第八章 卒業 ②
そんなある日、まり子さんが突然、引越をしようかと言い出した。言い出したら聞かない。
私は真っ青になって抗議した。
「どうして?」
「何か飽きたよねぇ」
しれっとして言う。
「やだよ……。ここで卒業したい。部活もあるし」
声が震える。
「いーじゃん、そんなの。面倒くさい。別に勉強なんか」
「勝手に決めないでよ」
まり子さんはテーブルに肘をついて煙草を吸っている。
「私にだってやりたい事がある!」
テーブルについた手も震えている。
それに気づいたまり子さんの笑みが深くなる。
「働いた方が好きな事できるよぉ」
音を立てて何かが弾けた。
「私に、どうしろって言うの?」
「別に。朋ちゃんなら何でもできるでしょ。」
感情を押し殺した私の声と脳天気で明るいまり子さんの声。
「売春でも?」
まり子さんが不愉快そうに眉を動かす。
もう自分でも何が言いたいのかわからない。
完全に頭が熱くなっていた。
目尻に涙をためた私の顔を見ながらまり子さんがくすくすと笑う。吐き出す煙が風のない部屋に真っ直ぐに立ち上る。
何でこんな人といるんだろう。何でにらみ合っていなくちゃならないんだろう。
急に何もかも空しくなって私は学校から帰ったばかりの部屋を飛び出した。
夜の街をとぼとぼ歩いた。泣きたいくらい悔しいのに涙も出ない。
どうせ泣いても、心配してくれる人なんてどこにもいない。こんなにたくさんの人がいても。
あてもなく歩けば信号が赤になってほっとする。立ち止まった人並みに私と同じ顔をしている人はいないかと探す。
あなたは寂しくないですか。心が痛くないですか。応えてくれる人はいない。
心が凍り付いてしまったような感覚のまま私は目に付いたコンビニにはいった。
カミソリを買うくらいのお金はポケットにはいっている。
レジの人の声がどこか遠くから聞こえた。店を出て、人目につかない場所を探してまた歩いた。
人通りの絶えた川のたもとに立つと、どこでもいいのだからもうここでいいと思う。
それから真新しいカミソリで一気に左手首を切った。




