8-22 アザレアの酒泉と森の魔穴
「ゲホッ、ゲホッ! なんだか濃度の高いお酒みたいな匂いがするな」
「ほんとだな。これが酒の名水か。なんだか匂いだけで酔いそうな気もするから、何かに使えるかもしれないし、急いで汲んでみるか」
俺たちは今、アザレアの森の中、小高い丘の上にいる。俺の固有スキル、「鑑定」の結果、ここは「湧き出る酒泉」というらしい。
木々に囲まれているのが当たり前だった森の中、ここは白に近い灰色をした岩肌をしている。岩肌には所々青々とした若葉が芽吹き、全長5メートルほどの楕円形の窪みに乳白色をした液体が揺蕩っている。液体は少し青みを帯びて見え、窪みの深さを窺い見ることもできない。時間をかけて、液体の底からボコッ、ボコッという音とともに空気が上がってきて、円いドーム状の泡を作っては時間とともに弾けて消える。
むわっとした熱気とともに、強いアルコールの匂いが丘の上、線の細い木々と茂り重なる葉で覆われたこの地に漂っているため、俺たちは思わず鼻と口を押さえて咳き込んだ。
「ほろよいハニーとかコレ飲んでんじゃねぇの? あいつらほろよいっていうか泥酔してるだろ」
と言う亮。たしかに、匂いだけでも酔いそうなこの環境下、ポチとくまはふらふらし始めていた。
「あるじ、ふわん、ふわん、きもちいい」
「くまはね、ハチミツのがすきだよ。でもふわりとする」
「やばいな。みんな、寄り道してごめん。汲んで帰ろう」
◇
錬金素材アイテム、酒の名水を手に入れた俺はほくほくしていた。しかしみんなはふわふわしている。
今はモンスターに遭遇したくない、と思う時ほど、遭遇してしまうのが相場っていうものだ。
俺たちは、ほろよいハニーと再び遭遇した。それも、4体も。
「亮、戦えるか? 俺はなんとなく、魔穴が近い気がしてならない」
「大丈夫だ、多分。俺もなんとなくだけど、創太の言わんとしていることはわかる」
「「近くに何かある」」
意見が一致したところで、まずはほろよいハニーを倒さねばならない。
「――しがらみの楔!」
俺はとりあえず、ほろよいハニーが逃げないようにネット状に蔦を張る。行き場のなくしたほろよいハニーは、最早、俺たちと闘うしかない。
ここで力を発揮したのは、なんとくまだった。
ジャンプしては鋭い爪を活かし、敵の羽根をもいでゆく。
「ハチミツたべたい」
なんだその掛け声は、と突っ込みたくなるが、闘えるようになったくまに当初からの成長を感じて薄ら涙を浮かべているのは、俺だけじゃないはずだ。
「――剣聖の逆鱗!」
俺は亮に支援魔法をかける。筋力、瞬発力などを上げる代わりに敵の敵対心を集める諸刃の剣。亮は赤いオーラで包まれた。
「ら、雷鳴剣! ……ぐすっ!」
涙を浮かべるのではなく、泣いていた亮は向上した脚力を活かして敵の合間を縫うように進み、1体ずつ的確に倒していく。
俺たちは、
《ドロップアイテム》
・ほろよいハニーの針
・ほろよいハニーの小瓶
を手に入れた。
「――しがらみの楔、解除。……亮、泣かないでくれよ。つられちゃうだろ? ……ぐすっ」
「だって、だってくまがさぁ」
「くま、がんばった? ハチミツくれる?」
照れくさそうにモジモジしながら、新たなハチミツを要求するくま。もうすでに1瓶抱えているというのに、かわいすぎか。こうなると、ポチが拗ねないか心配だが、ポチはポチで、まだお酒の微睡の中にいる。
「ふわんふわん、するのー」
「うちの子たち、かわいすぎか!」
「同感〜」
俺たちはすっかり、ポチとくまにメロメロだ。いてくれて良かったと心から思う。でないと急に放り込まれたこの異世界で、ふと気が狂ってしまいそうな時があるから。
「変な感じがするほうへ行ってみるか、創太」
「ああ。おそらくこの感じ……洞窟で感じた魔穴の雰囲気と一緒だよな」
「そう思う」
俺たちは禍々しい雰囲気に導かれるまま、予想したとおりの場所へやってきた。
一本の大きな木の幹に、縦に開いた大きな穴。上から下へ一本線、というよりは、禍々しく歪んでいる。色はやはり黒いキャンバスに、混沌とした紫と底が見えない漆黒と病んだ青を常にかき混ぜているような色が渦巻いている、殺気しか感じない。
「キエエエエエエエエ!」
今まさに穴から出ようとしているほろよいハニーに、剣を突き立てる亮。魔穴には土地柄が影響するのだろうか。先日はピギーウルフの群れだったが、今回はほろよいハニーの魔穴のようだ。
「塞げるか? 創太」
「――やってみる」
――ここは木の幹。メインは土属性だ。……開いた穴のファスナーを下から上へ上げるイメージ。若しくは家庭科の授業で習った、裁縫の感覚……! ……いけね。裁縫苦手だったわ。
「くうううっ」
先日閉じた穴よりも、かなりMPを持っていかれる。裁縫をイメージしたからかもしれないが、中にいるモンスターは先日の方が強かったので、魔穴の封印には中のモンスターの強弱に関係はないということか。
「うおおおおお〜!」
――ドサッ!
「創太!」
「あるじ!」
「そうた!」
「だい……じょうぶだ……。なんとか閉じた、けどめちゃくちゃMP持ってかれた。今日は小屋なし野宿だな」
足の力も入らない。その場へ倒れ込むくらい、MPを持って行かれた。
魔穴とは一体なんなんだろう。これを塞ぐべく、全国行脚させることが万象の女神フレイヤの狙いなんだろうか。
「あ、やべ……」
……と考えたところで、MPが底をつき、俺は意識を失った。




