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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

俺達の関係

俺達の関係ってなんだろう。


紘一(こういち)、電気消してよ」

「いいじゃん。郁也(いくや)はもう寝るの?」

「…激しくされたから疲れた」


タオルケットを身体にかけて寝る体勢に入る。紘一はベッドに座ったまま本を読んでいる。こっちは色々されて腰が痛いのに。


「だからもう寝る」

「ん。おやすみ」


ちらりと紘一の顔を見てから瞼を下ろす。事後でも涼しい顔をしている。整った顔で、なんにもしてないよって顔しているのが憎たらしい。

パッと照明が落ちた。


「俺も寝る。おやすみ、郁也」


タオルケットの中にもぞもぞと紘一が入り込んでくる。


「…寝るの?」

「うん。もうキリのいいとこまで読んだから」

「そう…」


俺を気にしてってわけじゃない…と思う。

いつもそうだ。紘一の中心は紘一。

じゃあ、俺はなんなんだろう。


紘一とは高校一年から大学三年の今に至るまで一緒にいる。なんとなくそばにいて、なんとなくキスをするようになって、なんとなく身体を重ねるようになった。

大学に上がるときに家賃とか光熱費が楽になりそうだからとルームシェアを始めて一緒に住んでいる。友達以上ではあるけれど、恋人ではない。

はっきり恋人とくくられていないだけで、紘一の意識の中ではそう思ってくれているのかな、と考えたこともあるけれど、そうでもなさそうだ。


自分のしたいように、やりたいように。

まるで猫のように気ままな紘一。そんな紘一が好きなんだから、しょうがない。

ときどき、気まぐれにちょっとだけ見せてくれる優しさに、惹かれてしまったんだ。






紘一との共通の友人、洋治(ようじ)秀樹(ひでき)に誘われて居酒屋で飲み。ふたりは高校が一緒だった。大学は離れてしまったけれど、気が合う仲間で時折顔を合わせている。


「実は、さ」


ハイボールを一口飲んだ洋治が緊張した面持ちで口を開く。なんだ。


「俺達、付き合い始めたんだ…っていうか、一緒に暮らし始めた」

「………」


秀樹の肩を抱き寄せる洋治。前に会ったとき、ちょっといい雰囲気だったけど、そうか、付き合い始めたのか…。


「なんで付き合い始めて同時に一緒に暮らし始めたんだよ」


つい聞いてしまう。気になるから。


「いやー…秀樹んとこ居心地よすぎてそのまま転がり込んだ。だから一緒に暮らし始めて付き合い始めたが正しい」

「そう、それが正しい」


ちょっと恥ずかしそうな洋治に対して呆れ顔の秀樹。洋治は前から秀樹のところに泊まってばかりいると秀樹から愚痴メッセージが来ていたっけ。それがそうなったか。


「おめでとう。お似合いだよ」


紘一が笑顔で祝福する。

あれ?


「だよな。俺、秀樹大好きだもん」

「おい」

「………」


洋治が惚気る。秀樹は照れる。俺はすっきりしない。

俺達はどうなの、紘一。友達のことは祝福するのに、俺達のことは考えないの? なんだかもやもや。


そのあとはずっとすっきりせず、酒の味もつまみの味もわからなかった。会話が右から左へ、左から右へ素通りしていく。気が付けばお開きになっていた。

紘一とふたりで帰宅。もやもやをどこに持って行っていいのかわからず、口を開けない。でも紘一は、俺が不機嫌なのかとか、気にすることもない。先にシャワーを浴びて部屋に戻ろうとするところを捕まえる。


「なに」

「……」

「部屋戻っていい?」


俺がこんな気持ちになっている理由を知りもしない。感じ取ろうとしもしない。様子がおかしいとも思わない。


「……俺達のこと、話し合いたい」

「は?」

「俺達ってなんなの?」


思い切って聞くと、紘一は特に驚くでもなく、表情を変えずに首を傾げた。


「なんなのって?」

「恋人でもないのにキスしてセックスして。でも友達でもなくて」


紘一の瞳がすっと冷める。


「郁也、なにが言いたいの?」


怯んで、やっぱりなんでもない、と言ってしまいそうになるのをぐっと堪える。そう言ってしまったらまた元に戻るだけ。ここまで言ったら最後まで言いたい。


「俺は、紘一が好きだから恋人になりたい」

「……」

「紘一は俺が好きじゃない? なんとも思ってない?」

「……今更恋人になる必要性がわからない。別にいいじゃん、このままで」


冷たい言葉を残して紘一は部屋に入ってしまった。パタンとドアの閉まる音。

虚しくて悲しくて笑いがこみ上げてきた。それでも紘一が好きな自分がばかみたいで、悔しい。


「……好きなのは俺だけなんだ…」


泣くのも悔しい。静かに静かに、音をたてないように自宅を出た。






その夜はネカフェで過ごし、翌日は大学を休んだ。なにをするでもなくぼんやりとして過ごす。また夜になって、今夜もまたネカフェかな、と思っていたらスマホが震えた。紘一から、かと思ったら洋治だった。


