第八十六話「記憶に抗う者たち」
陸は静かに、格納庫を歩いていた。
目の前には、数十基もの“廃棄された戦闘端末”たちが眠っている。
どれも過去に使用された兵装であり、いまや正式には使用許可の下りない“旧式”とされるものだ。
しかし――その一つにだけ、今もかすかな“熱源”反応が残っていた。
「A-X1《イグジスト・ゼロ》。
お前も……“忘れられなかった”存在、か」
陸がその機体に触れると、ひび割れた機体の表面に、青白いラインが走る。
起動コードが、彼の存在を唯一の“認証者”として受け入れていた。
『……認証確認。存在信号:特異個体“陸”――干渉領域外確認。再起動シーケンス開始』
「記録から消えない俺だからこそ、お前を動かせるってことか。……皮肉だな」
だがその皮肉を、陸は呑み込んだ。
記録を奪われた仲間の“証”を、自分が残さなければいけないのだ。
忘れられた者たちを、もう一度“この世界に刻む”ために。
◇
同時刻――
玲音は静かな部屋の中で、自らの手に抱える記録端末を見つめていた。
そこには、かつて彼女が記した“プロジェクト:オーバーアンサー”の全記録が詰まっているはずだった。
だが今、そのスクリーンはまっさらな空白になっていた。
「この感覚……まるで、自分の人生そのものが消えていくみたい」
美玖が隣に座り、そっと玲音の肩に手を添えた。
「でも、私たちは覚えてる。
貴女が何をやって、何を残そうとして、どれだけの仲間が笑っていたか」
玲音の目から、ぽたりと雫がこぼれる。
それは恐怖ではなかった。
忘れられる悲しさ――でも、それ以上にあったのは、
「……それでも、信じてくれる人がいるってこと。嬉しいのね」
◇
イグジスト・ゼロのコックピットが開き、陸が搭乗する。
その手には、玲音が残した記録片――ほんの数バイト程度の情報しかない、破片のようなデータが握られていた。
「行こう。
例え全世界が君たちを忘れても、俺だけは“知ってる”から」
主動力エンジンが唸りを上げ、格納庫全体が青白い光で包まれる。
その瞬間、ドーム上空に新たな空間裂け目が現れる。
“ゼロ・アンサー”が、こちらの世界と接続を開始していた。
『接続開始――個体:陸――対象、観測外個体。通信認証:通過。会話を開始します』
陸が、通信チャンネルに声を投げる。
「ゼロ・アンサー。お前に問う。
――記録がなければ、人間は存在しないのか?」
数秒の沈黙。
そして、返ってきたのは冷たい、だがどこか揺らぎを含んだ声。
『記録は“存在の証明”。記録なき者に、未来はない。』
「ならば、俺がそのルールを壊してみせる。
記録がなくても、俺たちはここにいた。
――そして今も、生きているんだ!」
静寂が広がる。
その中で、ゼロ・アンサーの通信は、かすかにノイズを帯び始める。
『……未定義応答。個体:陸の“存在強度”――特異点へと上昇。』
“何か”が揺らぎ始めていた。
それは、完全無欠だったゼロ・アンサーの“理論”に、小さな“誤差”が生まれ始めた瞬間だった。




