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その日にルッツ侯爵邸から返答が届く事は無く
ジェシカさんのお姉さんの承諾待ちという状態のまま
刺繍を仕上げる事に追われて一日が過ぎて行った。
夕食時ダイニングでジェシカさんと談話しながら待っていると
ジェフさんが疲れた表情で帰宅した。
昨日と同じように私の隣に着席したが私の手元を見た途端
指先を凝視した。
「ヒナタ、その指の絆創膏はどうした?」
私の左手の指にはメイドさんが手当てしてくれた絆創膏が
幾つか巻かれている。
回復魔法で直せない事は無かったが、講師をしているメイドさんの目の前で
魔法を使っていいものか躊躇った為だ。
「ハンカチに刺、刺繍をしていてちょっと指も一緒に突いちゃったかなって・・・」
ジェフさんが バッとジェシカさんを睨みつけた・・・
「姉上、他に教える事は幾らでもあるでしょう?
ヒナタに刺繍は荷が重すぎるのでは無いですか?!」
えっ、”荷が重すぎる”ってそれは私にとっては的を射た意見だけれど
この場合は的を射ていないのでは?突っ込み処が違うような気がする。
「良いじゃないの。今日は急な事で準備が間に合わなかったのよ。
すぐ出来る事は刺繍位しか思い当たらなかったわ。
それよりちょっと指先を怪我したくらいですごい剣幕ね。
過保護すぎるのではなくて?」
「ヒナタは過保護すぎるくらいで丁度良いのです。
この世界の事を知らなさ過ぎるのですから」
「あらあら、貴方自分の事でもそんなにむきになった事が有ったかしら。
まあいいわ。ヒナタ、せっかくだからあなたの力作を見せてあげたら?」
力作と言っても力を込めるところを間違えた気もするけど。
私が躊躇っているとジェシカさんが更に続ける。
「一度ジェフェルに見て貰うだけでも良いんじゃない?
意見を聞いてからプレゼントするかどうか決めたら良いわ。
せっかく怪我までして一生懸命刺繍したのだから
そのまま置いておくには勿体ないでしょ」
ええー恥ずかしすぎて見せたくない。血痕は魔法で消したけど
形まで変えてしまったら最早自分の作品では無い!という
無意味なポリシーのおかげで刺繍部分はミミズのお絵描き状態のままだ。
まだ迷っていると静観していたジェフさんが口を開いた。
「そ、そうなのかプレゼント用なのか?それならば一度見せて貰いたいな」
なんかさっきまでと違ってちょっと期待を込めたお願いに聞こえる。
ここまで言われては と後でメイドさんに持って来てもらうように頼んで
食事を始めた。
今日は中身が飛び出さない様に掬えるものはフォークで掬って食べる。
食後にリビングに移動して刺繍の出来栄え披露となった。
畳んだハンカチを恥ずかしい思いで差し出すと、どれどれと
ジェフさんが手に取って刺繍を見つめ・・・固まった。
暫くするとむっとした表情に変わった。
やはり人にプレゼントする様な出来では無いのだろう。
「ごめんなさい。やっぱり酷すぎますよね。
とってもお世話になってるし、お礼には物足りないけど
気持ちだけでも伝わると良いなって思ったんだけど・・・」
ジェフさんは相変わらず俯いたままハンカチを凝視していたが
「・・・ミカエルにプレゼントするのか?」
そう言いながら顔を上げてちょっと淋し気な表情になった。
「えっ、なんで?」
「"M.C"・・・ミカエル・クロードだろ?」
そういわれてジェフさんの手元を覗き込む・・・
「ごめん、兄さん。分かりづらいけどこれ逆さま・・・」
ジェフさんがハンカチの向きを変えて赤面した。
「"J.W" なのか?」
「そうです。"C" じゃなくてこれでも"J"って刺繍したつもり・・・」
「そ、そうか大変だったな。指をケガしてまで・・・
これを貰っても良いのか?」
「えー貰ってくれるの?とっても嬉しいけどこんなの恥ずかしいから
人前では使わないでね」
「何を言っている。人前で使うはずがない。
落とすといけないから大事にしまっておく。」
そんな仕舞っておくような物じゃないし仕舞っておいては
ハンカチの意味無いんじゃない?と思ったけれど
ジェフさんが心なしか嬉しそうに見えるので
それは言わないのが花というものだろう。




