恋愛結婚なのに夫婦生活なしなんてありですか?
髙橋穂摘は病んでいた。
夜な夜な日が明るくなるまで呑気に眠る夫を涙の滴る瞳で見つめ、毎日、己の煩悩とプライドと戦っていた。
夫婦生活がない。彼女の夫となった男は性欲が極端に薄かった。
結婚して初めて気づいたけれど、後の祭りだった。三大欲求強めな穂摘と彼女の夫は性に対して決して相入れなかった。
穂摘は思った。「恋をして結ばれたのに、どうして私に性欲を抱いてはくれないのか」と。付き合っていた時はちゃんと、というのは可笑しいけれど、人並みに行為はあったのに、と。
(そういえば、従姉妹の叔母さんが期間を決めて同棲してから結婚した方がいいって言ってたっけ)
それってこういう事があるからなのか、と今更結婚後に思っても、もう遅かった。
その状態は八年続いていた。夫はレスという事以外は少し男尊女卑のDV気質なだけで(それもどうかと思うが)大きな問題はない。行為はないが愛は伝えられるし、夫の家事センスがゼロの為、家事を一手に引き受けている穂摘へ記念日には感謝も欠かさない。心だけで満足できない私が悪いのかと悶々とした体を抱え、隣でいびきをかきながら寝る夫を見る度、悲しくて虚しくて涙が自然と頬をつたう。恋愛小説や少女漫画が好きだった穂摘は「好きなら行為があるものだ」と思っていた。百歩譲ってもこちらから誘えば、「愛があるなら夫婦生活はあるはずだ」と信じていた。が、現実はそうじゃない。拒否される。
はしたない、恥ずかしい、男性から誘うのが普通なんじゃ? と思いながらも愛されたくて恥を偲んで求めても、与えられるのは誕生日に一回だけ。誕生日プレゼントのつもりなのか、どれだけ自分に性的魅力を感じていないのか、虚しくなる。しかし、あまりにも耐えかねて別れを切り出しても「好きだから別れない」「愛してる」「そのうち何とかする」等改善されることがないその場限りの話で濁され、決して別れに同意されることもなく、依然として行為の回数が増えることもなかった。
子供が欲しい。出来たら祖母が生きている間にひ孫を見せたい。いつかは応えてくれるかも。そんな希望は八年という短くない間に打ち砕かれた。祖母が鬼籍に入ったことが決定打だった。夫は不貞をしたわけではない。本人の発言を信じるならば性欲が薄いだけ。レスは離婚事由にあたると法律では言われているようだが、実際に裁判を起こして自分の性欲を赤裸々に他人に話してまで別れることは難しく、倫理観に反して浮気に走ることも穂摘にはできなかった。しかし、煩悩は消えない。
「手詰まりだ」
絶望していた。最近では夜ベッドに入ると悶々とし、睡眠がほとんど取れていない。睡眠がとれていないせいか食欲も落ちた。朝も夜も家にいると食欲がわかないし、夫を見ると悲しくなったりイライラしたりするので、なるべく顔を合わせないようにしている。夫の分のみ食事を用意して別の部屋に籠る。同僚の目があるので、平日昼だけ携帯食を流し込む。
子供が出来たら考えようと思っていた正社員の職はそのまま継続している。そこそこ責任ある立場で業務量も多いフルタイムでの勤務だ。同僚は子供が出来て、次々と産休や育休を取得して抜けていく。戻ってきても時短勤務で残業はほぼできない。その穴埋めは全て穂摘がやってきた。直属の上司は不意打ちのように「髙橋さんは子供がいないから、助かる!」だとか、戻ってきた子持ちの同僚は子育ての話を振ってくる上に「体力があるうちに産んだ方がいいよ」等と言ってくる。
心身ともに限界であった。そんな時——神様に出会った。