第17話 『元勇者VS貴族』
意気揚々と場を荒らした魔王様――マオの口から、大声で助けを呼ばれる。
聞き間違いを疑い、再度覗いてみますれば、やはりそこにおわすは年相応に怯える少女の姿。
「行きたくないな……」
しかしこれを見逃してはさすがに寝覚めが悪いのも事実。
あれ? もしかして来ない? 妾死ぬの?
――みたいな顔をなさっている。
仕方ない。仕方はないが穏便に、我が身に被害が及ばないよう済ませたい。
そう考えると、手元にあって身を隠せそうなものは一つしかない。
俺はマントを顔に巻いて貴族連中に顔が割れないようにし、場合によっては相手を倒して連れ去る。
よし、この流れで。――魔王参謀いざ出陣!
「オマエら、そこで何をしてる!」
「どおぉばああぁぁっ! ごないがどおぼっだああぁ」
魔王様のキャラ崩壊が止まらない。
涙目である。涙声である。鼻水ずるっずるである。
感涙とともに名前もバレしてしまいました。
ウチの魔王様はとても浅薄である。
「……とりあえず、そこの貴族連中。お前ら二人の相手は俺で十分だ」
もういいや、ちょうど良い機会だ。
生前、勇者として王侯貴族の相手をしていたときも、ヤツらには苦労させられたものだ。鬱憤晴らしにはちょうどよかろう。
「お前ら、平民は何度! 何回! ボクの邪魔をすれば気が済むんだ!?」
この挑発にオマーンくんは地団駄を踏むなどして癇癪を起こす。
「そうだそうだ!」
「いい加減黙っとけ! うるさいんだよ! クソデブが!」
「そうだそ……」
もはや怒りの臨界点突破である。
怒鳴られた取り巻きも完全に萎縮してしまっている。
家督争いに参加できない、将来の約束されない貴族の子供とはかくも荒んでいるのだろうか。
「もう全員! 死ねや!」
腰に下げた立派な剣は飾りだと言わんばかりに、手の平をこちらに向けて魔法を――岩弾を飛ばす。
狙いは顔面。
当然、魔方陣の発動位置で射角が分かるので難なく避ける。
俺が脳漿をぶちまける必要はどこにもない。
顔の横、右スレスレを通過し、先ほど隠れていた校舎の角にぶち当たる。
「――――」
凄まじい衝突音と土煙に思わず、後ろを振り返る。
先ほどまで壁面を担っていたものが、瓦礫に変貌していた。
確かに脳漿を云々とは考えたが、本気で殺しに来ているとは思わなかった。
今さらながら、右頬に手を当てる。
大丈夫、ほっぺは落っこちていなかった。
気を引き締めて相手に向き直る。
「死ね死ね死ね死ね!」
一死ね一岩弾である。
着弾に応じてクレーターが量産されていく。
自らのどてっ腹に風穴を作りたくはないものだと、冷や汗混じりに躱しつつ出っ歯に近づく。
「なんで! 大人しく! 死ねよ!」
「そんな危ないもん――人様に向けるな!」
あっという間に拳の届く間合い。
ゼロ距離で放つのは岩弾よりも早く、腰の入った、さらに捻りも加えた元勇者パンチ。
日頃のストレスを、元勇者の苦悩を、この拳に乗せて――
「――ぶふぁっ!?」
オマーンの六男坊は汚い呻き声を上げ、白目をむき、早々に意識を明後日の方向へと飛ばしてしまったことが窺える。
もはや両の足で踏ん張る力も、受け身を取ることも放棄した身体は、ビン底メガネと出っ歯にお似合いの吹けば飛ぶようなひょろい身体は、数メートルにわたって吹き飛び、沈黙した。
チャームポイントであるそれらは粉々に割れ、根元から折れてしまっていた。
……取り巻きもいつの間にかいない。
憐れオマーン侯爵家六男……。
「でかしたぞ! 魔王さんぼ――トーマっ!」
嬉々として抱きついてくるのは我が主君。しかし、呼び方がただのトーマになっていることから察するに、降格処分となったようだ。
ぺったんこに抱きつかれても何も感じることは……なくはない。
見た目可愛いから思わず抱きしめそうになる。
三十二才――玄人童貞はもはや見境がないのかもしれないと、本気で焦る今日この頃。
一線を踏み越える前に、マオを引き剥がす。
「魔王様もご無事で――」
「違うぞトーマ! 妾のことは魔王様ではなく、マオって呼んで!」
またなんと突然な設定放棄。
そして好感度が振り切れている予感。
これホントに魔王なのか、実は勘違いなのではないかと逡巡するほどである。
そうなれば、俺も五体満足で余生を送れるというもの。
勇者と魔王は末永く幸せに暮らしましたとさ。
終わり。
――前回の俺の人生で例えるなら、ユノがそのポジションだったはず……墓穴を掘って、若干感傷的になる羽目に。
「……じゃあ、そうする。マオ」
「うん!」
マオの背に手を回したりなんかして、抱きしめちゃったりなんか――。
「――魔王様!」
諍いの種である少年の一声に、ハッピーエンドはお預けを食らう。
完全に忘れていた――魔王参謀の早すぎる世代交代を……。
というか、このロールプレイに俺以外で付き合うヤツがいるという驚きの事実。
「あー……とりあえず、マオと……キミも魔王軍本部に移動しない?」
マオとのやり取りを一部始終見られていた気恥ずかしさもあって、歯切れの悪い提案になったが、この場に長居して、オマーン侯爵家六男に目覚められても困る。
俺たちは新たな魔王参謀とともに、魔王軍本部へと帰還するべく、同所をあとにするのだった。
***
もう陽も沈もうかとしている頃合い。
偶然にもこの空き教室を出るときに、マオと落ち合おうと約束した時間だ。
「――改めてキサマを魔王参謀に任命する! 名前は……なんだっけ?」
「アルバといいます」
「アルバ! 我はとにかく悪いことをしたい! 無性にしたい! なんでもいいから壊したいし、泣かせたい!」
……え、それだけ?
人間なんて滅んでしまえ! 殺戮の限りを尽くしてやる!
――みたいなスローガンじゃないの?
「皆が泣き喚くような――昼休憩がないとか、教室がウンコ臭いとかがやりたい! そのための準備をオマエも手伝え!」
「はッ! 仰せのままに」
仰せのままにっていうか……ん?
全然思っていたのと違う。
いや、でも魔王の子供版と考えると、規模が小さくなって当然ということだろうか。しかし、それは誰もがやる言わば『イタズラ』と大差ないように思える。この分なら要観察程度で済むし、万が一のストッパーを担うくらいでちょうどいいと言えよう。
「じゃあ計画実行は明日から! 寮母さんに遅いって怒られるから、またね!」
「御意」
「えーっと、また明日な……」
誘うのも急。解散も急。
どこまで子供クオリティなのだ、魔王様。
……アルバもマオの帰りに合わせて、そそくさと帰ってしまったため、ろくに話もできなかった。
「――帰るか」
独りごちて、茜色差さなくなった教室を後にした。