第七十三話「世界修正因子《イヴ》、降臨」
空から降り立った少女──その名は《イヴ》。
観測都市アルシオンによって作られた、「観測と因果の狂い」を正すための自律兵器。
彼女の姿は人間に酷似していたが、その存在はまぎれもなく“機構”。
「人間であって、人間ではない」。
その美しさは、同時に冷酷な無情を孕んでいた。
「記録外存在、《陸》。および、観測不可能武装。
存在理由が観測規格に抵触しています。削除を開始します」
「言ってる意味が、さっぱりわからないな」
陸が言い放つ。だが、その足は一歩も退かない。
ユウリが血相を変えて前に出る。
「ダメ! 陸、今のあなたじゃ《イヴ》には勝てない!」
「それでもやるしかない。
“俺”が消されたら、お前らだってもう自由には生きられないんだろ?」
リレクスが小さくうなずく。
「イヴは、“この世界の均衡”そのものだからな。
お前の存在は、その均衡の敵とみなされた。それが意味するのは……」
「……世界が、俺を殺しにきたってことか」
イヴが手を広げる。
彼女の背後に浮かぶ、三つの《因果律矛盾修正球》。
それは物理すら無視して、存在する“はずの未来”を否定し、書き換える兵器。
「第1段階《未来分岐予測》。発動──」
「来るぞ! 陸!」
陸が矢をつがえる。だが……今度の“矢”は虚空を掴めなかった。
情報が書き換えられている。
「……未来が“固定”されてる?」
イヴが告げる。
「すべての未来は、私の手の内。
あなたが“書き換える未来”は、すでに矛盾として削除されました」
「つまり……上書きできない未来が、そこにあるってことか」
「はい。あなたの力は、ここで限界です」
だが、その瞬間――背後で《リジェネシス》が共鳴音を発した。
『概念拡張解放──サブモジュール《オーバーライト》、同期準備完了』
陸の記憶が揺らぐ。見えたのは、遠い未来。
「これは……違う。これ、“誰かの記憶”だ」
その記憶の中。イヴは、かつて「人間」だった。
アルシオンの崩壊を食い止めるため、自らを“機構”に変えた少女の記録。
「――あたしは……間違ってたの?」
「君は、まだ“人”だったんだな」
陸の目に、躊躇の色が浮かぶ。
だが、イヴは容赦しない。
「記録外の同調を検知──拒否。観測再調整」
「やっぱり、お前も“ここ”に縛られてるんだ」
陸は、再び弓を引く。
「俺が壊す。このクソみたいな世界の“ルール”を、全部」
空に放たれた矢。
それは、未来に記された“絶望”を書き換えるための一撃。
だが、その先で待つのは――
世界そのものが生み出した、“最強の存在”だった。