「…はい」


落胆を隠せずに電話を受けると、洋治の明るい声が聞こえる。


『昨日はごめんな、驚かせて』

「いや……」

『あれ、どうした?』

「ううん、なにも」


それしか答えられない。紘一じゃなくてがっかりしているなんて言えない。


『紘一は?』

「さあ?」

『自宅じゃないの?』

「違う」

『今どこ』

「ネカフェ」


俺の答えにかぶせるように聞いてくる洋治に、どんどん心が落ち着いてくる。ああ、俺は冷静じゃなかったんだな、と今更わかった。


『紘一と喧嘩したのか』

「してない」

『………』


喧嘩はしていないから、正直にそう答えると洋治は黙ってしまった。暫し沈黙。

そう、喧嘩にもならない。相手にしてもらえていない、のかな。


『迎え行く』

「いい」

『でも』

「いや……迷惑じゃなければそっち行ってもいい?」


なんとなく、ひとりでいるとよくない気がした。でも、迎えにきてもらうなんて面倒をかけられない。通話を終えるとすぐにネカフェを出て電車に乗った。


「郁也!」

「あー…ごめん、秀樹、洋治も」

「いいよ。上がって」


秀樹に言われて素直に部屋に上がる。ふたりの部屋。俺達の部屋と違ってきちんと“同棲”している。胸が痛い。


「なにがあった?」


秀樹が切り出すので、ぽつぽつと紘一と俺のことを話す。誰かに俺達のことをきちんと話すのは初めてだから、どう話していいかわからない部分もあったけれど、洋治も秀樹も丁寧に聞いてくれた。


「マジか。ふたりは付き合ってるもんだとばっかり思ってた」


洋治が溜め息を吐く。


「いや…」

「前に洋治とふたりで遊び行ったときに、ゴムとかあったからフツーにそういう関係だと」

「セックスはしてる」

「それでも付き合ってない、と」

「うん」


秀樹も理解できんって顔をして言う。


「紘一は俺に対して恋愛感情はないみたい」


こればっかりは誰にもどうにもできない。俺だけが好き。どうにもならない想いに涙がこみ上げる。


「ちょ…泣くなよ、郁也。秀樹、どうにかしろ」

「どうにかって言われても……あ、郁也、スマホ鳴ってる」


秀樹に言われてスマホを見ると、画面が光っている。誰からでも出たくない。無視。

すると着信音が止まる。でもすぐにまた画面が光る。


「また鳴ってるぞ。出るからな」

「………」

「もしもし、洋治だけど!」


『洋治』で通じるってことはまさか。


「郁也ならそこで泣いてる! 誰かさんのせいで! 知るか! とにかく今、郁也は俺達んとこいるから! じゃあな!」


一方的に通話を終えている様子の洋治が、俺の視線に気が付いて苦笑する。


「めちゃくちゃ慌ててる紘一からだった」


すーっと心に冷たい風が吹いた。今更、なんなんだ。

…でも、でももし迎えにきてくれたら希望が持てるんだろうか…。そう考えてしまう自分の浅はかさに、また涙が溢れてきてしまう。


「おい、洋治、なんとかしろ」

「なんとかってなんだよ…」


秀樹と洋治が肩を揺すり合っているのを見て、胸が苦しくて。

急に洋治が立ち上がる。


「とりあえず飲もう。コンビニ行こう」

「それいい。郁也、行こう。洋治、財布取って」

「うん」


仲いいなぁ、とふたりの様子を見るとまた涙腺が刺激されるけれど、ぐっと堪える。三人で近くのコンビニまで歩いて行った。

コンビニで買い物をしていても、俺が目を留めてしまうのは紘一の好きなものばかり。そのたびに、ばかだな、と自分を笑ってしまう。涙は今のところ引っ込んでいるけれど、気を抜くとすぐにまたじわじわしてくる。洋治と秀樹はそんな俺の様子に気付いているんだろうけれど、触れずにいてくれた。

のんびり買い物をして戻ると、アパートのそばにタクシーがとまっている。そしてそばに紘一が立っていた。


「郁也…」

「…紘一…? え?」


俺の手を掴み、タクシーに押し込む紘一。わけもわからず、されるままにタクシーに乗せられ、ドアが閉まる。紘一が運転手さんに自宅の住所を告げる。すぐに動き出す車。

紘一はずっと黙ったままで、盗み見た横顔は険しかった。


帰宅後、玄関で抱きすくめられた。いつもと違う紘一にどきどきしてしまう、簡単な俺の心臓。


「…ごめん、郁也」

「え?」


謝った? 紘一が?


