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第五章 性 ⑦

 子どもの頃、まり子さんは私が大人しくしている限り、怒るような事はなかった。けれど、一旦怒るとひどく殴ることもあった。何が何だかわからないうちに殴られて、怖くて外に逃げ出した事もある。けれど、すぐにまり子さんに捕まって部屋に引きずり戻された。


 夢中になって謝り続けた。謝る声も泣き声も枯れる頃、ようやくまり子さんの怒りは収まり、地面を引きずられてすりむけてしまった私の膝頭の血をぬぐってくれた。


 まり子さんのつきあった相手から殴られた事はない。たいていそれほどの長いつき合いがなかった。つきあいはじめだったからか余計なのか、まり子さんと私の機嫌をとるような男ばかりだった。少なくとも私が知っている範囲では。


 まり子さんはお金のかかる女だった。何に使っていたのかは全く知らない。金を出す男にさえわからなかったようだ。

 男にお金を持ち出させるので、時にその家族から詐欺だと泥棒だのとののしられる事もあったが、当の男から責められる場面はほとんど見た事がない。そもそも今回の引越の原因も男の姉とかというおばさんに、金を返せと乗り込まれての事だった。


 どうやらそのおばさんの貴金属やらも勝手に持ち出してお金に換えてしまったらしい。結局、何も返さず、逃げてきた。一体どこへ消えていくのか知らないが、まり子さんの手元にはお金が残らない。

 一つや二つはもしかしたら被害届けでも出ているかも知れないが、まり子さんは飄々と相変わらずに暮らしていた。結局、警察ざたにしたくないという人の方が多かったのだろう。それは相手方にも何か弱みがあったのかも知れないが、まり子さんと関係を持ったこと事態すでに弱みと言えなくもない。


 とにかくその友人知人、親族たちは、たちの悪い女と別れただけでよしとしているらしかった。悪い夢を見たか、社会勉強のつもりで失ったものはもう忘れてしまえと諭す。

 実際、そう思う他ない。何も返してくれなくていいから、二度と近づいてくれるなというのが本音だったのだろう。

 

 そんな風になし崩しに許されてきたからまり子はまったく懲りていない。自分は痛い思いも何もしていないのだから当然かも知れない。しかし、相手はそうはいかない。諦めろと言われてもそう簡単に諦めきれるものでもない。


 まり子さんのせいで大切なものを失った男を何人か見てきた。中には失っただけではなく、身に覚えのない借金まで背負わされた男もいた。知らぬ間に印鑑を持ち出されていて、気づいた時には思いも寄らぬ借金を背負っていたのだ。


 数ヶ月一緒に暮らした大人しい男だった。さんざん周りに反対されて、その反対を押し切って、見事に裏切られた男。さぞかし自分の馬鹿さ加減に嫌気が差した事だろう。もちろんまり子さんはどこかに姿を消していた。


 部屋に置き去りにされた私が逆上した男に殺されたとしても文句は言えないような状況だったが、男も悠長にしてはいられなかった。自分も借金取りに追われる立場だった。借金がわかったその夜のうちに男はどこかへ消えていった。


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