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第八十九話「境界線の向こう側」

風の音だけが、静かに丘を渡っていく。

陸は立ち尽くしていた。

あの戦いの記録も、仲間たちとの時間も、この世界には“何ひとつ残っていない”。


それでも彼は歩き出す。

それは、どこかへ向かうというよりも、

「自分という存在」を確かめるための旅だった。


陸:「俺は……俺でいていいのか?」


問う相手は誰もいない。

返事がないことをわかっていながら、それでも彼は歩く。



道なき野原を越え、乾いた大地を踏みしめながら、陸は都市の残骸へと辿り着く。


そこには――誰もいないはずだった。


だが、その廃墟の中、

一つだけ灯りのついた建物があった。


陸:「……生き残り?」


警戒しながら扉を開けると、

そこには、懐かしい背中が――


玲音:「……遅いよ。もっと早く来なさいよ」


陸:「……え」


玲音が、笑っていた。



玲音:「私ね……覚えてるよ。全部。あのときの戦いも、陸の叫びも、未来を壊したあの拳も」


陸:「……でも、記録は……」


玲音:「関係ないよ。記録がなくても、人の“意志”は残るんだって、信じてたから」


彼女の言葉に、陸は何も言えなかった。


玲音:「この世界に“記録”はなくなったけど、その分、誰もが“最初の一歩”を踏み出せるの。

 誰かの目を気にすることなく、自分で選べる世界」


陸:「俺たちは……勝ったんだな。未来に」


玲音:「そう。でも、ここからが本当の“始まり”だよ」



二人は再び歩き出す。

都市の縁に立つと、どこまでも続く青空が広がっていた。


その空の下――


遠くの丘に、誰かが立っていた。


カズサだった。

あの時と変わらぬ笑みで、こちらを見ている。


陸:「……カズサ」


その隣には、美玖の姿もあった。

そして、晶。結人。深月。

“記録から消えたはず”の全員が、そこにいた。


玲音:「やっぱり、来てたんだ。記録は消えても、みんな……消えなかった」


カズサ:「バカだな、陸は。お前だけ残していくわけねーだろ」


笑って、彼は手を振った。


陸:「――ああ、バカだな、俺は」


走り出す。

未来に向かって。

記録のない世界で、彼らは再会を果たす。


誰の観測にも記録にも残らない――

けれど、それが本物の“未来”。


世界のすべてが一度リセットされたこの場所で、

彼らは新しい“物語”を紡ぎ始めるのだった。

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