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電車の中で異世界の神様みたいな人にあったんですけど藁かな

 それは通勤途中の電車の中だった。吊り革を掴んで穂摘は夫との関係をつらつら考えていた。

(どこかここではない所に行きたい。何者にも縛られず自由になりたい。論理感にも縛られず自由に生きたい)

 そう。心の中でだけ、確かに呟いたはずだったのだが、それに応えるように前方の席に座っていた金髪ロン毛で黒サングラス、マスク着用の音楽活動でもやっていそうな穴の空いた黒いジーパンを履いた脚の長い男が話しかけてきたのだ。


「いいよ。私の世界においで」


 マスクで口元は見えないが、明らかに穂摘を見ての発言だった。サングラス越しにアーモンド形の目と目があった。


「私の世界、まだ人口が少なくてね。増やしてくれるなら、望むチートもつけて転移させたげるよ」


 怪しい。普通の精神状態なら苦笑いでスルーするところだろう。しかし、穂摘の脳内は既にそんな男よりも、もっと怪しい状態だったから——

「ほ、本当ですか!? できるなら是非!」

 全力で乗っかった。睡眠も食事もろくにとれていない彼女の精神は既に末期だったので。




「それじゃ、次の駅で降りて」

 電車が止まり座席から立ち上がった長身な男に言われるまま、当然の様に電車を降りた。だれでもいい。誰か合法的に助けて欲しいと心から願っていたのだ。ついて行くだけなら法には触れない、ただの自己責任だ。


 ホームのプラスチックベンチに場違いに、優雅に座って脚を組んだ金髪ロン毛長身の推定神は訊く。

「それで、チート何が良い?」

 穂摘は男の前に立ち、考えながら話す。男が長身な為、そこまで下を向かなくても視線が合う。

「え、えーと。あー、魔法はあるんですか?」

 異世界といえば魔法だろう。と穂摘は思っていた。

「あるよ」

「それなら緑の魔法がいいです」

 虫は苦手だが、草木は好きだった。それに食べる物がないと死ぬとも穂摘は思った。

「植物関係の魔法ってことかな。いいよ。ただし、使用には十分注意すること。魔法の対価は寿命だから」

「へぇー」

 重要な部分だが、穂摘は病んでいたので軽く流した。

「あ、そっそれから! そうだ! これ! このタブレットいつでもどこでも私だけに見えて使えるようになりませんか?」

 しゃべりながら、手にしていた鞄を地面に置き、ネット小説を読むのに愛用していたタブレットを取り出し男に見せる。

 知識がないと何も出来ない。こちらの知識がどれだけ役立つかわからないが、活字中毒気味の穂摘にはネット小説が読めるだけで大変有難いのだった。まぁ、先近(さっこん)では小説を読む気力も失せ、ただ持ち歩いているだけの長物に成り果てていたが。

「これね。了解」

 男はあっさりと了承してくれた。

「そっそれから!」


「ちょっと待って。これ以上なら流石に他に対価を貰わないと叶えられない」

「対価……」

「そう。例えば、君の名前とか」

「あげます。いりません。貰って下さい!」

 穂摘の勢いに推定神は呆気にとられたように数秒とまってから言った。

「名だよ? そんなに簡単に決めていいの?」

 長年の扱いにもはや憎しみすら感じる夫と混ざった氏名など穂摘は微塵も惜しくはなかった。むしろ熨斗をつけて贈りたいくらいの気持ちになっていた。

「いいですあげます。その代わり、誰か一人、希望に合う現地人を私に下さい」

 協力者がいなければ、生活は難しいだろう。誰か一人でも味方になってくれるなら心強い。


「それなら、一度だけの召喚陣をあげよう。左手を出して」

 言われた通り左手を男に向けて差し出す。一瞬、重ねた手のひらに焦げる様な熱さを感じた。何かの紋様がホログラムのように浮き出ている。


(あ。これ。本物かもしれない)


 彼女は初めて男に対して本物かもしれないと思った。これまでは睡眠不足でずっと半ば夢の中の様に感じていたから、半信半疑だったのだ。溺れたものが藁を掴むように、話しかけてくれたからついてきただけ。そんな条件反射のような反応だった。

 何か、飛ぶ鳥の形に似た紋様はしばらくして定着した様に皮膚に馴染んで消えていった。


「これで良いね。それじゃ、優しい人間が多くて安全そうな地域に送るよ。できるだけ人口増やしてね!」


「あ、ありがとう!」


 かろうじて御礼は言えたが、次の瞬間。彼女は森の中にいた。

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