【前書き/後書き更新追加分かれ道編】 以外とこれが最重要だったりする 【行ける 3話】
宜しくお願い致します
【解説】クンダリニーヨーガ
【アナーハタ・チャクラ】
それから今度は胸の真ん中にあるアナーハタ・チャクラ。
この世界としては人間界と繋がっています。このアナーハタっていうのはさっきのスワーディシュターナと違い性欲的なものとか、恋愛的なものを超えた、本質的魅力を出すチャクラなんだね、だからここは振動して浄化されてる人っていうのは、人から好かれます、あるいは尊敬されます「あの人、すごく魅力的だな」とそれは男女関係ない、周りにそういう人いると思う、芸能人とかでもいると思う、つまり非常に人気がある、でも別にその人と付き合いたいと思わない、でも非常に尊敬できるとか、凄く親しみが湧くとかね、これがこのチャクラの力なんですね。でこのチャクラは煩悩で言うとプライドです。あるいは名誉欲求とかね、「俺は俺だ」とか「さあ、俺を見ろ」とか、それでそのプライドの裏返しとして「どうせ、私なんか」とかプライドがあるから逆に卑屈になる。だいたい「どうせ、俺なんか」って言う人は本当は「どうせ、俺なんか」ってこれっぽっちも思ってないんです。本当は「俺はスゴイ」と本当に思ってるんです。「俺はスゴイ」と思ってるのに今、変な状態だから「どうせ、俺なんか」って思ってる。もし、俺はスゴイって言うプライドがなくて駄目な状態だったら絶対その人は謙虚に努力します。あとは性欲とか関係ない人間的な情、人類愛とかそれがアナーハタ・チャクラだね。それでアナーハタが活性化されて良くなると四無量心とか慈悲とか愛とかの素晴らしい世界になってくる、あのちょっと話がまた飛んじゃうけど、修行して乗り越えたら詰まってるチャクラは結果的には普通の人よりも大きなチャクラに変わるんですね。なんでかっていうと、例えば胸のチャクラが詰まっている場合すごく情緒的な人だったり、プライドが高かったり、すぐ卑屈になる人だったり、こう言う人って胸が詰まってるからある意味、胸の氣道が狭いって言えるんだけど頑張って修行して通った暁にはそこにものすごいエネルギーを注いでるから普通の人よりもちょっと広くなっちゃうんだよね。そうなると何が起きるかっていうと、例えば人々へのものすごい慈愛の心とか、人の心がすごく分かる人になったりとか、つまりここが持ってる良い要素が普通の人よりもたくさん出てくるんだね「 災い転じて福となす」じゃないけども「人間万事塞翁が馬」というかそう言う所がヨーガには沢山あるから面白いんだね。それからこれは触覚の世界。ここで囚われてる人は肌ざわりであるとかそういったものに非常に囚われる。 例えば何かを選ぶ時服にしろ何しろ肌触り重視、これは胸で引っかかってると言ってもいい、それでここが穢れてる場合は、何もないんだけども、なんか体に痛みが生じる、あるいは気持ち悪い感覚が生じる。これは一応ここにエネルギーが来てるんだが穢れてるから触覚的な嫌な感じが始まるんだね。でもこれが清らかになってくると、何もしてないのに非常に気持ちいい感覚が生じる、でこのチチャクラは元素で言うと風元素の世界ですね。この段階に来ると、まずパタッと食欲が消えます、性欲も消えます、つまり、生命エネルギー、氣の流れが体の生命活動の中心にくるような人間に変わっていくんですね。それで生きてるだけでエクスタシーって言う人になります。これは完全に性的エネルギーが昇華されきって体中を巡るようになった状態です。この状態の初期の頃ってちょっとびっくりします。慣れてくるとね、安定するんだけど、初期の頃は慣れないからだろうけど、エクスタシーが強すぎて大変なんですね。体中がエクスタシーの塊りになるので、もう触るだけでエクスタシーだからね。 パソコンなんて打てません。指をちょっと触れたり当たっただけでも「あぁぁぁ〜ってエクスタシーだから。ここまでだけでも相当幸せ〜です。
第四チャクラ「アナーハタ・チャクラ」
性質∶プライド、卑屈、友情、名誉欲求
場所∶胸、心臓
世界∶人間
五感∶触覚
【ヴィシュッダ・チャクラ】
今度は喉の奥にあるヴィシュッダ・チャクラ
ここは、元素で言うと空元素の世界
