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10 ヒ/g7h[後編]

「相原くん」

 

 美術の授業中。

 先週に続き伊調がデッサン中に話しかけてきた。


「先週の続き?」

「そう。また聞いてくれると嬉しいな」


 伊調は笑みを浮かべて僕をうかがう。

 一つ頷いて答える。


「……うん。ええっとキッチンの明りが夜中に勝手に点いているんだよね。あれから何か分かったの?」

「そうなんだよ。すごいことが起こったんだ」


 彼はとてもうれしそうに笑みを深める。

 しかしその笑顔に僕は気味悪さを感じて薄ら寒いものを感じた。


 

 そうして伊調は先週、僕と会話した後のことを話し始めた。

 ビデオカメラを設置したものの結局は何も映らなかった。

 しかし伊調は明りがつく直前、カメラが真っ暗になったことをおかしいと感じたらしい。

 暗転する直前までは夜中の暗いキッチンの中でもナイトモードが機能してしっかり映せていたのに、肝心な時に限って暗転するのはおかしい。

 まるで『ナニカ』がカメラを塞いだようではないか。

 そうして彼は家族の誰もが一番確実な方法を提案していないことに気が付いた。

 それをまさしく自分までもが失念していたのだ。

 どうしてそんなことに気づかなかったのだろう。

 土曜日の夜。

 両親は旅行に出かけており、弟は友人の家に泊りに行って帰ってこない。家には伊調だけだった。

 伊調は土曜の昼過ぎから睡眠をとって、その時を待った。

 時計の針がてっぺんを過ぎてカレンダー上は日曜日。目を覚ました伊調は早速階下のキッチンへと向かう。前回のビデオカメラの映像からしてキッチンで怪異が起こるのは午前三時過ぎ。

 ここから数時間は待機することになる。リビングでテレビでも観ていたいところだが、確証はないのだがそうしていると怪異は起こらないのでないか、と思えた。

 伊調は前回と同じ場所にカメラを設置。そして録画ボタンを押すとその画角に収まるように座り込む。

 暗闇。

 カメラの赤いランプ。カーテンの隙間から定期的に走り去る車のテールランプ。背もたれにしている冷蔵庫のモーター音が部屋に響く。


 スマホでゲームでもしようかと思うがそれも控える。ただじっとその時を待つ。

 ものすごく長く感じた。

 一分が数十分にも感じた。

 それでも刻一刻と時間は過ぎていく。伊調の待ち望んだその時まであと少し。

 二時を過ぎると車の通りも少なくなる。トラックの重たい走行音。それが心地よくしっかり寝たのにも関わらず瞼が重くなる。


 一瞬眠りかけた。

 慌てて周囲を見渡す。リビングの壁掛け時計の針は午前三時過ぎを示していた。まだ明りはついていない。

 暗闇に慣れた瞳で周囲を観察する。

 設置したカメラは変わらず自分へその無機質な単眼を向けている。

 心臓の音が高鳴っている。

 どっどっどっ。

 まるでこれから何か起こる、ということを告げるように心臓は鼓動を早める。


「……っ!」


 その時は来た。

 カメラの前に黒い塊が現れた。

 暗闇に慣れた目だからこそわかる。夜に染まった部屋の中でより暗い、黒い塊が蠢いている。

 人だ。

 人型の黒い塊。まるで影だけがそこにある。

 目が合った。

 真っ赤な目がその黒い塊の中に二つ。

 こちらをじっと見ている。

 どっどっどっ。

 心臓の音がより早まる。

 伊調はゆっくりと立ち上がるとその人影に近づいて行った。

 どっどっどっどっ。

 心臓はまた鼓動を早める。

 人影と思ったものは真っ黒な肌をした人だった。

 まるで煤を塗りたくったような真っ黒な肌。その中で真っ赤な目が大きく見開かれて伊調を見つめている。


「あ、あ、あ、あ、ああ、あ、あ、あ」


 近づいていくと『それ』は声を発していた。声と言っていいかわからない。音と言った方がいいかもしれない。

 掠れた音を出している。しかしそれを出している口らしきものはその顔には存在しない。

 

