12 鶴見ケイの調査02
「つきましたよー」
運転席のコウスケは疲れたー、と腕を大きく伸ばした。
俺は終始寝ていたせいで重い頭を軽く叩いて目を覚まさせる。
「本当いいご身分っすよね。四時間以上も人に運転させて自分はずっと寝ているんだから」
「いいご身分なんだよ。何度も言うが俺は社長。お前は社員」
「労働基準法違反っす」
「なにが労働基準法違反だ。適当に動画観て知った言葉使うなボケ」
車を適当な草原に停めて二人で歩き出す。
「こんなところに人なんか住んでるんですか?」
「住んでた、だな。住むには不便すぎるから廃村になったんだろ」
三方を山に囲まれ、残りの一方は黒珠川に塞がれている。それが旧孤梁村だ。
一応山を越えれば大きな地方都市もあるのだがその山越えも容易ではない。
国道から車が一台通れるかどうかの細い道路が村の中央に伸びている。しかしもう使われなくなって久しいのだろう。アスファルトはヒビ割れて雑草が生い茂っている。
村というよりも集落に近い感じだろう。
山沿いに、円を描くように家の跡地が並んでいる。
昔の写真をインターネットで調べた際は中心部が大きな畑になっていたらしい。住民のほとんどは畜産や、中央部の畑で農作物を育てて生計を立てていたらしい。
そして今回下見を行うのはそんな孤梁村に暮らす人々を見下ろす位置。山の中腹に建てられた神社。
その神社でロケを行う予定なのだ。
「あそこが今日の目的地だ」
神社があったと思われる場所を指さすとコウスケは悲鳴をあげた。
「ええええー! あそこまで歩くの!? シビィー」
「うるせぇな。黙って歩け。給与出さねぇぞ」
「いや、車ここまで運転したの俺ですよ!? 横暴にもほどがあるでしょ」
「ちっ、圏外だな」
「うわぁ本当だ。マジかぁ。マジバトのログインボーナスとデイリー消化してないんですけど」
「知るかボケ。黙って歩けよ。それから機材ぶつけて壊したりしたら許さねぇからな」
以前もロケの下見で山登りした時にこのバカは撮影道具を岩にぶつけて壊したことがあったのだ。
「そんな事言うならケイ先輩も少しは荷物持ってくださいよ〜」
「荷物持ちがお前の仕事だ。仕事しない奴に給料はでない。黙って働け」
「ぶー」
抗議の視線を向けるコウスケを無視して目的地に向かって歩く。
開けていた旧弧梁村跡地を抜けて山道に足を踏み入れる。
それまでずっと文句を言っていたコウスケがようやく仕事について質問してきた。
「それで、何か怪談とか不思議な曰く話はあるんですか」
「そりゃあな。じゃなきゃただの廃村の散策動画になっちまうだろ。ほれ」
俺は保存していた資料をスマホに映し出すとコウスケに見せる。
「ええっと、なになに」
黙ってスマホに映し出された資料を読んでいたコウスケは眉を八の字にした。
「いやいやヤバすぎでしょ。ガチ事件起きてるじゃないっすか! だから来るのなんか嫌な予感したんだよなぁ」
「こんな山奥の田舎じゃたまにあることだろ。行方不明なんて」
「いや田舎に失礼っすよ。ってかそんな失踪事件なんてそうそう起きないでしょ。しかもその内の一人は未だに見つかってないじゃないっすか!」
「ハハッ、下見中に白骨死体で見つけちまうかもな」
俺が冗談を言うとジト目でコウスケはこちらを見て愚痴る。
「先輩の冗談は笑えないっすよ」
孤梁村にまだ人の生活があったころの話だ。
毎年夏になると神社で夏祭りが開かれていた。夏祭りと言っても屋台が立ち並ぶようなものではなく、村民が集まって祭事を行いその後はお酒を楽しむような小さなお祭りだ。
しかしその歴史は古く三百年も前まで遡るそうだ。寂れた村の数少ない自慢であったことだろう。
そして十年前。
この夏祭りで二人の少年少女が行方不明になった。
一人は神社の娘で当時十六歳。もう一人は村民の孫で、夏季休暇で帰省していた当時六歳の男の子。
子供の少ない孤梁村で、遊び相手のいない少年を年の近い少女が相手してあげていたのだろう。大人たちが祭事を終えて社務室に集まって飲み会をしていた最中、ふと誰かが二人の姿がないことに気づいた。
村民総出で探したが行方は分からず。
夜も遅いためこれ以上の捜索は危険ということで翌朝に持ち越された。
昨晩のうちに通報を受けていた近隣の消防団や、山向こうの青年団体も捜索に参加。
すると神社にほど近い山中で少年を発見。意識を失っていたが外傷もなかった。
けれど一緒にいたであろう少女の姿はなく、その後も捜索は続けられたが発見には至らなかった。
その後、病院で意識を取り戻した少年に話を聞くも失踪前後の記憶がないらしく、質問にわからないと答えるばかりだった。
事件、事故両方の線で捜索は続けられた。
「その後、孤梁村は大型台風の直撃や地震による土砂崩れ、災害に見舞われて次々に村民たちは他所の地域に移転。廃村に至る、ってわけっすね」
「まぁ、もともとここらは台風被害も受けやすいところだからな。目の前は川で三方は山だ。俺なら絶対に住まないな。こんなところ」
「でもそれまではなんとかやってこれたんでしょ? 突然っすね。神社の娘でしょ行方不明になってるの。何かの祟だったりして」
「そんなのあるわけないだろ。たまたまだ。温暖化や異常気象だよ。富士山だっていつ噴火したっておかしくないんだ」
「まぁ、そうっすね。去年も台風被害凄かったですもんね!」
「ほら! 見えてきたぞ。あそこが今日の目的地だ」
古びた石段が現れてその向こうに鳥居が見えた。
階段の手前に朽ち果てた掲示板が残っていた。
雨風に曝され続け既にボロボロ。そんな中、一枚だけ微かに文字が読めるものがあった。
『捜しています』
「うわぁ、さっきの話のやつじゃないっすか!?」
コウスケも同じものを見て、顔を顰めた。
「確か……見つかった男の子の名前が」
「相原。相原ツナギ」
「そうそう。それで見つかっていないのが」
「奚日アイだ」
「あっ! というか!」
何か閃いたのかコウスケが突然声をあげる。
「アイちゃん俺とタメじゃないっすか。今年で二十六ですよ」
「はぁ。くだらねぇ」
俺達は石段を登り『奚日神社』を目指した。
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