第五章 性 ④
少し暴力的内容を含みます。
高校生になったばかりの頃、バイト先のケーキ屋で遅番だった私は閉店後、若い雇われ店長にいきなり抱きしめられた。
店長は叫ぼうとする私の口をふさぎ、押し倒し、恐怖に震えている私の首を締めた。その圧倒的な力に体中の力が抜けてしまった。
抵抗が収まると私の首を絞めていた手を弛め、店長は、経験あるの? と聞いてきた。
すべてを拒絶するように必死で首を振ると、じゃあ、可哀想だから最後まではしないよ、とささやくように言った。
その意味さえわからず、押さえつけられて、身体をまさぐる手に弱々しい悲鳴をあげ続けた。やがてむき出した太ももに店長は自分のものを押しつけると、強く揺らしはじめた。自分の身に起きている事が理解できず、怖くて言うなりになろうする心と、口の中に差し込まれた他人の舌のあまりの気持ち悪さに無意識に逃げようとする身体で、悪夢のような時が過ぎるのを固く目を閉じて願っていた。
荒い息と、やがて太ももになま暖かいものをかけられて、解放された。
「今日の事は内緒だよ」
震えて声もでない私の手に幾枚かの千円札を握らせた。
小刻みに震える指を必死に動かして身繕いをした私は転がるように店を出た。太もものぬめつく感触に吐き気がしそうだった。
浮いているような現実味のない感覚に耐えながら、ふと強ばった手とその中の握りしめられているお金に気づいた。お金はいつだって欲しかった。
けれど、このお金を貰ったら母親と同じになる。そう思うと頭の中からすべての音が消えて、痺れるような感覚がした。
私はお札を振り払うように道ばたに投げ捨てた。
「給料が残っているから、取りに来て」
店から二度ほど電話がはいったが、足を向ける事はなかった。
まり子さんは男と寝てお金を貰うことに全く罪悪感を持っていない。
「一緒にいると安心するんだってぇ」
「側にいてくれたらいいって言うんだけどぉ」
珈琲を飲みながらまり子さんがふわふわとつぶやいていた。
もちろん、私は黙っている。この人はどこか飛んでいる。とんでもなく現実的にお金に執着するかと思えば、夢のような事も言う。
人が嘘つきと言ってもこの人の中ではもしかしたら本当の事なのかも知れない。だから人を騙したり、裏切ったという感覚が稀薄なのかも知れない。
捉えどころのない表情を見ながら私はそんな事をぼんやりと考える。
「でも、めんどくさいよねぇ」
まり子さんが呟いた。夢も現実もたいてい結論はそこに落ち着く。