ゆれる甲板、漂う影
数時間後。
空模様はすっかり崩れ、風が強まり、波も高くなっていた。
雲が空を覆い、にわか雨のような雨粒が甲板を叩き始める。
「うわああああああっ!? こっちの樽が転がってきてるぅぅぅ!!」
「リオ! ロープ! そっち、固定頼む!!」
「応。滑りやすい。気をつけろ」
悪天候の中、《ラ・ミスティーク》は揺れながらも、安定を保っていた。
船員たちは慣れた動きで持ち場をこなし、それぞれの力を発揮していた。
「舵、ぶれそうだ……! トール、帆、絞ってくれ!」
「任せろ! 揺れに気をつけろよ〜〜っ!!」
「社長は!? レイラ、転んでない!? 生きてる!?」
「い、生きてるけどぉぉぉ!? なんか宝の地図が飛んでったぁぁぁ!!!」
「それはもうあきらめて!!」
突然の天候悪化により、船内は慌ただしくなる。だがこれは──ほんの始まりにすぎなかった。
そのとき。
「──ッ! 船の右舷、何か浮かんでますっ!!」
ミネットの声に、皆が視線を向ける。
雷光が走った瞬間、その海面に浮かぶものが見えた。
「……あれ、船か?」
「いや、──違う。……あれは……船“だったもの”だ」
崩れかけた船体、折れたマスト、そして──うっすらと光る紋章。
レイラの目が、それを捉えた瞬間。
なぜか、心臓がぎゅっと締めつけられるような感覚がした。
レイラは何かに引っかかるような視線を向けた。
胸の奥に、ひんやりとしたものが差し込んだ──けれど、それが何なのかまではわからない。
「……ちょっと、気味悪いわね」
フィオナが小さくつぶやいた。
風が、船を通り抜けるたび、どこか遠くから微かな鐘の音のようなものが……聞こえたような、聞こえなかったような。
「よし! あれ、近づいてみようよ!」
レイラがパッと顔を上げ、目を輝かせる。
「もしかしたら……お宝が流れ着いてるかもしれないし!」
「やめておけ。構造が崩れている船体に近づくのは危険だ」
ガルドが低く、しかしはっきりとした声で却下する。
「えぇ〜〜!? ちょっとぐらい、見に行こうよぉ……」
「だめ。沈んだ船に近づくのは、沈む覚悟があるときだけにしろ」
レイラがむぅ〜っと頬を膨らませている間に、船はそのまま進路を変えず、浮遊物を横目に通過していった。
その夜には、空は少しずつ晴れ間を取り戻し、波も穏やかになりつつあった。
そして数日後──
「見えてきたぞ、次の島だ」
ガルドがマストの上から声をかけると、甲板にいたレイラがぱっと顔を上げた。
「おおっ! ついに金の匂いがする島が!! ……って、あれ?」
「どうしたの、社長?」
「……いや、その……地図、嵐のときに飛んでっちゃってさ……」
「は?」
「嵐のときに、こう……ふわぁ〜って……」
「地図、ないの!?」
「だ、大丈夫! なんとなくの方向は覚えてるし、なにより私の感が言ってるの! あそこに宝があるって!」
「……また“感”頼りで行くつもり? 地図なしで島に乗り込むの、何度目かしら……」
「まあまあ、見えてきただけだし、今から考えれば平気平気〜!」
フィオナがやれやれといった顔で首を振る。
水平線の向こうに、うっすらと島の影が浮かんでいた。
それは、地図の中に記されていた“隠し金鉱”の噂が残る島──
次なる冒険の地が、ゆっくりとその姿を現しつつあった。