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チャウチャウサデコ

作者: 羽生河四ノ

 ネパールはインドとチベットの間にある。沢山の寺院のほか、エベレストとかヒマラヤ山脈がある。首都はカトマンズ。仏教とヒンドゥー教が混在している。以上はネパールをグーグルで調べたら、真っ先に出てくる情報。おそらくウィキなんかにも同じ事が書いてある。

 そんなネパールについて、私はほとんど何も知らない。行きたいと思ったことも特にない。でもその日、ガッコ帰りにイオンに行ったら、あ、そのイオンは私がいつも行かない場所にあるイオンだった。そのイオンに行った理由はセリアに行きたかったから。いつも行く場所のイオンはキャンドゥで、でもその時はどうしてもセリアに行きたかったから。だから行ったんだけど。そしたらそのイオンのレストラン街にネパール料理屋さんがあって。ネパール。ネパール料理。ネパール料理屋。店名はカトマンズだった。首都名。ネパールの。んで、私は吸い寄せられるようにその店の前に行ったのだ。

「ここってサイゼリアじゃなかったっけ?」

 って思ったから。前に、どれくらい前かもう思い出せないけど、前にそのイオンに行った時、そこはサイゼだった気がして。サイゼ潰れたのかって思って。

 サイゼリア? サイゼリヤ? カトマンズ? カドマンズ? カトマンス?

 わからないけど、とにかく私はその店の前に行ったのだ。カトマンズの前に。ネパール料理屋の前に。サイゼがカトマンズになってるって思ったから。カトマンズってネパールかなんかの首都だったっけって思って。

 そしたらその店の前にメニュー表。ネパール料理屋のメニュー表があった。そのメニュー表には色々と聞き慣れない、見慣れないメニューが並んでいたんだけど、

「チャウチャウサデコ?」

 それが一番目についた。私は。他の人はどう思うか知らない。でも。私はそれが一番目についた。チャウチャウサデコ。

 合ってるんだろうか?

 チャウチャウサデコ。

 チャウチャウサデコか。

 間違いないか。

 チャウチャウサデコで間違いないか。

 自分で言う、わざわざ発表するなんて始末に負えないみたいな感じがあるかもしれないけど、私には子供の頃からちょっと悪癖というか、なんかカタカナを読み間違えるみたいなのがある。そういう症状がある。語感がいい方を採用するみたいなのがある。ビュッフェの事を長年ビュッテだと思ってたみたいな事。ヒュッテを、ビュッテだと思っていたみたいな事。多分、思い込みが強いんだろうと思う。

 だから、何度も確認した。チャウチャウサデコ。でも、それは初めて見るもので、初めて知ることで、しらねえ国の、ネパールの、だから、ともすれば、油断すると、ちょっと気を緩めたりすると、

 チャウチャウデコウサ?

 っていう状態で頭の中に入ってきたりする。

 視覚、目玉、と脳の間に厄介なフィルターみたいなものが挟まっているのかもしれない。私は。生まれつき。あるいは後天的に。

 チャウデコ?

 略すと。

 チャウデコか?

 違う違う。

 馬鹿野郎。

 チャウチャウサデコだから。

 略すと、

 チャウサデだから。

 いやちょっと待って。

 チャウチャウサデコなんだから。

 チャウデコでもまあ、いいと言えばいい。

 そうしている内に、今度は、頭の中にチャウチャウとデコウサが出てきたりする。

 チャウチャウは犬だ。

 犬の犬種だ。

 デコウサはなんだ?

 兎か?

 ウサって言ってるしな。

 兎か。

 ネパールかなんかの、高地に住む兎か。寒冷の、高地に住む。

 兎か?

 おでこが出てるのか。

 それともおでこが印象的なのか。

 それでデコウサなのか。

 アニメとかに出てくるおでこが印象的なキャラクターか。

 頭の中でチャウチャウとデコウサが駆け回り始める。なんか、切り株か何かの周りをグルグルと。もう一匹何かが居たらあれかな。このままバターになったりするのかな。

「違う」

 違う違う違う。

 サデコだから。チャウチャウサデコだから。デコウサじゃないから。サデコだから。だからデコウサが出てくるのはおかしいから。違うから。サデコが出てくるならいいけど。でも、サデコよりも、デコウサの方が印象がいい。私の印象が。勝手な私の印象が。

 だってサデコは貞子に似ていて、リングを思い出してしまう。思い出すとおしっこが漏れそうになる。子供の頃に、今よりももっと子供の頃に、友達と二人で、

「そういうチャレンジをしてみよう」

 っていう理由で、サブスクで映画のリングを観て後悔した。

 震えた。なんであんなものを作るんだ。気が知れないと思った。物騒だけど、殺すとさえ思った。

 そういう訳で、そのまま行くと私の脳みそ、メモリー、記憶媒体には、チャウチャウデコウサっていう名前で記録されてしまいそうだった。

 チャウチャウと貞子よりも、チャウチャウとデコウサの方が、いいじゃん。だって。自明の理じゃん。自然の摂理じゃん。森羅万象じゃん。そんなの。だって。

 それでも心の中の私の一人は抵抗を続けてはいた。でも、それはあまりにも弱弱しかった。死にかけていた。

「チャウチャウサデコだよチャウチャウサデコだよ」

 って言ってはいるけど、その声はすごく小さい。ほとんど聞こえない。全然聞こえない。ガッコのセンセに当てられて教科書読む時すごく聞きづらい人みたいな感じ。

 その周りには、

「チャウチャウデコウサチャウチャウデコウサ」

 っていう大群の私が居て、だからきっと明日の朝起きた時、チャウチャウデコウサが先に出てきてしまいそう。そんな予感がした。

 そして、それがそのまま正解として私の頭の中にメモリーされるんだろうな。

 きっと。

 仕方ないのかなあ。

 そんな時だった。

「あれ、ここってバーミヤンじゃなかったっけ?」

 と私の後ろ。ホントに後ろから。真後ろから。声がした。振り向くと、そこにはガッコでオナクラの、柴田君、いや柴田が立っていた。男子だ。男子。

「え、え?」

 私は混乱した。とても混乱した。わけもわからずじぶんをこうげきした。くらい混乱した。何でこんな所に柴田が居るんだ。っていうか何接近を許してるんだ私。もうこんなに近くまで来てるじゃないか。知らないうちに。チャウチャウデコウサに、いや、サデコか、サデコだよな。サデコだ。サデコに夢中になるあまり、全く周りの事を気にしていなかったのだ。

