◇彼女
◇
あたたかい。
そんな気持ちで目が覚めた。いつもは冷たい水の中で足の枷で浮かぶこともできないのに。
目をあけても温もりは消えない。誰かに抱きしめられている。
焦茶の肩につくくらいの髪。今は見えない限りなく黒の瞳も思い出せる。
この人は昨日の人だ。気持ち悪くないって言った。
本当だったんだ。
ずっと? 僕と一緒にいてくれるって言ったこの人は、
僕の体に忌避感もなくくっついてる。
本当に一緒? 僕を。僕に。触れてくれている。
無意識なのか白く大きな手で髪を梳かれている。気持ちいいな。これも初めてだ。
もちろん抱きしめられて目が覚めることも。
あたたかくて、心地良い。
しばらくして起きたあなたは僕に嬉しそうに笑いかけて
挨拶をくれた。
それから、話しを聞かせてくれた。
「えー 実は私この世界では赤ちゃんです。
何もわかりません。前の場所で色々あって
端的に言うと結婚したのにセックスレスで性欲強いのに法律のせいで
他に恋人作る訳にもいかず、DV気味の夫は離婚もしてくれなくて性欲の解消に
というか人生に行き詰まっていた時にね。
神さまが連れてきてくれたの。道連れを一人と緑の魔法付きで!
召喚するときに考えたんだ。すっごくすっごく困ってる人で世界でいちばん寂しい人なら私に付き合ってくれるんじゃないかって。
それで喚び出されちゃったのが、キミってことなのだ!」
僕は何を言えばいいのかわからなかった。彼女の言っていることもよくわからない言葉だらけだ。
神様がいるなら僕も助けて欲しかった。けれど、呼んでくれたのが彼女で良かったとも思う。
「いや……?」
彼女は少し悲しそうに言った。
「やっぱりこんなおばちゃんな不細工は一緒にいる相手としてダメかな」
僕が何も言えないでいると彼女は言った。
「不釣り合いだし、タイプじゃないよね。ごめんね」
タイプが何なのかもわからない。何か言おうと思うのに言葉が出ない。
「大丈夫。無理強いなんて犯罪行為は絶対しないから。
……でも、この世界での常識とか生活の仕方とかわかることがあったら
あなたの身体が治るまででいいから教えて欲しいの」
「……何もわからないから……こんなこと言うやつに気持ち悪いかもしれないけど、
どうか、お願いします」
彼女は僕に深く頭を下げている。
この歩くこともできないふやけきって膨張した僕の方が彼女がいなければ
生きていけもしないのに。
「頭を上げてください。お願いしたいのは僕の方です。
遠見で神殿でも街の様子は覗いていたけど、
実際に生活していたのは子供の頃の数年しかないんです。
お金も持っていないし、働いたこともない。
こんな僕に何が教えられるかわからないですが、
こちらこそどうぞよろしくお願いします」
頭さえ下げられない。
ふやけて重い動かない体を彼女はここまで運んでくれた。
何を言っているのか理解してあげられないことが悔しい。
僕がわかることならなんでも。出来ることならどんなことでもしてあげたい。
そんな気持ちでいっぱいになる。
人を羨み、悲しみと苦しみしか知らなかった心に別の気持ちが生まれる。
「ありがとう」
彼女は微笑んでくれた。安堵とともに涙が出た。
涙はいつものように白い珠に代わりころころと落ちた。
◇