プロローグ:壊れた武器が呼ぶ声(前編)
朝のホームルームが終わっても、誰も俺の席には気づかない。
いや、たぶん気づいてるけど、気にされてないだけだ。
まあ、どうでもいい。
城戸 陸――高校二年。空気、って言葉が似合いすぎる男。
目立たないようにしてるわけじゃないけど、目立とうとも思わない。
何やっても面倒ごとにしか繋がらないって、十数年生きてれば普通に気づく。
だから俺は、極力目立たず、波風立てず、平凡な日々を淡々と過ごしてる。
そういうやつって、ラノベとかアニメだと「実は最強」ってパターンが多いけど……。
俺にはそんな裏設定、ない。
――はずだった。
その日、帰り道で俺は“それ”を拾った。
夕暮れの商店街。人通りの少ない路地裏。
いつものように、コンビニで安い菓子パンを買って、帰ろうとしてただけ。
視界の端に、何かが“落ちていた”。
最初はただのゴミかと思った。
けど、なぜか目が離せなかった。
まるで、呼ばれているような感覚。
「……なんだこれ」
それは――刃が半分ほど欠けた日本刀のようなものだった。
柄の部分は煤けていて、鞘もなく、見るからに“壊れている”。
だが、触れた瞬間――
頭の中に、誰かの“声”が響いた。
『――ようやく見つけた、か。』
一瞬、手を離そうとした。でも体が動かない。
というより、何かに“掴まれている”ような感覚だった。
『選ばれし者よ。お前に問いかける。力を求めるか、否か。』
「……は?」
俺は、ただの高校生なんだが。
異能とか、選ばれし者とか、厨二病かよ。
そう思いながらも、なぜかその言葉を、否定できなかった。
いや、正確には――“その言葉を聞いた瞬間、世界が変わった”。
「おい、そこのガキ」
突然、背後から声がした。
振り向くと、スーツ姿の男が立っていた。
片手には拳銃、もう片手には“黒い金属の短剣”。
――直感で分かった。
この男は、さっきの“声”と同じ世界の住人だ。
「悪いが、それはお前のモンじゃねえ。“武器”は資格のある者だけが持つべきだ」
武器? 資格? 何を言って――
パァン。
乾いた銃声が響いた。
とっさに体を捻った。弾は俺の肩をかすめ、背後の壁に穴を穿つ。
痛みと恐怖。現実感が薄れる。血の臭い。耳鳴り。
だけど――
「……ああ、うるせえな」
脳の奥が焼けるように熱くなり、俺の手の中で“壊れた刀”が、音を立てて震えた。
『――力が欲しいなら、応えろ。叫べ。名を。』
その刹那、俺の口から、勝手に言葉が溢れた。
「……“キリエル”。」
刀身が、赤く光を帯びる。欠けていた刃が、音を立てて再生していく。
『契約、完了――“刻断者”起動』
目の前の世界が、色を変えた。