「なんて事だ」

「川口、ここで何してんの?」

 柴田はそう言って、私の事を見下ろした。柴田は背が高いのだ。それ故なのか、たまに女子の会話の中で触れられたりする。

「え? いや、別に」

 ちなみに、ガッコの誰にも言っていない事だけど、子供の頃、今よりももっと子供の頃、小学生の頃、柴田と私は同じ習字教室に通っていた。その人の家に行ってやるタイプの習字教室。二階に上がって、五、六人が座って習字をする。そういうやつ。私は中学に入った辺りで、行書が肌に合わなくて、うまく出来なくて辞めた。柴田も同じころに辞めたらしい。よく知らないけど。

 習字教室の帰りはたまに一緒になったりした。ガッコでは会っても一言も話さなかった。お互い。なんか、あったのかもしれない。領域みたいなの。

 高校に入ってから柴田の背は伸び出した。筍みたいにだ。習字教室に通ってた頃はほとんど変わらなかったのに。高校に入っても、やっぱり不用意に近づいたりはしなかった。お互いに不可侵を守っていた。

「ここバーミヤンじゃなかったっけ?」

 そんな柴田と普段行かない方のイオンで、偶然再会した。私がチャウチャウ、デ、デコウサ? いやサデコに夢中になっているといつの間にか、後ろにいた。

「バーミアンじゃなかったっけ?」

 ふと自分の口から出た言葉はそういうのだった。言ってから何言ってんだと思った。

「バーミアンだっけ?」

「っていうか、元はサイゼリアだよ」

 そう。カドマ、カトマンズか、ああ、カトマンズだ。カトマンズの前はサイゼリアだよ。

「サイゼリヤじゃなかったっけ?」

 柴田が言った。

「え?」

 カトマンズ? カドマンズ? サイゼリヤ? サイゼリア? バーミアン? バーミヤン? チャウチャウデコウサ? チャウチャウサデコ?

 あああああああああああああああ。

「とりあえず、興味あるなら入ってみようぜ」

 ショートしてしまった私の事を柴田は引っ張った。そんでそのままカトマンズに入った。私は柴田と二人でカトマンズに入った。カトマンズ。カトマンズだよな。ネパールの首都って。カドマ、カトマンズだ。そうだ。そうそう。カトマンズだよ。カトマンズ。カドマンズじゃねえよな。カトマンズだよな。カトマンズだ。カトマンズ。あとチャウチャウサデコだよ。チャウチャウサデコ。デコウサじゃねえ。サデコだ。

 それから、

 それからそこで、普段行かないイオンのレストラン街のサイゼがつぶれた後に出来たネパール料理屋さんで、私は柴田と久しぶりに話をした。

「川口さ、こっちのイオンって家から遠いだろ」

「そうねえ」

「何しに来たの?」

「セリアに行きたかったんだよ」

「あー俺もなんすよ」

「へー」

「ひさびさじゃない。こうやって話するの」

「そうっすね」

「ずっと何してた?」

「なんだその質問は?」

 普段行かない方のイオンのレストラン街のサイゼがつぶれた後に出来たネパール料理屋さんで、私達は二人してチャウチャウサデコを食べた。焼きそばみたいなやつだった。チャウチャウサデコ。ちょっと酸っぱかった。それから柴田とラインを交換して、たまに二人でチャウチャウサデコを食べに、普段行かない方のイオンに行くようになった。

 ガッコでは相変わらず話はしない。お互い、領域を守っている感じ。でもたまに目礼くらいはするようになった。廊下ですれ違う時とか。今はそのタイミングじゃねえ。例えば誰かと話している時に突然その空気を無視して、目礼とかそういうのはしない。変な噂とかが発生したら迷惑だ。生きづらいこんな世の中なのだから。

 それからしばらく経って、ガッコが学園祭の時期になった際、クラス全員で何をやるのか、そういう話し合いの時間になった。全員自分の名前は無記名で、やりたいことを紙に書いて提出して、それでやることを決めようという事になった。

 焼きそば。タコ焼き。喫茶店。お化け屋敷。

 クラス委員と副委員が、それの発表をして黒板に板書してく。いかにも、お決まりという、ありきたりなものの名前が何個かずつ出てくる。そんな中に、

「何だこれ、チャウチャウ、サデコ、チャウチャウサデコ屋」

 っていうのが二票出没して、それでクラス中がちょっとした騒ぎになった。

 なんだチャウチャウサデコって。

 っていう感じで。

 何だよそれって。

 そういう感じで。

 その時、私は後ろの方を振り返られなかった。柴田のいる方を見れなかった。でも奴はきっとニヤニヤしているだろうなと、それは背中越しにでもわかった。

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― 新着の感想 ―
楽しい! 最後は純粋な学園ラヴ♥ストーリー❕ しののんが恋愛小説描くの珍しいですね(///~///)♪ 柴田と川口さん、良い感じですのね。カトマンズ繋がりの関係、良いと思いますの。 そしてチャウチャ…
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