空元素と言うのは智慧の世界でこの喉のチャクラが開発されると大宇宙の智を得るって言われている、つまり宇宙はどういう仕組みでどうなっているのかと言うことを知る事が出来るって言われているんだけどちょっとこれは色々補足しなければならない事多すぎるので一般的な解釈を入れて行きます。このチャクラって言うのは権力のチャクラ、これがさっきのアナーハタと違いでアナーハタはみんなに好かれます、でも権力はありません。みんなこの人を好きなんだケド、言う事聞くかどうかは別です(笑) それで喉のチャクラが開発された人って言うのは何故かみんな言う事を聞く聞いちゃうし聴いちゃえになる(笑) でも好かれるかは別です(大笑) あの人に言われると何故か聞いてしまう、逆らえないつまりは権力チャクラだからです(笑)それでこのチャクラは世界としては阿修羅の世界、阿修羅の世界って言うのは智慧が高く、権力志向なんですよ、権力。しかも論理的知性が高い。非常にひじょ〜に頭が良くて論理的知性が高いが人に対して批判精神が強いのです、人の悪いところを批判したい攻撃したいとその様なちょっと捻じ曲げられた批判精神が強いので人の間違いを見つけては私は正しいあなたは間違っている、つまり阿修羅って言うのは凄く正義の心がめちゃくちゃ強い。ですが非常に観念的なんですね観念的に自分が正しいと勝手に思い込みそして人の欠点を粗探ししていく、これは間違いなく阿修羅です。そう間違いなく阿修羅だいや完璧な阿修羅だ阿修羅、阿修羅、阿修羅 ヤバい俺が阿修羅になりそう。話を戻しそれで喉のチャクラで引っかかっていると音に非常に敏感になってしまう。素晴らしい音、素晴らしい音楽を聞くことが自分の喜びであるって人、それが良い意味で良く出れば音楽的才能が出るし逆に言うと音楽に精通している場合はヴィシュッダにエネルギーが集まっているので表裏として生活の音とかも全て含めて悪い音に凄く敏感になってしまうとも言えるし耳がやたら良いとも言える訳だけど、あの音嫌だ、嫌いだ、あの騒音が我慢できない、あの人の歯ぎしり嫌だ、あの楽器の音が嫌いだとかもある、あるいは絶対音感のある人とかもそうだろうけどオーケストラのちょっとした音のズレたりすると非常に気になる人とかもいますよ。それはそれでもちろん音楽家としてはものすごい素晴らしいものなのかも知れませんけど実は喉のチャクラではものの見事に引っかかっていると言ってもいいです。ここが開発されてくると穢れている場合はあまり良くない音、金属音とかあまり気持ち良くない音の経験が始まってそれが清らかになってくるとサックスやフルートの音とかにあるいは非常に綺麗なメロディとかが聞こえてくる様になる。あるいは喉のチャクラで引っかかっていると中耳炎とか難聴になったり耳の病気になりやすいく喉なのに耳にきます。また三半規管の問題でめまいが起きやすいのと、口のカルマが沢山あってもここの喉で詰まります。口のカルマって言うのは要は言葉ですから音の世界ですからそのカルマによって喉や耳が詰まりますよ。これが「ヴィシュッダ・チャクラ」の世界です。
第五チャクラ「ヴィシュッダ・チャクラ」
性質∶批判、嫉妬、闘争心、権力欲、口のカルマ
場所∶喉
元素∶空
世界∶阿修羅
五感∶聴覚
【アージュニャー・チャクラ】
今度は眉間にあるアージュニャー・チャクラ
私はアジュナチャクラ、単にアジュナって言うときもあります、第三の目ですね
この眉間のアージュニャー・チャクラは天の世界と繋がっています。アージュニャーチャクラまでくる人って言うのはもちろん徳もあるわけですが、徳がある故に慢心に陥る(おちいる)。このアージュニャーって言うのは王のチャクラ、よく英語で頭頂のチャクラをクラウンチャクラとか言っていますけどあれ自体間違いって言うか王冠みたいだからクラウンと言ってたのかも知れないけど実際は王のチャクラはこの眉間です。どうしてなぜこれが王のチャクラなのかって言うとこの眉間のチャクラを完全に開発した者は世界に君臨する王になれる。これが良い方向に使われた場合は「転輪王」になれる。「転輪王」と言うのは世界を真理の教えにより支配する王ですね。セイさんですね(笑)
この転輪王になる一つの道がこのアージュニャー・チャクラの完全なる開発です。これが魔の方側つまり悪い方向に使われた場合は世界を牛耳る悪の帝王みたいになるまたは天の魔王になります。数字的に見ると面白いんだけどもこれは下から6番目のチャクラになるわけだけど魔王の象徴の6になるんだよね。なぜ6かと言うと六道輪廻の話からすると下から6番目の世界が天界でその天界から6番目の世界がマーラーの世界いやマーラの世界だね。天界の更に下から6番目の世界がマーラの世界なんですよ。あらまぁ
