⑦
翌朝早くに目を覚ます。
いよいよ異世界へ来てから初めて建物の外に出られる。
召喚された時は危機感しかなかったけれど
今は味方が出来たので心強い。
旅の途中で目立たない様にとミカエルさんが準備してくれた
一般的なローブを収納しておく。
隠蔽魔法を使って気配を消しジェフさんについて
迎賓館から出て王城の方角へと庭園の中を進んでいく。
暫く行くとジェフさんが立ち止まり城壁の方を見やった。
城壁門があって門番が立っているのが見えた。
ジェフさんの肩をそっと叩いてから門の方へ歩みを進める。
暫くこちらの様子を見ていたジェフさんも王城に向かって歩き出した。
城門を出ると広い通りが真っすぐと伸びている。
両側に花壇が造られ色とりどりの花々が植えられている。
花壇の後ろは植え込みになっていて所々に立派な門がある。
高位貴族とか王室関係の建物が有るようだ。
暫く行くと教えてもらった通りに広いロータリになっていて
中心が憩いの場となっている。木々も植えられていてベンチも置かれている。
高級住宅街の公園といった感じだ。
広場でベンチに腰掛けて周りを観察すると
小さな林になっている公園の木に何か実っている。
『収納』そして手を前に出し取り出しをイメージする。
収納された果物?が掌にあらわれた。
「鑑定」
(ムムの実 食用 生食・ジャム 中心に大きな種あり)
よし、もう少し採っておこう。
次に空を見上げて飛んでいる鳥に向かって『収納』と念じた。
鳥はそのまま飛んで行く・・・
咥えていた何かだけが消えている。
何が出るか分からないので念のため
足元のちょっと先をみて取り出しをイメージする。
目の前に動かない蛇の様なものが現れた。
思わず飛び退く。
気付いてよかった。収納したままにはして置けない。
やはり生きているモノは収納できない様だ。
出来てしまったら反って怖い気がする。
あらためて周りを見回す。人通りは疎らだが
綺麗に纏められていたり、そのまま腰まで流していたり様々であるが、
やはり短髪の女性は見当たらない。
高校三年間バスケットボールに夢中だった私の髪型は、
ずっと首筋までのレイヤーだった。
いつもジャージ姿で、友達と過ごす時は冗談が行き交い大声で笑い合って
賑やかに過ごした。
そのせいもあってガサツなどと見られていたのだろう。
大学に通い出しても普段はスエット上下、
髪は少し伸びてきたけどやっと肩に届くくらいだ。
気配を消したまま行き交う人の髪の色を参考に
目立たないシルバーグレーをイメージして念じる。
瞳は強い印象を与えないであろうダークブルーをイメージする。
鏡が無いので参考にした髪色に変わっている事を願うしかない。
今度はどの位遠くのものが収納できるか試していたが
自分で見てはっきり正体の分かる物迄は収納可能。
遠すぎて正体の分からない物は収納する勇気が無いので
試すのを止めておく・・・
そろそろ一人で色々試す事に飽きてきた・・・
ずっと広場にいるが誰も私に気づく様子は無い。
チョットくらいなら他の通りを覗いて来ても良いだろうか・・・
と危険な好奇心が湧いてくる。
ジェフさんに戒められたが、まだ暫くは時間がかかるだろう。
バレなければ問題ないのだ・・・
自分で納得してポケットに手を突っ込んで呑気に歩き出した。
ちょっと行ったところで賑わっている通りを見つけた。
色々な露店があって市が開かれているようだ。
思わずそちらに足が向く。
お肉を焼くようないい匂いや、お菓子の様な甘い香り。
威勢のいい掛け声や小さな子供の遊ぶ声。
この世界の生活感が溢れている。
衣服を売っている店もある。庶民向けの古着のようだ。
貴族はオーダーメイドが当たり前の様で
私の服も時間を考えると準備できないと言われた。
古着で構わないから何処かで買ってもらえるだろうか。
ずっとスエットにローブを羽織っているわけにはいかないだろう。
色々考えながら散策する。
姿が見えないだけで何かににぶつかれば、
目に見えない何かが当たったと認識されてしまう。
かなりの人込みであれば誰が誰に当たったかわからないかもしれないが、
人通りの少ない所だと当然不振に思われるから慎重に行動する・・・
つもりが、見た事の無い露天の商品や色とりどりの花
初めて目にする果物等に目を奪われ注意が疎かになり
後ろの気配に気が回らない。
相手に私は見えていないので誰かが背中にぶつかった。
「痛っ!」
突然の事に思わずよろめいて声が出た。ヤバい!!
