こんな遊び、大っ嫌い。
(うう、痛い、痛いよ。苦しい、苦しい。私いい子にしてたのに、いっぱいいっぱい遊び相手になってあげたのに……)
お腹がとっても痛い。でも、それ以上に心が痛い。仲良しだと思っていたのに、お友達になれたと思っていたのに、まさかいきなりお腹を刺されるなんて。小さい時から一緒にいて、一緒にいっぱい遊んで、仲良しだったはずなのに、こんなことするなんて……
(うう、痛い……いきなり刺して、しかも傷跡にいろいろ押し込むなんて……酷い、酷いよ……)
何を思っても痛みは止まない。勿論傷も塞がらない。ただただ痛い。想像を絶する程の痛みがひっきりなしに襲ってくる。
(痛い……苦しい……誰か助けて……)
声を出すこともできずただ悶え苦しむ。と、その時、視界の端に何かキラリと光るものが映り込んだ。
(あ、あれは、私を刺した包丁だ……)
私を刺したあの子は包丁を置いて、そして逃げていった。そういえば去り際に何か言っていたような気がするけど思い出せない。それに、今はそんなことよりずっと重要なことがある。
(絶対許さない……ずっと一緒にいてあげたのに、あの子の遊びたいときに遊びたいだけ遊んであげたのに、その気持ちを踏みにじって、私を刺して苦しませて……絶対、絶対許さない!)
私は痛む身体を何とか動かして、置いてある包丁を手に取った。鋭利な刃がギラリと輝く。
(丁度いい。やり返そう。他者のことを刺すなんて、どんなに愚かしい行為なのか、その身体にしっかりと覚え込ませないと。私が味わった痛みと苦しみ、あの子にも味わわせてやる。その後なんか、どうなろうが知ったこっちゃないわ。兎に角、追いかけて捕まえて、復讐してやる!)
私の心に憎悪が、怨嗟が渦巻く。そうだ、何を躊躇う必要があるんだろう。あの子は何の前触れもなく私を刺したんだから、私にはあの子を何の前触れもなく刺す権利が与えられているようなものだ。やられたことをやり返したところで責められる謂れはない。私は包丁を持ったまま、ゆっくりと歩きだす。あの子は考えが甘いから、まだ周辺にいるはず。
(絶対に見つけて、私と同じだけの痛みをしっかりとその身に刻み込んでやらないと……)
私は怨みを私を刺した憎きあの子へと向ける。罪を憎んで人を憎まず? 冗談じゃない。どんな事情があろうとも、私の体を傷つけ、心を踏みにじったのはあの子だ。邪魔する奴は排除して、絶対にやり返してやる。そう心に決め、私はゆっくりと歩を進めた。
※ ※ ※
(どこに隠れたんだろう……いくら私の歩みが遅いとはいえ、もう粗方探したのに……)
私は様々な場所を探したが、あの子は見つからない。絶対この辺りにいるはずなのに。
(あの子のことだから、どうせ押し入れか納戸かに隠れていると思ったんだけど……)
お腹の刺し傷が疼き、また強い痛みに襲われた私は思わず倒れ込んだ。もうあまり時間もないかも。
(私がまだ動けるうちに、何としても仕返ししないと……まだ探していないところは……)
私は必死に考えを巡らせる。このままじゃ私は、完全に刺され損だもの。もう残り時間はほとんどないだろうけど、見つけないと死んでも死に切れない。
――ギイイイイイー、バタン!
倒れている私の耳に、こんな音が聞こえた。ドアが開いて閉じた音だ。あの子が怖くなって外へ行ったのか、それとも誰かが入って来たのか、それは分からない。でも、1つだけ分かっている。それは、これで私の勝ち、ってこと。ドアの音は、私にはまるで天使のラッパのように聞こえた。
(ルール違反ね。これで私の勝ちだから、あの子には災いが降りかかるだろうけど……)
あの子が不幸になるのはこれで確定した。でも、何かスッキリしない。勝手にこんなおぞましいことをされて、その相手に復讐することはおろか、不幸になる様を見ることすらできないなんて、私は貧乏くじ引きすぎな気がする。
(はあ、仕方ないか。これだけはやりたくなかったんだけど、そうも言ってられないし……この体、本来の私と違って可愛いから結構気に入ってたんだけどな……)
私は今まで被っていたフランス人形の皮を脱ぎ捨てて、本来の姿に戻る。目も鼻も口もない、ただ対象を不幸にするためだけに作られた姿に戻った私は、心の中でほくそ笑む。
(ルール違反者には罰則を、敗者には死を、ってところかな。ま、私がアレをしたところで死ぬかどうかは分からないけど、私の勝ちは決まったんだし、あの子がどうあがこうが、不幸は決定。負けた代償は、しっかり払ってもらわないとね。)
私は包丁を握り直すと、今まで被っていたフランス人形の皮だけをそこに残し、家から出た。目指すは近所の神社、そのご神木。白い着物やら五徳やら蝋燭やらは準備できないけど、そこは大目に見て欲しい。
(何せ呪いの人形たる私自身が私の意思で呪うんだからね。ゲーム開始時に私にあの子は自分の髪の毛を入れていったから、最低限の準備は完了してるし。)
ご神木に着いた私は何とかよじ登ると、呪いの念を込めながら自分のお腹を包丁で刺し貫いた。私の身体はご神木に縫い付けられ、刺したことでより大きくなった腹部の傷跡からお米がぽろぽろと零れ落ちる。
(これであの子は呪えるけど……やっぱり刺され損よね。もっとちゃんと扱ってくれる子の家に行きたかったわ。あーあ、藁人形なんかに生まれたくなかった。)
私は本来の役割の状態についたまま、こう考える。せっかく可愛い皮を手に入れて、本性隠して頑張って尽くしていたんだから、最後にこんなことに使われたくはなかった。
(ま、そのうち新しい皮だって見つかるだろうし、良い家にいけることを祈りますか。人間さんたちはどうか知らないけど、私たち人形は……)
『ひとりかくれんぼ』なんて遊び、大っ嫌いなんだから。