下から第一天界(四天王天)次に第二天界(三十三天)次に第三天界(夜摩天)次に第四天界(兜率天)次に第五天界(化楽天)次に第六天界(他化自在天)つまり、この世って言うのは6って言うものが一つの素数としてあり七番目(ないけど第七天界があると想定して)までいくと解脱になるのよ。だからこの輪廻レベルの最高到達点の最高の位置にいる6って言うのは良い方に転がればその世界を支配する聖なる王となるわけだけど、悪い方に転がれば世界を支配する魔王となるわけだね。聖書には「666の獣」って言うのがあるけどそれとこれが関係するかは天界と宇宙より承諾されていないので、私は知っているが話をして良いと許可が降ろされていないので自分自身が覚醒したら自分で分かるし後で意味的な部分を話ので今は省略しますね。話を戻して、魔か聖かは別にして王のチャクラです。
では説明しよう。(笑)
これはある人の体験談です
アージュニャーチャクラにグーッと集中して瞑想すると何か見えるんですね。※※※の形で見える訳で、あれ?これってなんだろうと色々調べる訳ですよ。すると6年掛かって調べたら最初の頃は独学でヨーガを中学生からやって自己流で我流の中で瞑想中に出てくるのって※※※の形の※※※じゃないのって?なるんですよ。当時ヨーガの本なんて無いしあったとしても読んで無いし分からないわけですよね。ただチャクラってこんな形とかこんな色とか何処に何チャクラって感じで、しかも誰かのをチラ見したぐらいで良く分からないんですね。で後で大人になりヨーガ経典の翻訳版の本を見たら「あっ本当だったって」それの疑問が解り腑に落ちた訳で要するに知識が先でなく経験が先にきた為に思い込みの可能性でなく仮に先に知識を得て読んで見識を広めて瞑想したらイメージでの先入観が先にいき自分のイメージした可能性の思い込みの可能性は払拭されて今に至るらしいです。ヨーガってあるいはその類の秘密の事って言うのは誰かが勝手に作った教えではなく発見してきたものなんだなと古の昔の人達が色々発見したものが色々あってそれをまとめて研鑽し編集したものであり私も同じ様に修行していれば同じようなものを発見するんだなと皆さんも同じように発見すると思いますよ。例えばパリに行ってエッフェル塔がある訳で誰が見てもある訳でそれと全く同じでヨーガの教義ってある訳でその通りやれば誰でもそれが出来るって訳で以前だと無理でも今は風の時代で神々やら異星人やらその他の存在達がバックアップしてくれている前代未聞の良い時代になって人類総覚醒時代または人類総救世主やら人類総神様の根源の源から早く覚醒させて地球や太陽系や銀河系や宇宙や日本そのものや日本人の覚醒、地球人の覚醒、物理世界からの覚醒など9個の同時アセンションを今か今かと全ての存在が見守る中で最高の環境で覚醒して5次元へのしかも普通の5次元移行ではなく覚醒者付きの5次元移行ですからね。宇宙始まって以来の大快挙です。
まだ覚醒なしで4次元へいきそこから高次元へパラレルシフトで渡った古の先人達とは違うんですよ。いきなり5次元ですよ5次元。自由自在にできるんですよ。3次元地球は残念ながらなくなりますが地球がなくなる訳ではないです。この世は仮想空間の仮の地球ですよ。仮想空間はゲーム終了で終わりで実際の地球で好きな事すればいいじゃないの。っと少し熱くなりました。私の修行と違い皆様は簡単なものです。私の場合はこの世界で第11チャクラを使える人を探す事と技を教える事と私自身が第14チャクラを開ける事で本当は全ての事に無関心にならなけれはならない修行でもありまだ見ぬ経験をする為に降りて来ています。良い事すれば直ぐに5次元へ行く為に敢えて3次元に馴染む為と3次元に存在する為に波動を下げ維持しています。そうしなければ泡の様に消えますしその様なデータが入っています。話がかなりズレてしまい話を戻して
