召喚しよう。そうしよう。
転移した場所は、優しい木漏れ日がさす森の一画だった。駅のホームから木々が茂る森へ一瞬で移動した彼女は、まわりの景色が変わった事を確認してマスクを投げ捨て叫んだ。
「ぃ、やったぁあああああああーーーーーー!!!」
逃げ出せた歓喜そのままに小躍りするぐらい喜んだ。アドレナリンが大量に出たのか、これまで様々な不足により曇っていた頭もはっきりしている。
(職場の皆様、申し訳ありません。引継書だけは共有フォルダに入れてあるから許して。
夫よ。金輪際永遠にさようなら! 今晩からお金持ってくる無料家政婦いなくなるけど一人で壊滅的な家事、頑張れよ! ざまぁ!)
心の中で迷惑を掛ける同僚へ謝罪し、卵も上手く割れない夫へも別れを告げ、自由を得た為に上がりきったテンションのまま行動する。
「よし! 召喚だ! 私の相棒を呼ぼう!
私と一緒に異世界を冒険する仲間を召喚しよう!」
ノリに乗ったテンションで独り言を言いつつ、さっそく召喚を開始する。説明も何もされていないが、なんとなくやり方がわかった。先ずは、条件を指定するのだ。どんな人がいいか。クリアな頭で思考する。
(誘拐されたい人。私みたいに現在の環境から逃げたい人で、ええっと……)
誘拐しても大丈夫な異性。
互いに生理的にオッケーでこの世界の最低限の知識がある者。
同等の性的欲求があること。それによってこの状況に陥った彼女にとっては、長く一緒にいてパートナーになるかも知れないならとても重要な条件だ。
思い付く必要な項目を頭に浮かべ、左手のひらにもらった陣へ集中する。何かが彼女の血脈から流し込まれるような感覚がする。
(あつい。頭がふわふわする)
まだ召喚に指定する人物が特定できないようで召喚陣は発動しない。条件が足りないのだと本能が指摘する。
ふわふわしたまま、思うままに条件を追加していく。
(さびしいひとをもらおう。この異世界でいちばん寂しい。そんなひとならいい。
解決できない問題があるならなおいい。その上私にとっては些末な問題なんてサイコー)
一番という条件に召喚陣が反応したようだった。必要な検索条件は揃った。あとは相手を喚び出すだけ。
「さぁ。探せ この世のすべてを」
彼女は声を出す事でトリガーを引いた。胸の前で、流れ込んだ熱の篭った左手を固く握りしめる。
目を閉じて呼び寄せるイメージ。
白く拡がる光る波
白く染まる中凝視する
熱が生まれる直前強く思う
(おいでここに 一緒に遊ぼう)
気づくと光は収まっていた。