振り返るとお爺さん?が目を見開いて固まっている。
慌ててその場から逃走した。
初めて異世界の街に出てウロウロした所為か精神的に疲れたので
隠蔽魔法を維持するのがつらくなってきた様に感じる。
広場まで戻り適当な物陰を探す。
木の間の茂みに身を潜めローブを羽織ってフードを被り隠蔽魔法を解除した。
あたりの気配に気をつけながら茂みから出て近くのベンチに腰掛ける。
暫くぼ~とあたりを観察していると通りの向こうに
見知った人物が歩いてくるのが見えた。
心細かったせいか思わず立ち上がって駆けだした。
「ジェフさん、もう用事は終わったの?」
傍まで近寄って声を掛けるとジェフさんはギョッとした顔で私に見入った。
「・・・その声はヒナタなのか?」
「えっ?!」
暫く呆気にとられたまま考えた・・・
あっ、髪色や目の色を変えたまま忘れていた!!
「・・・」
暫し沈黙が続いた。
「暫く観察して目立たない見た目にならないかと魔法を試したのを忘れてて・・・
いつもより緊張して長時間続けた所為か疲れてしまったので
隠蔽を解いてしまいました。」
「誰かに見られたりしなかった?」
「茂みで気配を探りながら解いたので大丈夫です…たぶん」
「驚いたな。髪や目の色も変えるなんて。見た目では君と分らなかったよ。」
「ほんとですか?自分ではそこまで他人に成りすませているとは思えないんですけど・・・」
「年齢ももう少し上に見えない事も無いな。」
「じゃあ16歳って事にしといて下さい。」
「見えないことは無いな。そういえば言い忘れていたが、
王都や大きな街のある領地に入る度に身分証を提示できなければ
代わりに保証金を払わなければいけない。
領地から出る際は預けた保証金の返還を受けるだけだが
この際その姿で身分証を作っておくか?」
「それって簡単に作れるものなんですか?」
「身分証と言っても年齢や職業、名前は自己申告で
見た目の特徴は役所で記録するだけだ。」
「そんな事で良いんですか?」
「ああ。田舎育ちの者などは街に出る迄、
身分を保証するのは親か近所の者だけだ。
いちいち証明の為に人ひとり連れて歩けないからな。
下手すると証明してくれる人の証明が無い・・・」
「そうなんですね・・・」
「身分証自体は偽造防止の魔法が使われているし
登録地も記入されて登録地には記録も残る。
まあ君なら見た目を変えて複数の身分証を作る事もできるだろうが、
普通の者には意味のない事だな。」
「悪い事でも企まない限り必要ないでしょうね。」
「その通りだ。」
年齢や見た目は考える迄も無いが、性別は偽っていても問題ないだろうか・・・
「あの、自己申告だけで身体検査とかは無いんですか?」
「騎士団とかに入隊するなら必要だろうが、身分証には関係ないな。」
良かった・・・
「出身地とかは申告するんですか。」
「ああ。隣国の国境の街から来た事にしておこう。
私と同じ国の方が後々都合が良いだろう。」
「そうですね。私もこの国出身にする事にはかなり抵抗があります。
スタニア王国の・・・街?の名は?」
「領土名だな。モリス領で。」
「それとミカエルさんに言われたんですけど、この世界では私くらいの少年にしては言葉遣いが丁寧すぎるって言われたので、もう少し相手に違和感を与えない話し方にした方が良いですよね?」
「そうだな。丁寧で好感は持てるがちょっと違和感があるのは否めない。
もう少し崩した話し方の方が良いだろう。」
「わかりました。」
良い流れで話し方を崩す事にした。
その後役所へ赴き無事に身分証を手に入れ外壁門へ向かった。
門へ近づくと少し前の日本のテーマパークのように
入ってくる人たちは色々手続きをしているが、出て行く人たちは狭い出口をチェック無しで通過していくのが分かった。
保証金を預けている人たちは手前の窓口で手続きをしている。
ジェフさんの後について門外へ出た。
嬉しさに思わずジャンプしてしまいそうになった。
目立つからやらないけどね。
ひとまず無事に塀の外に脱出成功である。
ジェフさんに並んで隣国目指して歩き始めた。
二人が外壁門から無事に出て旅路についた頃、ヒナタがうろついた街の一角にある警備隊詰め所はちょっとした騒ぎになっていた。
商工会長老が街中で姿が見えない何かにぶつかった、確かに声が聞こえた、と訴えているのだ。
警備兵たちは「勘違いだろ」とか「ボケたのか」と容赦ない事を言って取り合わない。
全く取り合ってくれない事に腹を立てたご老体は
とっておきの証拠を警備兵に突き付けた。
「犯人が落としていったこれを見てもわしの言っている事を
妄想だと笑えるのか!!」
警備兵は突き付けられた見た事の無い物体に暫し声が出せなかった。
それは、彼らには読むことのできない文字で
『期間限定ガーリックビーフ味』と書かれている
触ればカサカサと音のする未知の素材でできた物体だった・・・
最後までお読みいただきありがとうございます。
今年の投稿納めです。
皆さま、よいお年をお迎えください。