例えば心がある種の悟りに達っして悟りの段階に到達する時の経験って言うのはかなりしかも結構明かされてはいません。なぜ明かされていないのかと言うとまずは師匠や経験者が弟子の状態を計るあるいは見る為に明かされていないのです。なぜか?って言うと答えを最初から言ってしまうと弟子がイメージして勝手にそのつもりになったりその気になったりする。例を挙げれば最後の解脱の時は頭に16個の星が現れ見えるよと仮にそれを話、教えたなら思い込みでイメージしてしまいイメージを作り出してしまい「あっ師匠、16個の星が見えました!」それが本当に見えたのかあるいは思い込みなのかは師匠は分からないんですよ。じゃあ逆に教えず封印すれば何も教えていないのにもしそれを言ってきたら「ハイ、よくそこまで辿り着けましたね」って感じで非常に分かり易いのです。上の方のかなり極めてきわどい経験って言うのは78%くらいは隠されている部分が非常に多い、多過ぎるし曖昧にして訳分からない様に何重ものトリックで16の層で簡単には分からない様にしてあります。世界中のあらゆる経典の書き方とかもそうですし密教なんかもそうだし歴史もそうだし時期が来るまでは秘密にしておかなくてはならないルールがあります。あるいは儀式的なものや第三の目などは秘密などが丸わかりになるし、レベルがない人がそれを行なって肉体的に大ダメージが起き何かの弾みで公開されても時期が来ない内は暗黙の了解でこの世界から消えてもらいました。真実が分からない者がべらべら話していいレベルではないのです。真実すら何重ものトリックで覆い被されどれが真実か分からない様にしてあるし現に今の時代、情報があり過ぎな時は尚更です。真実はまだまだですしパラレルシフトがあまりにも変わり過ぎたら収集と収拾がつかない自体になります。事が起きて5次元へ移行する直前に全ての歴史から始り全ての真実が公開されますよ想いを残さぬ為に。一番は思念から始まる想念で想念の塊の総念が起きたら言霊の通りになるので例のなんちゃらはほぼ情報操作だから信じる必要はないです。自然災害はやむを得ないですが、基本的にはほぼ人災ですよ言霊や音霊や数霊やあるいは科学技術で地球で起きる災害は科学技術で全て起こせますから。大学の研究室一つあれば実証出来るものばかりです。個人のパラレルシフトだけにした方が賢く得策です。
第六チャクラ「アージュニャー・チャクラ」
性質∶慢心
場所∶眉間
元素∶なし
世界∶天界
五感∶なし
【サハスラーラ・チャクラ】
次はサハスラーラチャクラです。
サハスラーラチャクラって言うのはこの頭の更に上の空間にあります、便宜上チャクラって言ってますがチャクラではありません。これは最後の解脱への門なのでチャクラではありません。何度も言うがチャクラではありませんよ。便宜上言ってます。サハスラーラって言うのは千枚花弁と言う意味の一千枚の花びらで出来た蓮華って言う事です。チャクラって言うのはサハスラーラ以外のおさらいでムーラーダーラ、スワーディシュターナ、マニプーラ、アナーハタ、ヴィシュッダ、アージュニャーって事です。
第七チャクラ「サハスラーラ・チャクラ」
性質∶悟り、解脱
場所∶頭頂空間
元素∶なし
世界∶なし
五感∶なし
【その他のチャクラ】
大きな6つのチャクラにプラスして【スーリヤ】と【チャンドラ】と言う小さなチャクラがあるんですが実はまだ解明されてはいない(知っているが敢えて)2つの説があるんです。一つはスーリヤは肝臓の辺りにつまり腹の右辺りにあり、チャンドラは脾臓腹の左の辺りと言うのが一つの説、もう一つの説はお臍から胸に至るまでの中間点の下三分の一の所にチャンドラがあって上から三分の一の所にスーリヤがあるって言う説もあるがこれはあっているし間違いでもあるし実はこれ以外も小さなチャクラはめちゃくちゃあるし違う観点から見ると経穴と経絡もそうだしオーラ(アウラ)にもつまり人の外周にある氣だけど人体も16の層になっていてそれぞれの層に144,000の経穴と経絡と同じ機能を持った氣道のパワースポットみたいなのがありますし、名前が違うけど心臓的なものや脳的なものは一つではないんです。また話がズレてしまいましたので話を戻して
まずチャンドラは月の事を意味して魔境チャクラとも呼ばれています。ここに引っかかると変な霊的な世界にズルズルと引きずり込まれます。スーリヤは怒りのチャクラです。スーリヤチャクラの怒りはムーラーダーラチャクラも怒りなんだけれどムーラーダーラチャクラは憎しみの怒りなんだね。ネチネチ系の許さない系で、スーリヤチャクラの怒りはカッとくる怒りなんです。カチン系とかカッチン系とか同じだな。とにかくカッチンときて持続はあまりない。でストレスとして肝臓に溜まるんだね、だからスーリヤが動いてる人って言うのは怒りっぽい怒りっぽいけど持続しないでもその怒りの蓄積で肝臓を悪くしますねこれがスーリヤ。
