第八十九話「境界線の向こう側」
風の音だけが、静かに丘を渡っていく。
陸は立ち尽くしていた。
あの戦いの記録も、仲間たちとの時間も、この世界には“何ひとつ残っていない”。
それでも彼は歩き出す。
それは、どこかへ向かうというよりも、
「自分という存在」を確かめるための旅だった。
陸:「俺は……俺でいていいのか?」
問う相手は誰もいない。
返事がないことをわかっていながら、それでも彼は歩く。
◆
道なき野原を越え、乾いた大地を踏みしめながら、陸は都市の残骸へと辿り着く。
そこには――誰もいないはずだった。
だが、その廃墟の中、
一つだけ灯りのついた建物があった。
陸:「……生き残り?」
警戒しながら扉を開けると、
そこには、懐かしい背中が――
玲音:「……遅いよ。もっと早く来なさいよ」
陸:「……え」
玲音が、笑っていた。
◆
玲音:「私ね……覚えてるよ。全部。あのときの戦いも、陸の叫びも、未来を壊したあの拳も」
陸:「……でも、記録は……」
玲音:「関係ないよ。記録がなくても、人の“意志”は残るんだって、信じてたから」
彼女の言葉に、陸は何も言えなかった。
玲音:「この世界に“記録”はなくなったけど、その分、誰もが“最初の一歩”を踏み出せるの。
誰かの目を気にすることなく、自分で選べる世界」
陸:「俺たちは……勝ったんだな。未来に」
玲音:「そう。でも、ここからが本当の“始まり”だよ」
◆
二人は再び歩き出す。
都市の縁に立つと、どこまでも続く青空が広がっていた。
その空の下――
遠くの丘に、誰かが立っていた。
カズサだった。
あの時と変わらぬ笑みで、こちらを見ている。
陸:「……カズサ」
その隣には、美玖の姿もあった。
そして、晶。結人。深月。
“記録から消えたはず”の全員が、そこにいた。
玲音:「やっぱり、来てたんだ。記録は消えても、みんな……消えなかった」
カズサ:「バカだな、陸は。お前だけ残していくわけねーだろ」
笑って、彼は手を振った。
陸:「――ああ、バカだな、俺は」
走り出す。
未来に向かって。
記録のない世界で、彼らは再会を果たす。
誰の観測にも記録にも残らない――
けれど、それが本物の“未来”。
世界のすべてが一度リセットされたこの場所で、
彼らは新しい“物語”を紡ぎ始めるのだった。




