間に訪ねてくるようになったのは、二か月ほど前からだ。
どうしよう、全く気がつかなかったわ。私ってば、いつものフィオナにするみたいに頭をなでたり、抱きしめたり、今日は一緒に寝ましょうと駄々をこねてしまったこともあったかも……その相手は全部、ランドルフだったってわけ!?
「ミレイユ、どうした? 顔が赤いが……」
「ちょ、ちょっと、触らないで!」
「だが、熱があるかもしれない」
ランドルフが私のおでこに触れてくる。やっぱり、すごく熱い手だ。フィオナの滑らかでひんやりした手とは、全然違う。
「熱はなさそうだが……もしかして、照れているのか?」
「っ、はあ? 馬鹿なの? 照れているんじゃなくて、これは怒っているのよ!」
図星をつかれてしまい、慌てて否定する。だけどランドルフは、私が怒っていると言っているのに、どうしてか薄っすらと微笑んでいる。
「……ちょっと、何で笑っているのよ。私、そんな面白いことを言ったかしら?」
「いや、すまない。ミレイユがこんな風に感情をむき出しにして接してくれるのは初めてなような気がして、それが嬉しくてな」
確かに私は、ランドルフの前ではいつもそっけない態度をとっていた。
表情が乏しくて言葉足らずなところがあるランドルフに対して、物申したいと思ったことは多々あるけれど、それらの言葉はグッと飲み込んでいた。
――幼馴染といえど、攻略対象の一人であるランドルフと親しくしてはいけない。フィオナの恋路を邪魔するようなことがあってはならない。そう決めていたから、関わりを避けてきた。
「……どうして、私と話したいなんて思ったの? フィオナのことが知りたいなら、本人に直接聞けばいいじゃない」
「何故ここでフィオナの名前が出てくるんだ? 俺が話したいと思っているのは、ミレイユだ」
「それは、私がフィオナに意地悪していないかを確かめるため?」
「……ああ、あの不愉快な噂のことか。ミレイユは、そんなことをする人間ではない」
ランドルフの耳にも、私に関する噂は届いていたらしい。だけど、噂を全く信じていないみたい。眉を顰めて、言葉通り不快そうな顔をしている。
「どうして断言できるのよ。私とあなたは幼馴染だけど、これまで関わりだってほとんどなかったし……あなたは私のことなんて、何も知らないでしょう」
「ああ、そうだな。確かに関係性は希薄なものだったが、俺は一方的にミレイユのことを見ていた。アカデミーに入学してからは、図書室で勉学に励み、誰よりも努力をしていたことを知っている。皆が嫌な顔をする雑用を引き受けて、放課後にこっそりと熟していたことや、フィオナをやっかんでいた令嬢に直接物申していた姿も見ていた。それに、フィオナに対して溢れんばかりの愛情を注いで接していることも――実際に“フィオナ”に成り代わって接してきた俺が、一番よく知っている。そんなミレイユが、妹を冷遇しているはずがない」
ランドルフが話す内容は、すべて当たっている。
つまり本当に、私のことを陰ながら見ていたということだ。
「というか……熟していた雑用が、気づいたら半分くらいなくなっていることがあったの。いつも不思議に思っていたんだけど、もしかして……」
「ああ、俺がやっておいた」
「やっぱり! そういう時は一言いってよね!」
――お化けの可能性もあるかもって考えて、ずっと怯えていたんだから!
