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2人の男子高校生がファミレスでどちらの彼女が可愛いかディベート対決する話。〜まぁ、ウチの彼女は世界一可愛いんで負けるわけないんですけど〜

作者: 墨江夢

 都内にある某ファミレスのチェーン店で、2人の男子高校生が向かい合って座っていた。

 家族連れや学生集団が和気藹々と食事を楽しむ中、彼らの卓だけは別空間と言えるくらいギスギスした雰囲気を醸し出していた。


 コーラーを飲んでいる男子高校生の名は、三木龍太郎(みきりゅうたろう)。高校二年生だ。

 そして龍太郎の対面でアイスコーヒーにガムシロップを入れている男子高校生は、棚田虎吉(たなだとらきち)。彼もまた、龍太郎同様高校二年生だった。


 普段は親友同士の二人だが、今に限ってはどこか険悪なムードが漂っている。その理由は――


「なぁ。やっぱり俺の彼女が一番だと思うんだが?」

「いいや。僕の彼女こそ、最高と呼ぶに相応しいね」


 ――どちらの恋人がより可愛いかという謂わゆる惚気で、言い争いをしているからだった。


 ことの発端は、帰りのホームルーム直後に呟いた龍太郎の一言だった。


「俺の彼女が、世界一可愛すぎてヤバい」


 偏差値30レベルのこの一言に、虎吉は全力で異論を唱える。


「ちょっと待ってくれ。君の彼女が可愛いというのは、僕も同意するよ。だけど、世界一というのは過言じゃないかな? だってーー世界一可愛いのは、僕の彼女だもの」


 世界で「一番」可愛い彼女が、二人もいる筈がない。そして自分の彼女が、世界一でないわけがない。

「自分の彼女こそ一番だ!」と言い張って、一歩も引かない二人。この論争に終止符を打つべく、彼らはファミレスに足を運んでいるのだった。


 コーラーを半分ほど飲んだところで、龍太郎が言う。


「それじゃあ、「第1回世界一可愛い彼女選手権決勝戦」を始めようか」

「あぁ。負けないよ」


 こうして男同士の負けられない戦いの火蓋が切られる。勝負のお題は、「クリスマスとバレンタインの思い出」だった。





【三木龍太郎・クリスマスの思い出】


 その年のクリスマスは、夕方から深夜にかけて雪の降る、謂わゆるホワイトクリスマスだった。


 人々は年に一度の記念日を、大切な人と過ごしている。

 右を見ればカップルがイチャイチャしていて、左を見れば親が子供に微笑みかけている。


 そんな幸せそうな光景と美しいイルミネーションが彩る街中を、俺は一人猛ダッシュしていた。


 俺は恋人の水瀬沙知(みなせさち)と、午後6時半に駅前のツリーの下で待ち合わせしていた。しかし現在時刻は午後の6時55分。およそ30分の、大遅刻だ。


「7時から、ツリーが点灯するらしいよ。一緒に見ようね」


 沙知とはそういう約束をしていて、だから今日は仮病を使って部活を早帰りしたというのに……まさか電車が遅延したなんて。


 いいや、そんな言い訳どうだって良い。今は7時の点灯式に間に合うように、疾走しなければ。

 俺は裏道を使い、カップルたちの間をかき分け、待ち合わせ場所のツリーの前に急ぐ。


 果たして俺は――7時10秒前に、ツリーの前に到着した。

 