「スーリヤ・チャクラ」
性質∶カッとくる怒り
場所∶鳩尾、肝臓
「チャンドラ・チャクラ」
性質∶魔境
場所∶臍の少し上、脾臓
【チャクラの浄化】
そして我々は単にエネルギーを覚醒させ上昇させると言うだけでなくてチャクラそのものもしっかり浄化する作業をやらなきゃいけない。例えば怒りが強い人は尾骶骨からエネルギーが上がり易い、怒りのエネルギーを聖なるエネルギーに変換し上昇させている訳でこの変換させる過程でムーラーダーラの浄化を行います。怒りに使っている部分をいや、怒っちゃいけないんだよと怒りではないエネルギーに変換させる作業がありこれを徹底的にやる場合とそうではないやり方があります。上がっちゃえばいいって感じでそんなに重要視しない場合がある。我々はエネルギーが上がってしまえば意識は高い世界に行きます、では下がった場合はどうなるかって言うと下がったら低い意識になります。尾骶骨にエネルギーが落ちても超怒りっぽくなる人とちょっとだけ怒りっぽくなる人と陰険になる人とか様々ですよね、それがチャクラの穢れ度になります。ただエネルギーを上げればいいってものじゃなくて最高なのはエネルギーが下がってもチャクラ全然綺麗です?あれって?なればこれが完全浄化なんですよこれが。そうじゃなくて早く解脱したいって言う修行って言うのは穢れを置き去りにして早く行っちゃおう、ちょっとぐらい穢れてもジャンプ出来るくらいの浄化があれば問題ないんですよ。確かにここに戻らないんだったら関係ないはずですが、でもそれは分からないですよね。色々な事があってまたエネルギーが落ちるかも知れないし、そうしたらまた低い苦しみに巻き込まれるかも知れないよね、だから完全浄化する。分かり易いのは怒りの完全浄化は全く怒らない状態である人は怒りで言ったら馬鹿って言われても別に怒らない、間抜けと言われても怒らないけどブスとか身体の気にしているところを言われてカッチンとなって怒るとなって、これがこの人の怒りのキャパなんですね、でもこの人がブスで怒らなくなればちょっと広がったって言う感じでキャパを徐々に広げていく、この様にこれが同様に全てに於いてやるそれを一つ一つ乗り越えていくことでチャクラのキャパがだんだんと拡大する。なんかこれって宇宙みたいじゃない?拡大するなんて。あっ一つ秘密を言ってしまった(笑)まぁ最終的にはオールクリアで完全浄化ってなるわけだ。
「エネルギーの上昇だけでなくチャクラの浄化もしっかりとやりましょうよ」
【クンダリニーヨーガの進度】
クンダリニーヨーガと言うのは一応、一応ねもう一度しつこく一応プロセスが決まっています。こう言うのが起きて、こう言うのが起きて、こう言うのが起きて、って言う分かり易い進行度ではないんですよ。ABCDEって言う進み具合があったらA→B→C→D→の次にDが終わったからEにって言うよりはまたAにいく場合があるしAのプロセスがあってBのプロセス、Cのプロセス、Dのプロセス、Eのプロセスがあって、Aが完全に終わってBに行くって言うよりはAB同時に行く場合もあるしあるいはABC同時に行く場合やAやってる途中でBに行く場合もあるしAやってる途中でいきなりBC同時に行ってCが先に終わったって言うのもざらにあるのでとても分かりにくいし何度も何度も同じプロセスを繰り返すのでクンダリニーのプロセスは人それぞれ全く違うのでまたこれ?ってなったりしますね。前と違うAのプロセスだったりして戻ってはより深いレベルのプロセスを繰り返すのです。
【三つの気道】
身体には大きく分けると左、右、中央の氣道がある。
