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08 トビラ/2xh

 終礼後。帰宅部である僕は部活に向かう生徒たちの喧噪を縫うように昇降口へと向かう。


「ねぇねぇ相原君」

「来栖さん?」


 背後から肩を叩かれ振り返ると隣のクラスの来栖さんの姿があった。


「相原君はもう帰るところだよね」

「そうだけど」

「急ぎの用事とかあるかな? ないならちょっと頼みたいことがあるんだけれどいいかな?」

「特に急いではいないかな。僕にできることなら手伝うけれど……」

「大丈夫。大丈夫」


 そう言って僕の腕を掴むと歩き出した。


 たどり着いたのは資料室や実験室などの特別教室が入っている第二校舎だった。

 その三階、女子トイレ前。

 部活に励む生徒の喧噪もここまでは届かない。

 西日が差し込む薄暗い場所。


「ここなの?」


 こんなところで何をするの、というニュアンスを含ませて来栖さんに問いかける。

 しかし彼女はニコリ笑うと頷いた。


「そうここよ」


 そう言うなり彼女は僕の腕を掴んだまま女子トイレに入っていく。

 僕の性別は紛うことなく男だ。


「ちょ、ちょっと待ってよ。ここで僕は何を手伝えばいいんだ?」

「あれれ~、相原君顔赤くしちゃって珍しい」

「からかわないで教えてくれないかな。教えてくれないなら帰るけど」

「まってまって。言うから帰らないで」


 来栖さんはざっくりとそのお願いについて話してくれた。

 そのお願いとは。


「要するに校則違反をしてその罰にここのトイレの清掃を命じられたんだね」

「そうなの! ひどいよね。ちょっとスマホ弄ってただけなのに」


 ちなみにスマホの持ち込みは許されているが校内での私的利用は禁止されている。


「あっ、そういえばこの間誘ったゲームっ! 相原君全然ログインしてくれないじゃん!」

「……なかなか忙しくて、ね」

 

 気味の悪い人にゲーム内で絡まれてから僕はログインするのを躊躇って結局はアンインストールしてしまっていた。誤魔化すよう曖昧に答えた。

 

「それにマキやミナモもひどいのよ。あっ、友達ね。あいつらも一緒にスマホ触ってたのに、自分たちだけ先生に気づいてしれっと知らん顔なんだから。せめて掃除くらい手伝って欲しいよね。でもよかった」


 僕の方を期待を込めた目で見上げて。


「相原君はこんな可哀そうな私を放って帰ろうなんて薄情なことしないよね」

「……さっさと終わらせて帰ろう」


 自業自得じゃないかな。と答えたかったけれどその言葉をぐっと飲み込んで掃除を手伝うことにした。

 来栖さんは僕の返答に満足したように満面の笑みで頷くと女子トイレの奥に進んでいく。

 掃除のためとは言え女子トイレに入るのは何となく居心地が悪い。

 中の造りは男子と女子で違いはない。

 入口付近には手洗い場が三つ。それから個室のドアが四つ並んでいる。違いと言えば男子側にはある小便器がないことぐらいか。

 来栖さんは一番奥にある個室のドアに手をかけた。


「あれっ?」


 ガチャガチャ、と彼女はドアを押し引きしている。

 どうやらドアが開かないらしい。


「掃除用具入れのドアが開かないんだけど。相原君開けられる?」


 来栖さんと交代する。

 

「何か引っかかっているのかな」


 確かにドアが開かない。

 用具入れのドアは内開きなのでモップか何かが引っかかっているのかもしれない。何度か押していたのだがドアを開けることはできない。

 どうしようかと困惑していると、来栖さんがそうだ、と声をあげた。


「相原君。ちょっとドアの前にしゃがんでくれる?」

「え?」

「いいからいいから」


 ドアの前に僕がしゃがみこむと突然背後から僕の肩に来栖さんの足が乗った。


「ちょ、ちょっと」

「相原君動かないでよ。天井とドアの隙間から覗いて開くのを邪魔している用具とかどかせそうならどかしてみるから」

 

 来栖さんの両足が僕の肩にかかる。ぐっと彼女の体重が僕にかかる。


「お、おも」

「相原君今何か言おうとした?」


 頭上から険がある声。


「ちょ、ちょっと顔上げたら許さないからね」

「見ないから早く頼むよ」 

「もぅ、男なんだからか弱い女の子の一人や二人ぐらい肩に乗っても大丈夫でしょう」


 生憎と僕はそんなアメコミに出てくるような超人ではない。

 後頭部にひらひらとスカートが当たるのを感じながら、顔を上げるつもりはないが、来栖さんを支えるのに精一杯で顔を上げる余裕もない。


「んしょ」


 肩に感じていた来栖さんの重みが軽くなった。どうやらドアの縁に手がかかったらしい。


「よっと」


 完全に肩にかかっていた重みがなくなる。


「どれどれ何がひっかかってるん……っ」


 用具入れの中を覗き込んだであろう来栖さんの声が途切れる。

 そして。


「ひぃ、あっ、あ」

 

 怯えるような声を出した。

 再び肩に来栖さんの重みがのる。


「どうしての? ドアに突っかていたものは見えた?」


 顔を上げずに問いかける。

 しかし返事はない。


「うわぁ」


 それどころか来栖さんは僕の頭を抱え込む。


「お、おろ降ろして」


 うまく声が出せないようで掠れた声を出している。


「どうしたの? 何があったの」

「なかにいたの。いたのよ! いたの!」


 遂には怒鳴り声をあげる。

 そして僕の肩から降りてトイレの出口に向かって走り出した。


「どうしたんだろう」


 僕だけが一人トイレに取り残されてしまった。

 そうだ。

 スマホを制服の内ポケットから取り出して電源をつけた。

 そしてカメラモードを起動すると、ドアと床の隙間からスマホを差し込んで撮影した。

 傍から見たら女子トイレで盗撮しようとしているヤバい絵面だろうが来栖さんの見たらしいものが気になったのだ。


 パシャリ。


 シャッター音が静かな室内に響いた。

 僕は撮影された画像を開いた。


「……」


 人が写っていた。

 スマホのレンズを覗き込むような形で俯いた人。

 苦悶の表情を浮かべた男なのか女なのかもわからない人だった。


 僕は再びドアを見つめる。

 内開きのドアの向こう。人がドアを押さえるように俯いて立っている。

 鳥肌が立った。


「ツナギくん。ここは女子トイレよ」


 振り返るとアイが訝しげな表情を浮かべて立っていた。


「アイ」

「一緒に帰ろうと思って待っていたの。そしたらあなたとあの頭の悪そうな女の子がこちらに向かっているのを見かけたのよ」


 僕は用具入れのドアを指さした。


「この中に誰かいるんだ」

「? 何を言っているのツナギくん」


 小首を傾げたアイは躊躇うことなくドアに近づいて、


「え」

「誰もいないわ」


 用具入れを開けた。

 そこにはモップや箒、バケツなどの掃除用具が入っているだけだった。


「ふふっ、おかしなツナギくん」

「人がいたんだ」


 僕は手にしていたスマホを見る。

 何も映ってはいなかった。真っ黒な画面だった。


「さぁ、いきましょう」

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