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第30話 『元勇者と二人の魔王』

「五山ほど消し飛ばしてすっきりして帰って来てみれば――」


 五山も……それが連山ということであれば、あの『ニンクリング山脈』のことを言っているのだろうか。

 思考の海に没頭し、消されたかもしれぬ名山を憂いていたいほどに左を向きたくない。

 だが、右側には漆黒の尾が。……なんとはなしに囲まれている予感。


「俺と闘るか?」


 医療スタッフは目の前で激闘を繰り広げている最中です。やめてください。


「いや、せっかくだ。同胞のお手並みを拝見するのも悪くなかろうて」


 俺の想いは伝わったらしく、魔王は余興を楽しむご様子。

 しかし、恐る恐る魔王――もといマオの方へと目を遣ると、そこにはあの場に加わりたいのか、欲求で手が震え、でも必死に抑えている少女の姿があった。

 これに少なからず、一度目の勇者時代の己と重なる部分を見出す。


「――お前、マオなのか?」


「――――」


 大雑把な問いかけに返ってくるものはない。

 しかし。

 黒い外殻に覆われた右腕に食い込んだ左手の爪が、推測を推測で済ませてくれない。


「私があああああぁぁぁぁあっっ! どれだけ! お兄ちゃんの言葉を待っていたと思うのよ――ッッッッッ!」


 突如ユノが上げた痛烈な叫びに視線を移す。

 ユノの猛攻をいなしきれず、彼女の手がアルバの後頭部まで伸び、鷲掴みに。

 そのまま、おおよそ生き物の頭蓋から鳴ってはいけない破裂音とともに、アルバの顔面が地面に叩きつけられる。


 一見、ブチ切れているように見えるが、その怒号は、怒りの矛先はアルバに向いているようで、実は自分の不器用さに向かっているような気がするから、傍から見ると本当に不器用だと切に思う。

 あと少し行き過ぎれば、自分の頬を思いっきり拳骨で殴りかねない危うさがある。


「でも、もう遅いの。お兄ちゃんは半殺しにしたって泣いて謝ったりしてくれない。良心の呵責なんてこれっぽっちもない化け物。だから――ッッ」


 脳を揺らされ、のろのろと手をついて起き上がろうとしているアルバに、ダメ押しとばかりに踵落としが炸裂する。

 軽々と飛び上がり、全体重を乗せてアルバの脳天を直撃した、少女の脚力とは思えない勢いにアルバはまたも顔を伏す羽目に。

 魔王の半身ともいうべき存在に容赦がない。

 聖女に目覚めたこともあってか、実力はさほどないように感じた


「そろそろ……だな」


 アルバを注視しながら、横からマオが何かの刻限を告げる。


「ガァッッグ――ァァァァァアアアアアアアアッ……!」


 突如上がるは野太い嬌声。苦痛を逃がさんと喉を酷使して絞り出す獣のような声。

 あまりの轟音に耳を塞ぎ――かと思えば、アルバは事切れたように動かなくなった。


「妾の魔力に……人間風情にしては保った方だろうよ」


 魔王からその賞賛を向けられている当のアルバはゆらりと立ち上がる。

 肌は灰から黒へ。顔や胴の一部分に残る灰にわずかながら人間味を感じてしまっているあたり、アルバはもはや人としての大部分を捨てているのかもしれない。


『一気に体内を巡る魔王独特の魔力が高まってやがらァ。当代は例外だらけだな。魔王が二人だぜ?』


 曰く暴走。第二の魔王覚醒。

 ジェニトでも冷や汗をかくのかと錯覚するほどに、その声には覇気が感じられない。


「アア、ハハ……ハハハハハハ!」


「お兄ちゃん――っ!」


 雄叫びの次は狂笑。

 これに危険を感じた俺はアルバに縋り付こうとするユノを引き剥がし、踵を返して一足飛びに距離を取る。


「死ね死ね死ね死ね死ねコロスコロスコロスコロスコロスコロス……シネ」


 溢れんばかりの殺意を謳い、手当たり次第に火球を飛ばし、土槍を乱立させ、氷柱を落とし、空間を捻じ曲げてあらゆるものを捻じ切ってみせた。

 あまりに広範囲だったため、かつての自分が繰った勇者としての絶技全てをもって、迫りくる害意を両断せしめる。

 なおも豹変し続け、直後訪れる沈黙――。


「ッユゥ……ノヲ――タ――ノン、ダ」


「そんな……っ、お兄ちゃん!」


 呼び止め、手を差し伸べる妹に構う暇もなく、アルバはなけなしの自我を振り絞って、魔力で創り出した翼をはためかせ、同所を飛び立っていく。

 アルバが残した魔力の残滓、その軌跡は遥か遠く、ユノの、妹の手が届かないところまで伸びているように見えて。

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