第三章 進路 ③
世間はクリスマスから暮れへ、そして正月へと過ぎていた。
私は大みそかの深夜まで掛け持ちでバイトをし、正月もまた元旦からバイトに明け暮れていた。昼間は近くの個人病院で受付をし、夜は焼き肉屋。大みそかから正月にかけては初もうでで賑わう神社で、テキ屋に雇われて働いた。
テキ屋のバイトは割がいい。数年前からまり子さんの知人で田原という男が時々声をかけてくれていた。田原は額に深いしわが刻まれていて、もう五十を過ぎているように見えた。
無愛想な男で、怒っていなくても、ただ黙っているだけで十分コワイという感じさせる男だった。知人などと言うと上品だが、どうせまり子さんの客の一人だったのだろう。スナックだけの客か、それ以上の客かは知らないし、知りたくもなかったから、親しく話した事もない。間違っても親しくなりたいと思うようなタイプではなかった。
その田原にまり子さんの近況を聞かれ、元気とだけ応える。たぶん元気、どこかで。そしてたぶん懲りない暮らししてるはず。
母親と違って無愛想な娘に、田原は唇の端だけを上げて笑った。
最終日、売り上げの厚い札束を数えていた田原はその中から無造作に万札を三枚引き抜き渡してくれた。テキ屋のバイトは他のバイトに比べれば、ずっと割が良かったが、三日で三万円というのはやはり破格だった。礼を言いそびれて所在なげに立つ私をちらりと見て、また声かけると言う。
「でも、もうすぐ東京へ行くから」
田原が顔を上げる。
「就職か?」
「一応、進学だけど」
正面から見てしまった田原の鋭い眼光を避けて、それ以上は言いたくないな、と思っていると、田原は黙ったまま、手の中の札束からまた一枚を抜き取った。
「餞別や」
握らせてくれた田原の手は固くて厚かった。
「ありがとう。」
今度は言いそびれる事なく礼を言う。