第一章 日常 ②
吉住さんがいつもと違う申し訳なさそうな顔をして小声で聞く。
私が不審な顔をして首を傾げていると、
「実はね、さっき、刑事さんって人が来て、朋子ちゃんのところに人が尋ねてくるかとか、お母さんの事とか聞いてたから」
吉住さんが困ったように、心配そうに私の顔をのぞき込む。
「ああ、そうですか。」
顔色一つ変えず応えるが、内心はらわたが煮えくり返る気がした。頭の血管がぷつぷつと音を立てる。
「何も言ってないから……。知らないって。それに人も尋ねてこないでしょ」
なぜか慰めるような口調で言う吉住さんの顔を見ながら、別にあんたに庇ってもらおうなんて思っちゃいないよと心の中で悪態をつく。
内心の動揺を知られないように、声を押し殺して
「そうですか、ご迷惑おかけしました」
頭を下げる。
「お母さん、夜のお仕事なんでしょ」
たぶん吉住さんにはこの事の方がずっと疑問だったのだろう。三ヶ月ほど前に二階に越してきた母娘。娘は高校生で毎日学校に行って、洗濯から食事の支度まで家事全般をこなしているらしいが、母親は滅多に姿を見ない。毎日決まった時間に働きに行くわけでもなく、いつ居るのか、居ないのかさえわからない。そんな母娘を興味津々で見ていたのだろう。
丸い眼鏡の下でよく動く吉住さんの眼を見返した私は、この無邪気な好奇心に応える事にした。
「母は売春婦なんです。プロの売春婦なんです。」
二度繰り返したのは、吉住さんがわからなかったようだからだ。
何を言っているのか伝わらなかったらしい。しかし、二度繰り返したのだから通じただろう。その証拠に吉住さんの眼がまん丸に見開かれておまけに口まで開いている。私は吹き出してしまいそうになってあわてて残りの階段を駆け上がり、部屋の扉をあけた。その間、吉住さんは一言も発せず、しっかり固まってしまっていた。