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第4話 『元勇者の「こんな聖剣はイヤだ」』

 来たる運命の年。

 12歳の誕生日を迎えた翌日、俺は聖剣と添い寝していた。さらに、剣柄を握って寝返りの一つでも打とうものなら、いざ抜かんの姿勢だ。寝ぼけまなこも大きく見開き、意識も覚醒するというもの。

 

 頭が冴えてくると同時に、寝床の横に置かれた旅支度に目が行く。昨日の今日でこの用意の良さだ。俺の意志を聞くこともなく、せっせと準備を進めた両親のことを想うと、腹立たしくて仕方ない。

 しかし、干渉せず、ただ忌避しただけでは定められた勇者ルートの回避には至らないということ。言い換えれば、俺はただ流されていただけということになる。思えば生前も、そしてあのフザけた神の前でも、俺は流されていた。

 ――このままではダメだ。

 外套がいとうを羽織り、最低限の荷物が入った麻袋を背負って本人の意思に反し尽くした旅支度を終え、俺を見送る両親。


「――いづでぼ、がえっでおじで」


「いますぐ帰ってくるけど?」


「ぞれはらめ」


 そうですか。ダメですか。


「トーマ――お前が帰ってくる頃にはきょうだいの一人や二人ぐらいいるだろうよ。なんせ今日から母さんと二人きり、ぃっぐはッ」


 レイズに殴られる親父。この光景も見納め……にするつもりはない。

 どれだけかかろうと、絶対に村人としてここに戻ってくる。


 鼻水と涙とヨダレで顔に留まらず、全身ベトベトにしていた語るもおぞましい母さんといつもどおりのバカ親父との別れを経て。

 渋々、嫌々、両親の手厚すぎる見送りも手伝い、冒険者学校入学に向けて旅立つのだった。


 ***

 

 村の出稼ぎ連中や商人愛用の安全で道幅の広い街道を歩いてしばらく。

 まだ遠目に、村で一番大きな見張り台が視認できるほどのところで。

 

 ……またか。

 村を出てなお変化がないのは――聖剣の『ジェニト』。

 俺の村の用水路としても役立っている街道沿いを流れる川。ジェニトはその向こうから流れてきた。

 当然、無視するに限る。川で行水しているだろう親父にでも拾って貰え。


 数時間後。

 ……コイツには足でも付いているのではないだろうか?

 ジェニトの川流れを華麗にスルーしてみせたというのに、大変早い戻りである。街道の真ん中、半分ほど埋まる形で地面に刺さっているのはジェニト。

 ご丁寧に『抜いたらいいことあるかも!?』という張り紙が。

 俺はこれに猛反論したい、馬鹿を言うなと、抜けば破滅であると。

 とりあえず無性にイラッとさせられる貼り紙を破り捨て、全体重をかけて、抜くのではなく逆に押し込んでやり、念入りに踏みつけて剣柄すら見えない状態にしてやった。

 

 もう日が落ちようかという頃。

 野営場所はどこにしようかと歩き進めている俺のもとに……。


「ふぉっふぉっふぉ、この売れば金貨百枚は下らぬ値が付けられ、辺境のお貴族様も白目を向くほどゴージャスで、上級貴族は我先にと政争を起こしてでも欲し、冒険者学校へと向かうキミにもばっちり、ぴったり、ばっちぐーな武器をなんと! なんとなんとなんと! タダで授けようではないか! 喜んで受け取るがいい」

 

 無視しようが、川に流そうが、何しようが、必ず数時間、どれだけかかっても数日で俺の目の前に現れる。

 今回は、ボロ布を身に纏った見るからに怪しい行商人の恰好をした老人が、胡散臭い文句を拵えてのご登場という設定のようだ。

 手が土塗れなところから察するに、掘り起こされたのだろう。

 

 ――いったいどんな因果があれば、ここまで頑なに俺の元へと聖剣が舞い戻ってくるのか。脳裏にあの性悪な神の姿が思い浮かんでくる。

 

 しかし、ここまで大仰なことを言われると、俺じゃなくても何か裏があると考えて受け取らなさそうなものだが……。どうしても運命は俺に剣を抜かせたいらしい。


「先を急いでいるので」


「え、でも、受け取ってくれないと売っちゃうよ? ワシ、売るよ? いいの?」

 さっきまでの威勢はどこへやら。なんでそんなフランクなんだ。


「いいですよ。っていうか、そんななまくら売ったって銅貨数枚にしかなりませんよ? 汚れも相当ですし……」


 すでに売却は実践済みだ。売り飛ばし続ければ、日銭稼ぎに苦労しないのではと考えたが、見た目がなまくらなうえに、俺以外が抜いても変化しないみたいで、武器屋に足を運んでも割に合わないのである。