背骨の真ん中をスシュムナーと言う氣道が通っていてスシュムナーの左右を右の太陽の氣道、左の月の氣道があります。身体中を巡ってる8万7千とか7万4千とか14万4千とか諸説色々ある氣道は右か左に大別されていて右の性質として右氣道は交感神経、熱エネルギー、興奮系の氣道、興奮、怒りで太陽の氣道と呼ばれています。次に左の氣道は副交感神経、冷えのエネルギー、心を鎮め体を冷ますリラックスと怠惰と無智の月の氣道です。それがヨーガのエネルギー理論で言うところのラジャス、タマス、サットヴァに当てはめられます。ヒンドゥー教の宇宙観に於いてラジャス、タマス、サットヴァと言う3つのエネルギーがウネウネごにゃごにゃと絡み合って全宇宙が作られていると言う考え方があるのでこの全宇宙と言うのは3つのエネルギーに大別されてると見られる。ラジャス=熱エネルギーあるいは激しい動きのエネルギー、タマス=闇のエネルギーあるいは全てを覆い隠す無智のエネルギー、サットヴァ=光のエネルギーあるいは全てを照らし出すエネルギーでこれらが全てに関わってくるので当然、身体にもそれが当てはめられ氣道で言う右の氣道がラジャスの氣道で、左の氣道がタマスの氣道で、真ん中の氣道がサットヴァの光の氣道です。それが更に人の根本煩悩、執着と怒りと無智、これもこの3つの氣道、右の氣道が怒りの氣道、左の氣道が無智の氣道、そして真ん中の氣道が執着の氣道と言うふうに表されます。
【左氣道の浄化と昇華】
氣道の詰まりとか心の障害って言うのは捨断と活用と言う2つの方法によって取り除けます。まずは捨断、
障害となってるものを捨て断つやり方の道。この無智の氣道に関しては無智を捨てるには智慧を得ればいい。オーソドックスな方法は教学です。無智と言うのは間違った情報により心が完全にコントロールされている状態の事を言うのでそれは智慧では無いあるいは正しい情報では無い単なる経験に過ぎない又は単なるデータに過ぎない訳でありその単なるデータに過ぎないものを真実であると単に思い込んで翻弄されている状態です。それから脱却するには逆に正しい情報を入れて上げる必要がある。それが教学。ひたすらコツコツと教えを学ぶ。この場合はサラッと多くのものを学ぶのではなく少ないものをひたすら学ぶ。なぜか?無って言うもの自体が徹底的な修習によって作り上げられたものだからであり無智とは決して知らないのではなく間違って心が教育されてしまったと言うものなのです。教育と言うのは今生の子供の頃からの教育って意味ではなく何度も生まれ変わって色々な経験をしてきてそれによって「こうなるのが幸せなのである」って言う間違った情報をゴテゴテガチガチに植え付けられてしまった状態な訳ですね、ですから最低でもそれらに対抗できる徹底的な正しい情報を植え付けると言う作業が必要になってくるんです。しっかりと教学して思索をすると言うふうになります。ですが最初の内は無智だから思索できないんですね。無智な状態で思索すると逆に危険極まりないんですね。何故かと言うと思索って結局は情報の組み立てな訳ですね。よく「私は自分の考えがあります」って言う人がいますけど、それは断固あり得ません。「自分の考え」って何ですか?それって単なる情報量の%の問題なんでよ。自分の知り得る情報量が三分の二くらい、下手すると70%くらい占めてるからでそれによってその優位の組み立てが形成されて「私はこう思う」って言っているに過ぎない訳です。ただ単に情報量の情報に踊らされているだけなんですね。普通の人は自分の知り得る情報を拠り所に物事を考えてる、と言う事はその人がどばう言う結論に行き着くかって言うのは情報量で決まってしまいます。別の言い方で言えば出来レースなんですね。悪い情報が多けれ悪い結論にしか行き着かないようになっている。だからこの段階で考えたとしても間違った結論にしか行き着かないのでよって、正しい思索が出来る為には最低限でも思索の源となる教えの正しい情報と間違った情報が50∶50にならなければならないし、正しい情報の方が多ければ正しい結論になる可能性が高い。では、心が本当に正しい情報で満たされるまでには思索してはいけないよっと言うのかって言うとそうではない。しかしこの場合の思索と言うのは結論が決まった思索なんです。だから決して自分で勝手に結論を出しちゃいけない。駄目です。仏教とかでやる思索と言うのは結論が決まっているんですね、それをどのように自分に納得させられるかだけなんですね。例だと、四念処なんて最初から結論が決まっていて肉体に対して正しく観察すると言いつつ結論が決まっているんです。結論と言う答えは肉体は不浄であると言っているんですね。その為への行き着く思索をするんです。簡単に言うとこんなタイプの思索をするわけですね。