 ギリギリの到着だ。ツリーの前には、当然既に沙知が着いていて。

 俺は何よりもまず、彼女に謝った。


「遅れてごめん! かなり待ったよな?」

「うん、待ってたよ。……この日を1年間、ずっと」


 沙知がそう答えると同時に、ツリーのイルミネーションが点灯する。

 周囲は一気に明るくなり、その結果沙知の心底幸せそうな顔が露わになった。


「来年はもっと早く来てよね? 約束だよ?」


 それは暗に、来年も俺と恋人同士でいてくれるという誓いに等しい。


 来年のことを言えば鬼が笑う? いいさ、抱腹絶倒するくらい大笑いさせておけ。

 沙知に悲しい顔させるより、その方がずっとマシだ。





【棚田虎吉・クリスマスの思い出】


 恋人へのクリスマスプレゼントというのは、毎年何にしようか頭を悩ませるものだ。

 付き合う以前はお菓子とか消耗品とか、形の残らないものを贈っていたわけだけど、恋人同士になった今は、出来ればいつまでも残り続けるものを贈りたい。

「この先も一緒にいたいです」。プレゼントに、そんな暗示を込めたいのだ。


 結局僕がプレゼントに選んだのは、ピアスだった。

 高くもなく安くもない値段だし、洋服みたいにサイズがあるわけじゃないし、仮に付けなかったとしても取っておいて貰えるだろう。


 ……と、店員さんに勧めれられて購入したのがピアス。

 大切なのは物よりも気持ちだとは言うけれど、本当に喜んでくれるかな? 僕の中では、そんな不安が渦巻いていた。


 数日後、やって来たクリスマス当日。

 世のカップルたちの過ごし方は様々だけど、僕と彼女――林鈴乃(はやしすずの)さんは近所の公園に足を運んでいた。


 この年になってまで滑り台やジャングルジムで遊びたいわけじゃない。だけど子供の頃は、よく遊んでいた。

 鈴乃さんと出会ったのも、そんな子供の頃の話で。だからこの公園は、俺たちにとって思い出の場所なのだ。


「はい、これ。クリスマスプレゼントだよ」

「ありがとうございます。……折角ですので、開けさせて貰いますね」


 鈴乃さんは受け取った小包を早速開ける。中には勿論、ピアスが入っていた。


「わあ! 可愛いピアス!」

「気に入って貰えたかな?」

「物凄く! ……付けてみても良いですか?」


 ダメなわけがないだろうに。

 鈴乃さんは今つけているピアスをはずすと、代わりに俺の贈ったピアスをつける。


「どうですか?」

「うん、似合ってるよ」

「……似合ってるだけ?」

「……とても可愛いよ」


 要望通りの感想を得られて、鈴乃さんは満面の笑みになる。

 その笑顔が、更に彼女の可憐さを引き立てていた。


「素敵なプレゼント、ありがとうございます。お返しというか、私からのプレゼントです」


 そう言って鈴乃さんが渡してきたのは……


「これは……手編みのマフラー?」


 器用にも僕のイニシャルが刺繍された、鈴乃さんお手製のマフラーだった。

 だけどこのマフラー、随分と長いような……。もしかして、張り切り過ぎて長く編んじゃったのかな?


 そんな風に考えていると、鈴乃さんはわざとらしく両手で口元を覆い、ハァと白い吐息を吹きかけた。


「私も寒いなぁ。なんて」


 俺のプレゼントに「この先も一緒にいたい」という思いが込められているのならば、彼女のプレゼントに込められているのは「今もあなたのすぐ隣にいたい」という思いで。

 拒む理由など、あるわけがない。冬空の下、僕たちは一つのマフラーに包まりながら互いに暖め合ったのだった。





【三木龍太郎・バレンタインの思い出】


 2月14日。この日が何の日か、知らない高校生などこの世にいないだろう。

 男子にとっても女子にとっても重要な一大イベント、そう、バレンタインデーだ。


 独り身だったこれまでの俺ならいざ知らず、沙知という可愛らしい彼女のいる現在では、バレンタインはクリスマスと匹敵するくらい楽しみなイベントだった。……筈なのに。


 14日の朝。この日も俺は沙知と二人で登校したわけだが、彼女からはチョコの「チ」の字も出なかった。

 いつもと変わらぬ彼女。いつもと変わらぬ登校。すぐ近くでチョコの授受を行なっているカップルがいるにもかかわらず、だ。


 もしかして、手作りに失敗して渡すチョコがないとか? たとえ砂糖と塩を間違えていたって、俺は喜んで沙知からのチョコを食べるというのに。


 学校に着いてからも「チョコ」というワードが出ることはなく、日中は普段通り進んでいく。

 クラスメイトたちからは「三木は良いよなぁ。彼女がいるから、本命チョコ確定じゃねーか」と言われるが、ところがどっこい、まだチョコを貰っていないんです。

 彼女がいるからこそ、本命チョコを貰えなかった時の精神的ダメージは計り知れなかった。


 放課後。沙知を自宅まで送り届けたところで、彼女から「ちょっと待っていて欲しい」と言われる。

 チョコか? チョコレートなのか!?

 ……などと期待に胸を膨らませるのはよしておこう。貸していた本を返されたりなんかしたら、立ち直れない。


 数分後、沙知が家の中から出てくる。

「はい」と渡されたのは、チョコでも本でもなく……タッパーに入ったカレーだった。


「レンジで温めてから食べてね」

「わかったけど……何でカレー?」

「それは自分で考えること」


 自分で考えろって言われても……。

 カレーは好きだけど、沙知に「作って欲しい」と頼んだことはない。

 ていうか今日はバレンタインなんだから、カレーよりチョコを渡して欲しかった。


 と、そこで俺はある可能性を思い付く。

 もしかして……カレーの中に、チョコが入っているのではないだろうか?


