第七章 残像 ④
学校は嫌いではなかった。親しくもなかった友達のこともよく思い出した。本当はもっと遊びたかったし、話しもしたかった。
友達の輪の中心にいる子や優しいと評判の男の子に憧れた。自分がそんな風になれるとは思わなかったけれど、せめてその輪の中に入りたいと思い、優しい子に優しい言葉をかけて欲しいと願っていた。
勉強も嫌いではなかった。冷たい担任もいたが、中にはたまに学校に来た私に気を遣って、本読みが上手だとか、当番がよくできたとか必要以上に褒めてくれる先生もいた。
ある時、他の学校の教師が授業を見学に来るという日があった。その時の授業は国語で、私はその日、以前に書いた作文を読む事になっていた。そんな晴れがましい事は初めてで、その日が待ち遠しくて待ち遠しくて仕方がなかった。
作文は、いじめられた時の事を綴った原稿用紙二枚程度の作文だった。ただ気持ちを綴っただけの作文を読んだ時、後ろで聞いていた女性教師が涙を拭いているのがわかった。初めて学校で誇らしいような気持ちになった。
私は作文を持って張り切って家に帰った。お母さんに読んで聞かせてあげよう。みんなの前で読んだと教えてあげよう。どんなに上手に読めたか教えてあげよう。そして教室の時と同じように、姿勢をただして大きな声で作文を読む姿を見せてあげよう。
学校から帰るなり、聞いて、聞いてとまとわりついた私にまり子さんはいっぺんに不機嫌になった。
「うるさい! 外へ行け」
膨らんだ気持ちが一気にしぼみ、すべてが色あせてしまった。
先生だから褒めてくれたんだ。学校を休んでばかりいる私が可哀想だから褒めてくれたんだと思った。外から帰ると作文はどこかへ捨てられていた。
私の生活は何も変わる事はなく、相変わらず、学校を休み喫茶店に通う日々だった。そのあと長い時間を一人で遊んだ。公園に遊びに行く事もあったが、学校を休んでいる身でさすがに頻繁に行くのは子ども心にもためらわれた。
一度、虫取り網でトンボを捕まえて勇んで帰ってきた時に、連絡帳を届けてくれた友達と鉢合わせてしまった事があった。虫取り網を片手に駆けてきた私は真っ黒に日焼けしていて、どこからどう見ても病気には見えなかっただろう。
恥ずかしくて、トンボをかごに移す事に夢中のふりをして、かがんだままついに顔をあげなかった。そして友達の靴が黙ったまま目の前を通り過ぎるのを息を詰めて見ていた。
それから、自然と部屋で本を読む機会が増えた。まり子さんは私が邪魔さえしなければ機嫌が良かった。買い与えて大人しくしているなら、たいていのものは買ってくれた。お腹が空いたと言えばお札を握らせてこれで何かを食べてこいと言われ、本が欲しいと言えばそれも簡単に手にはいった。
眠りのあまり深くないうたた寝程度の昼寝の時が一番、お金をもらいやすかった。熟睡している時に起こすと不機嫌極まってお金どころか怒鳴られるのがおちだった。
うたた寝の時は、まるでうるさい蠅でも追い払うかのように簡単に財布から札を抜き出して渡された。私はそのお金で赤いボールを買い、付録のたくさんついた本を買った。自分で説明を見ながら、根気よく付録を組み立てた。時間はいくらでもあった。その中で、自然に字を覚え、読解する事を学んだ。
まり子さんの基準は子どもに良いとか悪いとか、そう言った事ではなく、お金があるかないか、買えるか買えないか、楽か楽でないか、そういう事だったのだと思う。
私は喫茶店で美味しい物を食べさせてくれたり、好きな本を買ってくれる時、まり子さんを好きだと思った。けれど、美味しい物も、本も遊びも、共有することは一度もなかった。
まり子さんには時々、私が見えなくなるようだった。