その様な教えの教学、そして思索の繰り返しによって左側の無智の氣道が捨断と言う方向性で浄化されます。もちろんこれは非常にオーソドックスな事を言っているんで無智を浄化するのは教学だけではない。その人が無智になっている理由は色々あると思います。例えば、綺語や嘘つきや物事を遅らせる傾向がある人や時間を守らないルーズな人や様々な事を隠したがるあるいは覆い隠したい人などがタマスが強烈に強まります。なので逆の事をするしかないので嘘が多い人は嘘をつかない訓練をする、決められた事を守らないという癖があるなら逆に徹底的に決めた事を守る訓練をする、時間を守らない人は徹底的に時間を守る訓練をする、何かやらなければならない事をやらない人は徹底的にやらなければならない事をすればいいし、遅れ気味の人は早く終わらせる訓練をすればいいしこれらが無智の捨断の教えです。
「左氣道の浄化=教学と思索で智慧を高める」
逆に無智を利用した道は無智になって神や師匠に従うという道があります。それは左の氣道の性質なわけで逆にその性質を利用してしまうという、それによって
無智を昇華してしまうという方法です。我々の知っていると思っている世界なんて言うのは非常に狭いという認識をしなければいけないです。ソクラテスの無智の智って呼ばれるものだね。要は私は何も知りませんなのでもう全てお任せするしかありませんと言う意味でいい意味で無智になりきればいいのです。これは左の氣道を浄化する云々をなしにしても修行の一つの必要な要素としては当たり前のようにあるわけです。当然修行をやる上では無智の智のような基本がないとまず無理です。何故、無智の智が必要かと言うと自分の観念とか自分の考えに固執しているとしたら自分の世界を破壊する事は出来ないし仏教とかヨーガの本を読んだとしても全部自分の範囲の観念とか自分の知性で理解してしまう、自分の知性の範囲内で理解すると言う事はそれ以上のものは得られない望めないって言う事だよね。よって「いやいや自分は全然無智なんだよ」って言う謙虚さが必ず必要になってくる。
「左氣道の昇華=無知になりきり自己を明け渡す」
【右氣道の浄化と昇華】
右の氣道と言うのは怒り系の氣道
エネルギーが右の氣道に入った時って言うのは体はカッカして元気になってくるわけなんですけど、精神的にはちょっと怒りっぽくなるのでまずは捨断の道です。怒りがこの右氣道の問題なので怒りのデメリット、あるいは怒らない事のメリットをしっかりと自分に叩き込むと言う事はもちろん非常に重要です。あるいは慈愛、菩提心そう言った教えを学んでしっかりと培う、実生活において嫌な人を愛する、あるいは自分に害を与える人を愛する訓練をする、あるいは慈愛の瞑想とかをひたすらやる、そう言った実践によりこの右氣道が浄化されます。
「右氣道の浄化=慈愛を培う」
次はそれを活用するには怒り=熱エネルギーであると熱エネルギーを逆に活用する道が行法の道で行法をやれば、もちろん全身の氣道が浄化されるんですけど特に右氣道が浄化される。行法ばかりやる人がいるとしたら右氣道に徹底的にエネルギーが集中するようになるので右氣道中心に浄化されるわけですね。なのでちょっと右が詰まってるって言う実感があるって人はそれを抜ける一つの方法論としてやはり行法があります。もうこれは徹底的に行法をやり続けると言う事だよね。
「右氣道の昇華=肉体行」
【真ん中の氣道の浄化と昇華】
真ん中の氣道と言うのは執着の氣道になります。
執着って言うのは言い換えれば集中って事なんです。
その執着って言う集中の対象が良くないので何処かのチャクラでズゴッて詰まっちゃう訳ですね。なので真ん中の氣道に於いて捨断の道は戒律そして放棄の修行ですね。下の方に自分を縛り付けてる執着を断ち切る、自分の中の執着を捨てていく、あるいはしっかりと戒律を守っていく。ちょっと考えて見て下さい。執着から現世に対する欲求と言うものを取り除いたら何が残ると思いますか?答えは集中が残るのです。なんでかって言うとある意味、超執着って言うものはサマーディと言ってもいい、コンピューターゲームに夢中になっているる幼い子供がいたとして本当に夢中になってやっている、もうそれしか目に入らない。で、親から「ご飯だよ、ご飯だよ、」とか「お風呂だよ、お風呂だよ」って言われても全く聞こえてないし全神経を集中して、口から涎が垂れて、鼻から鼻水が垂れても全く気にする事なく親が呼んでても気にせずそれにのめり込み打ち込んでいると言う状態の瞬間がある意味サマーディなんですよこれがね。ありますよねこの状態が誰とは言わないが。(笑)ですがその集中の対象が悪い悪過ぎですね。ではなくその集中自体は全然オッケーなので集中を下の方に引っ張っている要は昇華の邪魔になるモノの現世執着を放棄するわけです。そうすると集中だけが残る