「なぁ、沙知。このカレーが、バレンタインの贈り物なんだよな?」

「あっ、バレちゃった?」

「隠し味が、チョコレートなんだな」

「違うよ」


 今度の質問には、沙知は速攻否定した。


「隠し味はチョコレートじゃなくて……めいっぱいの愛情です」





【棚田虎吉・バレンタインの思い出】


 2月14日、登校した僕を待っていたのは、破局の危機だった。

 いつものように下駄箱を開けると、中に大量のチョコレートが敷き詰められていたのだ。


 市販のチョコレートから、本命感丸出しの手作りチョコまで。千差万別のチョコレートの山が、上履きを取ろうとする僕の手を遮っていた。


 女の子からチョコを貰えるのは、素直に嬉しい。それだけ自分に魅力があるんだと認められているみたいで、自信に繋がってくる。でも……恋人がいる身としては、手放して喜べる状況でないのも事実だった。

 

 恐る恐る隣に立つ鈴乃さんに目を向けると、彼女は……


「……」


 無言のままチョコレートの山を凝視していた。

 えっ、何それ? 何も言ってこないと、逆に怖いんだけど。


「あの〜、鈴乃さん? これはその、浮気とかじゃないからね?」

「わかっていますよ、そんなこと。……因みにこの中に私のチョコレートも入っているのですが、どれだかわかりますか?」


 おっと。これは超難問が出題されましたね。

 無記名のチョコの山からたった一つを探し当てるなんて、至難の業だ。


 しかしここで間違った回答や「答えられない」と返すのは、失礼に値する。何より僕の鈴乃さんへの愛がその程度なのだと勘違いされてしまう。

 僕は山より高く、海より深い愛情を抱いているというのに。


 僕は目の前のチョコの山を観察する。

 鈴乃さんのチョコは、本命だ。というかそうじゃなかったら、僕が泣く。

 なので市販のチョコレートは除外するとして。……それでもまだ半分弱は残っているな。


 あとヒントになるとしたら、綺麗に施されているラッピングだろう。鈴乃さんは僕が青色好きなのを知っている。だからラッピングも青で統一する筈だ。


 手作りであり、青い包装を使用している。この二つの条件に当てはまるチョコレートは、数ある中でも三つしかなかった。

 ……これ以上は、絞りようがない。あとは運と勘と、僕の鈴乃さんへの愛に賭けるべきだ。


 満を持して、僕は三つのうち一番大きなチョコレートを手に取る。


「鈴乃さんのチョコレートって……これじゃないかな?」

 

 僕の差し出したチョコを見た鈴乃さんは、少し間を開けてから、「正解です」と微笑んだ。

 ……良かった。僕の鈴乃さんへの愛は、きちんと証明されたみたいだ。


 胸を撫で下ろしている僕に、鈴乃さんは驚愕のカミングアウトをする。


「まぁ下駄箱に入っているチョコレートは、もれなく私の贈ったものなんですけどね」

「……え?」


 僕は再度下駄箱の中を見る。

 手に持っているチョコだけでなく、包装が青でないやつも市販のやつも、全て鈴乃さんが用意したっていうのか?


「どうして、そんな真似を?」

「どうしてとは、心外ですね。私の虎吉くんへの愛が、チョコ一つで収まると思うのですか?」


 相手への愛情が大き過ぎるのは、どうやら僕だけではないらしい。

 下駄箱に入っていた全てのチョコレートを、僕は余すことなく美味しくいただいたのだった。





 都内のファミレスにて。

 お互いに至極のクリスマスとバレンタインのエピソードを語った龍太郎と虎吉は……互いに砂糖を吐きたくなるくらい胸焼けしていた。


「くっ。虎吉よ、なかなかやるな」

「龍太郎こそ。まさかこんなにも甘々でイチャイチャなエピソードを持っているとは、思わなかったよ」

「しかしまだ甘いな。いや、この場合甘くないと言うべきか? ……話を聞いて思った。やはり沙知こそが最高の女なのだと!」

「いいや、それは違うね。鈴乃さんが一番に決まってるよ。100人に聞いたら、100人がそう答えるに違いないね!」


「沙知が最高だ!」、「鈴乃さんこそ一番だ!」。ヒートアップした二人は立ち上がり、自分の恋人が如何に素晴らしいかを熱弁する。

 周りの客や店員も、今更彼らを注意しない。この惚気話に関わりたくないのだ。


「こうなったら、3回戦といこうじゃないか」

「そうだね。今度は夏の思い出でも語り合うとしよう」


 不毛な惚気合戦が次なるステージへ進もうとした、その時――


『ちょっと待ったぁ!』


 隣の席から、待ったがかけられる。

 白熱する二人を静止したのは……他ならぬ沙知と鈴乃だった。


「公共の場でなんて話してるのよ! 恥ずかしいじゃん!」

「そうですよ! そういった思い出は、自分たちの胸の中に留めておきたいというのに!」


 龍太郎と虎吉は自分たちの恋人が如何に素晴らしいかを相手に伝えたいわけだが、沙知と鈴乃の立場からしたら、顔から火が出るくらい恥ずかしいものだった。


「じゃあお前たちは、どっちの彼氏が一番だと思うんだよ? 俺か? それとも虎吉か?」

『そんなの、両方一番で良い』


 一番なんて、人それぞれだ。誰だって自分の恋人が最高に決まっている。

 初めから龍太郎と虎吉の論争に、勝敗など着く筈がなかったのだ。


 こんなに思い合っているのだ。彼ら彼女らが近々に別れるなんてことはないだろう。

 数年後、今日の不毛な惚気合戦も、笑い話として語られる。

 カップルの数だけ一番がいる。要するに、これはそういう話である。

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