 伊調はニヤリっと自分の口元が笑っていることに気づいた。


 ゆっくりと手を伸ばす。

 『それ』の首らしき部分を両手で締め上げる。


「あっ、あっ、っ、あっ」


 声はより掠れが強くなる。どうやら首を絞めることはできるみたいだ。

 その事実により伊調の心臓は高鳴る。

 伊調はポケットからナイフを取り出す。

 去年購入した小ぶりのサバイバルナイフ。

 『それ』の身体にナイフをゆっくりと突き刺す。


「――っ!」


 『それ』は叫び声のような金切り音を上げた。

 伊調は喜びに震えた。

 先ほどまでの心臓の高鳴り。ようやく出会えた人ならざるものに伊調の喜びは頂点にまで達していた。

 何度も、何度も、何度も。

 感覚を確かめるように『それ』にナイフを突き立てる。

 最高だ。



「最高だったよ。ずっと俺は探していたんだ。何をしてもいい存在を」


 伊調は思い返すかのように恍惚の表情を浮かべた。


「ずっとずっと求めていたんだ。人をナイフで刺すのはいけないことだって知っているんだ。それでもね。俺はずっと人の身体にナイフを突き立てたかったんだ。柔らかい肉の壁を突き破る瞬間の感覚。幽霊には実体がないからもしかしたら何も感覚はなく、ただ煙にナイフを突き立てただけの感覚なのでは、と怯えていたんだ。だけどあの時の感覚はすごかったよ」


 伊調はその時の感覚を思い出したのか両の手を握りしめる。


「ほらこれをご覧よ」


 伊調はカメラを取り出すと再生ボタンを押した。


「……」


 モニターの中。

 最初はこちらをじっと見つめる伊調の姿が映っていた。

 すると、画面端から彼の弟だろうか。伊調によく似た少年が現れた。驚いた様子で、伊調に近づいていく。何事か話しかけているのだが、伊調はその言葉が聞こえていないのかただ黙って見つめ返すだけ。

 突然、伊調はその少年の首を絞め始めた。はじめは抵抗していた少年も次第に弱っていき最後はぐったりと動かなくなった。

 動かないことを確認すると伊調はポケットからナイフを取り出し、少年の胸元に突き刺した。

 刺すたびに少年の身体がビクンっと跳ねる。床に黒い血だまりが広がっていく。

 何度か刺し終えると、伊調が立ち上がりカメラに近づいてくる。

 目の前と同じ満面の笑みを浮かべた血まみれの彼の顔が画面いっぱいに映る。


「ふふっ。すごいだろう。結局この黒い影が何なのかわからなかったけれど。俺はとても幸せだよ」


 伊調の目はただただ真っ黒でもう何も見えていないのかもしれない。


「相原くん聞いてくれてありがとう。やっぱり君に話してよかったよ。ふふふっ」


 伊調はスケッチブックに顔を戻す。

 シャッシャッ。

 真っ白なキャンバスは真っ黒な闇に覆われていた。


「どうしたの?」


 真っ黒なキャンバスから視線を上げる。

 先ほどまで伊調がいた場所にはいつも見る少女がいた。


「アイ?」

「ええ。どうしたの呆けて」

「僕は……」

「本格的に呆けているみたいね。夜更かしでもしたの? 今は美術の授業でペアを組んでお互いをスケッチするんでしょう」

「そ、そうだ」

「私の方はもう完成間近よ」


 そう言ってケイはスケッチブックをこちらに見せる。

 鉛筆を手にスケッチブックを覗き込む僕の姿が描かれていた。


「上手にできているでしょう」


 得意げに微笑む。


「あら。ツナギくん何も描いていないじゃない」


 僕のスケッチブックは真っ白で何も描かれていない。


「いや伊調と話していたから」

「伊調? 誰よそれ。そんな人いたかしら」

「いやずっと隣に」

「私がずっと隣にいたわよ」


 教室の中を見回す。

 しかしそこに伊調の姿はない。


「どんな人?」

「どんな人って。……どんな人だろう」


 不思議と何も思い出せない。

 彼はどんな人だったのだろう。


「不思議なツナギくん」


 授業終了のチャイム。

 生徒たちは用具を片付けて各自自分の教室に戻っていく。

 アイは立ち上がるとこちらに手を差し出した。


「さぁ、いきましょう」


 仕事が繁忙期のため、連日の投稿が難しくなります。連日読んでいる方がいらっしゃるのならばごめんなさい。可能な限り投稿はしていきますので読んでいただけると幸いです。

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