「真ん中の氣道の浄化=放棄」
次は昇華で真ん中の氣道を昇華する方法は高いものへの精神集中なんですね。バクティヨーガって言うのはまさに神や聖なるものへの精神集中だからだから執着の思いなどを神に向ける。それで執着を抑えるんじゃなくてその執着って言う感情の集中を全て神に向ける、完全に神に向ける神ですよ神。その執着の心って言うかエネルギー自体は逆に増大させて全部それを神に向ける。私なんかは毎日早朝から自分の産土神様神社に行き色々祈るわけなんでケド。これが真ん中の氣道を逆に活用する道になるんですね。これが真ん中の道の話でした。
「真ん中の氣道の昇華=神や悟りなどの高い世界のものに集中する」
※産土神様神社と言うのは自分生まれた場所(母親の妊娠6ヶ月以降の後期時の居住地の土地を守護する古くからその土地を守護する神様)で出産後に転居した場合は現在地の土地の守護神様で氏神様ではありません。産土神様とは貴方が生まれる前の母親の子宮に定着してからの現世での担任の神様ですのでその辺にいる神様とは遥かに格上の神様です。ですが幾ら担任の神様とはいえ産土神様とは毎日通わなくてはならないレベルの神様なのでかなり遠くへ転居したり転勤すれば毎日なんて無理なので担任が変わります。なのでまずは最初の産土神様を調べ、今居住地の土地の守護神様を調べてから最初の産土神様へ一度御参りし、何年何月何日何時頃に今の居住地の守護神を新たに毎日通う為の産土神様に担当替えする為に今居住地の守護神様に取次ぎをお願いする為のお願いを請願するのと初めて産土神様に行った方は初めての挨拶をして今後とも宜しくお願いしますの挨拶をして下さい。毎日通う事で貴方の現世の担当神様なので下手な神社や有名神社に行くより遥かにに歓迎されますよ。願いも含めてね。因みに産土神様と言うのはかなり高格の神様で担当担任神様ですから伊勢神宮と出雲大社の次か国一社級(県ではなく昔の旧国に一社ある国で最高位の神社様)と同等ですよ。例え小さな社しかなくても祠しかなくても普通は神社には神様はいませんけど産土神様だけは必ずその神社に存在しているのですよ。常時神様がいる神社って伊勢神宮か出雲大社か明治神宮か山頂に神社がある所しかいません普通は。普通皆様天界にいますので波動が高い人が神社に行かなければ降りて来ませんし、そもそも神社って神社を建てたのはもしかしたら神様が来てくれるかも知れないから建てちゃおう見たいなノリでその土地の都合の良い神様を住民が選び祀っているので常時神様がいる事はあり得ません。神社そのモノが神界とのWi-Fiスポット見たいなモノで繋がれば神様が来て繋がらなけれは幾ら呼んでも来ませんしね。神社ってそう言うモノなんですね。ですから自分の担当の守護する現人神候補の守護する仕事は普通の神様では高格で高位でないと出来ないのです。貴方を幸せにする為の教育するのが仕事ですし、守護神や先祖神より遥かに格上過ぎです。因みに伊勢神宮や出雲大社に行く為には産土神様から伊勢神宮と出雲大社にお伺いを立てないと両社に行ってもただの観光客程度にしか見てもらえず「あぁまた客が来たか」程度に見られますので産土神様からお伺いを立てれば直接伊勢神宮と出雲大社の神々様達からお会いして頂けます。って言うくらいの高位の存在です。例えばメタ社のマークザッカーバーグ氏に会いたくても普通はお払い箱でまず会えませんが産土神様からお伺いを立てているのでそのメタ社のマークザッカーバーグに直接会えます的な感じです。もし自分の産土神様が分からない人は今自分の住んでいる土地の守護神様かその土地の産土神様をその土地の年配者の方に聞くのが一番早いです。神社庁に聞いてもトンチカンなのと管轄が違います。神社庁とは戦後GHQが設立させた民間企業です。庁ってついていますが解体前のただの名残りです。
続く
ここまで御読み頂き有り難う御座いました。