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第6話 『元勇者、目的地についてる?』

「――――」

 

 ここは――?

 いきなり陽の光が寝起きの視界に入り込み、目を細める。

 身体が揺られている感覚がある。視線を動かせば、木箱がいくつか……荷馬車の上? 

 ひとまず助かったのか、はたまた奴隷商への輸送途中か。

 起き上がろうとして身体に力を入れると、顔と両手に痛みが走る……が、折れていない?

 とりあえず横になったまま御者台の方に首を傾けると――見えたのは生っちろく、子鹿のようなあんよと短くタイトなスカート、そしてその中身。


 ……女児用の白い木綿パンツ。


「どう! 考えたっ! って! アンタたちしかいないじゃない!」

 

 陽光に照らされて煌めく銀髪。

 その持ち主は、車体の底が抜けるのではないかという勢いで地団駄を踏み、肩にかかるほどの長い髪を激しく振り乱しながら、俺を襲ってきた野盗四人組に怒声を飛ばしていた。

 その一方で野盗たちはというと、俺が与えた怪我を完治させているように見えるが、縄と足枷で完全に抵抗できない様子。

 腑に落ちない点も見受けられるが、どうやら助かったようだし、もう少しこの光景を拝んでおくとしよう。


「いやいや!? 俺たちゃ、あのガキの強さに手も足も――ぐはっ」


『ガキじゃァなくて、俺っちが強いんだってェの』


 俺の脳内で何やら雑音が響いているが、気にしてはならない。

 昨日までひた隠しにしていたくせに、開き直られてしまったせいで余計に面倒な状況になってしまった気がしなくもない。


「こんだけ殴られてまだ言い訳する気力があるっていうの!? 『ヒール』! たしかに、アンタたちは全員白目向いて、泡吹いてなっさけない姿で倒れていたわ!」


「じゃあ、なんでこっちが殴られなきゃっばぁッ!?」


「でも、それはあの男の子のただでは死ぬまいという頑張り! 最後の悪あがきよ! 圧倒的な強さがあっての勝利なら……アンタたちより瀕死なはずがないじゃない! 『ヒール』!」


『俺っちを受け入れてりゃァあんな思いせずに、このジェニト様の膨ッ大な魔力で全身強化して、こォんな雑魚、無傷で切り抜けられたんだぜェ?』


 やたらと長文を喋る耳鳴りだ。よほど先の戦闘で負った怪我が酷いのだろう。

 

『分ァった、分ァった。けっ、大人しくしてらァ』 


 俺が幻聴から開放されるまでの間にも、少女は殴っては詰問、そして叩き割った頬骨を自ら治すという狂気的な作業をループさせていた。


「いちいち殴っては治していったい何がし――だふぁっ」


「『ヒール』! ……もういい! どうせ数時間もすれば街に着くし、屯所に突き出せば分かることだわ!」


 ふんっ、と真剣に怒っているのか分からないくらい可愛くそっぽを向く少女。

 都合、視姦に耽っていた俺と顔を突き合わせるわけで、


「あ、ごめ――んがッッッ」


 治りきっていない顎先に的確な蹴りが繰り出され――。


 ***


 ここは――? 

 ……この目覚め方既視感あるな。


「――何から何までありがとうございます! でも護衛らしいこともできていないし、この御礼は必ず……っていつまで寝てんのよっ」


 ぼやけた意識を引き戻す声が耳に届くと同時に、


「ぐえっ!? ――がはっ!?」


 荷馬車から引きずり降ろされて地面を転がった挙げ句、俺の腹に重めの一撃が深々と入る。

 余計な一発の出どころは当然、さきほど立派なトーキックをかました少女。


「ありがとうございましたー! アンタもちゃんとお礼言いなさいよ!」


 遠ざかっていく荷馬車に向かって手を振りながら、少女は殴られた痛みに蹲っていた俺の胸ぐらを掴み、無理やり立たせて、頭を下げさせた。

 もうやられたい放題だな、俺。

 運んでくれた御者には、あとで探し出してちゃんと礼を言おう。

 ひとまず、この美少……クソガキにひとこと言っておかねば、


「あら、お礼を言われることはあっても、『ヒール』、睨まれる筋合いはないのだけれど?」

 

「――オマっ……あー、いや、うん助かった。ありがとうな」


 余計な口出しをすると何が飛んでくるか分からないし、この際スルーしよう。穏便おんびんに済ませるのが、水に流せるのが、よわい三十二歳のたしなみというものだ。

 それにしても、荷馬車の中でもやっていた――自分で殴って自分で治療することには……いったいどういう意味があるのか。

 こんな傍迷惑な永久機関もそうそうないだろう。


「それでいいのよ! アンタ……色んな、とこ……折れて、て、特にね、両腕なんかバッキバキ、でえぇぇぇ――」


「ちょっ!? なんで急に泣くんだよ!? 情緒不安定すぎるだろ……」

 

 しかし、この子のその泣き顔を見て少しだけ、ほんっっの少しだけ、かつての仲間ユノに面影が重なる。彼女もこんなふうに、誰かを想ってよく涙していたものだ。

 ――当時、魔王軍の盛況を覆すことのできなかった不甲斐ない勇者は、あの涙を何度笑顔に変えてみせると誓ったことか。

 生前を思い起こして元勇者が泣きそうになっている間に、銀色の瞳を涙で滲ませた少女は袖で乱雑にその涙と鼻水を拭い、


「アンタ、相打ちとはいえあれだけの怪我でよく勝てたわね。しかも、全員殺すんじゃなくて気絶。強いのか弱いのかちっとも分かんないじゃない」


「それは……。色々あるんだ、世の中には」


 中身が三十二才の十二才児とか、どこまでも付きまとってくるうえにお喋りまでする聖剣とか……俺を取り巻く世の中ろくなものじゃないな?


「アンタって私と年一緒だと思うんだけれど、汚い大人みたいな誤魔化し方するのね? ……でも、その色々を抱えて死んだら私、許さないから」


 話してもしょうがないことばかりだと決めつけて、話題を断ち切ったこちらを見透かすような物言い。

 そして、まっすぐこちらを見つめてくる幼い顔に似合わぬ真剣な眼差しに、呆気にとられる。


「――絶対に殴り癒やすから」


「言ってる意味が分かんないんですけど!?」


 いったいどういう末後を迎えるのか……聞いたこともない脅し文句に狼狽する俺を尻目に、


「じゃ、アンタとはまた近いうちに会えそうな気がする! そのときは――よろしくね、トーマ!」


「あ、おい――」


 言うが早いか、そそくさと宿舎街の方へ駆けていってしまった。


「なんでアイツ名前知って……」


 俺も聞いておけばよかったか。


『俺っちの言った通り、ちゃァんと着いただろォ?』


 なぜか、当たり前のように剣帯に差された見た目も中身もオンボロな聖剣。

 生前と今。誰のせいで俺の人生が狂いまくっているのか分かっていないらしい。

 コイツとは二度と口を利かん。


『まァだお口チャックかよ!? 怒りすぎじゃねェの!?』


 ……もう夕方か。

 昨日の朝出立して翌日には目的地、だというのに随分と長い、長い旅をしていたような気がする。

 

『ダンジョン都市、デイルドへようこそ!』

 

 宿舎街の入り口。見上げたその看板に書かれている歓迎の言葉に俺は、ようやく、ようやっと、


「着いたあああぁぁぁ――」


 その実感と、そこからもたらされる安堵感を、吐息のような声に漏らしながら俺は手近な宿へと足を運ぶのだった。

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