 しかし、爺さんはとんでもないと目を見開いて。


「いや、おまっ、違うし! これなまくらじゃねぇし! 名だたる勇者が脈々と受け継いできた由緒ある剣『ジェニト』様だよ!? 何失礼なこと言ってんの!? ちょっと不敬がすぎると思うんだけど!? キミが抜けば鞘は何もかもを見通すような白を基調として、それはそれは深みを帯びた青色のラインが走り、柄は黄金で、刃は血に塗れてなお燦然と輝き続ける光の粒子でできていて、振るう者に重さを感じさせない。その刀身からまたの名を『煌剣』とすばらしい銘がつくほどの名剣! ジェニト様に認められれば、どんなにのろまで非力な学者もたちまち勇者として大活躍! 即戦力! 身も心もジェニト様に捧げ、魔王を打ち取った暁には、栄光と一生涯の何不自由ない暮らしを約束してくださるのだぞ!」


 息も絶え絶えに、唾を飛ばしながら、力説し、絶賛してきたが――。

 オマエを握った勇者は今のところほとんど相討ちではないかとか、オマエの刃が魔王の硬皮に傷一つ付けられないせいで死んでしまっただとか、色々悪罵は浴びせられるのだが――。

 それよりもなによりも。


「あ……え……っと、もうそういうのカミングアウトしてもいい感じなんですかね?」


「と、言うと?」


「そりゃあ……勇者の剣だとか、ジェニトだとか、身も心もとかの部分ですけど」


「そんなこと言ってましたかの? 嘘かもですぞ? つうかぁ、このオンボロがジェニト様とかどんな冗談?」


 先ほどとは一転、手入れの届いていない長い髭を撫でつけ平静を装い、爺さんはジェニトを放り捨てた。


『――イテッ』


「え――?」


 そうか……コイツ、自分で喋れるのか。

 いつだか、そういうおかしな剣の話を……。そうだ確か、アリスが人語を話す聖剣が云々みたいなことを言っていた気が――。


「痛ってえええええええぇぇぇぇぇぇ――ッ! すごい痛い! チョーヤバいんだけど!? 腰かな!? 腰なのかな!?」


 そう言いながら、乱暴に腰をさすってみせる爺さん。それで誤魔化しているつもりなのだろうか。むしろ信憑性が増してしまっているのではなかろうか。


「とにかく、俺は抜かない、絶対にだ。前回ソイツのせいで魔王に手足千切られて、ぶっ殺されて――」


「……ストップストップ。え、なに、前回って? え、ジェニト様のこと知ってんの?」


 言われて失言に気づく。

 まさかの聖剣本人です発言に困惑しすぎて、つい余計なことを言ってしまった……。爺さんは、というか彼の体を借りたジェニトは沈黙を肯定と取ったらしく。


「あー、そういう感じか。まさかのね。ああ、なるほど。だから何しても抜かなかったわけか。というと何か、これはあれだな。マニュアルで言うところのケース二十六ってことね。いや、ちょっと驚いたけど、想定の範囲内だわ、うん。二十六ケース目だもん、そりゃ警戒しないよ、あってないようなものじゃん。まあ、一応想定はしてたわけだから? 聖剣ジェニトなわけだから? 軽い驚きで済んでるけど? 他の剣だったら驚きすぎて刀身折れてるよ、多分、いや絶対」


 ――動揺してるじゃん。すごい勢いで目が泳いでるもん。


 心なしか爺さんの手に収まっているジェニト君もプルプル震えている気がする。すでにこの爺さん、自分のことジェニトって言ってしまってるし。

 もはや開き直り。胸襟を開いて話すには邪魔な設定だし、黙っておこう。

 両者痛み分けのなか、先に口を開いたのはジェニトだった。


「いや、今すぐ抜かせてもいいんだけどさ。最初はキミ自身抜いてもらわなきゃ意味がないわけ。そういう契約? 誓約? 縛りみたいなのがあるんだよ。で、手段があるにはあるんだけど、ちょっと強引過ぎて、十四手目くらいで無理が生じてくるんで……一旦。一旦持ち帰って検討してみてもいいですかね? ね?」


 どこに持ち帰って、どう検討するのか聞いてみたい気もするが、とりあえず間をおいてくれるなら願ったり叶ったりだ。


「できれば二度と現れないでくれ。あとさ、小細工せずにもう普通に喋れよ」


「――……だから、剣が喋れるはずなかろう。幻聴じゃよ」


 剣が話せる程度で幻聴扱いされてしまうのなら、この世界そのものが虚構めいてしまう気がするのだが……。神とか、魔王とか、勇者とか、魔法とか。

 俺は一端の人間様だったつもりなのに、どうしてこうも非現実なところに放り込まれねばならないのか。

 間を置いて落ち着きを取り戻し、ジジイ設定に直ったジェニトは有無を言わせぬ表情で言葉を継ぐ。


「忘れるでないぞ。ワシが動き出したということはとうに――」


「次の魔王もお目覚めってことか」


 俯き考える、剣の助力なしで魔王をどうにかする方法を。

 もう家族の死に目にも、ユノの死も目の当たりにしたくはないから。


「なあ、他のヤツを勇者にした方が早いんじゃ――」

 

 その打診はジェニトの不在によって、実現されることはなかった。

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