「俺が手伝いを申し出ても、ミレイユが嫌な顔をすると思ったんだ。だから直接言い出せなかった。すまない」
ランドルフはしょんぼりした顔で謝ってくる。でもランドルフが善意でやってくれたことは分かったし、ここはむしろ、私が感謝するところよね。
「……もういいわよ。それに、手伝ってもらえて助かったのは事実だから……その、ありがとう」
お礼を伝えれば、ランドルフはひどく優しげな顔をして目を細めた。
「……やっぱりミレイユは、優しいな。俺はミレイユと、もっと仲良くなりたい」
「な、仲良くなりたいって言われても……って、ちょっと。どうして近づいてきているわけ!?」
ランドルフが距離を詰めてくる。少しずつ下がっていけば、ベッド際まで追い詰められてしまった。
「ああ、それから婚約の話だが……俺は破棄するつもりはないからな」
「なっ、どうしてそれを知って……!」
「フィオナから聞いた」
私の頬をするりと撫でたランドルフが、顔を近づけてくる。
「ミレイユはまるで気づいていなかったようだが……俺は、努力家で、意地っ張りで、だけど誰よりも心根の優しい君に、ずっと惹かれていた。フィオナではなく、君がいいんだ。俺が好きなのは、ミレイユ・ベルシュタイン、君なんだ。……どうか、俺から逃げないでくれ」
――そう、耳元でささやかれた。
***
「フィオナ!」
ミレイユが、可憐な花が咲いたような笑みを浮かべて妹の名前を呼んでいる。
名を呼ばれたフィオナが抱きつけば、ミレイユは幸福を煮詰めたような顔をして抱きしめ返す。
――俺には、そんな顔を向けてくれたことはないくせに。
いつも、俺は避けられるばかりだ。声をかけてみても、そっけない態度で直ぐにいなくなってしまう。伸ばした手は、いつだって届かない。
「ランドルフは、お姉さまのことが好きなのね」
ある日フィオナにそう言われて、俺は初めて、自分の気持ちを自覚した。
――そうか。このどろどろとしていてひどく息苦しくて、胸が締め付けられるような気持ちが、恋なのか。
ミレイユを思うと穏やかさで満たされるのに、同時にこんなにも苦しくなる。これまでに味わったことのない、奇妙な心持ちだった。
しかしその正体に気づけたことで、少しだけ胸のつかえがとれたような気もする。
「……どうして、そう思ったんだ?」
「だってお姉さまを見るランドルフ、すごく優しい顔をしているから。それに、私がお姉さまに愛でられている時、ものすごーく恨めしそうな顔をしているもの」
フィオナは口許を手の甲で隠しながら、クスクスと楽しげに笑っている。
確かに俺は、フィオナを羨ましいと思っていた。
恨めしげな顔をしているという自覚はなかったが、フィオナがそういうのなら、他者からはその通りに見えているのだろう。
「フィオナ。頼みたいことがあるんだが――」
俺はフィオナに協力してもらい、魔法でフィオナに変身して、週に一度だけミレイユと話せる時間を設けてもらった。
転移魔法でフィオナの部屋に行き、その場でフィオナに変身して、ミレイユの部屋を訪ねる。
夜も更けた時間に、恋人でもないレディの私室に立ち入るのがマナー違反だと分かってはいたが、ミレイユに会いたいという衝動を抑えられなかった。
騙しているという事実に多少の罪悪感もあったが、俺はミレイユの婚約者なのだからと、最終的には開き直ることにした。
そして、フィオナとしてミレイユと関わる中で、自分の中で芽生えた恋心がどんどん大きくなっていくのを感じた。
――もっとその手で触れてほしい。フィオナではなく、俺の名前を呼んでほしい。その笑顔を俺だけに向けてほしい。独り占めしたい。
……ああ、今この時間だけは、彼女は俺のものだ。この夜が永遠に終わらなければいいのに。そんな馬鹿げたことばかりを考えてしまう。
学友のルドルフが、男は恋をすると馬鹿になる生き物だと言っていたが、本当にその通りだと思う。
ミレイユに惹かれていると自覚してから、要らない欲ばかりが増えていく。
はじめは戸惑いや、後ろめたいような気持ちが勝っていたが――もう、我慢するのも終わりだ。
正体もばれてしまったし、俺の気持ちも知られてしまったんだ。
あとは俺の気持ちを受け入れてもらえるまで、伝え続ければいい。
俺は執念深い男だから、逃がしてなんてやらない。
ミレイユがどこへ行っても、必ず捕まえてみせる。
俺の腕の中で、顔を真っ赤に染めあげて震えているミレイユを見ていれば、心が満たされていく。
「ら、ランドルフ。もう分かったから、離して……」
翳りのない宝石のような瞳は、俺だけを映して揺らめいている。
俺はミレイユの額に、そっと口づけを落とした。
「ミレイユ。愛している」
頬の色がさらに鮮やかになったミレイユを見て、胸いっぱいの甘美な気分に満たされながら、俺は笑みを深めた。
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