「家出するほど恋人になりたいんだったら、恋人になろう」

「は?」


なに?


「だから、もう家出なんてするな」

「………」


なにそれ。

家出してほしくないから恋人になる?

なにそれ。

それが紘一の答え? だから迎えにきた?

なにそれ。

なにそれ。なにそれ。なにそれ。


プツンとなにかが切れた。


「そうじゃないだろ!!!」


紘一の身体を突き飛ばし、尻もちをついて驚いている紘一に言葉を投げつける。


「どう思ったんだよ、どう感じたんだよ! なにもかも言えよ!!」

「………」


ぽかんとしている紘一。俺は深呼吸をしてもう一度口を開く。


「俺は紘一が好き。好きだから恋人になりたい。紘一に、今更恋人になる必要性を感じないって言われて傷ついた。このままでいいじゃん、って言われて辛かった」

「………」

「それでも紘一が好き。でもそんな自分がばかみたいにも感じた。だから家出した」

「……うん」


ぽかんとしたままの紘一が相槌を打つ。俺は涙が堪えられない。


「迎えに来てくれて嬉しかった。やっぱり俺は紘一が好き。紘一が大切」

「…………好き…大切…」


紘一が自分の胸に手を当てる。


「……俺、郁也がいなくなって胸が苦しくて、すごく焦って、嫌などきどきがした。電話に出てくれなくて怖かった。なにかあったのかって不安になった。このまま帰ってこなかったらどうしようって思った」

「うん」

「顔を見たらすごくほっとした。抱き締めたらものすごく安心した」

「つまり?」


それは紘一にとってどういうことなのかと問う。


「……」


紘一が立ち上がって俺に手を伸ばす。俺の頬に触れ、輪郭をなぞる。


「………大切って、こういうことなんだ…」


初めて知ったことのように驚いた表情のまま俺に触れる紘一。

なんだよ、もう…。子どもじゃないんだから。


「…………しょうがないな…」


そんな言い方されたら、許すしかできないじゃん。


「ごめん、郁也…」


ちゃんとした“ごめん”に胸が熱くなる。


「いいよ。俺も勝手に出て行ってごめん」


紘一が俺の手をとり、ぎゅっと握る。少し不安そうな瞳で俺を見て、ゆっくり口を開く。


「……郁也、俺の恋人に…なってくれる?」

「うん…なる」


もう何度も抱かれた腕の中に閉じ込められるけれど、全然違う。嗅ぎ慣れたにおいも温もりも、全然違う。こんなにすべてを優しく感じたこと、なかった。


「おかえり…郁也」

「ただいま、紘一」




「……紘一」

「なに」

「なにって…」


さっきから、撫でるようにゆっくりゆっくり動いてばかり。


「これじゃイけない。紘一だってイけないだろ」

「………」

「どうした?」


頬に触れると、その手を握られる。指先が冷たい。


「……壊しそうで」

「は?」

「なんか……怖い」

「………」


これ、紘一? 紘一の口から出た言葉?

でも、不安そうな瞳で俺を見るのは確かに紘一で。


「大丈夫だよ」


そっとその身体を抱き締める。さっきからずっと恐る恐る触れてくるのは、怖かったのか。繋がった身体よりも、心が深く一つになっているように感じる。


「壊れたりしない」

「……そうかな」

「そうだよ。いつも容赦なくガンガンやってるくせに、今更なに言ってんだよ」


笑って見せると、紘一はくしゃくしゃっと泣き出しそうに表情を歪める。冗談のつもりだったのにうまくいかなかったようだ。


「それは……ごめん」


また謝った。今日の紘一は紘一じゃない。


「そうじゃなくて! いつもみたいにして、って言ってんの!」

「………」


渋い顔をしている。悩んだような様子の後、やっぱりゆっくりゆっくり動くので、笑ってしまう。


「……笑うなよ」

「だって……ほんとに紘一?」

「……自分でもわからない。こんな俺、知らない」


紘一自身戸惑っているようで、どうしたらいいかわからないという顔をしている。両手を伸ばし、紘一の頬を包んで顔を引き寄せ、口付けて抱き締める。


「大丈夫だよ、紘一」

「そうかな」

「うん」

「本当に?」

「本当に」


ちょっとずつ、いつものように動く紘一に快感が流れ込んでくる。俺の目尻を指でなぞり、キスをくれる。


「…郁也、泣いてるって言ってた」

「…?」

「俺、郁也を泣かせてばかりだったのかな」

「そんなことないよ」


また表情を歪める紘一。


「……いっぱいごめん、郁也」

「大丈夫だよ、大丈夫…」


頭を撫でると気持ちよさそうにする姿が可愛い。

こんな風に今更大切にされたら、どうしたらいいかわからない。でも、それが紘一の心なら受け止めたい。

どんな紘一も好きだから。




END





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